吾輩はものではないのである。
またたびのように二つにすることはできぬ。いやしかし、またたびをふたつにすることなどあるのであろうか、吾輩にはわからぬ。それはともかくこがさともみじにみゃあみゃあとげんじゅうなこうぎを行うまで、引っ張られ続けたのである。
それからお天道様がほんのり傾いたくらいである。
お天道様はいつものんびりしているのである。
吾輩はこがさに抱かれながら深くしあんをしている。
こがさは吾輩を両手で抱きかかえながら、器用に自分の傘ももっているのである。腕で挟んで首で支えているのは吾輩もやってみたいところであるが、吾輩は傘を持っておらぬ。
「ところで天狗がなんで神社にきているんですか?」
「それはまあ、うん。……お前には関係ない。いや、それを言うならなぜ唐傘風情がいるんだ」
じろじろと怪しげな瞳でもみじがこがさを見ているのである。
それを見てこがさがむっとしているのである。
火花が散りそうなにらみ合いであるな。
吾輩は心配して後ろを向こうとするのであるが、ちょっと強く抱かれているのである。うごけぬ。もぞもぞ。しかし、もみじはいかぬ。こみゅにけーしょんはえがおというのである。
喧嘩もいかぬ、こがさももみじも仲良くしてほしいのである。吾輩は付き合いは長くはないが、みんなが笑顔の方がいいのである。ううむ、こんな時にふとがいればよいと思ってしまうのだ。
吾輩はしばし考えていいことを思い付いたのである。二人が笑わぬのであれば、吾輩が笑顔になればいいのである。そうであるな! 吾輩はもみじとこがさを見ながらせいいっぱい喧嘩を辞めるように鳴き声を上げたのである。
んんなーお
おお、なんかへんな声が出たのである。吾輩初めてのことに感動したのである。
「な、なんだ、へんな声を出して」
もみじもひるんでいるのだ。吾輩はここで畳みかけるように声を、くしゅん。いかぬ、くしゃみをしてしまった。にゃむにゃむ。口の中で舌を動かして、吾輩の声を整えるのだ。こがさがなぜか頭を撫で始めたのである。
「よしよし」
なぜ吾輩の頭を撫でるのかはわからぬが、こがさよもうちょっと上の方がいいのである。耳のあたりをこう、おお。よい。
「それにしてもおとなしい猫……そんなことはないか。唐傘、おまえの」
「もう天狗は居丈高だねぇ。私の名前は多々良小傘。あなたは?」
「……犬走 椛。それでその猫はえっとこ、小傘の猫なのか?」
「うーん」
小傘が吾輩を持ち上げたのである、見つめあう吾輩たち。こがさはなぜか何かの自信にあふれた顔で吾輩を見つめているのである。
「あなた、私の猫?」
吾輩はわがはいである。誰のものでもないとほこりに思っているところである。吾輩はきりりと表情をひきしめてうにゃあと答えたのである。
するとこがさはにぱぁと笑顔になって、吾輩のおなかに顔をうずめてきた。
「ふかふか」
「いや、あの。それは小傘の猫…………」
もみじが近づいてくるとこがさがにやりと笑ったのだ。この顔はわるいかおであるな。いがいとごくあくにんかもしれぬ。こがさもみかけによらずあなどれぬ。みかけによらぬといえばふともごくあくに……それはないのである。
「あなたもやってみる?」
「いや…いい、うわっ」
こがさが吾輩のお腹をもみじにおしつけ始めたのである。なんだかくすぐったいのである。もみじが何かうめいているのであるが、吾輩には見えぬ。吾輩の前にはもみじの白い髪と六角帽子が見えているのである。
「ほらほら」
「やめ、やめ……」
「ぐりぐりー。おどろけー」
「……!!」
あ、もみじが逃げ出したのである。
こがさが「まてー」などといいながら、吾輩をもって追いかけているのである。神社の周りをぐるぐると走り回っているのであるが、ううむ。これは意外と楽しいのである。というか、吾輩は走らぬから楽である。かぜがきもちよい。
それにしてもこがさももみじも仲良しになってよかったのである。二人とも息を切らしておいかけっこしているのである。じつにたのしそうであるな。しかし、吾輩もそろそろ降りるのである。こがさ手で体をひねって、ぬけだすのだ!
「こら、ど、どじょうみたいに」
いや、どじょうではないのである。たとえがひどい。せめてあれであるな、こう……思いつかぬ。吾輩は難問をかかえつつもこがさの「まの手」から逃れたのである。しゅた、なんだかひさびさの地面である。くしくし、前足で首を掻いた。かゆかったのである。
「はあはあ、なんで私に猫を押し付けてくるんだ」
おお、もみじも戻ってきたのである。おいかけっこはたのしかったのであろうか。そういえばさっきまで喧嘩していた気がするのであるが、もうとおい昔のことのようであるな。いい思い出になったのである。
そうである。そういえば、吾輩はチラシを持ってきていたのである。あれはどこに行ったのであろう。吾輩はもみじににゃあと聞いてみる。
「にゃあにゃあ、って私が鳴いてもな」
ううむ、話が通じぬ。寂しいのである。それではこがさはどうであろうか。吾輩はこがさに呼びかけてみたのだ。
「にゃー」
なんでかわからぬが、舌をべろりと出して吾輩の真似をしているのである。……ぜったいに通じてはいないのである。
こまった。吾輩は地底にいかねばならぬ。そして「こころのよめる妖怪」とあってみたいのである。もしもこみゅにけーしょんが巫女と取れるのであれば、吾輩はうれしいとして言いようがない。
吾輩は悩んでしまうのである。こがさにももみじにも伝えるすべが吾輩にはない。ううむ、ううむ。ころころとその場で転がりながら思案してみるのだ。
「あはは、猫さんころころ」
こがさの声がするのだ。
「くす」
控えめなもみじの声もするのだ。いや、そうではない。吾輩はこみゅにけーしょんがとりたいのである。どうすれば――
「ふむふむ。地底で温泉ですか。これは面白い記事になるかもしれませんね」
うむ? 吾輩のふさふさの耳に新しい声がするのだ。二人も驚いているようである。どこであろうか、こうくせものは。そういえばくせものとはなんであろう。つけものの親戚であろうか?
「こ、この声は」
もみじよ知っているか。……よく考えたら吾輩も知っている気がするのである。声は上からしているのである。吾輩はその場に座り込んでお天道様の方向を見上げた。
おお、ひらひらくろいはねが落ちてきているのである。そこには空中で腰かけたようなポーズでチラシを見ている少女がいるのである。
いや、以前に吾輩は空の上であったことがあるのである。あれはまりさと一緒に空を飛んだときであった。
「射命丸様。……ちっ」
「おやおや、下っ端白狼天狗から何か聞こえてきましたね」
しゃめいまる、へんな名前である。空に浮かんでいる少女があの日のままのしゃつとすかーとであるな。あと頭に六角帽子をつけているのである。
「椛が神社で巫女と鉢合わせすれば面白いこともあるかと思いましたが、このチラシ」
しゃめいまるが手元でチラシを動かしているのである。にんまりと赤い目を光らせながらもみじに話しかけているのだ。チラシには「おいでませちてい」と書いているのであるが、読めぬ。でも絵は楽しそうである。
「とても楽しそうですね。椛。特別に休暇を与えますから、取材に行ってきてください。よかったですね。ひさびさのおやすみですよ」
「な、そ、それは! ち、地底にはお、鬼が……」
しゃめいまるの顔が楽しそうな笑顔になったのである。
続きは明日、9時