怪しいやつである。薬売りの格好をした編み笠をかぶったふしんしゃがいるのである。
急に現れて吾輩のお団子をとろうとはふといやつである。紳士な吾輩はせいらんとりんごの前に出たのであるのだ。不審者から守らねばならぬ。ふうう。
「な、なに? なんで威嚇してくるのよこの猫」
片足を挙げてふしんしゃはびびっているのである。吾輩はお団子が食べてみたいのである。いきなり来ても渡さないのである。
「そりゃあ鈴仙があやしいからでしょ」
せいらんが言ったのである。吾輩がせいらんを振り向くともぐもぐと「みたらしだんご」を食べているのである。そ、それは吾輩がたべ……吾輩は紳士である……意地汚い真似はせぬ……。ううむ。
「怪しいって、むしろ堂々と商売しているあんたたちの方がおかしいのよ」
薬売りが編み傘をとると、ぴょこんと二つのよれよれうさぎみみが現れたのである。なぜよれよれなのであろう、猫にでもかまれたのだろうか。それに紫色の長い髪がさらあとしているのである。
なんだ、知り合いであるか。れいせんとさっき言われていたのである。せいらんたちもふしんしゃと知り合いとは珍しいことであるな。
「こっちはこんなに頑張って正体を隠しつつ商売しているってのに」
れいせんは編み笠を片手に持って自分の顔を仰いでいるのである。あの編み笠は吾輩の寝床にぴったりかもしれぬ。よくよくみればれいせんの瞳は赤々としてきれいであるな。まるでほうせきのようである。吾輩はほうせきは見たことはないが、たぶんあんな感じなのであろう。
れいせんは編み傘をかぶりなおして吾輩たちに向き直ったのである。笠の下で赤い瞳がぎらっと光っているのだ。
「でもあんたたちもひまねー。こんな道端でお団子談義なんて」
れいせんがふはーとため息をつきながら、やれやれと首を振っているのである。
吾輩がせいらんとりんごを振り向くと二人はむっとしながら、もぐもぐとほほを動かしているのである。
ずるいのである。お団子を食べながられいせんの話を聞くとは、吾輩もほしいのである。吾輩はにゃあにゃあ鳴いて、抗議をするのだ。
「まあ、元同僚として見かねてからね。ここは公平に私が裁断をしてあげるわ。……猫にお団子あげるよりは現実的でしょう?」
ううむ、聞き逃せぬ。吾輩は怒ったのである。お団子をこう、ぐっと我慢して意地汚いことをせぬようにこらえていたところである。だからこそ吾輩はふぎゃあと一声鈴仙にとびかかったのである。
「わー、なによこの猫!」
その場でぐるぐるぐる追いかけっこである。
れいせんを吾輩はせいらんたちのまえで円を描くように追いかけまわしたのである。まいったか。まあ、追いついても何もせぬ。
「はあはあはあ、もう」
れいせんが膝に手をついて止まったので吾輩も止まったのである。疲れたからその場で腰を下ろしておくのだ。れいせんは吾輩をちらりと見て「な、なんなのよ」といったのである。なにもなにも、なんであったか? 追いかけっこは楽しかったのである。
「まあ、なんでもいいんだけどさー」
せいらんが言うのである。
「お団子を食べてどっちがおいしいかあんたが判定してくれるんでしょ」
「はあはあ、そ、そうよ」
せいらんとりんごが目と目を合わせているのである。
☆
「それじゃあ。いただきます」
れいせんが両手に、いや片手にみたらし団子と片手に三色団子をもっているのだ。両方とも串にみっつずつであるな。そしてみたらし団子にはんむと食らいついた。うらやましいのである。ねたましいところであるが、吾輩は紳士であるから何も言わぬ。
「はむはむ……うんほどよい甘さね……」
「でしょでしょ!」
嬉しそうに両手でがっつぽーずするせいらんに軍配が上がるのであろうか。れいせんは片目でちらりとせいらんを見てから、三色団子ももぐもぐし始めたのだ。
「これはもちもちしてて……それでいて歯ごたえがある……。シンプルだけど、おいしい」
「ふふん」
鼻を鳴らしてりんごが両手を組んでいるのだ。これはわからぬ。どちらがおいしいのであろうか。れいせんはまた片目でりんごを見たのだ。それから微笑んでいるのである。ごっくんとお団子を飲み込んだのである!! ……いや、ちょっと感情が入ってしまったのだ。
「確かに両方とも、あんたたちが頑張ったことが伝わってくるもの」
「「鈴仙……」」
おお、はもったのである。さらに鈴仙はふふーと顎を挙げて得意気に何か言おうとしているのである。
「お互いにいいところがあるからこそ……」
れいせんの言葉の途中でりんごが手を挙げたのである。なんであろうか。
「鈴仙。それぞれにいいところがあるから引き分けとか言ったら、お代をもらうわよ?」
「……え?」
れいせんが固まっているのである。
吾輩蚊帳の外であるな、ふぁあとあくびが出てしまったのだ。それにしてもおなかが減ったのである。ヤマメが地面から生えてこぬだろうか?
「そーそー。まさか鈴仙。私たちの言い争いにかこつけてただでお団子を食べようとしてたんじゃないよね?」
うむ? せいらんがお餅を搗くときの杵を持ってきたのである。おもちをつくのであろうか。れいせんよ……?……ぼたぼたとすさまじい汗をかいているのである。
「そ、そんなわけないじゃない。あ、あんたたち何を言ってるのよ。あは、あはははは」
ざっと下がりつつれいせんが言っているのだ。顔が青ざめているのである。
せいらんが杵を肩に担いで「ふーん」という。りんごも手をぽきぽきと鳴らしているのである。これは、ふおんな空気を感じるのだ。吾輩はすくっと立ち上がったのだ。なんとなくここを離れなくてはならぬ。
おお空に浮かんだのである。れいせんが吾輩の両脇をもって持ち上げたのだ。離れられぬ。
「お、落ち着きなさいよ二人とも……それに、お代なんて……買い食いなんてしたらお師匠様に怒られる……」
語尾がどんどん小さくなるのであるな、こう言っては何であるが吾輩を盾にしてどうするのであろう。吾輩はなされるがままである。
りんごがずいっと近づいてきたのである。
「ふーん、じゃあ永琳様に怒られないために私たちのお団子をただで食べようとしたってことね?」
「ぎくり」
れいせんの手が震えているのである。吾輩が間に挟まれているのでまるで吾輩が怒られているかのようである。背中にれいせんの顔が当たっているのだ。
「まあ私達としては払うもんは払ってもらわないとね」
りんごが手を吾輩に出してきたのである。だからなんとなく吾輩の手をのせてみたのだ。
「いや、ちがう。猫の手がほしいわけじゃ……にくきゅうぷにぷにしてる。お団子みたい。じゅるり」
た、食べられないのである
☆
吾輩とれいせんはなんとなくとぼとぼと歩いているのだ。
「うう……帰ったらなんていいわけしよう。あんなのカツアゲよ……」
そうしたを向いて歩いているとけがをするのである。れいせんよ、おかねなど硬いだけでおいしくもないのである。りんごとせいらんに与えてもいいのではないだろうか?
「あんた、のんきそうな顔をしているわね」
失敬であるな。吾輩はれいせんを心配しているのである。
「あーあ。このまま帰っても売り上げもないし、あるのはお団子だけだし。どこか遠くにいきたいわ! どーせ、また私の帰り道にてゐが落とし穴仕掛けてるだろうし!!」
ううむ、どことなくかわいそうであるな。吾輩になにかできることはないであろうか? とおくにと言われても、吾輩今すぐには思いつかぬ。