吾輩としたことがあわてていたようである。
まさか他のことに気を取られて緑の髪の少女とぶつかってしまったのである。不覚である、紳士としてここは深く謝るのである。
にゃあ
吾輩はぴんと背を正して顔を上げたのである。吾輩を見下ろしている少女はくすりとしているようであるな、どうやら許してくれたようである。少女は藍色の浴衣を着ているのである。
親切であるな、屈んで吾輩と目線を近づけてくれたのである。
「ねこさん。お祭りに参加したのですか?」
そうである。吾輩は今日はだいかつやくだったところで、といいたくともこころの行方が分からぬ……。ようむとふとが遊び過ぎたのである。
「ふふ」
おお、吾輩を見て少女が笑っているのである。なんであろうか、優しい顔であるな。こうお地蔵さまのようなほんわかした笑顔である。
「私は部下が怠け者で……すこしおくれてしまいました」
それはいけないことであるな。吾輩はいつもまじめにしているところであるから、こんどそのぶかとやらをちゅういしてやるのだ。吾輩はうなうなと少女に言ってあげたのである。
「にゃあ……」
にゃぁお
優しい顔のまま吾輩の声を真似ているのである。指で吾輩の顎をこしょこしょしてくるのである。吾輩がその程度で、うむ。ううむ。もう少し力を入れてもよいかもしれぬ。少女は片方だけ長い髪を手で軽く払ったのである。さらさらとしているのであるな。
吾輩も負けないのである。吾輩はその場で座り込んで背中を見せたのである。吾輩は毛並みには自信があるところだ。さらさらの髪にも負けぬ。
「毛づくろいをよくしているようですね」
何故か背中をなでなでしてくれているのである。その場で、吾輩はあたりを見回してみるのである。あたりで屋台を仕舞って帰っているようである。
さっきまであんなに騒がしかったのであるが、吾輩はきょう何度目かのしょうしんを味わったのである。そういえば味わうというが、吾輩は「傷心」の味を知らぬ。甘いのであろうか?
吾輩はふと、ふとのことを。いやいやあやつことはどうでもいいのである、「ふと」と思うたびに思い出してしまうのがダメなのである。とにかくふと、後ろを体をひねってみてみるのである。
緑の髪の少女も寂しそうな、いやあまり寂しそうではないのである。綺麗な目で終わったお祭りを見ているのである。吾輩が寂しいのであろうか、確認したくなって「にゃあ」と聞いてみると少女は「ふふふ」とまた優し気に笑ったのである。
吾輩はその顔が大好きになったのである。こう、見ていると落ち着くのである。吾輩はたまに道のわきにあるお地蔵さまに挨拶をすることがあるのであるが、いつも笑っているのである。ううむ。なんでであろう、やはり少女とお地蔵さまは似ているのである。
吾輩は体を起こして少女のふともものあたりに身を寄せてみるのである。すりすり。
固くないのである。あと、あったかいのである。お地蔵さまはあれである、暑い日は凄まじく熱いので触りたくはないのである。そのあたりは似ておらぬな。
「こらこら」
なぜか怒られたのである。
吾輩はすいと上を見てみたのである。星空が出ているのであるな。いい日である。だから、もう少し今日は冒険するのである。
吾輩はにゃあと一声、飛び出したのである。少女よ、ついてくるのである。吾輩は何度も後ろを振り向きながら誘導したのだ、ううむ小さく手を振っているのであるな。違うのである、付いてきてほしいのである。
吾輩は一度少女の足元に戻って「にゃあにゃあ」と訴えてみるのである。
「どうしたのですか?」
ん? とまた優し気な顔で聞いてくるのである。さあ、こっちである。吾輩がえすこーとするのである。星空のしたででーとである。けいねが言っていたのである、仲良くおさんぽすることを「でーと」というのだ。吾輩は物知りである。えへんえへん。
からからとげたを鳴らしながらゆっくりと少女が付いてきてくれたのである。
吾輩はちゃんと遅れないようにたまに止まって、後ろを向いて「なーお」と声を掛けるのである。
まだ、提灯の火は消えていないのである。
石畳の上を吾輩と少女で歩くのである。ゆったりしているのであるな。
「今日は涼しい日ね」
少女の声は耳に心地よいである。吾輩は耳をぴくぴくさせながら聞いているのである。
「どんなことも本来善いことでも、悪い事でもありません。それは感じる心次第ですから」
いきなりむずかしいことを言い出したのであるな。でもそうであるな、吾輩はみんな好きである。これがせけんばなしというやつであろうか? そういえばでーととはこれだけでいいのであろうか。
うむ? こっちからあまいにおいがするのである。片付け途中の屋台であるな。吾輩はたったか駆け寄ってみたのである。あまいのがほしいのである。
「わ、なんだ」
おかっぱ頭の店員であるな。
ポケットの多い青い服を着ているのである。口元に赤いものを大量につけているのはなんであろうか。手にも赤い玉が突き刺さった棒を持っているのである。齧りかけであるな。
「あ、余ったからって猫にリンゴ飴はやれない! しっ」
ぐるるるる。
「う、うなったってやらないってー」
その手に持った大きな赤い玉みたいなものが甘いやつであるな。りんごあめというのであろう。吾輩ちゃんと聞いたのである。ぐるるる。それがほしいのである。吾輩が食べるわけではないのである。
「大量に余って頑張って仕方なく食べてたけど……猫にはなぁ」
おかっぱよそこを何とかするのである。
「何をしているのですか?」
緑の髪の少女が来たのである。おかっぱがそっちを見たのである。
「あんた飼い主か! こいつリンゴ飴欲しいみたいだけど……お安くしておきますぜ」
「これだから河童は……。商魂たくましいと言えば耳触りがいいのかしら」
はあとため息をついて、少女は袖の下から袋を取り出したのである。そこからきらきらお金をおかっぱに渡したのだ。「まいど」と言いながらおかっぱは少女にリンゴ飴を渡したのである。
少女は赤いリンゴ飴をじっと見ているのである。吾輩はちゃんと少女にリンゴ飴をぷれぜんとできて満足である。にゃあにゃあと吾輩は少女に言うのである。悪いのであるがそろそろこころを探しに行かねばならぬ。
吾輩はにゃあと挨拶をしてからだっと駆けだしたのである。
「あ」
少女が何か言っているのである、吾輩が振り向くとリンゴ飴を両手で持ってこちらを見ていたのである。だからもう一度、にゃあと挨拶をしたのである。少女はまたあの優しい顔で吾輩を見送ったのである。
☆
それにしてもこころはどこに行ったのであろうか。
吾輩は神社の周りを歩いてみたのである。ううむ、おらぬ。
「ぐう……ぐう」
うむ? 何か聞こえるのである。
吾輩は声のした方へ歩いて行ったのである。神社の縁側の方であるな。
巫女はようむのところだから、縁側の近くは星明りしかないのである。
というか居たのである。
吾輩が縁側にと、と載ってみると座敷に大の字で寝ているこころがいたのだ。お腹に蒲団が掛けてあるのである。
「ぐうぐう」
ううむ。良く寝ているのである。神社の建物の中で寝ていたのであるな、道理で見つからないわけである。
吾輩はのそのそと足から胸のあたりまで載って歩いてみるのである。
「う、うう」
苦し気であるな。心配させたバツである。吾輩は肉球をほっぺたに押し付けたのである。
それから吾輩はその場で丸くなったのだ。今日は、疲れたのである。