かくしてゆゆこの代理に負けたらなんでもする妖夢と負けたら吾輩と烏帽子をとられる物部布都のどうでもいいかたぬき決戦が始まる――
吾輩と烏帽子を掛けた勝負は熾烈を極めているのである。
ふととよーむという二人の少女が「かたぬき」なる遊びをかりかりかりかりとさっきからずっとやっているのである。二人とも凄まじい集中力であるな。手に持ったおかしの板を爪楊枝でちまちまやっているのである。
ふとが負けれれば烏帽子も吾輩も取られてしまうのである。がんばるのである。ふとよ。
「う、うう、ううう、ここがこうなって……」
ふとがうなりながらちくちくしているのである。爪楊枝を使っておかしをいい形に切りとった方が勝ちらしいのである。それにしても地味であるな。よーむというもう一人の少女も頭をあっちに動かしこっちに動かししながら頑張っているのである。
むろん吾輩は紳士なのであるから心の中で応援はしても実際にえこひいきはしないのである。吾輩はさっきまで載っていたふとの頭から降りて、座っているゆゆこの膝の上でのんびりしているのである。
「ひまねー猫さん?」
吾輩はにゃあとゆゆこに返事をしたのである。
なかなかゆゆこの膝はいい。それに吾輩を常に撫でていてくれるのである。
「ふふふ。猫さんはここがいいのかしら」
吾輩はゆゆこの膝の上で転げまわる。うむ、お腹をさするやり方が中々にいいのである。合格である。
「ゆ、ゆゆこさま! 気が散ります」
怒られたのである。ゆゆこは「これも修行よ妖夢。あとで貴女にもやってあげるから」と軽くあしらっているのである。よーむはむっと顔を赤くして。
「い、いりません!」
というのである。その横でふとがにやにやしているのである。
「ふ、そんなに余裕を見せていいのか? もう我は削り終わるぞ!」
「な、なに!?」
ふとはかりかりと手を動かしているのである。あまりに地味なのであるから、観客はいないのである。むしろ空でぱぁんと景気よく上がっている花火を見上げているのである。吾輩が頭を上げてみるとゆゆこの顔がきらきら光っているのである。
ああ、花火に照らされているのであるな。そう言えば吾輩「花火」がどうして空を飛んでいるのか知らないのである。ひゅるーと音がしてぱぁんとしてからすぱぁんと空に光るのである。それにしても忙しいやつであるな。少しゆっくりしてもいいのであるが。
「できた!! 我の勝ちだ!」
おお、ふとが出来たと騒いでいるのである。ニコニコしながらゆゆこに近づいてくるのである。手には小さな、なんであろうあれは、何かしらの形をした桃色のおかしを持っているのである。
「どうであろう。これで我の勝ちだな!」
その変な形のおかしをゆゆこに見せているのである。吾輩もちょっと触ってみたいのである。こう肉球をちょっとふとの手に載せようとすると、
「これこれ、だめだめ」
ふとに止められたのである。ううむ、いずれは吾輩も自分でかたぬきをできるようにならねばならぬようであるな。吾輩はにゃあとゆゆこに鳴いてみるのである。特に意味はないのである。
「ねこさんの言う通りよ」
ゆゆこが言うのである。吾輩は何も言っておらぬが……
「この形では駄目ね。貴女はいったい何をかたぬきしたのかしら? 猫さんもこれではだめとはっきり言っているわ」
いや、言っておらぬ。吾輩にゃあとしか言っておらぬ。
「な、なに! ね、ねこよ。おぬしどっちの味方だっ!」
勝負にはふぇあせいしんが必要なのであるからして、どちらにもえこひいきはせぬ。それでもゆゆこは吾輩の手を掴んで、ふとに向けたのである。吾輩はされるがままである。
「猫さんはこう言っているわ。せめてなんの型を抜いてきたのか一目でわかるくらいきれいにしないさいと」
「……さっきのにゃあにそれほどの意味があったのか……?」
ふとよ騙されるな。いやしょんぼりした顔で吾輩を見るではない。なんとなく悪い気がするのである。
「とりだったのに……」
「あ、それはおいていっていいわよ」
ゆゆこはふとの手からお菓子をとってひょいと食べたのである。それから「それじゃあがんばって」というのである。なにか言いたそうなふとは肩を落として席に戻っていくのである。新しくやるつもりなのであろう。がんばるのであるふとよ。
「できました!」
そうこうしているうちによーむが立ち上がったのである。そう言えば負けたらなんでもする約束であったな。吾輩としては暇なときに遊んでくれればいいのである。
それでも刀をちゃりちゃりならせながら満面の笑みで近づいてくるよーむは自信満々であるな。両手で捧げるようにお菓子を持っているのである。ちょっとほっとしているようであるな。
「あひっ」
あ、こけたのである。お菓子が、鳥の形をしたお菓子が宙に浮いているのである。吾輩はどうしようもできぬ。ひらひら落ちてくるそれにゆゆこがちょっと顔を動かしてぱくりと食べたのである。器用であるな。
「やりなおしよ。妖夢」
「な、何でですか!!? 幽々子さま。綺麗にできていたじゃないですか」
「確認する前に食べたからわからないわ……。食べ物で遊んではいけないということよ。猫さんの言う通り」
吾輩もその意見には賛成であるが……今回吾輩は何もしておらぬ。
「この猫さんの目が言葉でいわずとも語っているわ」
ゆゆこが吾輩を持ち上げてよーむの前に出したのである。よーむの大きな瞳と見つめ合うのである。おお、吾輩が瞳に映っているのであるな。
「いや、ゆゆこさま。この猫きょとんとしていますよ」
「可愛いわね」
「そ、そうではなくてですね。はあ、わかりました。もう一度します」
よーむも席に戻っていくのである。吾輩は仕方なくゆゆこの膝の上で遊ぶしかないのである。ふともよーむも頑張るのである。ゆゆこが吾輩の顎を撫でてくるのである。おおう。むう? 指先が甘いのである。もしやさっきのお菓子のあまりであろうか。
「くすぐったいわ」
ニコニコしながらゆゆこが言うのである。吾輩もにゃぁおと答えておくのである。
「できた!」
「できました!!」
びくっ。吾輩びっくりしたのである。見ればふととよーむが同時に立ち上がっているではないか。見ればその手には鳥の形をしたお菓子をそれぞれ持っているのである。今度はふともうまくできたのであるな、ああ多分じかんをかけて頑張ったのであろう。
「ええい、我の方が速くできたであろう!」
「いや。私の方が速くできたわ!」
おかしを持ったままふととよーむが身体で押し合いをしているのである。ううむ喧嘩は良くないのである。ゆゆこよここは止めに入るのである。
ゆゆこを見上げるとやさしく笑っているのである。吾輩をそっと地面におろしてから二人に歩み寄るのである。
「喧嘩は良くないわ。妖夢もあなたもこんなものがあるからいけないのね」
そういうとうゆゆこはひょいひょいとよーむとふとの手からお菓子をとって食べてしまったのである。
「「あ!」」
おお、仲良く二人が驚いているのである。ゆゆこはもぐもぐとしているのである。吾輩にも、ちょっとほしいのである。うむ? ふとが烏帽子を返してもらっているようである。良かったのであるな。
「もう喧嘩したらだめよ」
「う、うむ。いや烏帽子が帰ってくれば我はいう事はないが……」
そうこうしているうちに吾輩ふわっと空にあがり始めたのである。
おう!? なんであろう地面が遠くなっていくのである。誰かに持ち上げられたのである。
「もしもーし、今あなたのうしろにいるの」
吾輩はいきなりのことにびっくりして体をよじったのである。そこには歯を見せて笑う少女がいたのである。