わがはいは、わがはいである   作:ほりぃー

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わがはいはかさをあるくのである

 吾輩、今日は寺子屋で勉強しに来たのである。それというのに、門の前に隠れていた傘の少女に驚かされてしまったのは不覚というしかないのである。吾輩はもこおの足元から伺い見てみるのだ。

 

「へへー。ここなら人間の子供達がいっぱい集まるからまちぶせしていたのよ。出てきたり、入って来る時にうらめしやーって驚かすのよ」

 

 少女は傘をさしてくるりと回っているのである。足には赤い下駄を履いている。ううむそういえば吾輩は下駄を履いたことはないのである。

 

「へー」

 

 もこおの気の抜けた声を聞きながら、吾輩は傘の少女を見るのだ。

 それにしてもこの少女は不思議な目の色をしているのである、片目が赤で、片目が青いのである。

 

 片目だけ充血しているのではないであろうか? 

 吾輩も巫女に眼が赤い時には心配されたものである。吾輩は紳士であるから、傘の少女に近づいてうできるだけ、吾輩が心配していることを伝わるように「にゃー」と声を出してみるのである。

 足もとに寄ってみれば下駄を裸足で履いている。体の調子が悪い時には温かくしなければならぬ。吾輩は体を擦りつけてみるのである。

 すると傘の少女は膝を抱えて屈み、吾輩の顎のあたりをさすり始めたのである。

 

「この猫は私に驚かされて懐いたみたいね」

 

  鼻を鳴らしながら吾輩の気持ちが全く伝わっていないことが分かったのである。どことなく「ふと」と同じ感じがするのは気のせいであろうか。少女は傘を首で支えて、吾輩を両手で持ち上げたのである。

 吾輩と目と目が合うのだ。やはり眼が赤い。医者に行った方がよいかもしれぬ。

 

「私は多々良小傘よ。これ以上驚かさないから、だいじょうーぶ、だいじょうぶ」

 

 小傘というのであるか。

 

「べー」

 

 小傘はいきなり。にやけた顔で吾輩に舌を出してきたのである。吾輩、不覚にもびくっとしてしまったのである。反対に小傘はさらに顔をほころばせているのである。

 

「ううーん。やっぱり驚かせるっていいなぁ。……このごろお腹が減ってるのよ」

 

 こんどはいきなり暗い顔で空腹と言い出した。忙しいやつである。

 それにころころと表情が変わるものであるな。お腹が減っているのであれば、何か食べ物を上げたいところであるが、吾輩は何も持ってはおらぬ。だからもこおを見たのだ。

 もこおを見たのであるが、どうみても何も持ってはおらぬ。よく見れば服もぼろぼろであるな。

 

「それで人間を驚かせているの? あんまり目立つと紅白の巫女に退治されるんじゃない?」

「そうなんですよー。ひもじいのにあんまり頑張るとすっ飛んでくるし……。この前は針を作り直してからコテンパンにされたし……うーん。あのぼうりょくみこー」

「どこかにいるかも?」

「うそでーす。……こわいこと言わないで……」

 

 小傘よ。

 いくら巫女であるからと言ってお腹が減っているから攻撃してくるなどはせぬであろう。あ、いや。吾輩も「さいせんばこ」に乗っているだけで箒をぶつけられそうになったことがあるのである。やりかねぬ。

 

「とりあえず今日は猫しか驚かせてないけど、あとでいっぱい人間を驚かせるのよ」

 

 小傘よ。それよりも先に眼の医者に行くべきである。そう思って吾輩は小傘に前足を伸ばした。

 

「あの、ふえ。ちょっと」

 

 ほっぺたが柔らかいのである。ちょっと噛んでもよいのであろうか、いやいや何でもないのである。小傘が吾輩の前足から逃げようと顔を振る。いかぬ。爪が当たるではないか、吾輩前足を下げてからもう一度、伸ばすのである。

 

「へふっ」

 

 すまぬ。パンチしてしまった。わざとではないのである。小傘はのけぞってしまった。

 誤解しないでほしいのである。吾輩は心から小傘の健康を気遣っているのだ。

 しかし、のけぞりから体勢を立て直した小傘は鋭く吾輩を見てきた。眼をらんらんと光らせているのである。それにしてもらんらんとは、楽し気な響きであるな、人のひょうげんとは妙な物である。

 

「このいたずら猫。私の恐ろしさを見せてあげるわ!」

 

 小傘は傘を畳んで、片手で吾輩を抱えたまま、寺子屋の前の大通りに走り出したのである。もこおよ、なんとか説得してほしいのである。そんなにゆっくり付いてくると間に合わぬ。ぽけっとから手を出して追ってきてほしいのである。小傘の下駄のからんからんという音の方が速いのである。

 

「よーし」

 

 小傘は吾輩に自分の傘をあてがったのである。それをばっと開かれると、吾輩の前に大きな目玉が開かせて、なすびのようなそれに押し上げられたのである。おおう、空にあげられていくような感覚。

 小傘が大きく開いた傘の上に吾輩は載っているのである。見れば地上はかなり下、見物客も周りから集まってきているではないか。

 

「どうだ、まいったか。高くて怖くて、おどろけー」

 

 いや、吾輩この程度の高さでは驚かぬ。

 一度、雲の上まで行った事があるのである。それにこの程度なら神社の屋根の上の方が高いのである。だが、しかしちょっと足場が不安定であるな。吾輩はとてとて傘の上で歩いてみるのである。

 

 ――おおー

 

 うむ? 下の方から歓声が聞こえるのである。周りには小さな人だかりがあるではないか。

 

「わ、わ。ちょっと、あんまりうごかないでよー」

 

 小傘が何か言っているのであるが、吾輩の足が止まらぬ。傘が動いているのに合わせて動かなければ落ちてしまうではないか。小傘が傘をもう少し早く回してくれなければ、歩きにくいのである。

 

 ――いいぞー

 ――がんばれー

 ――ねこまわしだー

 

 何であろうか、下が騒がしいのである。

 

「お、おもいー」

 

 いや、小傘よ。自分で吾輩を上げたのであろう。吾輩は不可抗力というやつである。それにしてもこの傘、妙な目の模様と舌であろうか、変な飾りが邪魔であるな。吾輩はその「舌」を踏みつけて、転びそうになる。邪魔である。噛んでみるのである。

 赤くてなんだか湿ったそれを、吾輩はがぶりと噛んでみる。すると、いきなり傘が上に押し上げられて、吾輩は傘の上でジャンプしてしまったのである。

 

「痛ったぁあ!!?」

 

 小傘の悲鳴が聞こえるのである。何故いたがるかわからぬ。しかし、傘がぐらぐら揺れて、落とされぬように吾輩は傘の上で走るのである。にゃあ。傾いてきたのである。下から「危ない」と聞こえてくる。

 吾輩、宙を飛んだ。くるりくるりと回転してみながら、何故か痛がっている小傘の前にすとんと着地してみるのだ! 着地するときには胸を張らねばならぬ。吾輩はこだわりがあるのだ。

 

 意外と大勢集まっているのであるな。皆が吾輩を見ているのである。

 

「舌噛まれだぁ」

 

 小傘よ、吾輩は傘しか噛んではおらぬ。それに――

 

 ぱちぱちぱちぱちぱち!!

 

 吾輩びくっと驚いてしまったのである。いきなり周りの人が拍手をしてきたのである。もこおもちょっと見開いて拍手をしているではないか。おどろいた、などすごいなどと吾輩を褒めるのである。やめるのである。

 照れるではないか。

 

「え? 驚いてくれたの?」

 

 小傘も何故か笑顔になっているのである。よくわからぬが小傘は人を驚かせるのが好きなようであるな。吾輩が少しでも手伝えたなら、良しとするのである。それにしても拍手が続くのであるな。

 小傘も頭を掻きながら照れているのである。

 何はともあれ、終わりよければすべてよいのである。

 

「こ、こんなに驚いてくれたの初めて」

 

 吾輩を抱えて小傘が言う。だが、小傘はもう一つ付け加えたのである。

 

「……で、でもこれ何か違う気がする……」

 

 何が違うのであろう。吾輩にはとんと分からぬ。

 

 

 

 




寺子屋にはいれぬ

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