わがはいは、わがはいである   作:ほりぃー

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このよは、おどろくことばかりである

 朝に眼が覚めると、今吾輩がいる場所が分どこだかわからなくなってしまうことがよくあるのである。今日もそうである。周りを見渡してもここがどこかよくわからぬ。

 吾輩はそんな時には体を伸ばしてからゆっくりと考え直すことを日課にしているのだ。

 

 そうである。

 昨日はもこおと知り合ってヤマメをご馳走になったのであった。それからたき火の火がぱちぱちと拍手をしている音を聞きながら眠ってしまったのであろう。最近思ったのであるが、吾輩は「ふと」の口調がうつってしまったのかもしれぬ。

 

 たき火はもう黒い煤を残して見る影もないようである。ううむ、ちと寒いのである。吾輩はできることも多いのであるが、火を起こすのは苦手である。岩の上には昨日もこおが着ていた服が干してあるのである。遠くには行ってはいないようであるが、吾輩は寒いのである。沢の清流が目の前を流れているのはいいのであるが、それが冷たい風を運んできているかのようである。

 

 吾輩はもこおを探そうとしたが、そこではたと気が付いたのである。これも一宿一飯の恩。もこおが戻ってくる前に温かい火を起こしておくことに吾輩が挑戦するべきであろう。

 

 早速吾輩は昨日はぱちぱち燃えていたたき火の後を調べることにしたのだ。しかし、ぐるぐるその周りをまわってみても匂いを嗅いでみても、とんと火を起こす方法が分からぬ。

 にゃあ、これは困ったのである。吾輩はその場でうずくまって考えるのであるが妙案は浮かばぬ。その内もこおが戻ってくるかもしれぬ。もしかしたら煤を触ってみれば何かわかるかもしれぬ。

 

 吾輩は勇気をもって肉球を煤に押し付けてみる。さらさらざらざらしているのであるな。なにもわからぬ。

 しかも吾輩のじまんの毛並みに煤が付いてとれぬ。

 吾輩は近くの岩に手を擦りつけてみるが、とれぬ。

 

 煤が取れぬ。

 ふぎゃあ、にゃあ。にゃあ。

 いかぬ。今しばし我を忘れてしまったのである。ここは落ち着くのである。落ち着いていつも通り、前足の毛並みを嘗めて艶を出すのである。

 苦いのである。煤を嘗めたのは吾輩初めてである。

 

「……おーい」

 

 吾輩は突然の声にびっくりして後ろを見ると岩に寄りかかるようにずぶ濡れのもこおがいたのである。髪まで濡れているのは何でであろう。もこおは吾輩に近寄ってくると吾輩の両脇を抱えて持ち上げたのである。しばし見つめ合う。

 

「なんでたき火の跡に近づくんだ……。ああいろんなところが汚れているわ」

 

 もこおが帰ってくる前にあったかいたき火をもう一度起こしておきたかったのである。見るからに寒そうな恰好で何をしていたのでああろう。

 

「おまえも一緒に水浴びするしかないな」

 

 ……? ……!? この寒い朝に水浴びは嫌である。吾輩はその言葉を聞いた瞬間からもこおの手からもがきにもがくのである。体を捻り、ひねり。なんとか離してほしいのである。もこおの背中に上ろうともしたが、もこおは強く抱いてくるのである。

 

「こらこら。暴れるな」

 

 そんな吾輩の抗議も空しくもこおは吾輩を抱くとぺたぺた水の中に入っていく。綺麗な川の流れではあるが、入りたいなどと思わぬ。尻尾で少し触ってみれば飛び上がりたくなるほど冷たいのである。

 

「あ、おとなしくなった。観念した?」

 

 もこおよ、吾輩の知っている温泉に連れていくのである。だから屈んでいくのをやめてほしい。そして仮に吾輩が暴れてもこおが水の中に吾輩を落としてしまえば元も子もないではないか。

 もはやどうにもならぬ。

 もこおの胸板に抱かれた吾輩はまさにまな板の上の鯉。いやまな板の上の吾輩なのである。だから吾輩はもこおから落とされぬようにするしかないのである。

 尻尾をもこおのお腹のあたりに巻き付けてみる。首を振ってごろごろ鳴いて頼んでみてももこおは「つめた」などとしか言わぬ。そんなことは分かっているのだ。

 にゃあぁ。肩まで浸からなくてもよいであろう。冷たいのである、冷たいのである! にゃあにゃあ。

 

「ほら、手の煤を落とすから」

 

 そんな悠長なことを言っている場合ではないのである

 

 ★

 

 お昼は吾輩ともこおで散歩をしたのである。もこおは空を見上げながら何を言うでもなく歩いているのである。水浴びをしてさっぱりしているからかもしれぬ、しかし二度とあれはしたくはない。

 

 今日もいい天気であるな。吾輩はもこおの横について歩きながら思っている。それにしてももこおは何を見ているのであろう。青い空には雲が泳いでいるだけである。

 もこおは口を開けて髪を揺らしながら歩く。髪を一本にまとめているのはぽにーてーると聞いたことがある。それに両手をもんぺのぽけっとに入れてあるくのはふりょうかもしれぬ。そんなもこおに吾輩は「なぁご」とどこに行くのか聞いてみるのである。

 

「…………」

 

 返事はない。吾輩は仕方なくもこおと同じ姿勢で、空を見上げながら歩いてみる。

 どこに行くのかはわからぬ。もこおが歩いている方向に吾輩はついて行っているだけなのである。

 

「あんたは」

 

 突然もこおが聞いてきたのである。吾輩は紳士である。折り目正しく答えねばならぬ。しかし、折り目とは何であろうか。

 

「さっきからどこにいこうとしているの?」

 

 もこおよ、吾輩は付いてきているだけのはずだったのであるが、もこおはもこおで吾輩に付いてきているつもりであったのかもしれぬ。目的地などもとからありはしなかったのではないだろうか。これは由々しきことかもしれぬ。

 

「まあいいや」

 

 まあいいのである。

 吾輩には今日は何も用事はないのである。強いていうなら、ぱちぇに負けぬために勉強をする程度のことなのであるが。

 

 そうであった! 吾輩昨日はかたいけついでぱちぇに負けぬために勉強をするつもりであったのだ。それをすっかりとわすれ……いや、忙しさにかまけて後回しにしてしまったのである。

 こうはしておれぬ。吾輩は急ぎ足で人里に行かねばならぬ。寺子屋に行って今度こそ人とこみゅにけーしょんを取るのだ。

 

「なんか、いそぎだした」

 

 もこおはぽけっとから手を出さずに走ってついてくるのである。吾輩の健脚についてこれるとはなかなかやるのである。吾輩はちゃんともこおが置いてけぼりになって泣かぬように手加減ならぬ足加減をしながら走るのである。

 

 ★

 

「おまえ、自分で走れ……」

 

 もこおは息を切らせて吾輩にいうのである。

 すまぬもこおよ、意外に人里が遠くて吾輩途中で疲れたのである。もこおは吾輩をだっこしてここまで走ってきたのである。言葉は通じぬ。それでも方向でなんとなくわかってくれたのかもしれぬ。

 

「それにしてもここは」

 

 もこおと立派な門の前に立つ。中では子供の声がするではないか、吾輩はもこおににゃあ、とお礼をしっかりと言って下に降りる。寺子屋の前はいつも掃き清められているのである。

 

「うらめしやぁあ~!!」

 

 ふゅあぎゃあ。

 吾輩、突然飛び出してきた不審者に驚いてしまったのである。急いでもこおの足元に逃げ、いやせんりゃくてきなてったいをするのだ。

 しかも見れば飛び出してきたのは、蒼い髪をした少女である。なんだ、恐るるにたらぬ。少女は手に持ったナスビ色で口と舌の飾りのついた傘をばらっと、開いてくすりとしているのである。

 

「なんだ、ネコか~~。貴女は驚いてくれた?」

 

 貴女とはもこおのことであろう。もこおは表情を変えることなく、ぽけっとに手を入れたまま答えるのである。

 

「……わぁ。おどろいた」

 

 傘を持った少女が「そ、そう」といいながらしょんぼりしたのである。

 

 




一体傘の少女は誰なんだ……

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