わがはいは、わがはいである   作:ほりぃー

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つきよのうたげはにぎやかではなくとも

 吾輩はとことこと帰路についている。

 おお、間違えたのである。吾輩が今から向かっているのは神社である。あそこは吾輩の家ではないが、まあいいのである。この空の下は吾輩の庭のような物であろう。

 それにしても首についた袋入りの「きんつば」が重いのである。こう落とさないようにじょーが付けてくれた紐が首に食い込んでいたいのである。ううむ、だがしかし吾輩はこれをもって巫女と仲直りしなければいけないのである。

 

 吾輩は目の前にあった小石をするりと追い抜き、なんとなく後ろ足で蹴ってみるのだ。別に意味などはない、こうそれを見た時に遊んで、いやいや蹴ってみたくなったのである。

 歩いているとさらさらと風に揺れているねこじゃらしが生えておる、しかし吾輩は急いでいるのである。相手をしている暇はないのである。だからそのけむくじゃらの先っぽを二度、三度ぱんちをして素早く通り過ぎるのである。

 

 吾輩は急いでいる。ううむ、しかし路上は誘惑が多いのであるな。こうこの世は面白いことがあふれているかのようである。それに今日は道が明るい、空を見ればお月様がぽっかりと浮かんで吾輩を見下ろしてくれている。ううむ、いつ見ても丸いのである。

 

 吾輩は紳士であるからやらぬが、昔は丸い毛糸の玉に乗っては落ちてをしたものである。

 もし吾輩がもう少し大きければお月様に乗れるのであろうか、惜しいところである。一度くらいはころころしてみたいものである。

 

 そんなことを考えていると吾輩は神社の石段まで来ていた。なんであろうか、お寺からここまで一瞬であったようである。一度も退屈しておらぬ。吾輩は夜に冷やされた石段をしゅたしゅたと昇ってみるのである。

 

 赤い鳥居が見えてきた。吾輩は石段の最後の一段を大きく蹴って、しゅったりと神社に着いたのである。後ろを振り向けば今まで昇ってきた石段が見えているのである。ううむ、いつも思うのである。昇っている時には考えぬが高いところに来てから後ろを見ると、良く昇った物であるなと我ながら感心するところである。

 

 夜風が吾輩の毛並みを撫でる。おお、首がかゆい。前足でこう、掻くと。くしくし。気もちいいのである。

 吾輩はそれから勝手知ったる神社の境内を悠々と優雅に歩いていくのである。吾輩は巫女がどこにいるのか知っているのである。吾輩も風流を知っているつもりであるが、人もお月様が出ている日にはちゃんと挨拶をする習慣があるのである。前に巫女も「ろうそくがたかい」と言いながら縁側で月明りを楽しんでおった所だ、それにしてもろうそくがたかい、とは何の事であろうか。

 

 おお、白い着物を着た巫女がおるではないか。いつものリボンを外しているということは、寝間着であるな。一人で広場に立っているのである。顔を上げているからお月様を見ているのであろう。吾輩はそちらに近寄って、下から見ながら挨拶をしたのである。

 

 にゃあ

 

「わあっ!? び、びっくりした。なによ。あんたか……」

 

 巫女は心底驚いたようである。上を見ている時に吾輩が下から話しかけたからであろう。ううむ悪いことを下のである。それはそうと巫女よ、今日は良いものを持ってきたのである。そう吾輩は巫女に説明しようとしたのであるが、その前に巫女が腰をかがめて頭を撫でてきたのである。

 

「あんた。今は朝人の顔に乗っておいて、よくのこのこ来られたわね」

 

 ううむ済まぬ。しかし巫女とて箒で吾輩を叩こうとしたのである。

 今日の巫女の頭を撫で方は良い。ううむ合格である。しかし人は吾輩が来ればよくなでるのであるな。さーびすが行き届いているのである。

 

「ふふ」

 

 何故か巫女が笑っているのである。何故であろうか、吾輩は昔から人にしろ妖怪にしろ猫にしろ笑っている相手が好きでたまらぬ。それにしても巫女よもう少し右、おお、ぉぉ。

 

「あんた何を首から下げてるのよ……。この前やった鈴はなくしたくせに」

 

 それも済まぬ。、墓場で会った妙な少女にあげてしまったのである。

 巫女は吾輩の首から下げている包みをとって、中を開けて見ている。巫女は眉を寄せているのだ。包みの中には四角の固そうで黒い塊が入っているのだ。

 

「なにこれ?」

 

 きんつば。である。なにやら甘いというではないか、吾輩はたまに花の蜜を嘗めてみることもあるのであるから、それ以上に甘いのであろう。ううむ、吾輩もちょっと食べていたいのである。

 

「黒くてかたい塊ね…。いい包みに入っていたからあんた、どこからかもらってきたの? ……ああ、猫に話しかけてもしょうがないな」

 

 吾輩は見上げるだけである。こんな時にこみゅにけーしょんが取れればいいのであるが、とんと方法が分からぬ。じょーを連れてくればよかったであろうか、いや連れてきてもあまり役には立たない気がするのである。

 

「まあいいわ。どうせ一人で暇だったしね……ほら来なさい」

 

 にゃあ。吾輩は巫女についていく。

 

 

 割れた茶碗に巫女がぬるいお湯を注いでくれたのである。舐めてみるとほのかに味がするのである。

 

「流石に猫に酒はあげられないからね。重湯で我慢しなさい」

 

 ここは座敷であろう。畳の匂いが鼻に心地よいのである。巫女は酒瓶と赤い盃を用意して畳の上に置いているのである。盃がきらきらと月夜に光っているのだ。

 

 舌でぴちゃぴちゃと飲むとやはりほのかな味がするのだ。それに身体があったまってくる気がもするのである。最近の夜はとみに寒いのからであろう。吾輩は口周りについた重湯もしっかりと嘗めておくのだ。巫女はそれを黙ってみている。

 

「にゃあぁ」

 

 にゃあ

 

 巫女が不意に吾輩と同じように鳴いたから、紳士な吾輩もしっかりと返すのである。見れば巫女は少し笑っているような気がするのだ。

 それにしても吾輩わからぬことがある。吾輩と一緒の時には巫女もたまに「にゃあ」となくのであるが、まりさや他の人と一緒の時には巫女は鳴かぬ。これはどういうことであろうか、吾輩とんと分からぬ。聞いてみたいところであるが、吾輩には聞けぬ。

 

 寂しいものである。吾輩はいつか、誰かと心行くまでこみゅにけーしょんをしてみたいものであるが、巫女とはこうして重湯を飲むよりほかはない。吾輩はそう思って舌で茶碗を嘗めて見るのだ。

 

 いや、そこで吾輩は思いついたのである。

 人は酒を飲むときにお互い盃にお酒を入れ合う物である。吾輩にもできるやもしれぬ。吾輩は思い立ったがよい時である。ぱっと身体を起こして巫女へそう伝えてみる。

 

「……? なににゃあだか、なあだが、鳴いているのよ」

 

 首を傾けて聞かれてしまったのだ。ええい、吾輩はじれったくなってとことこ近づいてみるのである。酒瓶を見れば吾輩の顔が映っているのである。

 

「ああ、近寄るんじゃないわよ。零れるから。……あ」

 

 あわてた巫女が手を伸ばしてカツンと手が酒瓶に当たったのである。おお、吾輩の顔が迫ってくるのである。酒瓶が倒れようとしておる。吾輩はとっさに酒瓶に身体を当てて、支えるのだ。ちょっと零れた。吾輩の体と畳にしみこんでキツイお酒のにおいがしみこんでいく。あと、重いのだ。

 

「ああ、畳が」

 

 巫女よ、そっちであるか。

 

「あー、あんたも」

 

 そうである。吾輩も心配してほしいのである。

 巫女は吾輩が支えていることには手を貸さず、どたどたと雑巾を探しに行ってしまったのである。吾輩はそれで困った。重くて動くことが出来ぬ。

 

 その時ふと声がしたのである。縁側の方からであろう。

 

「咲夜。座敷に猫がいるわ」

 

 誰であろうか。

 

 

 

 


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