あれから10分ほど経った。雛森さん以外帰ってこない。
「………遅ぇ」
「うーん……連絡もないなぁ。ちょっと見てくるね」
「いや、俺たちも行くよ。いいですよね、虎徹さん」
「はい。何か、嫌な予感がします」
俺もだ。ニュータイプみたいなこと言うつもりはないが、何となく嫌な予感がする。
3人で、残りの2人が向かった方向に駆け足で向かうと、黒装束を着た男が倒れていた。
「おい、あれ……」
「!」
雛森さんが慌ててそっちへ向かった直後、虚の気配がした。かなり大きい、というかデカイ気配。
「なんだ?」
直後、砂煙が視界を覆った。
「雛森副隊長!」
虎徹さんが声を張り上げるとともに、俺は砂煙りの中に飛び込んで雛森さんの襟首を掴み、引っ張った。
「っ! 水上くん……‼︎」
急いで距離をとる。そして、砂煙りの中を見た。
「………ええ、ちょっ、嘘でしょ……?」
何で、こんな所に大虚がいやがんだよ……。
「これは……大虚……?」
虎徹さんが遅れて呟いた。雛森さんも目を見開いている。
しかも、サイズは中途半端に3メートルほど、人の形をしていた。まるで、虚の仮面を被った人の様な。
こいつはヤバイ、と直感的に感じた。何より、霊圧がもうね、尋常じゃない。
「引きましょう。二人とも」
早急に提案した。とてもじゃないが、回復役を守りながら勝てる相手ではない。
「引くって……?こいつを放っとくつもり⁉︎」
「分かってるって。だけどほら、現状じゃこのヤバイ奴にはどう足掻いても勝てないでしょ」
「ダメよ!五番隊の人がやられてるの‼︎このままおめおめ帰れるわけ……!」
「だからこそ、引くって言ってんの。これ以上、死者は出せない。つーか、元々俺たちの任務は調査だ。駆除じゃない」
「ッ………」
決まりだな。一応、男の俺がしんがりになろうと思い、二人が動くのを待った。
二人とも、渋々といった感じで引こうとした。俺は油断なく、大虚を睨みつけておいた。
直後、大虚の姿が消えた。そして、俺を素通りして雛森さんに向かって手を伸ばしていた。
「えっ?」
慌てて俺は雛森さんを突き飛ばし、身代わりになりつつ攻撃を躱した。大虚の一撃は、俺の顔の真横を素通りした。
「ッ‼︎」
思いっきり拳を振り抜いて、大虚の顔面に叩き込んだ。
ズザザザッと音を立ててぶっ飛ぶ大虚。だが、すぐに受け身をとってこっちを睨んできた。
っふぅ〜……あっぶねぇ……。ギリギリだったよマジで……。
「大丈夫か?雛森さん」
……だめだ、ドヤ顔抑えないと……。あまりにカッコ良く助けられたからってニヤけるのは全部台無し……!
と、思ったら虎徹さんも雛森さんも気まずそうな顔をしていた。
「え、何?」
「………い、いえ、キチンと躱せてました。うん、ありがとう、水上くん」
「そ、そうですね。今のは中々かっこ良かったですよ」
お、おいやめろよ二人とも。照れるだろ〜。
っと、そんな場合じゃないな。俺は大虚を睨み返した。
すると、大虚は俺に右手の握り拳をかざし、ゆっくりと開いた。そこから、ポロっと耳が落ちて来た。
「……………」
嫌な予感がして、俺の右の耳に手を当てた。
ドロリと生暖かくて赤い液体が、俺の手に付着した。そして、耳があるはずの場所には、代わりに大きな穴があるだけだった。
「………………」
今更になって痛みを感じた。
俺は、ギロリと大虚を睨んだ。
「テメエエエエ‼︎イヤホン出来なくなっちまったじゃねぇかああああ‼︎」
「「いやそこおおおおおお‼︎⁉︎」」
二人のツッコミを背に、俺は大虚に襲い掛かった。
腰から刀を抜いて、正面から叩き斬る。それを大虚は両腕でガードした。この野郎、素手でガードしやがった。
直後、俺の足元に廻し蹴りを放って来たので、ジャンプして回避する。その隙を見て、俺の刀を退かして殴りかかって来た。俺は刀を持っていない手の方でその拳を受け止めると、ジャンプしたまま顎に膝蹴りを叩き込んだ。
「っ………」
後ろに仰け反って退がりながらも堪えた大虚は、すぐに反撃して来た。
顎に掌底を叩き込んで来たので、それを刀でガードする。が、刀に手が当たる前に手を引っ込め、左足で俺の刀を持ってる左手を蹴り上げた。
「っ⁉︎」
手から離してしまった刀はヒュンヒュンと回転しながら空中を舞う。
刀に目を取られた俺の隙を逃さず、大虚は俺の脚を払った。
「ッ⁉︎」
転んだ俺の真上に立つと、空中の刀の柄を掴み、大虚は思いっきり俺の顔面に向けて突き刺した。
ドゴッと鋭い音を立てて突き刺さる刀。だが、俺に刺さったわけではない。首を横に傾けて躱し、刀は地面に刺さっている。
「目に砂が入った」
俺は言うと、腰の鞘を掴んで大虚の腹に思いっきりぶっ刺した。貫通はしなかったものの、クリティカルヒットし、後ろに大きくぶっ飛ばしてやった。
ぶっ飛んだ時に、大虚の手から離れ、空中に投げ出された刀を俺はパシッと掴んだ。
「この野郎、焦ったじゃねぇか」
そう言った直後、俺の頬からツウッと血が垂れる。どうやら、躱しきれてなかったようだ。
「……す、すごい。大虚と始解もせずに互角に戦ってる……」
「って、感心してる場合じゃないですよ!早く援護しないと……!」
「でも……こんな正面からの斬り合いでは、私の『飛梅』だと水上くんも巻き込んでしまいますし」
「…………」
それでいいよ、二人共。
あんたら傷つけたら、藍染隊長と卯ノ花隊長に殺されちまう。それだけはゴメンだ。というか、俺の耳の仇を討つまで俺一人でやりたいし。
すると、大虚が自分の右腕を伸ばした。爪が伸びて、それが五本の刀身のようになった。
「ッ⁉︎」
直後、正面から斬り込んで来た。刀でガードするも、親指と小指の爪が俺の肩に食い込んだ。
さらに、反対側の手の爪も伸ばし、俺に向かって突き込んで来た。
「ふぬをっ⁉︎」
慌てて上半身を後ろに反らして躱した。刺さった爪が俺の肩を抉ったが、それをまったく気にせずに両手を地面に着け、両足で大虚の顎を蹴り上げた。
蹴り上げられた大虚の真上に跳んで刀を振り上げた。
「フンぐッ‼︎」
息を吐きながら振り下ろした。その刀を、大虚は右手の爪だけでガードした。二本ほどへし折ってやったが、それでも完全にガードしやがった。
そして、左手の爪で突きを放った。俺は腰から鞘を抜いて、突きをガード。そのまま体を捻って顔面に廻し蹴りをブッ込んで、地面に叩きつけた。
俺も地面に着地して距離をとり、雛森さんを見た。理解した雛森さんは斬魄刀を抜いた。
「弾け、『飛梅』‼︎」
直後、刀身から飛ぶ火の玉。それが大虚に襲い掛かった。
爆発、炎上。これなら流石に仕留めただろう……。
そう思ってると、煙の中から大虚がまた飛び掛かってきた。しかも、雛森さんの方へ。
「ッ‼︎」
俺は刀をブン投げた。回転しながら大虚に向かって行く。
雛森さんの肩に、大虚の右の爪が刺さった。遅れて、俺の刀が大虚右腕を落とした。
「雛森さん‼︎」
慌てて俺は雛森さんの方へ駆け寄った。
が、読んでいたように大虚は俺の前に立ちはだかり、爪を振り下ろした。
「そこ、退けエエエエ‼︎」
鞘を抜いて爪を上に払うと、斬り落とした方の腕を掴んで、力任せにブン回してその辺の木に投げ付けた。
「虎徹さん、雛森さんの容態は⁉︎」
「だ、ダメです。意識がありません」
当たり所が悪かったか……。
「虎徹さん、雛森さん連れて精霊廷に逃げて下さい」
「み、水上副隊長は……?」
「あいつを殺します」
当たり前だ。あの野郎、我らが天使雛森さんに手を上げやがった。
「………わかりました」
虎徹さんは精霊廷に走って帰った。さて、ここからだな。
*
「藍染さん?」
「どうした、ギン?」
「何であんな副隊長に興味持ってはるんですか?」
「彼は、狙ってか偶然か私の邪魔をして来るからね」
「と、言いますと?」
「雛森くんへのストーキングだ。もしかしたら、私の意図に気付いて、盲信させようとしているのを阻止している可能性がある」
「考え過ぎやないですか?」
「いや、先程『あまり他所の隊の副隊長にちょっかい出すな』と警告しておいたんだ。そしたら、彼なんと言ったと思う?」
「さぁ?」
「『俺、応援してますから!』と元気良く言われてしまったよ。おそらく、我々のやろうとしてる事がバレてる可能性がある」
「いや、100%考え過ぎやと思います」
「何しても、彼はイレギュラーだ。仕留められずとも、力だけは見ておきたい」
(この人、意外とアホなんちゃうか)
*
爪がなくなったことにより、攻撃の速度が上がった大虚と正面から斬り合っていた。
刀を突き込むと、横に躱して爪を振り回してきた。鞘を縦にしてガードした。ボギッと音を立てて鞘が落ちた。もうこれは使えない。俺は鞘を投げ捨てながら、刀で縦に斬った。
後ろに大きく下がり、木を踏み台にしてジャンプする大虚。俺も別の木を踏み台にしてジャンプした。
「逃がすか……!」
後ろから追いかけたとき、大虚はクルッとこっちを見た。そして、爪を引っ込めた片腕をこちらに向けた。
「なんだ………?」
呟いた時、拳の前から白い光が現れた。
何だっけこれ……
「やばい奴じゃん………」
俺の眼の前を、白い光が包んだ。