移籍:1日目
「水上祐作。この者を、四番隊副隊長に任命する!」
急に呼び出され、山爺にそう宣言され、俺は心底ビビった。
「………えっ、なんで?」
何も聞かされていなかったので、思わずタメ口きいてしまった。だって、確か四番隊って卯ノ花さんがいる所だよね?あの恐怖の卯ノ花さん。
「四番隊の治癒、救護をする部隊の戦闘員じゃ。救護中の者を狙われた時に護衛するためにの。……それと、自由過ぎる主を少々矯正してやろうと思っての」
「あ?自由過ぎるって、俺がですか?」
「うむ。自覚がないのか?」
「ないですね。俺は至って真面目です」
「ふむ、同期の雛森くんにストーカー行為をしているという報告が入っておるのだが?」
「なっ……⁉︎誰からですかそれは‼︎」
「吉良副隊長じゃ」
「あんにゃろ……。違いますからね⁉︎ちょっとストーカーに気付いて恥ずかしがったりぷんすか怒ってる顔が可愛いくて何度も見たいから尾行してるだけですからね⁉︎」
「山爺、僕こいつ牢に放り込んだ方が良い気がしてきた」
「京楽さん⁉︎」
「ふむ、それは儂も思っておるが、それ以上に此奴の実力は侮れん」
思ってんのかよ……酷いよ山爺。良かったよ、俺に戦闘のセンスがあって。
でも、四番隊かぁ……俺、卯ノ花さんって人見たことないんだよなぁ。何せ、一番無縁の部隊だと思ってたし。
怖い人ってのしか知らない。嫌だなぁ、ゴリラみたいな女の人だったら。女の子っていうのは、雛森さんみたいな守ってあげたくなる子か、身体中からエロスが溢れ出てる大人の女性じゃなきゃ需要ないでしょう。
ましては雌ゴリラなんてもう何の価値も無いよね。チンカスだよチンカス。
そう思ってると、ガラッと部屋の扉が開いた。
「申し訳ありません。少し用事で遅れました」
「来たか、卯ノ花。前の此奴が主の隊の新しい副隊長となる者じゃ」
けっ、出やがったか雌ゴリラが。
そう思って後ろを見ると、そこには着物の上からでも分かる巨乳、優しそうな表情ながらも凛とした顔、というか可愛いタレ目、両サイドから垂らした髪で結った三つ編み、大人の女性を絵に描いたような女性が立っていた。
「初めまして。卯ノ花烈です」
「……………」
雌ゴリラ?何処にいんのそれ?あ、ダメだ。緊張して上手く話せない。どうしよう。
「ほら、挨拶しなよ」
京楽さんに言われ、俺はようやく再起動する。
「あっ、やっ、えっと、あれだ。は、初めまして。水上祐作っス。初めまして」
「ふふ、よろしくお願いいたします」
「ふ、ふぁい!ヨロシクっス!」
や、ヤベェー‼︎ガッチガチだよ俺。どうしよう、どうすればいいんだろう。どうしたら結婚してくれるんだろう。
「うむ、ではよろしく頼むぞ」
山爺のその台詞で、俺は卯ノ花さんと一緒に四番隊隊舎に向かった。
*
うっあー、やっべー、緊張感やっべー。
雌ゴリラどころか大和撫子出て来ちゃったよ。どうしよう。
俺のバックバクの心臓とはおそらく真逆だろうが、卯ノ花さんは微笑みながら俺の前を歩いている。
「水上副隊長」
「ひ、ひゃい⁉︎」
「……何を緊張してるのですか?」
「や、すいません」
「………?まぁ、良いです。それでは、今日は早速副隊長としてお仕事を手伝ってもらいましょうか」
「仕事?隊長に仕事なんてあるんすか?」
「ありますよ。普段は書類などの雑務をこなしております」
「へぇ……そんな事してたんですね」
「ここですよ、執務室は」
言われて、到着したのは何とも卯ノ花さん……いや、卯ノ花隊長らしい、綺麗な部屋だった。
そうそう、これだよこれ。女性の部屋。雛森さんの部屋は覗いたことはあっても入ったことはないからなぁ。
「では、こちらの分をお願いします」
言われて、俺の前に差し出されたのは、俺の腰ほどまである書類の山だった。
「………あの、これは?」
「あなたの分です」
「や、あなたの分ですって……。え?卯ノ花隊長はそれしかやらないんすか?」
それしか、というのはジャポニカ学習帳1冊分ほどだ。
「そうですが?」
「や、これ完全に自分の仕事押し付け……」
「では、終わるまでこの部屋から出ないでくださいね」
言われて、俺は執務室に閉じ込められた。
「……………」
あの人は優しい大人なんかじゃなかった。
噂通り、鬼だった。