女の子だらけの職場で俺が働くのはまちがっている 作:通りすがりの魔術師
もしこれが2度目の人生だったのなら俺はこの状況を打破する手段を持っているのだろうか。その答えは否であろう。そもそも、人生は1度きりで仮に転生なんてものがあったとしても、それをするのは前の人生に未練があった者で俺のような目的も意味無く生きてる人間には訪れない。てか、2度目でも覚えてないと無理だろうし、俺は確実に人生ニューゲームだわ。
「...やっぱり...ダメ...だよね.........?」
これが小町ならそんな小首傾げて可愛いと思ってんのか可愛いわボケと冗談交じりに追い払うが、今回は別だ。なんたってみんな(俺一人)が憧れるあのひふみ先輩からのお願いだ。普通なら断らない。そう、普通ならだ。お願いの内容に問題がある。
日焼け止めを塗ってほしい。
こんなの人生何周したら巡り合えるんだというお願いに人生初心者の俺は硬直する。こんな時、俺はどうすりゃいいと尋ねても答えてくれる相手はいない。そもそも、女子からのお願いなんて学校でずっと陰キャだったから経験がない。後輩から上目遣いやら脅しで便利な小間使いをさせられたことはあっても先輩からのお願いは初めてなのだ。
「自分で塗るという選択肢は...?」
「か、身体が固いから...背中...に手が届かなくて...」
なんだそういうことか!なんだぁ!つまり前は自分で塗るから後ろは俺に頼みたいということか。それならばやるのもやぶさかではない。誰かに見られても自然......なはずだ。
「じ、じゃ背中だけなら...」
「......!......うん、ありがと...」
はにかむような笑顔が太陽よりも眩しい。俺はこれからこの人に日焼け止めを塗るのか...。ひふみ先輩はうつ伏せで寝転がると「んっ」と何故か艶めいた声を出す。
「...じゃ...お願い......します...」
「あ、ひゃい」
蓋を開けて容器をぐっと握り、左手にドロっとした日焼け止めを500円玉程度の大きさで出して一旦日焼け止めの容器を置く。それでこっからどうすればいいんだ?このまま直接塗ればいいのか、右手にも付けて広げるようにしたらいいのだろうか。マジで誰か教えてくれよ…。
「...八幡」
「あ、はい、塗ります塗ります」
なかなか動かない俺を不審に思ったのかひふみ先輩が俺の方を振り向く。その際に右乳のゴミがほくろだとわかったのは些細な話だ。ほんと、俺のビートが有頂天になったくらいだ。本人はああいうのに気付くものなのだろうか。まぁいいやと意を決して、ひふみ先輩に手を伸ばしたところでその腕を掴まれる。
「何をしてるのですか?」
ギョッと目を見開いて声の主を見るとうみこさんが目頭を抑えながら俺の手も抑えていた。これはまずいと俺は精一杯口を動かして事情を説明する。
「これはですねひふみ先輩に日焼け止めを塗ってくれと言われて決して俺から塗ろうとかそんなことを言った覚えはなくてですね」
真実を言っているのだがうみこさんは疑心暗鬼に掴む力を強めてくる。助けてひふみ先輩!とレスキューを求めたらひふみ先輩は「あわわ......」と蒸気を出して使い物にならなくなっていた。
「で、言い訳はそれだけですか?」
「言い訳じゃないんですけど…」
うみこさんの眼やら腕のフィジカルが強すぎて怯えて声も小さくなっていってしまったし、今のこの人に何言っても無駄な気がする。諦めムードに陥って冤罪を受け入れようと投げやりになっているとうみこさんはため息を吐く。
「まぁ確かに比企谷さんから言うとは思えませんし...今回は不問にしましょう」
やはり普段の行いというのは大切なのだろう。うみこさんは手を離すと日焼け止めを手に取りひふみ先輩に塗りたくる。褐色のうみこさんが白肌のひふみ先輩に日焼け止めを塗っているという絵面を見せられ、1分程で塗り終えるうみこさんにひふみ先輩は頭を下げる。
「あ、ありがとうございます......」
「礼には及びませんが、こういうのは比企谷さんに頼むものでは無いと思いますよ」
グウの音も出ない正論にひふみ先輩はシュンと落ち込む。初体験を体験出来なかったが内心かなりほっとしている。塗ってる時に何かしらのハプニングとかひふみ先輩に上擦った声でも出されたらここからプールに飛び込んでいるところだった。つづくという文字が出るくらいの大爆発をしていたた違いない。
「そういえば、うみこさんは今までどこに?」
「室内の方で泳いでました」
「へぇ、そんなのもあるんですね」
というかこの人は今まで一人でガチ泳ぎしていたのだろうか。相変わらず我が道を往くタイプで安心するが将来不安だな。具体的に言うとこの人と結婚する人。うみこさんは顔も良いし、スタイルよし、面倒見もよしと三良しが集まっている。だから、その気になれなくても男の方から魅力を感じて寄ってくるだろう。男らしいところもあるにはあるが、見慣れてしまえば気になるものでもない。
「それで他の皆さんは?」
「はじめさんとゆんさんとか八神さんと遠山さんは2人でいると思いますけど、桜と望月、あと鳴海はロビーから顔合わせてませんし」
「涼風さんは?」
「なんか怒ってどっか行きました」
俺がそう言うとうみこさんは冷たい目を、ひふみ先輩は心配そうな目を向けてくる。
「また何か言ったんですか?」
「またって...水着の感想求められたから世界一かわいいよって言っただけですけど」
「はぁ......なるほど」
あったことそのままを伝えたのだが、うみこさんはまたもため息を吐き、ひふみ先輩も若干呆れたような顔をしていた。
「他の方には聞かれなかったのですか?」
「八神さんと遠山さんには聞かれました」
「その時はどう言ったんですか?」
「...いいんじゃないですかとかインスタ映えしそうとか」
「やっぱり適当ですね」
仕方ないでしょ他人の水着を見たのが2回目なんだから。だけど、耐性がついてるからおかげで今回はそこまで動揺しなかったな。ひふみ先輩は除くけど。
「では、私はどうでしょう?」
うみこさんは挑戦的に見せつけるような表情で尋ねてくる。焦げた胸を覆う黒い三角の布を金色のリングで繋いだバンドゥビキニと呼ばれるもので、パンツも三角ビキニに見えるが結ぶ紐が2本と大人の水着という感じがする。それに南国育ちのうみこさんによく似合っていて沖縄生まれの射撃アイドルみたいな感じで売り出したらヒットしそうだ。けど、うみこさんの性格上アイドルというよりは本職のヒットマンなので違う意味で心臓にヒットするだろう。
「似合ってるとしか...」
「......なるほど」
喜ぶわけでもなく落ち込むわけでもなくうみこさんは目を逸らして髪を弄りはじめる。どういう反応なんだこれと困惑していると聞き覚えのある騒がしい声が近づいてくる。うみこさんもひふみ先輩も俺と同じくその声のする集団に目を向ける。
「あ、うみこさんにひふみ先輩!」
2人が見えるなら俺のことも視界に入っているはずなのだが、俺の名前が聞こえなかった。後輩からも存在を抹消される俺ってやっぱりアサシン。
大きく手を振りながら笑顔を振りまく鳴海とその後ろから若干落ち込んでる雰囲気の望月はパラソルの中に入ると疲れたーとブルーシートに座り込んだ。
「あ、比企谷先輩もいたんですね」
「まぁな」
ニカッと悪意のない笑顔が怖いな。俺がもっと感情の気上が激しければからかい上手の鳴海さんの名を進呈していただろう。
「で、ウォータースライダーはどうだったんだ?」
「楽しかったですよ。2回も乗っちゃいました。...あ、でも、ももは...」
含みのある言い方に思わず望月に視線を動かす。既にこの太陽熱で髪は乾きかけているが、まだ鎖骨には少しばかり水が溜まっている。
「何があったかは聞かない方がいいんでしょうか」
「さぁ...まぁ俺は別に」
興味無いと言おうとしたら望月を除いた面子から鋭い視線が刺さる。そこで俺は言葉を飲み込んで望月に問いかけた。
「なにかあったのか…?いや、まぁ言いたくないならいいんだが…」
プールでこんなに落ち込む原因というのは想像に容易い。例えば泳げないだとか、足をつってしまったとか水着が流されたみたいなベタな展開だろう。
「...2回目のウォータースライダーから落ちた時に鼻を打ちました」
全然ベタじゃなかった。ひふみ先輩は大丈夫?と背中をさすり励まし、うみこさんはウォータースライダーに誘ったであろう鳴海をじっと睨む。それから逃れようと鳴海は立ち上がると俺の前に立って変なポーズを決めてみせた。
「先輩どうです?私の水着は?」
どうして女の子はそう水着の感想を求めるんですかね。友達と選んで試着とかして買ったんでしょ?だったら自分では満足してるでしょ。それでも他人に評価を求めるとは...。
薄いイエローの生地のフレアビキニは水玉模様で彩られており、活発的な鳴海にはぴったりと言える。パンツの方はフレアはなく、両腰に固結びして固定したのか、はたまたそれは飾りなのかと少し心配になる。しかし、フレアが無いおかげで鳴海の健康的な尻が出ている。
「ん、鳴海らしさが出てて可愛いんじゃねぇの」
「そ、そうですか...なんだか平凡な、感想ですね...」
聞いといてその言い草はないだろと抗議しようかと思ったが、鳴海が太陽を背にしているため顔を直視すると目がやられるので諦めることにした。それでも鳴海も顔を背けて手で抑えているあたり少し照れているのだろうか。分からんけど。変な空気が流れる中、うみこさんはわざとらしくごほんと咳をするとその場から立ち上がる。
「私はもうひと泳ぎしてきます」
「あ、私も...」
「では、2人で行きましょうか」
うみこさんがそう言うとひふみ先輩は動揺しつつもコクコクと頷く。かわいい。2人が室内プールへと歩いていく姿を見送っていると俺の横に回ってきた鳴海が耳打ちしてきた。
「...もものは褒めてあげないんですか?」
「いや、聞かれてないし」
というか近いよ君。そういうことはね俺みたいな男にするべきじゃないと思うよ?耳がこそばゆいしひそひそ話は落ち込んでる人間にとっては精神攻撃に成りうるからやめましょうね。
「でも、ももの水着可愛いですよ?」
言われて見てみると、望月の目はいつの間にか俺を捉えていた。体を隠すように腕で自分を抱く体育座りでもふくよかな胸の大きさは隠しきれていなかった。水着隠して胸隠さずということわざが生まれちゃうくらいのフィジカル。望月紅葉...恐ろしい子っ!
「で、どうなんですか?」
再度聞かれて望月を見ると、ひそひそ話は聞こえているのか伏し目がちに上げられた目が俺の言葉を待っているように見えた。
農場の娘だからなのかは知らないが白黒の牛さんカラーのビキニに小さくついたフリルが目を引く。いや、それ以上にやっぱり胸のでかさだな。おそらくひふみ先輩以上、しかしはじめさんの方が勝っているだろうか。いかんいかん、同年代とはいえ望月は後輩だ。そんな下卑た目で見るのは先輩として人間として男として終わっている。
だが、先ほどウォータースライダーで沈没した名残なのか、水滴が弾かれるようにして艶やかな肌の上に残っている。しかし、重力には逆らえず少しずつ優美な曲線を描くくびれを伝い腰まで到達するとパンツについたフリルへと消える。
胸からも腰からも目を逸らせない。どうやったらこんな破壊力満点のボディーが出来上がるのだろうか。本人は無自覚なのだろうが、自信を持った方がいいと思う。
「悪くない...と思う。可愛いし女子らしくていいな」
社外なのでこれはセクハラにはならない。そうセクハラにはならない。それに聞いてきたのは鳴海なので鳴海が全部悪い。
「...そういうこと初めて言われたので嬉しいです」
はにかむような望月の笑顔が日陰なのに眩しくなって、俺はやっと目を逸らした。あれをずっと見てたら俺の体砕けて新しい肉体を得ないといけなくなっちゃう。つまり、望月は太陽だった...?
「...俺もちょっと泳いでくるわ」
そうパーカーを脱ぎ捨てて軽く準備運動をしていると2人は小さく手を振って「いってらっしゃい」と声に出す。...もし、こいつらが本当に歳下の後輩なら何ともなかったんだが、水着評価の後だと死にたくなるな。主に恥ずかしさで。そんな気持ちを払拭するべく俺は飛び込み台の上から人がいないことを確認して水面へと飛び込んだ。
あと1話です。ほんの少しですがお付き合いくださいませ。
あとは特に言うことは無いです。