女の子だらけの職場で俺が働くのはまちがっている 作:通りすがりの魔術師
そんなに言っても今のところ書く予定はないよ…(書かないとは言ってない)
涼風に飲み物を買いに行くと一言断ってから、俺はスプライドマウンテンの出口から離れた自販機に向かって歩いていた。
『絶対、手に入れるから。待っててね』
ふと、気づけば俺は涼風の言葉の意味を考えていた。
桜色の城に照らされたように見えた涼風はいつものあいつとは違って見えたのだが、それもこのディスティニィーランドが見せる幻覚なのか、吊り橋効果というやつなのかはわからない。
少なくても、俺が涼風青葉を初めて同い歳の女の子として見たのは確かだろう。
今までどう見てたかって?例えるなら、俺が保育所の先生であいつが園児とかそんな感じだ。多分だいたいあってる。
とりあえず、さっきのことを払拭するかのように、こういう遊園地の飲み物って高いよな、と思いつつ小銭を入れて炭酸飲料のボタンを押す。なんだか、スッキリしたい気分なんだろう。自分のことなのにはっきりしていない当たりまだ動揺しているらしい。
スプライドマウンテンの近くまで戻って涼風の居場所を探す。あらかじめ場所を決めておけばよかったな。少し歩くと近くの売店からいくつか袋を手に持つ涼風が出てくるのが見えたので、そちらの方に近づいていく。
あちらも俺に気づいたのか、手を振ってくる。
「飲み物買えた?」
「あぁ、高かったけどな」
高いうえにマッ缶がないとか夢の国としてどうなのだろうか。夢を見せる代償にしては大きすぎる気がするのは俺だけだろうか。
「その、今日は楽しかったね」
「まぁ、そうだな」
ただ単に疲れただけかと思ったら、意外にも楽しめていた。やっぱり、夢の国ってすげー!
「じゃ、そろそろ帰るか」
「あ……うん」
答える声は沈鬱で、涼風はそこから動こうとはしない。まだ何か乗りたいものでもあったのだろうか。今日はパレードもないし、これといったイベントもない。ほとんど乗り尽くしたはずだが。
「なんだ、もう1回乗りたいものでもあるのか?」
聞くと、涼風はぶんぶんと首を振った。
じゃあ、なんなんだ…。相変わらずわからない女心に困惑してると涼風は歯切れ悪く言葉を紡ぐ。
「……えっと、その……楽しかったから…し、写真撮りたいなーって」
「撮ればいいじゃねぇか」
何の写真かは知らないが、別に1枚くらいなら咎めはしない。俺が言うと、涼風は「じ、じゃあ!」と俺の手を取り歩き出す。なんか今日の涼風さんは自己主張が激しいというか、とりあえずその服装といい童貞を殺す気なんですかね。
写真を撮りたい場所に着いた涼風は息を整えると、ポケットからスマホを取り出す。近くを見渡せば桜色にライトアップされた夜の白亜の城を記録に残そうと撮影する者が多く見られた。それも友達や恋人とのツーショットでだ。まさかと思って涼風を見るとかスマホのカメラを城に向けて、シャッターを切っていた。
「もう済んだか?」
「あ、最後に1枚だけ」
そう言って涼風は、俺の方に寄ってくるとスマホのカメラを内側にする。自分も写して撮るのかと思ったら、急に服の裾を引っ張られる 。あまり力は強くなかったが、完全に気を抜いていたので思ったより涼風の密着してしまう。
「え、あ……」
カシャッと、スマホの写真にみっともない顔をした俺と涼風を保存する音が鳴る。
「悪い…」と急いで、涼風から離れる。うわ、なんかめちゃくちゃいい匂いした。けど、あれ絶対ビオレの匂いだよ。ビオレママになろう弱酸性ビオレの匂いだよ。しかも、女らしいというか、その、柔らかさが伝わってきて素直にアレしそうになった。あれだな、俺がそのヘンの童貞だったら死んでたな。
「……よ、用も済んだし、帰ろうー!」
俺と顔を合わせないように振り返って出口の方へと進んでいく涼風に、俺は何とも形容し難い気分を落ち着けながらその背中について行った。
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帰りの電車の中は働き者の帰宅ラッシュをすぎていたためか、車内はとても静かで容易に座ることが出来た。それに隣が静かなのはようやく疲れが出てきたのだろう。
東京駅まではほんの数駅で、俺と涼風は特に喋ることもなくただ電車に揺られていた。
東京駅についた後もその静けさは変わらず、俺は下に止めた自転車の料金だけが気がかりだった。ほら、ちゃんと止めないと持ってかれるし、止めたら止めたで金取られるからな。結局、お金は取るあたりこの国すごい。
そういえば、涼風はどうするのかと振り返ると下を向いてため息を吐いていた。
「どした」
「……ううん、なんでもない」
軽く首を振ってそう言う涼風。本人が何も無いというのならこちらもそっとしとくのが一番だろう。
「じゃ、俺、こっからチャリだから」
「あ、そうなんだ」
「お前は?」
「バスだけど…この時間あるかな…」
確かにこの時間帯で動いてるバスは流石に少ない。タクシーなら、たくさん常駐しているだろう。提案してみたがお土産にだいぶ使ったらしくそんなお金はないと言われた。
「……じゃ、貸してやるから。流石に何分も歩く体力残ってないだろ」
「え、でも悪いよ」
「いいんだよ、こういう時は遠慮せず借りとくべきだ。それで500倍返ししてくれればいい」
「そっかそう……えぇ!?500倍!?」
「いや。冗談だよ」
そんな本気にすんなよ。でも、俺だって5000兆円欲しい!という欲望はある。だって、そんだけあったら仕事しなくていいじゃん。
てか、それより、こいつ大丈夫か?ちょっと八幡心配になるよ?老後とか詐欺に騙されそう。俺とかに。しないけど。
ふくれっ面の涼風に諭吉を差し出すと嫌々といった感じに受け取る。
「返すのは次会った時でいい」
「う、うん。というか、八幡と私って会社でしか会わないじゃん」
いや、わりと外でも会うだろ。この前もそうだし。しかし、何気にあらかじめ集合場所やら時間を決めて会ったのは今日が初めて……あれ?
「どうしたのそんな顔して」
俺の少し驚いたような顔に涼風が首を傾げている。
「いや、お前いつから俺の名前呼んでたんだっけと思って……」
「!?」
よくよく思い出してみたら、この前も1回言われた気がする。あれは小町や雪ノ下とおなじく虐語として俺の名前を出したんだろうが、今日はなんか違ったような。
どうなのだろうかと顔を上げるとそこに涼風の姿はなく、喧騒の中でさっきまで前にいた紫髪のツインテールが慌ててタクシー乗り場近くの階段へと急いでいた。
何かの用事でも思い出したのかと思って、特に気にすることもなく俺は帰宅した。
思ったより長くなかった