女の子だらけの職場で俺が働くのはまちがっている 作:通りすがりの魔術師
コンペも無事に終わり、プロトタイプ版の制作も順調に進んでいる。ということもあって、普通に休みはある。そう、普通に、平然とそれは決まっていたかのように。
紅葉の季節が終わって葉は朽ちていき、木枯らしが吹いている。寒波とやらはまだ来ていないらしいが、それでもやはり冬とは寒い季節だ。しかし、臨海部に位置していた千葉県に比べればまだ暖かいのかもしれない。
東京には忠犬ハチ公ならぬ忠鳥ペン公などというものがあり、俺はそこで大きく口を開いてあくびをする。それを手で抑えると、チラリと俺の隣でだんまりと首に巻いているマフラーをいじったりしている人を横目で見る。
「なんですか」
「いや、おしゃれだなと」
カジュアルで柄物のセーターとマフラーに茶色のロングスカートを身にまとったうみこさんだが、相変わらず睨みつけ方が怖い。高校時代にいた三浦とか雪ノ下並に怖い。いや、この人に至ってはハンドガン(モデルガン)所持してるから尚更なんだよな。
「……そうですか。まぁ、ありがとうございます」
苦し紛れに褒めたのだが、思いのほか効果はあったようだ。
「ところで俺はなんで呼ばれたんですかね」
「どうせ暇かと思いまして」
なぜだ?最近社内の人の俺の扱いが酷い気がする。いや、高校時代から全然変わってないな。というか、どいつもこいつも俺の休日をなんだと思っているんだか。俺は暇つぶし用の都合の良い人間じゃないのに。もしかしたら、レンタルお兄さんとかそういう仕事の方が向いてるんじゃないかと思える。
「実は桜さんに呼び出されまして」
思い浮かぶのはあの無邪気で悪意のない童顔をした女の子だ。悪意はないのだが、幼なじみを心配して来たが逆に心配されたり、喧嘩したり、人様のプリンを食べたり、足元のパソコンのコンセントを足で引っ張って抜いてしまったりと。他にも色々とやらかしているのだが、それは置いておこう。
「はぁ、それでなんで俺が?」
「涼風さんはお仕事だと伝えたらあなたを連れてきてくれと言われまして」
なんでやねん!……はっ、全く理解のできない理由で呼ばれたからつい関西弁で突っ込んでしまった。あんなエセ関西弁を使っていいのはのんたんだけだし、浪速の名探偵に怒られてしまう。
「理不尽通り越して意味不明すぎませんかね」
「まぁ、桜さんですから」
なんでだろう…不思議と納得してしまった。
で、俺をそのよくわからない理由で呼んだ張本人は木の裏に隠れて何してんだか。
ここからかなり距離があるがつば付きのニット帽と子供が着てそうなコートを羽織った桜は単眼鏡でこちらの様子を伺っているようだが、俺とうみこさんが目線だけそちらに向けるとビクッと肩を跳ね上がらせて体を隠す。
それを見計らったかのようにうみこさんは携帯に取り出して即座にその場を離れる。俺は囮としてここに残っていよう。案の定、桜は再び単眼鏡で俺だけしかいないことに困惑した後、
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何やらあったが桜と合流できた俺達は近くのファミレスへと入る。禁煙席のテーブル席に座るとメニュー表をとり、各々デザートを注文すると数分後に店員さんが運んできてくれた。
桜はジャンボパフェ、うみこさんは白玉あんみつ、俺はコーヒーゼリーとそれぞれカオスなものを目の前に置く。
「うまうま」
「相変わらずですね」
桜が一口美味しそうに頬張るとうみこさんが呆れたように口を開く。
「どういう意味ですか!あ、でも白玉あんみつも美味しそう」
「食べますか?」
「いいの!?」
「じゃあ、あーん」
「……」
桜が大きく口を開けると、早く早くとうみこさんの白玉あんみつを待っている。俺はチビチビとゼリーを食べながらその様子を見守っている。だが、うみこさんはスプーンで掬ったあんみつをどうしようかと戸惑っていた。
「まぁ…動物にエサをやってると思えばいいんじゃないですかね」
俺が小声で囁くように言うと、うみこさんは「あぁ、なるほど」と手に持っていたスプーンを桜の口に運ぶ。
「うまうま…じゃあお返し!」
「わたしは結構です」
「えー……じゃあ、八幡は?」
なんかその振り方腹立つからやめてくれないかな。
「いや、俺も遠慮しとく」
「ちぇー……あ、もしかして2人とも照れてるの?」
「照れてないですよ」「照れてねぇよ」
桜の質問に同時に答えるとどうにも話しづらくなる。
それを見かねた桜はニヤニヤと口角を釣り上げる。
「ふ〜〜〜ん」
「わかりました食べますよ!」
「じゃあ、あーん」
と、桜がスプーンを突き出すとうみこさんは若干頬を赤らめながら口を前に出すのだが。
「なーんちゃってあげなーい!」
そうやって桜がそれをぱくと食べるとうみこさんの顔が般若のようになって、さらには恐ろしくゴゴゴゴという幻聴まで聞こえてくる。それを見た俺は慌てて桜からスプーンを奪い取り、パフェのクリームとアイスの部分を掬うとうみこさんの口に突っ込む。
「……」
「……」
どうだ……?と死亡フラグビンビンの発言を心でしてみるが、思ったよりは満足してもらえたらしく何も言わずに口元をナプキンで拭いていた。
「で、今日は用事ってなんですか?」
「そうそう、俺まで呼びやがって」
「え、うーん…えっと…笑わない?」
遠慮がちに顔を逸らして言われると、俺とうみこさんは顔を合わせる。
「場合によっては」
「まぁ、笑うかもな」
「2人ともいじわる!」
桜が膨れっ面になるとうみこさんは呆れたのかため息を吐くと席から立ち上がろうとする。それを桜が慌てて制す。
「あ!ちょっと!んーと…プログラムでわからないことがあったんだけど、調べてたら解決したから特に用もなくなっちゃって」
「へー桜がプログラム?何か作ってるのか?」
俺が興味本位で聞いてみると「見る!?」と桜はその言葉を待っていた!と言わんばかりの反応を示す。その反応に納得したかのように鼻で笑ううみこさん。
「フッ、ああ、それでモジモジしてたんですか」
「だから笑わないでって言ったの!」
そう言うと桜はカバンからノートパソコンを出してすぐに起動させるとカタカタとキーボードに何やら打ち込み、画面をこちらに向ける。
そこに写っていたの棒人間ではないがかなり簡略された騎士と馬、敵っぽい豚が写っていた。あとは樽や斧、そしておにぎり。
「こ、これは…凄い絵ですね」
「なんでおにぎりなんだ…?」
「しょうがないじゃん、絵描けないんだもん!!」
それは仕方ないがフリー素材とかあるだろ…そう言おうと思ったのだが、桜がキーボードを叩くと絵は動き出す。ジャンプはするし、攻撃もできるし、正直すごいなと思ったのだが急に動きが止まる。
「また止まっちゃった!」
「問題解決してないじゃないですか」
「前はそもそも起動しなかったりだし…でも動く時はずっと動くんだけど…」
「はぁ」
うみこさんはそう言うと俺の隣から向かい側の桜の隣に移動するとパソコンのキーボードを操作する。
「…ほら、ここわかりますか?」
「あ!同じ処理を何度もしてたんだ…なるほど、さすがプロ!」
「……プログラムは楽しいですか?」
うみこさんがそう尋ねると、桜は難しそうな顔をする。わからないし、難しい。そう口にした桜だが、涼風の気持ちはわかったらしい。
「絵とは違うけどこうやって形になってくって面白いし、あとバグみつからないでーっていうプログラマーの気持ちもちょっとわかった」
「わからずデバッグしてたのかよ」
「でも、全く見つからないと逆に不安になるものですよ」
「え、そうなんですか?」
「バグなんてあって当然。それを直しながらよくしていくのが当たり前の流れです。それがないなんてイレギュラーですよ」
「そっかー、バグがあって当然なんだ…。ちょっと安心したかも」
まぁ、確かにバグはあって当たり前なのは現実も同じだからな。例えばサッカー部の永山とか俺の人生のバグに違いない。あいつがいなければ俺はリレーでこけずに済んだし、球技大会でもそれなりの活躍はできたはずなのだ。
「まぁ、また進んだら見せてください」
「……もしかして私……素質あった…?」
「お前全国のプログラマーに謝れよ…ポジティブすぎるだろ」
流石にそれは自分を崇めすぎだろ。あれか?褒めて伸びるタイプなのか。いや、そんなタイプのやつはたいてい何かしらやらかすやつなのだ。あ……やらかしてる。
「あ、2人ともこのことは秘密ね!とりあえずこのゲーム完成するまでは秘密!」
「はいはい」
俺が適当に返事を返すとうみこさんが「そうだ」と何か思い出したのかそうつぶやく。
「涼風さんのことは聞いてますか?」
「え…なにかあったんですか…?」
心配そうに俺とうみこさんの顔を目線が行き交い、うみこさんは意地悪な笑みを浮かべる。
「いや、悪いことではないですが、知らないならいいです。」
「え、なにそれ!八幡何か知らないの?」
楽しそうなうみこさんと困ったようにバタバタする桜の顔を見てるとこちらもなんだかいじりたくなってきた。
「さぁ、本人から聞けば」
「えー気になる」
「楽しくやってますから」
「そっかーそれならいいか、へへへ」
「いいのかよ」
散々聞いといて楽しそうにやってるならいいのかよ。……まぁ、別にいいか。苦しそうに疲れたようになってるわけでもないし、悪いことをしたわけでも失敗したわけでもない。幼い頃からの友人だからこそ、お互いを極限まで知りたがると思ったのだがそれは俺の勝手な幻想だったらしい。
夕方になって2人と別れると俺は電車の切符を購入し、改札口を通る。今の世の中、PiTaPaだとか電子マネーが普及していて電車に乗るのもそれだけで済むのだが俺はやっぱりこういう古さというか慣れ親しんだものを使う方が好きなんだよな。おっさんではない。お兄さんだ。
平日のこの時間だと少し混み始めてる頃でサラリーマンやOLさんで車内は溢れかえっていて乗るのも降りるのも一苦労といった感じだ。これだけ満員だと少し体やら手が当たるだけで痴漢だとか思われそう。でも、大丈夫。八幡は覚えたんだ。痴漢だとか言われたらお前が痴漢したんだと反論すればいいんだって。嘘ですごめんなさい。
ドア側の手すりに掴まって電車に揺られて自分の降りる駅を待つ中、ふと見知った顔が目に入る。そいつは黒い艶やかな髪を下ろして、どこかの学校の制服のブレザーと首にマフラー巻いて、耳にイヤホンをつけて無表情でケータイをいじっていた。
鶴見留美。高校2年時にしたクリスマスイベント以来会っていなかった気がするが、あれから2年だからルミルミは中学2年生なのか。待てよ、あそこの小学校なら中学は電車を使わなくても行ける距離なのでは?と思考してみたが受験したか、引っ越したかと考えれば別に不思議でないと思って目を逸らした。
自分の家の最寄り駅について電車から降りて振り返ってルミルミを見てみる。しかし、その姿はもう無く俺が目を離した後にどこかの駅で降りたらしい。まぁ、あっちとしてはあんまり会いたくない顔だろうな。千葉村での一件も心良い思い出ではないだろうし。
家に帰ろうと後ろに向いていた体を前に向ける。すると、俺の目の前には見失ったはずのルミルミが腕を組んで機嫌悪そうにそこに立っていた。
なんで?