女の子だらけの職場で俺が働くのはまちがっている 作:通りすがりの魔術師
ある人曰く「奪うことは等しく悪である」
それは日本の法律がものがたっており、物や生命を奪うことは悪として罰せられる。またファーストキスをズキュウウウン!!!と奪うことも悪だし、なんなら波紋使いに波紋疾走されるまである。
男性も女性もやたらと初めてを大事にしたがる傾向があるらしい。
例えば、初めてシた相手のことは忘れられないだの、ファーストキスの相手は忘れたくても死ぬまで覚えてるだの。
しかし、奪うことは悪であるということから紐解くに、お互いの了承があろうがなかろうが異性との関係には「奪う」「奪われる」が付き物である。なので、異性と付き合うと悪になってしまうと言える。
だから、俺は誰とも付き合わないし、誰にも俺のオレを奪わせたりはしない。もう彼女欲しいとか恋人が欲しいとか思わない。思っちゃダメ。思った瞬間、俺もリアルな獣に大変身してしまう。それに仏の道に女は不要……しかし、戸塚は必要。
……はぁ、なんで男なんだろ。戸塚ぁ……。
ため息をつきながら再び、突然社内に一斉送信されてきたメールに目を通す。
【差出人:遠山りん】
【宛先: 社内全員】
皆さんおつかれさまです。
本日、冷蔵庫にあった八神コウの
プリンが誰かに盗まれました。
食べた方は怒らないので、
遠山のデスクまでお願いします。
遠山りん_
遠山さんからの社内メールを見て、奪うことの醜さ残酷さなどを実証しようとしていたら何故か戸塚の話になっていた。やっぱり戸塚は偉大なんだな…俺の中ではな。
にしても、プリン1個が盗まれたくらいでこんな大袈裟にしなくてもいいんじゃと思うが、まぁ、さっき奪うことは悪って言ったし、悪いよな。うん、でもここまですることないと思うんだ。
しかし、この『食べた方は怒らないので、遠山のデスクまでお願いします』の1文だが、俺の過去の経験から「怒らないから正直に言ってごらん」って言うやつは絶対怒るの法則がある。しかも、こんな大事にしちゃったら犯人も行きづらいだろうな。
だが、これは食ったヤツが悪い。にしても、冷蔵庫にいれるもんには名前が書いてあるはずだから食べないと思うんだが…しかも八神さんのだぞ。食べたら何を言われるかわからん。そんな命知らずのやつがこの会社に…
「あおっちまで悪者にされちゃう!」
……どうやらいたらしい。
「どした、そんなところで」
「ひゃ!」
ブース裏で隠れていた桜に声をかけると涙目で驚いた声を出す。
「声に出てたっ」
なるほど、さっきの涼風も悪者にされる発言は無意識だったわけか。わかる、わかるよ、ひじょーによくわかる。俺も無意識に戸塚や小町に可愛いとか言ってることあるもん。
「あ、あの…その……えっと」
ふむ、手に持ってるプリンカップからしてこいつが八神さんのプリンを食べたんだな。仕方がない。変な罪悪感を持って仕事に集中できなくてデバッグに支障が出たら困るからな。
「それ、間違って食ったんだよな」
「え、あ……うん」
それがわかればそれでいい。悪意がないのであれば、間違って食べちゃいました!で済むがここは負けることに関しては最強の俺の出番だろう。
「ここは俺がやっとくから、お前は明日の昼休憩までに新しいの買って冷蔵庫に入れとけ、それでなんとかなる」
「え、あっ、ちょっと!」
俺は桜からプリンカップを取り上げると八神さんの席へと向かう。
そこにはいつも通り遠山さんとキャラのチェックをしに来た涼風がいた。まぁ、丁度いいか。
「八神さん」
「ん?」
「これ、すみませんでした。貰い物か何かだと思って、名前書いてるの気付かなくて食べちゃいました。」
プリンカップを見せながら深々と頭を下げると、八神さんはブンブンと手を振る。
「あ、全然いいよ!コンビニで買った100円くらいのやつだし」
……は?そうなの?一斉送信しておいて?今の俺も目パチくりさせてるよ。
「え、でも、社内メールで言うから結構高くてうまいやつなのかと…」
言うと、八神さんは遠山さんにジト目を向ける。
「ほら!大事になっちゃったじゃん!」
向けられた遠山さんは「ははは…」と苦笑いしているが、その後開き直ったのか普通の笑顔になる。
「別にいいじゃない。犯人も見つかったことだし」
「そうだけどさ…」
よし、俺はこれでよし。あとは明日新しいの買って持ってきますんでとだけ言っとけばOK。超完璧。人の罪を背負うとかマジで正義のヒーロー。
話を終えて未だに俺の席付近にいた桜に声をかける。
「安いプリンだったらしいからわりとあっさり許してもらえたぞ」
「え、そうなの!?」
「あぁ、でも、今日の帰りでもいつでもいいから明日の昼休憩までにプリン買っとけよ」
「うん……ありがと!」
本来は桜本人に謝らせるべきなのだろうが、あそこまで大事にされたら謝るに謝れないだろう。それにあいつは自分が犯人だとわかれば、友達である涼風にも火の粉が及ぶということでも考えたのだろう。それであんなことを言っていたのだろう。なんとも美しい友情愛であろうか。
俺もそんな友達が欲しい。そんなことを思ってしまう。
……そういえば、奪うことが悪であるなら貰ったり欲しがるという行為は正義なのだろうか。それに今の世の中の正義とはなんなのだろうか。もう平和の象徴もガリガリになってるし、よくわかんねぇな。
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【翌日】
少し人より早く昼休憩に入り、食堂の冷蔵庫を覗きに行く。
さすがに昨日、2回もプリン買っとけよと言ったんだ。買って入れてあるだろう。そう思って見に行くとしっかりと八神さんが買ったプリンより高そうなのが入っている。
でも、桜がメモ書きで「食べちゃってごめんなさい!」って貼ってたら俺が自首しに行った意味ねぇだろ。俺はそれをバッと剥がしてペンで『コウ』と書き込むと冷蔵庫を閉める。
あ、β版の提出はどうなったのだろうか。てか、今日もひふみ先輩とはじめ先輩、ゆん先輩は休みなのか。羨ましいというかなんというか。どういう休みを過ごしているのかと思ったが、うん、安易に出てくるな。
「お疲れー」
斜め前に座った八神さんに挨拶されたので返そうと思ったが、それと同時に八神さんの目の下が恐ろしく気になる。八幡、気になります!
「お疲れ様です……ってどうしたんですかそのクマ…」
「昨日の深夜、βディスク焼く直前に不具合が見つかってさ朝まで対応してたから…」
それは大変お疲れ様ですね…俺が心の中で大変労っていると遠山さんや涼風、桜もやってくる。
「でも、しっかりできたからこれで審査も大丈夫だと思うわ」
「おつかれさまです」
あちらも俺と八神さんと同じ話をしていたらしい。で、桜のおにぎり食う姿が完全にドングリを食べるリスにそっくりという。
「あ、八神さん。プリン冷蔵庫に入ってますんで、いつでも好きな時に食べてください」
「おー、ありが……」
なんでそこで切るんですか。パンパンパンって言いたくなるじゃないですか。しかも、なんで笑ってるんですか。
「あの、どうかしたんですか」
「あーいや、ごめん…」
謝りつつも八神さんはまだ笑っていて、それに遠山さんと涼風も笑っているし、困惑しているとさっきまで黙っていた桜が頭を下げる。
「ごめん、ハッチ!」
ハッチ?なにそのあだ名。俺はお母さん探してる蜂じゃないんですけど?あと桜って「〇〇っち」っていうあだ名の付け方なんだな。それだとたまごっちのキャラクターにも聞こえるから面白いな。じゃなくて。
「なにが」
「全部話しちゃった!」
「なん…!…だと…?」
全部話したとはお前がプリン食って、謝ろうとグラフィッカーブースまで来て、でも勇気が出ないで踏み出せなかったのを俺が代わってやったっていうのも含めて全部ですか?
「八幡はやっさしいね~。ほんといい男だね~」
おい、さっきまで疲れてだるそうな顔をしてたくせになんで今はそんなに元気そうにニヤニヤしてるんだよ。
「別に俺は変な罪悪感持ったままデバッグされて、ミスられたら困るからやっただけですよ」
「あらあら、照れ隠しかしら」
ぐっ、遠山さんまで…そして、涼風もそれに続くように言う。
「ほんと比企谷君は捻デレてるね」
なんだその造語。妹からしか聞いたことないぞ。あと、俺は捻くれてもないし、デレてもいない。
なんかその場にいるのが恥ずかしくなり、サンドイッチを口に運ぶ。
うげっ、これトマト入ってんじゃねぇか。しまった…朝時間が無かったからといって適当に選ぶんじゃなかった。いや、これはトマトが悪い。バジルに隠れていたトマトが悪い。
ゴミを捨てに立ち上がろうとすると、桜が「あ、まって!」と俺を呼び止めると、手に持っていた袋をガサゴソと何かを取り出す。
「はい!…昨日のお礼……無駄にしちゃったけど」
「お、おう…」
コーヒーゼリーか。できれば冷やして渡して欲しかったんだが…と思ったら冷えてやがる。どうやら、袋に保冷剤か氷でも入れていたらしい。まさか、俺のために……!?ここで「べ、別にあんたのためじゃないんだからねッ!」と言ってきたら完璧俺狙いですね。ありがとうございました。
まぁ、お礼というのならありがたく受け取っておこう。あれだ、病気以外なら貰えるもんは遠慮なく受け取っておけというし。ゴミは病気のもとになる可能性あるからNGな。
それにコーヒーゼリーはあまり嫌いではない。シンプルなものから、上にクリームや果実が乗ったものから何から何まで嫌いではない。
ただ、強いて言うならMAXコーヒーゼリーを発売してくれれば完璧。あれ、自分で作るの大変というか面倒だし思ったよりMAXコーヒーの味しないんだよな。なんかゼラチンの味がする。
俺は受け取ると、片手を上げてそのまま先へ進んでいく。ゴミ箱へゴミをシュート!超エキサイティング!!
ふむ、なんだろうな。恥ずかしくなって死にたくなってるからテンションが異常に高くなってるな。
さて、問題です。こういう時に無理やりテンションを下げる方法はなんでしょうか。
……仕事一択じゃねぇか。
今の職場も仕事は好きといえば好きだけど、やっぱり仕事という概念は嫌いな八幡。