女の子だらけの職場で俺が働くのはまちがっている   作:通りすがりの魔術師

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八幡が出るところが少ないので三人称視点です。


頭を抱える者達。

 

 

イーグルジャンプ会議室にて、大和・クリスティーナ・和子は悩んでいた。キス魔である自分の親族のいる会社へとエースを送り出したことか、いい歳もなって男がいないことか。どちらでもなくイーグルジャンプの現状について悩んでいた。彼女自身キャラクターデザイナーの心得、というか普通に女の子らしい絵心はあるため、現状を図解して白いB4の紙に書いていく。

まず今作が初めてのディレクター、篠田はじめ。吹き出しからは「がんばります!」とあるように熱意は認めるが如何せんこれが初めてだ。モーション班から後述の人物に焚き付けられて企画に殴り込んできた。

次にそのはじめを焚き付けたのがちゃらんぽらんなアドバイザー、葉月しずく。天賦の才と流行を見抜く力はあるがムラっけがすごくやる気がないと動かないタイプの人間だ。しかし、逆にやる気さえあればヒット作を連発できるだけの力を持っている。口癖は「もっともっと可愛い子を入社させよう」で、何度も聞いていたこともあって彼女がある男をグラフィッカーチームにねじ込んだことを未だに不思議に思っている。なお、クリスティーナとは付き合いが長く、酒に酔っては普段吐き出さない泣き言や愚痴を口にするのだが、それを知るのは今のところクリスティーナだけ。

 

 

「それで…」

 

 

次に描いたのは「あ、あわ、あわわわわわ」

と何も起こってないのに慌てた様子の滝本ひふみ。入社してから柔らかくなったがそれでもコミュニケーションに問題があるアートディレクターだ。実力もあるし、イーグルジャンプには必要な人間なのだが意思疎通が電子メッセージを使わないと難しいというのは頭が痛い話だとクリスティーナは本当に頭を抑える。

 

 

「それで一番の問題は…」

 

 

まだ入社もしてないキャラクターデザイナーの望月紅葉。しかもこちらもコミュニケーションに難がある。旅立つ前のコウの評価とりんからのレポートから入社は確定しているが、今はまだインターンシップ扱いとなっている。

 

 

「絶対にまずい…」

 

 

せめてもの救いがプログラマーチームが頼もしいことではあるが、しずくがいいゲームにするためにと仕様変更を連発したりするためある人物が不満を抱えているのをクリスティーナは知っている。だから、プログラマーチームのエースである阿波根うみこがいずれこんなことを言い出すのではないかと不安になっていた。

 

 

『仕様通りに作っても不具合だらけ、アートとの打ち合わせもろくに出来ない。こんな情けないチームの中で働く義理はありません。辞めさせて頂きます』

 

 

そしてそこから彼女についてプログラマーチームの有能な人間はライバル企業やらに転職……。そう考え至ったところで髪をかきむしった。

 

 

(ああああ!!これはいけない!!)

 

 

まず企画という中心部が初心者とムラのある人間で、それを形にするグラフィッカー達に難が多すぎる。そして頼りになるプログラマーで に何か問題が怒起こったり飛び火すればこの会社は終わってしまう。そう結論づけたクリスティーナは最近登録された番号に電話をかけた。

 

 

 

「安心感…ですか?…ず、随分と抽象的ですね…」

 

 

呼び出された篠田はじめはすぐさま会議室へと赴き、クリスティーナの話を聞いた。クリスティーナの言う安心感のある人員配置というのにピンと来ず頬をかいた。

 

 

「例えば頼りない人にはその役職を降りてもらう、ということです」

 

 

「え!?ここに来て私クビ!?」

 

 

「あなたの企画なんだからあなたはいないといけないでしょう!?」

 

 

頼りない人というので自分を思い浮かべて、自分を指さして目を見開くはじめにクリスティーナも同じく目を見開いた。これで大丈夫なのかと本気で不安になったクリスティーナははじめに2日の猶予を与え、それまでに安心感のあるチーム作成を頼まれた。

 

 

(ああ…ディレクターになってから人を選んでばかり…ゲーム作りの方は楽しいけど、胃が痛いな)

 

 

会議室から出て目に見えて肩を落とし、さらにお腹もさすって出てきたはじめはクビを宣告された人間にしか見えないのだが、この時間は皆仕事に集中しているためはじめのことを心配する者はいない。

 

 

(しかし誰を降ろせば…みんな頼もしいし……いや逆に考えろ。私が扱えなさそうな目の上のたんこぶになりそうな人は…)

 

 

顔を上げるとちょうどプログラマーチームのブースの前で覗きみるとうみこがキーボードを叩きながらパソコンと向かい合っている。うみことはじめは仲が良くなければ悪くもないという微妙な関係なので、目の上のたんこぶになるかと言われれば、現状知り合いの中では1番高いかもしれない。しかし通り過ぎてからうみこがいないとプログラマーチームが機能しないと頭を振った。

 

 

「どうしたんですか?うみこさん」

 

 

「さっきの篠田さんの目……獲物を選別する目でした…予算が足りなくなって誰か退職者を探しているのかも…」

 

 

「だ、誰かが…クビ」

 

 

しかし、僅かな時間でもはじめから放たれた不穏な空気に気付いたうみこはサバゲーで鍛えた五感を発揮して冷や汗を流していた。うみこの発言を聞いてその場に居合わせたねねは両手で頬を抑える。お前はどこのピノ子だ。

 

 

「本当に予算の問題ならお給料の高い人が狙わられるんじゃ…」

 

 

「お給料が高い人……」

 

 

ツバメが振り向きながらそう言うとねねが復唱し、そのまま視線がうみこへと注がれる。そして2人は顔を見合わせると頭を下げた。

 

 

「「お世話になりました」」

 

 

「待ちなさい!!」

 

 

いきなりうみこを切り捨てるあたり彼女らも肝が据わっていた。心配になったうみこは昼休みにしずくに確認をとり、リストラの動きがないことを知ると胸をそっとなで下ろした。

一方その頃、はじめはというと─────。

 

 

 

「言えるかー!!」

 

 

うみこを降ろすとプログラマーチームが機能しなくなるなら、グラフィックチームかと顎に手を置く。そこで真っ先に浮かんだのが「私じゃ力不足なんだね…ごめんね…」と瞳に涙をうかべるひふみであった。

正直、青葉とゆんのようなコミュニケーション能力豊富な人間との付き合いが良好なはじめはひふみのようなコミュニケーション能力に難がある人間とは深く関わらない。深く関わることで壊れてしまう関係があることを知っているからだ。なので、グラフィックチームにいるひふみを除いた目の腐った男と最近入社が確定した女の子ともある程度の距離感を保っている。

 

 

「3人ともいい子だしなぁ…」

 

 

声をかければ話してくれるし、こちらの話題にもある程度は乗ってくれることから嫌われてないのはわかる。それに3人とも与えられた仕事はキッチリとこなす。あれ?除外する人いなくない?とはじめは頭を抱えた。

そんな時目にしたのはひふみが青葉にモデリング作業についてレクチャーしてる場面で、しっかりアートディレクターが出来ていることに髪をかきむしった。

 

 

「お疲れ様」

 

 

「わぁ!?」

 

 

それを見かねて背後からりんは声をかけた。偶然、たまたま通りかかったらはじめが思い悩んでいる顔をしていたからなのだが、それははじめにとって女神のように見えた。別の会議室へと場所を変えて、はじめはクリスティーナからの指令をりんに話す。

 

 

「はじめちゃんが『皆信頼できます!』って強く言えてれば、多分そのままだったんじゃないかな」

 

 

「え!?」

 

 

りんから返ってきた予想外の答えに驚くはじめに対して、言い放ったりんの顔は微笑みを崩していない。

 

 

「幸い皆、実力に問題ないし、あとは人と人との組み合わせの相性…誰がよくないってことはないと思うよ。はじめちゃんが今回のゲームを作る上で最善のチーム構成にするには…って考えてみたら?」

 

 

コウが抜けても、彼女に憧れてどんどん成長してる青葉と紅葉。敵キャラやアクの強いキャラを描かせたらピカイチのムードメーカーなゆんに、コウに次ぐ実力を持っているひふみ。さらに経緯は色々あったが企画、エフェクト、プログラマーチームとも繋がりが大きい八幡がいる。はじめの心配するようなチーム同士でのトラブルは自分と八幡がいればないだろうとりんは踏んでいた。だから心配する必要は無いよと直接言うことも出来たが、それでは自分が良くても八幡の心象を悪くするかもしれないので、あえてみんなを信用して組めばいいと発言したのだ。

りんの言葉を受けてはじめは再び思考した。今回のゲームを作る上で最善のチーム。グラフィックチームは……キャラコンペの時のこと、先程の出来事を踏まえればアートディレクターは変更出来る。グラフィックチームは今まで通りで問題ない。ただ意思疎通がしっかり図れる人物が必要になる。それを担う人物を決めたはじめは立ち上がるとりんに頭を下げてから件の人物達に会議室に来てもらった。

 

 

 

「なんや突然どうしたん?」

 

 

「ちょっと話が…ね。八幡もひふみ先輩もどうぞ座ってください」

 

 

呼び出されたのははじめと最も親交の深い飯島ゆんと現アートディレクターのひふみ。そして。

 

 

(俺、完全に場違いな気が……)

 

 

どうしてこんな実力者の中に自分が呼び出されたか分かっていない比企谷八幡だった。はじめに促されて3人は席に着くと、はじめの言葉を待った。

 

 

「えっと…んと……あー……単刀直入に言うね!」

 

 

ゆんが口を出す寸前に覚悟を決めたはじめはそのまま勢いに任せてゆんとひふみに告げた。

 

 

「グラフィックのチーム構成を調整したくて、ひふみ先輩にはキャラリーダーに、そしてゆんには…ゆんにアートディレクターになってもらいたい!」

 

 

 

###

 

 

退勤時間ももうしばらくというところで唐突にはじめさんから呼び出された俺は、同じく声をかけられたというひふみ先輩とゆん先輩と共に会議室に向かった。何かやらかしたかと不安になっているとはじめさんに座るように促されてひふみ先輩とゆん先輩が席に着いたのを見計らってから俺も椅子に腰掛ける。

そして、はじめさんの言葉を待つこと数秒、はじめさんの話というのはゆん先輩にアートディレクターをひふみ先輩にキャラリーダーになって欲しいという話だった。

 

 

「…は?私が!?なんで…コンペのことで同情しとるの?」

 

 

「違うよ!それに特別扱いでもないし!」

 

 

コンペの時に周りの空気が悪くならないように取り計らい、的確に自分の指示を理解して修正し第2回コンペに望んできてくれたゆん先輩なら自分の思い描くビジュアルを描くように導いてくれる。そうはじめさんは考えたらしい。

 

 

「あ!も、もちろん、ひふみ先輩がダメってわけじゃなくてですね!キャラ3Dの実力が抜群なのでそっちに注力して頂いた方がいいかなって…」

 

 

「う、ううん!私は…いいの!ゆんちゃんがきっと適任だと思う!!」

 

 

なぜだろう。ひふみ先輩が心底嬉しそうなことを言ってるように聞こえるが。もしかすると自分は人と話さず技術職になりたいから今回の話は渡りに船とか思ってるんじゃないだろうか。ありそう。ひふみ先輩だし。

 

 

「なんやおかしいな…コンペのために頑張って、結局ダメやと思うたらそのおかげでADやなんて頑張ってみるもんやな…まだまだやけど私でええなら…よろしゅう」

 

 

「ありがとう!」

 

 

またも実に感動的な場面を見せられて、拍手したくなるのだが生憎とそんな気分ではない。なぜならさっきの話、俺が全く出てこないのである。アートディレクターでもなければキャラリーダーでもないので、この場にいなくても良かったのではと首を傾げたくなる。というか既に傾げている。この温かい空気をぶち壊すのは悪いが、俺の存在意義がわからないのだ。気付いたひふみ先輩ははじめさんに視線を送る。

 

 

「あ、ごめん!」

 

 

「いや、何もないならいいんですけど」

 

 

こんな空間に閉じ込められただけで、特にする仕事もないしおかげで時間が潰れたからむしろベリベリオッケーなんだよな。そういうことで何も無いなら俺的には良かったのだが、どうやら本当に用があったらしく、はじめさんは忙しく手を振ると「待って待ってあるから!」と口にし、落ち着くためにコホンと咳払いすると口を開いた。

 

 

「えっと、八幡にはその顔の広さを活かして他のチームの橋渡しになって欲しいな…って」

 

 

「はい?」

 

 

一体何を言ってるんだはじめさんは。俺の顔が広い?なわけないだろ。そう決めつけると横からゆん先輩が口を挟んできた。

 

 

「確かにエフェクト班とか企画とかプログラマーチームにも八幡のこと知ってる人多いしな」

 

 

エフェクト班はPECOの時に共に仕事をしただけで連絡先を交換するような事はなかったし、企画も関わったのははじめさんを通してだし、プログラマーチームに至ってはうみこさんと新人2名くらいだ。もしかすると俺が知らないだけで他の人から知られている、という可能性は無きにしも非ずだが。まさかそのパターンかと俺は頭を抱えた。

 

 

「まぁ社内で数少ない男性社員やしな。みんな嫌でも覚えるんやろ」

 

 

「え、えっと…八幡って…その、話しやすいし…仕事熱心だし」

 

 

「ということで頼めるかな、八幡」

 

 

ゆん先輩の理屈はわかる。俺もゲイバーに女の子がいたら勝手に目がいくし覚えちゃう。そんな感じなのだろう。ひふみ先輩のフォローは俺の思ってる自分とかなり食い違ってるが、ひふみ先輩から好印象だというのは伝わってくるのでOKだ。

 

 

「はぁ、まぁ……」

 

 

俺じゃなくても涼風みたいなコミュ力もあって実力もあるやつにやらせたらいいんじゃないかと思ったが、そうすると涼風は自分の仕事に集中できなくなるし、さらに俺の存在意義がなくなる。与えられた仕事を淡々とこなすだなんてまるで家畜かロボットのようだ。けど、今回のは依頼されたキャラデザをしつつうみこさんや他のチームの人ともコンタクトを取る必要がある。これは目の前が真っ暗になりそうだが、こうもはじめさんに目を輝かされて頼まれたら断れない。ひふみ先輩も「うん!」と拳を握って応援してくれている。

 

 

「分かりました」

 

 

「ありがと八幡!」

 

 

はじめさんにお礼を言われながら、今回は俺の脳みそがトップギアになりそうだなと先行きの不安さを感じられずにはいられなかった。





文化祭やクリスマスイベントを見てて思ったのは、八幡って管理職向いてるのでは?ってこと。周りの状況を冷静に判断できるし、今何ができて何が出来ないかも把握出来ている。自分を悪者にすることで悪化の一途を辿る進行も変えることが出来たりと……やり方はどうにせよ有能だと思います。それに話しかけられたら話すし、必要であれば見知らぬ人ともコミュニケーションが取れるので意思疎通はかなりできる方でしょう。ということで、今回の彼の立ち回りは他のチームへの窓口となりました。今までとあんまり変わらないような気がするけど気にすんな!ガハハ!

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