女の子だらけの職場で俺が働くのはまちがっている   作:通りすがりの魔術師

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本年度初投稿です。大奥イベがだるすぎてちまちまと進めてたら結構遅れました。というのは嘘で新刊が来月に出るかもということでこちらを優先します。


好敵手とは競い合うものである。

 

キャラコンペが終わったあと、涼風に声をかけられた望月は目に見えて憤りを感じていた。自分の持ち味を生かさず万人受けを狙いにいった涼風に正直イラつきを隠せなかったのだろう。俺が見やる頃にはもう望月は感情をあらわにしていた。

 

 

「なんでへらへら出来るんですか? 正直…がっかりです」

 

 

「……」

 

 

「あんなの私の好きな青葉さんの絵じゃないです」

 

 

言い切ってから冷静になったのか、望月はすぐさま謝罪した。感情的になってしまって頭を下げられた涼風は「う、うん、大丈夫…」と首を振った。当然のことながら、その顔には戸惑いが浮かんでいた。

見かねて何か声をかけようとしたが俺と別方向に2人の様子を見ていたゆん先輩がため息を吐くのが見えた。ゆん先輩はすぐに顔を切り替えるとズカズカと2人の方へと近づいていく。

 

 

「あーもう!私も高評価やったの忘れてへん?2人だけみたいな空気出して」

 

 

 

「え? いや、そんなことは…」

 

 

「ほんまハラタツ!最後は絶対負けへんからな覚悟しいや!」

 

 

自分の気持ちをぶつけているようで涼風の落ち込みと望月の憤りを忘れさせているのだろう。しかし、その後ろ姿は酷く寂しく見えた。まるで本来ある別の感情を押し殺してるようで。

 

 

「……まぁあの3人に比べたら俺なんて下の下か」

 

 

発想のスケールでは勝てた気がするが、やはり絵の精巧さや技術はあの3人の方が圧倒的に上だろう。だから俺を差し置いて落ち込むのなんて許せない。嘘であるが。

この程度のことで落ち込んでいるのから今頃俺はうつ病にでもなって自殺を考えてるだろうし、あの3人に憎悪を喝采して向けているだろう。

葉月さんと大和さん、それに企画班とひふみ先輩は今頃キャラデザの選考を行っているのだろう。涼風と俺の案は置いておくとして、軒並み評価の高かった望月と感触の良かったゆん先輩のどちらかに絞ってるだろう。

 

 

「あの…すぐにでもキャラデザの再考をしたいんですが私は…」

 

 

一旦グラフィッカーブースに戻った俺達はゆん先輩のいれた紅茶を啜りながらはじめさん達の選考が終わるのを待っていた。

 

 

「せやかて指示があらへんとなんもでけへんやろ」

 

 

「ゆんさんはそうですけど私達は…」

 

 

達ってなんだよ。俺見ながら言うなよ。ぶっちゃけ俺はキャラコンペに乗り気じゃないのに参加して思ったより評価が良かったから別に何もする気は無いんだが…。そう言うとキレられそうな気がしたので紅茶を啜る。

 

 

「ええかコンペゆうと勝負みたいな雰囲気にどうしてもなってしまうけど、それが終わったらまた協力して仕事することになるんや」

 

 

一度言葉を切るとゆん先輩は望月の方に視線を送った。

 

 

「特にももちゃん。あんたは若干分かってへんとこあるから気ぃつけること!」

 

 

「…はいすみません」

 

 

確かにコンペとは比較とか競合するとかそういう意味だった気がする。高卒までの英語知識だから確信が持てないのが残念だ。

素直に謝罪してる望月だが、コンペを抜きにしても負けず嫌いの節がある。というかそれはここの社員ほぼ全員に言えることだと思うが。おそらく、競争心というのが存在しないのは俺とひふみ先輩だろうか。

 

 

「八幡もなんか言いや」

 

 

「えぇ…」

 

 

なんだその会話の振り方雑くない?今更だけどこんな女の子ばかりの空間で紅茶を飲めるだけでも俺のメンタルは限界なのだ。高校の時からしてるけど、基本的に同性同士が会話し、たまに会話が振られてきてそれを適当にあしらう形が1番良いのだ。不可侵にして不可視の存在くらいがちょうどいい……ってそれいないのと一緒だな。

 

 

「まぁ俺は別に不満とかないんで」

 

 

「八幡のは、はじめさん食いつきよかったもんね」

 

 

「あの魔法少女可愛かったです」

 

 

「どうやったら出てくんのあの発想」

 

 

 

そうそう。採用されなくても誰か一人の心にさえ残ればそれでいいのだ。俺という存在も含めて。おじいちゃんやおばあちゃんになった時に「ああ、あんなのいたな」みたいな感じになってくれると生きていた意味があった気がする。

 

 

「な、なんかコンペ中とは思えないほど和気あいあいとしてるね…」

 

 

会議が終わったのかはじめさんが戻ってきて開口一番にそう口にした。昨年がギスギスしすぎてただけだと思うんだよな。今年は20歳コンビがギスギスしそうになったがゆん先輩が止めてくれたし。それはそうと。

 

 

「どうかしたんですか」

 

 

「いや……えっと」

 

 

どこか暗い顔をしているはじめさんとひふみ先輩に俺はそう問いかけると2人の顔が曇る。

 

 

「あの、ももちゃん…さっきのデザインなんだけど」

 

 

「はい」

 

 

重苦しく言いたくないような口ぶりで話し始めたはじめさんに望月は顔をむける。そして申し訳なさそうにお腹の前で手を組みながらはじめさんは瞳を閉じながら言った。

 

 

「結論から言うと…あの案は使えない…全部」

 

 

「え…?なんでですか?」

 

 

すぐに浮かんだ疑問について返したのは涼風だった。ゆん先輩もあんなに絶賛していたのに何故と口にする。

 

 

「ごめん本当に軽率だった。ディレクターとしての自覚が足りなかったよ…」

 

 

そこからの説明はひふみ先輩が引き受けた。どうやら望月の案だとメカものをやったことが無いイーグルジャンプでも作れるか作れないかでいえば作れるらしい。だが、問題点としてパーツ数を膨大にするとグラフィックの量が多くなり、組み合わせの数だけパターンも増えてそのバランス調整に人手が注がれてメインのドッジボールの調整が疎かになる危険性がある。そのため予算的な問題で現実的じゃないとして望月の案は除外された。

 

 

「…わかり…ました。それならまた一から…考えます」

 

 

「ごめん。またよろしくお願いします」

 

 

さすがに時間とお金の問題が絡んでいるため望月も納得するしかなく、はじめさんはその事を視野に入れて伝えるべきだったと謝罪する。ということはつまり2番目に高評価だったゆん先輩の案が採用になるのかと思案していると、どうやらその通りらしくはじめさんは拳を握りながらゆん先輩に伝えた。

 

 

「今のところゆんの案が1番有力だよ。おめでとう!」

 

 

まぁキャリアと実力から言ってこれが当然なんだと思う。男心を鷲掴みにしようとした望月と、男女共に遊べるようなデザインを選んだゆん先輩の方が商業的に考えるとやはり好印象だと思う。ウンウンと皆で頷いてゆん先輩の方を見るとその瞳には涙が浮かんでいた。

 

 

「かんにんちょっと席外すわ」

 

 

「ゆん!?」

 

 

飛び出すように歩き去っていったゆん先輩を急いで追いかけにいったはじめさんを見やり、2人のムードメーカーを失ったグラフィッカーブースに空虚な風が流れる。

 

 

「そういえば俺の案ってどうなったんですか」

 

 

この状況を年長者としてどうしたものかとぎゅうううと拳を握って瞼を閉じて逡巡するひふみ先輩を助けるつもりはなかったが、尋ねられてあからさまにひふみ先輩が笑顔を咲かせる。

 

 

「う、うん! あの、その、案自体はいいから、キャラコンペ決定後に予定を組み立ててから進めようって」

 

 

「そうなんですか」

 

 

またこのパターンか。2年連続でイラストじゃなくて案だけ採用ってケースを考えると、俺そろそろ企画班にでも行った方がいいんじゃないだろうか。

 

 

「あの…」

 

 

「ん?」

 

 

「あ、八幡さんじゃないです」

 

 

唐突に口に開いた望月に反応したら俺ではなかったらしい。久しぶりに漂ってくる負の感情を抑えるべく立ち上がって机の引き出しからマッ缶を取り出すと望月の視界の外でぐびぐびと飲み始める。やっぱりマッ缶は最高だな。だって最後までMAXコーヒーたっぷりだもん。

 

 

「青葉さん、その、立場…同じになっちゃいましたね…偉そうな事言っておいて情けないです」

 

 

「そ、そんなことないよ。確かに私のは…良くなかったし…」

 

 

二人共俺がいなくなったことは気にせずに会話を進め、ひふみ先輩だけが視線をグルグルと錯綜させていた。

 

 

「絵って難しいね…ちょっとの気持ちの変化が表に出ちゃう…。PECOの時はただ憧れだけで描いていればそれでよかったのに」

 

 

八神さんに認められて、後輩ができて、周りに期待されて、自分らしさを見失っていた涼風は無意識に心のどこかで負けたらかっこ悪いと考えていたのかもしれない。

 

 

「周りの目線ばかり考えて無難に無難にって気持ちが絵に出ちゃったんだね…」

 

 

その後、何故か俺の方を見て「そういうこと考えない人もいるのにね」と苦笑いするとすぐに真剣な眼差しで望月を見た。

 

 

「もう一度だけ…見ていてくれないかな?今度は私の…楽しいって気持ちをぶつけてみる。そしてキャラデザを勝ち取ってみせる」

 

 

もうがっかりなんて言わせない。そう宣言した涼風に望月もまた真剣な眼差しで涼風にこう返した。

 

 

「私も…がっかりさせません」

 

 

まるでスポ根のような熱い展開に驚きを隠せないが、解決したようで何よりと肩をなで下ろす。女子トイレから僅かに聞こえていたはじめさんの声も聞こえなくなったことから、あちらの方も解決したのだろう。今回も傍観者として終えることが出来てホッとしていると、ひふみ先輩が再びあわあわと右往左往し始めた。

 

 

「えっと、あの…解決しちゃった…ようだけど…」

 

 

そう言って取り出したチョコレートを2人に渡すと「これ食べて頑張ってね!!」とキリッと仕事した私!って顔で満足そうにしていた。しかし、そんなひふみ先輩に望月は言いにくそうに口を開いた。

 

 

「あの、すみません、私、甘いものが苦手なので…」

 

 

「あっ!そうだった!!」

 

 

そういえば牧場生まれなのに苦手だったな。牧場生まれ関係あるのか知らないけども。まぁ食べられないのなら仕方ない。それにせっかくのひふみ先輩のチョコレートが余るのは勿体ない。

 

 

「じゃあ俺が貰」

 

 

「まぁでも食べてみれば意外といけるんじゃない?」

 

 

「え…?」

 

 

最後まで言う前に平静を装いつつも少し苛立ったような声で望月にそう言った涼風に、俺は「は?」という顔を向け、望月はというと当惑していた。

 

 

「ほら、ひふみ先輩からのせっかくのプレゼントだぞ!食べろー!」

 

 

「ちょ、こんなところで意地悪な先輩みたいな事しないでくださいよ!」

 

 

和やかな雰囲気になったと思ったらブチ切れた涼風に望月はワーワー叫びながら応戦する。ひふみ先輩というと遠くで止めようにも止めれず3度目のあわあわをしながら俺に助けを求めてきた。

 

 

「……はぁ」

 

 

出ていった幸せを逃すため息を押し戻すためにMAXコーヒーを流し込んだがそれでもため息は出て、もたれかかっていたデスクから身を離すと、喧嘩するふたりの間に割って入った。

 

 

「おい涼風、先輩なんだから後輩いじめんなよ」

 

 

「いじめてないよ!」

 

 

「じゃあパワハラすんな」

 

 

「だって、ひふみ先輩のチョコだよ!食べないと損じゃん」

 

 

その気持ちは大いにわかるが、甘いものが苦手な望月にとっては毒なのでは。いや、そもそもチョコレートは苦いものではなかったか。例えばこれがブラックビターチョコレートなら望月でも食べられるだろう。そう思い至って涼風の手から1つ奪って口に入れてみる。

 

 

「美味いけどめちゃくちゃ甘ぇ…」

 

 

マッ缶に勝るとも劣らないちょうどいいさじ加減で作られたチョコに思わずそうこぼしてしまった俺に、望月は警戒してチョコからより一層距離をとる。

 

 

「え、えと、ご、ごめんねももちゃん…!」

 

 

「あ、いえ、大丈夫です…こちらこそごめんなさい」

 

 

今日何度耳にしたかわからない謝罪に、全員の顔に大なり小なり笑顔が浮かぶ。明日からゆん先輩の案に合わせて第2回コンペに向けて励んでいくわけだが、これは勝負ではないのだ。だからこうやって笑いあってるくらいがちょうどいいのだろう。

 

 

 

ちなみに望月が貰ったチョコは鳴海の手に渡ることになり、俺が最初の1個以外を食べることは無かった。


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