月は満ち、欠け、やがて真円/深淵を描き、再び巡る。
輪廻/回帰/希望/絶望…
廻る廻る、セカイは、マワル。
「聖杯、聖杯さえ手に入れれば──全ては救われるんだろ…だから!桜を放せよ、
赤毛の少年が、私を見つめる。
切迫した表情で。
だが、それは私を求めてでは無い。
無償の奉仕。
かの者の本質はまさにそれだ。
「…生まれてこの方…人が、私を見て私を無視した事などありませんでした。男はもとより、女も、すでに枯れ果てた老骨でさえも私を見れば虜になった、そして何も考えられないヒトガタと化した…貴方は、何ですか?何者です、神の眷属ですか?」
虚ろな目で、腕の中で浅く呼吸をする桜。
意識も半ば無く、この会話自体聞いているかも怪しい状態だ。
「…何を言っているかわからない、俺は俺だ、衛宮士郎──人間だ!」
「…馬鹿な、ありえません、ありえません、ありえません、ありえません、ありえませんっ、ありえません!」
誰もが美しいと褒め称えた黒髪が揺れる。
「今更!私に、希望など持たせないで!神様!」
細く、しなやかな。
誰もが白磁の如く美しいと褒め称えた指が赤毛の少年に向いた。
「何を言ってる、君はもう手に入れただろう、聖杯を──それを用いて全てを救うんじゃなかったのか!そう言ったからこそ、俺も、セイバーも…受け入れたんじゃ無いか、全てを救うと言ったからこそ!!」
足らない。
全て叶えるのであれば、まだ足らぬ。
だから、この極小の可能性すらもワタシハ、欲した。
「…士郎、いけません…もはや彼女は正気では無いっ!」
金髪の、可愛らしい少女。
だがその手には似合わぬ黄金の剣。
息も絶え絶えに、しかし流れる血を厭わず、彼女は士郎と呼ばれた赤毛の少年の前に出た。
セイバークラスの耐魔力でならば耐えうると思ったのか。
──愚か。
「──絶望よ、此処に。」
白い、指先に集まった黒い靄(もや)。
それが錐の様に尖り、打ち出された。
「…ガッ!ば、馬鹿な…耐魔力が、まるで働かない…?」
銀の鎧を貫き、少女の胸に風穴が開いた。
同時に──背後に庇われていた少年の腹にも。
「…あ?」
「…あ、ぁああぁ──先輩、先輩!先輩ィ!」
意識を殆ど失いかけていた桜が、火がついたみたいに叫びはじめた。
ああ、これは夢。
ほんの少し前に見た、今とは違う筋道に見た、泡沫。
「──そう、貴方は…そうでした、聞いていた、そうだ、士郎、士郎と言うのですね…セイバー、貴女にこのマスターは…勿体無い、余りに、過分──」
己が口角が釣り上がるのを意識する。
アア、ワタシハ、嗤ッテ、イル────。
=
街灯が明滅し、辺りがチカチカと照らされては薄暗くなるのを繰り返す。
戦闘の余波か、辺りの電子機器が狂いを生じさせていた。
「ハ、貴方みたいな輩が黒幕、あり得る話ね、その神気、後ろにいる胡散臭いスーツの如何にもな女誑し、果ては私を貶す悪女と来た…決定、貴方達が敵ね、そうに違いないわ!」
黒い聖女様は絶好調。
一人テンション高めに叫んでいた。
「いやいや、お主ちょっと極端じゃろ、少しは考える努力をじゃな?」
ゼウスがわずかばかり呆れて返し、後ろにいる切嗣がお、女誑し…となんだか顔をしかめていた。
「…はあ、脳筋此処に極まれりですね。」
エレインも呆れた顔。
しかしゼウスは仕切り直しとばかりに頭をガシガシ掻いた後に口を開いた。
「まあよいわ、良い女には違いあるまい、行くぞ性女とやら!ふはははー今夜はハッスルじゃあ!!!」
……端的言ってにこの非常時にそんな時間は無い筈なのだが、当のゼウスはすっかりヤる気である。それに「せい」の字が違うだろ。
「…キモッ!このヒゲ…黒髭とはまた違うキモさを感じるわ、燃えてしまえっ!!」
ゴウ!と放たれた炎は赤から青に。
高温のそれがまるでアイスの様にゼウスが立っていた場所を溶かし、円形範囲のアスファルトが一瞬に蒸発した。
「うははは!ヨイヨイ、抗ってこそ乗りこなし甲斐があると言うものぞ、ワシはライダーでもヤっていけそうじゃな!」
「
旗を振りかぶり、炎を放ちつつ即座に突進。
勢いのままに突きを繰り出し、敵の胴を狙う。
「は、見え透いた狙いじゃな!」
雷速一閃、素早く回り込んだゼウスがジャンヌオルタの背後から雷光を放つ。
「…っ!」
かろうじてそれを躱すが体制が大きく崩される。
そこへ滑り込んだゼウスの手が、するりとジャンヌオルタの胸へと伸びた。
「うははっ良い触り心地じゃ、役得役得!」
もにゅもにゅと、如何にも手慣れた手つきでジャンヌオルタの豊満な胸を円を描くように揉みしだき出す
「ひゃ…っどこ触ってんのよこのっ!!」
慌てて身を捻り、地べたを転げながらも炎を操るジャンヌ。
それはゼウスの回避を見越しての連撃。
「ほ、甘いあま──うひゃっほい!?」
躱した場所に再び炎が上がり、慌てて飛び退くゼウスだが、その髭にわずかに火の粉が燃え移った。
「あぢゃぢゃぢゃっひっ、髭に火が!?」
バンバンと叩きながら火を消すゼウスを脇目に立ち上がり、旗を構えるジャンヌオルタ。
薄い笑顔を貼り付けながら。
「う、うふふ…あの馬鹿以外に許す気なんかなかった私の──を、ブチ殺す…、
──その眼は、全く笑っていなかった。
全く、ほとほと雌虎の尾を踏むのが得意な神である。
…ところで、この真っ黒聖女にネットスラング教えた馬鹿は誰だ?
…などと、無益なことを考えているエレインだった。
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「さて、遠坂のアーチャーこそ戦闘不能だが…なんとかあの化け物は退けた、残るは大空洞内部の本命だけ、か?」
「いや、まだ他のサーヴァントも残ってやがるからな…事情を知らない奴らからすれば俺達がやろうとしていることは間違いなく障害以外の何者でもねえだろ。」
「ええ、まだ問題は山積みよ。」
士郎の言葉に、クー・フーリン・オルタが答え、確かに。とメディアとキャスターも同意する、いやグランドキャスターだと本人は名乗っていた…ややこしいので今後はメディアはメディア、グランドキャスターの方をクラスで呼ぶ方が良いだろうか。
最早、聖杯戦争として真名を隠して戦う意味合いも薄くなって来た気もするし。
「…ねえ、キャスター…いいえ、グランドキャスターさん?貴方がグランドクラスだと言うなら千里眼である程度事情は把握しているんじゃないの?」
「…ふふふ、ああ、そうじゃな、エインヘリヤルの乙女よ。」
「エイン…?」
「エインヘリヤル、北欧神話にある死後、戦乙女に導かれた勇者が集う神の神殿よ──それを語るという事は…貴方は北欧所縁の英霊?でも北欧神話にキャスター適性のある英霊ってそんなに多くは…むしろ殆どがセイバーやランサー、バーサーカーじゃ?」
そう、北欧神話に語られる英雄の殆どは剣、槍、弓、斧などを獲物としており、恐れを知らぬ勇猛果敢な戦士ばかり。
故に壮絶な死を迎えたものも多く、バーサーカー適性のある者も数多い。
女性ならばキャスターに見合うものも幾らか居た気はするが…男性となれば稀有だろう。
「まあ、ワシについては後で良かろう。なんにせよ時はあまり無い、早急に事態を収拾せねばこの世界事態が危いのでな。」
「…なんとなく想像はして居たけれど…彼処に巣食うのは…神にも等しい力を持っている何か、なのね。」
「そうじゃなあ…なんの因果かそのような力を持ってしまったようじゃがな。」
元々はそうではないのだ、と言下に告げるような言い回し。
「…それが何なのか貴方は理解しているのですか?」
メディアが、どこか敬意すら含む口調で問い返す。
「…推測でしかないがな、まあ一番理解しているのは先ほどから街中でドンパチを始めたグランドアーチャーのクソジジイじゃな。」
「グランドアーチャー…って、何人グランドクラスが現界してるのよ、どんなインフレよ!?」
凛がキレ気味に叫びだした、無理もない。
「…驚かないんじゃなかったのかよ、遠坂。」
いまいち理解していない士郎が呑気につっこむと、凛は更にヒートアップした。
「やかましいっ、こちとらありえない事だらけで常識が家出中よ、もうっ!」
「あいたっ!事あるごとに俺を殴るのやめろよな!?」
「…仲良しさんだねえ…」
「…お前が言うか?」
…倒れたエミヤを膝枕しながら言う朔弥の姿には説得力のかけらも無かった。
「…正直話についていけないのだが、私はどうしたら良いと思う?」
と、忘れ去られていたように黙っていたロードエルメロイ二世が、同じく黙っておすわりしている二匹の狼に尋ねた。
「「…アォン?」」
同時に首をかしげる二匹が妙に可愛かったたかなんとか。
「…ライダー…お前がいたらなあ…」
見上げた月は怪しく紅い光を、湛えていた。
長らく更新できていませんでした。
とりあえずこれでストックは無くなりますが、もう少し話を纏めたい今日この頃。
ああ、文才が欲しい。
私にアンデルセンください。