交わり行く世界の在り方。
しかして、それは未来へと繋がるや、否や。
「ねぇ、死んでくれる?」
目の前に立つのは、影。
遠き日の写し身が目の前に居る。
アーチャー、ゼウスとの決着をつけるために街へと向かう最中。
それは浸み出ずる様に現れた。
「なんなの貴女──」
黒い、ワンピース、紅い宝玉の様な瞳。
幼く、手足こそ短いが、陶磁器の様に白い肌。
「何って…私は、貴女、貴女の可能性。」
毎朝鏡台の前で見る貌。
「…不愉快よ、セイバー、やりなさい。」
巨大で、威圧的な存在を背後に引き連れて。
「…あは、あははははは!!」
それは…、狂った様に笑う、幼い貌は。
「承知した──紛い物は消えよ。」
「できるかしら、できるかしら!ねぇ!?」
嬉しそうに、愉しそうに、殊更愉快でたまらないと嗤う、「過去の自分」。
「やっちゃえ───
黒いワンピースの少女が手を振り下ろし叫ぶ。
「────■■ォ■■■■■■ォォォオ!!」
鼓膜を破られそうな咆哮が轟き、巨大な石柱から削り出された斧剣が疾る。
それは、とても理性を失い狂化した者の太刀筋では無かった。
九つの斬撃が走り込み、懐へと潜り込もうとしたセイバー、ヘラクレスに迫る。
「狂っても──
即座に炎剣の刃が同じく九つの斬撃と化し、全てを弾き返す。
ギャリイン、と鋭い金属が鉄塊を擦る様な耳障りな衝突音が響く。
が、体躯が違う。
力も、狂化した分あちらが僅かに上回る。
「ぬっ、く!?」
セイバーは僅かにたたらを踏み、蹌踉めく。
「あら、呆気ない、あはははははっ!」
黒いワンピースのイリヤは笑う。
「──グオ■■■■■■ォォ■ォ■!!」
集音マイクがあれば音割れしてしまいそうな咆哮が再び響く。
斬撃が閃き、セイバーの胴に殺到する。
「セイバーッ!?」
ズシャ!!
硬い砂袋を鉄塊で叩いた様な鈍い音。
「あら?」
確かに斬撃がセイバーを裂いたと思っていた黒いイリヤがピタリと笑いを止めた。
「──フ、武技は忘れじとも…己が宝具の効果すら忘れたか、バーサーカー。」
斧剣は、その刃を通せない。
事に、ランクとして落ちる神代の時代の石柱を削り出しただけの粗末な斧剣では。
宝具としての格はようやく最低限度と言ったところだから。
「──ネメアの獅子…?」
「そうだ…生半な刃は宝具と言えど通じぬよ、そして…ただの打撃になり下がった攻撃が通じぬ理由は…マスターならわかるだろう?」
「そう…、
「なれば、諦めて消えよ…紛い物!」
セイバーの視線が、影の様な姿の
ボッ、と空気を貫通して剣閃が奔った。
バーサーカーの、暗い影の様な肌が炎剣に見る間に切り刻まれる。
「ガ──ァ■■■ァア!」
ドシャリ、と肉片が地面に落ちて、真っ黒な、コールタールの様になって消えていく。
「.…フ、うふふ、うふふふふふ──」
「…何を笑うのよ…気味が悪い」
「哀れ、哀れね、早く楽になってしまう方が、苦しまなくて済むのに…聖杯戦争なんて何故するの、私にその意味は無い…いいえ生きる意味さえありはしないくせに──アインツベルンである、と言うただそれだけで動く人形の癖に!」
キリツグが居ない。
お母様も居ない。
そんな世界に──意味なんか、あるの?
「黙れ──黙れ、だまれ、黙りなさい!」
髪が浮き上がり、ザワザワと生き物の様に蠢き、その中から銀の煌めきが躍り出る。
「──
星の光を浴びて煌めくソレは針金だった。
髪の中に仕込まれたそれは魔術により伸び上がり、宙を舞う。
瞬時に形を変え、鋼細工の美しい鳥が羽撃いた。
「──カッ…」
針金が胸を貫き、短い呼気を吐き出して吐血する黒イリヤ。
そのまま、地面に倒れると先のバーサーカー同様にコールタールの様な液体に変わり、染み入る様に消えていった。
「…なんなの!なんなのよ!」
ヒステリックな声を上げる主に、セイバーはそっと手を出し頬を撫でる。
「気にしなくていい、取り乱せば相手の思う壺だ。」
「…わか、わかってる…わかってるの!」
ギュウ、とセイバーの太い腕にしがみつく。
爪が食い込み、普通ならばセイバーの皮膚は裂けていただろう、が。
「イリヤ、あまり力を入れるな…お前の爪の方が割れてしまう。」
「………ぅ…う、ふぅ…」
静かに泣くイリヤ。
あの黒いイリヤが言った事が余程こたえたのだろう。
確かに、イリヤには未来が無い、過去縋るべき二親も失い、寄る辺も無い。
残されたのは「アインツベルン」であり続ける事だけ。
「──泣くな、私が居るだろう…イリヤ。」
「う、ぅうぇ、う──あああっ!」
慟哭。
たかだか十数年の彼女の人生には何も無い。
アインツベルンと言う呪いに縛られ、唯一外に繋がる扉と言えた父親に見捨てられ、母を失い。
「もう、私には、私には…キリツグ、キリツグ助けてよ、キリツグ──」
父親になって欲しい、そう言った彼女。
しかし、求めるのは「キリツグ」。
セイバーでも、ヘラクレスでも無い。
「泣くな、イリヤ──」
結局、親の温もり、特に父親の愛など知らぬ自分には代わりを演じる事すらできないのか。
「泣くな…」
主の小さな身体を抱きしめながら。
大英雄ヘラクレスは考える。
先の影。
アレは、なんなのか。
どこか、懐かしいとすら感じた…
同時に悍ましく/望ましく──
不安そのものでしか無い、その感情。
しかし、感情は感情でしか無い。
答えのないままに。
今夜はこれまでか、と。
ゼウス探索を中断し、主を抱き抱え、跳んだ。
***********
「──なるほど、状況は理解しました…なんにせよ、アーチャー、凛…あなた方が味方である事…これほど力強い事は無い。」
衛宮邸の庭での戦闘。
黒化英霊を退け、一息ついた面々は情報の共有を行う為に居間に集まり食卓を囲んでいる。
マスターである凛、朔弥、そして士郎。
サーヴァントであるアーチャーとバーサーカー。
イルマは興味が無いとばかりに地下へ潜ったまままだ。
…いや、少し前まで炬燵にいたらしい跡が残っていたが。
みかんの皮とかみかんの皮とか。
そして──、セイバー、アルトリア。
いや、正確にはアサシンであるのだが、言うと本人が泣き崩れるので皆がセイバーで通す事にしたのだ、察して欲しい。
彼女、あの混戦の最中に衛宮邸内部に突如召喚されたらしい。
そして、「シロウ」を強く覚えていた彼女は。
その危機に迷いなく飛び出し、黒化英霊を斬り伏せたのだ。
「…アルトリア、君は…君は本当にあの、アルトリアなのか?」
「…えぇ、一人の哀しい男に救われた孤独な王だった、あのアルトリアですよアーチャー。」
二人の間に、何故か入り込めない空気を感じた。
「貴方が…
含みのある言葉、視線。
絡み合う様に親愛──否、それ以上の何かを感じる。
ふと、その優しい眼差しがアーチャーだけで無く、士郎にも向けられた。
士郎の方もまんざらでも無い顔をしていたりする。
「…何ですかね、あれ…?」
ブス〜、と頬を膨らませ呟く朔弥。
「知らないわよ…私に聞く?」
やはり不機嫌な凛。
「な、なんだかわからないが二人とも親しい仲なのか?別にいいじゃないか…なんだか奇跡みたいなものだろう、あれ…って事はアーチャーって…アーサー王伝説に所縁の英霊なのか??」
少しだけアルトリアの慈愛の眼差しにドギマギしながら士郎が呟くと。
「…知らないってぇのは時に残酷だなあぉい。」
バーサーカーの声は他には届かず、しかし士郎の呟く声は他に届いて。
「アーサー王所縁の弓を使う英霊って事は…トリスタン卿か?」
「「アレと一緒にしないで頂(きたい)こうか!?」」
アーチャーと、アルトリアがハモった。
トリスタン卿…何か問題人物だったのだろうか。
「え、あ、はいすいません…?」
「は、私は何を…いや、何故かトリスタン卿と同一視されるのが我慢ならなかったのだ、何故か…」
アーチャー、どうも記憶しているわけではない様である。
「記憶に無いだけで何処かで会っているのかもしれませんね…いや、あの男は有能でしたが些か問題のある性格でしたから、無理は無い…」
と、どこか疲れた様子のアルトリア=アーサー王、本当に何したの、トリスタン。
「私は、アーサー王所縁の英霊など恐れ多い者では無いよ…未だ記憶は継接ぎだが、少しならば思い出した事もある──私は真っ当な英霊では無い。」
語り出したアーチャーに、凛が暫し驚き、停止する。
「凛、話しておくが構わないか?」
「え、ええ…協力関係にある訳だし…何より今回の聖杯戦争はおかしいわ…場合によっては聖杯は諦めた方が良いのかも知れないし。」
「──そうか、君がそこまでわかっているならば…話せるようだな。」
神妙なアーチャーの口調に[[rb:欠伸 > あくび]]をするバーサーカーを除いた全員が注目する。
「先ず、先の私の話だが…私は真っ当な英霊では無い、所謂守護者…カウンター・ガーディアンと言う存在だ。」
「守護者…そうですか、貴方は、矢張り。」
何故言わなかった、と言う顔を凛に向けるアルトリア、対する凛にはその意図がわかるはずも無い。
「アルトリア、君は知っているな…契約が果たされず、死後に正統な英霊となる君とは違い…私は、死に際に願ってしまったのだよ、力を、望みを叶える力をね。」
「守護者…?」
とは、士郎の言葉…アーチャーは一瞬だけ複雑な顔をしたが、続ける。
「──ああ、世界の意思、抑止力と言えるものに契約を迫られた俺はその力と引き換えに守護者となった…守護者とはな、人類滅亡を防ぐ為に同じ人類すら抹殺する防衛装置──この星の免疫細胞の様なものだ。」
「故に、俺には真っ当な英霊の如き名も無ければ、伝説に謳われる様な力も無い。」
「だから、記憶が無いなんて言ったの?」
「マスターには悪いと思ったがね…いや、当初記憶が混乱していたのは事実だよ、ただ、思い出してからも態々こんな話を聞かせる意味も無かったのでな。」
「アーチャー…貴方ねぇ、はぁ、いいわ続けてよ、まだあるでしょ?」
「ああ、すまないな。」
一拍おいて、息を吸ってから再び話を再開する。
「我々守護者や英霊に時間の概念は薄い──故に召喚があればあらゆる時代、あらゆる平行世界に招かれる可能性がある訳だが…少なくとも、今まで冬木の第五次聖杯戦争に呼ばれた場合、多くは記憶にプロテクトがかけられ、最後に至るまで聖杯や参加者についての記憶は磨耗したかの様に思い出せず、終わりを迎えて来た。」
「私も、彼も…私は正直特殊な召喚のされ方をしていたのですが、平行世界の冬木における聖杯戦争に、ほぼ全て関わっています。」
「嘘、どんな確率よそれ…」
凛が驚くが、そこにアーチャーが補足する。
「驚く事も無い、つまりは我々が居てはじめて聖杯戦争が歴史上起こりうる、つまりは特異点に近しい存在なのだろう…聖杯戦争がある、と言う時点でこの時代の冬木に我々があること自体が歴史の転換点と認識されていれば確率など無意味だ。」
「そうです、アーチャー…貴方は何処まで思い出したのです?」
「いや、正直に言うと従来よりも様々な事を思い出した気はするが、まだまだ記憶は穴だらけだ…すまん。」
「いや、気にすることでも無いでしょう、私とて似たようなものです、しかし…私は本来セイバーとして…っく、あーアサ、アサシンなどでなく、セイバーとして、早々に召喚されていた筈なんです、この家の土蔵で、ランサーに襲われ死にかかった士郎に。」
「え、土蔵、それって…?」
「そういやランサーに襲われたのは朔弥で、召喚されたのはバーサーカー、だよな?」
「うん、赤毛の…怖い目をしたランサーだった、しゃべり方はなんかおじいちゃんみたいな。」
「…享年が高齢だったのでしょうか、戦いに身を置く英霊にしては珍しいですが…問題はそこでは無く…本来、ランサーとして呼ばれたのは…青い槍兵、クー・フーリンでした。」
「…ああ、そうか、そうだったな…校庭でランサーとやり合った時に違和感はあったのだ…何がおかしいかもわからない程度の違和感だったが、そうだ……本来はバーサーカー、君の別側面が本来のランサーだった筈なんだ。」
顔に掌をあて、考えながら思い出した事をぽつりぽつりと話続けるアーチャー。
「ふぅん、俺は話したように少々特殊な生まれ方をした身でね…ランサーの俺としての記憶は共有してねぇよ、いや生前に関しては覚えてるがね。」
畳に寝転び、欠伸をしながら聞いていた バーサーカーが話をふられて面倒そうに手を挙げ、答えた。
「…そもそも、そこだよ…九重朔弥。」
「ふぇ??」
「君は一体、何者だ?」
アーチャーの鷹の如き視線が、朔弥を射抜く。
「ぴっ!?」
びくり、と跳ね上がるようにして怯える朔弥。
「…おい、てめ…」
士郎が朔弥を庇おうと口を開いた瞬間。
「
一瞬、本当に一瞬で槍を突きつけたバーサーカーがアーチャーの喉に穂先を押し付けた。
「…やめて!バーサーカー!」
朔弥が何故か、悲鳴みたいな声で静止する。
「…命拾いしたな、赤いの。」
ス、と槍を引く。
「…ほとほと君は企画外だな…音も無く間合いを詰められるとは思わなかったよ…しかし、九重朔弥…君と、まさに今その異常な実力を示したバーサーカー…見知らぬ槍兵…君達こそがこの異常な聖杯戦争のカギになり得ると私は睨んでいるのだよ。」
「…バーサーカー、できればわかっている事を話しては頂けませんか?」
「セイバー、いいや…王様よ…俺は、話さねえ…一つ言えるのは、聖杯なんかよりまともじゃ無い何かが…いやがるだろう、ってだけだな。」
どか、っと胡座をかく形で座り、朔弥を引き寄せるバーサーカー。
ぼすん、とその体を抱き抱える様に、護る様に。
「にゃっ!?バーサーカー、何???」
「てめえ、危なっかしいからちょっとこうしろ。」
「え、え、うぇ???」
思わぬスキンシップに朔弥大混乱。
「ねえ、セイバー、アーチャー。」
凛がため息を吐きながら二人を流し見する。
「「なんでしょう(なんだ)?」」
「とりあえず、変にくっつかないで真面目に話してくれる?」
…いつの間にか、アーチャーの傍らにはアサ…セイバーが寄り添う形でぴったりくっついていた。
「あ、こ、これは失礼…アーチャーの傷を見るつもりでしたが…誤解させてしまいましたか?」
「アーチャーの傷なら私が魔力を送るだけで治るじゃないの…余計なお世話よセイバー。」
「なんにせよ…聖杯戦争はここに居るメンバーだけでも中断、再開は聖杯の状態を確かめてからでも良かろう?…降りかかる火の粉は払うにせよ、な…クラスはともかくアルトリアが味方になったのであれば戦力として申し分ない…他のサーヴァントを倒すのも難しくは無いだろう。」
「アーチャー…無意識?無意識なの?」
アーチャーの手は、何故かアルトリアの頭を優しく、優しく撫でていた。
愛でる様に、壊れ物を扱う様に、優しく。
「む、あ…こっこれは──」
「…とにかく!方針はそれでかまわんな、マスター、皆!?」
「…構わないけど…聖杯とかあまり興味無いからな…しかし、アーチャー…自重しろよてめえ。」
なんでか、士郎の額にも青筋が浮かび。
朔弥も、凛も。
とてつもなく冷たい視線をアーチャーに向けていた。
「…シロウ…私の事で怒って…?」
なんでか、嬉しそうなアルトリア。
今度は、凛と朔弥の視線が士郎に向けられた。
「えっ、ちょ!?な、なんでさ!?」
流石に…理不尽である。
とりあえず朔弥はバーサーカーの膝に収まりながらでそれはどうなのかとか、バーサーカーもちょっと朔弥の頭を撫でたそうに見ていた事とか…もろもろあったが。
──誰も突っ込まなかった。
【後書き的なもの】
はい、皆様こんばんは、こんにちは、おはようございます。
皆様の娯楽と隙間的な時間を頂き物語を紡ぎます、ライダー/ギルス…です。
ちゃんとシリアスだよね、ね!?←
さて、今回は説明会と言うか、半ば暴露大会に。
僅かずつですが伏線を回収しつつあります。
特にオルタニキと朔弥の存在について。
今後強くそれは物語に関わって行く事でしょう。
また、シロウとセイバー(アサシン)もまた然り。
更にはイリヤの元にも黒化英霊が現れました。
そう、ヘラクレスに至ってはバーサーカーである己が。
黒いロリヤが言うのは「私は貴女の可能性」との事。
本来の聖杯戦争に於けるヘラクレス(バーサーカー)とイリヤ。
ありえなかったセイバーとしてのヘラクレスと、成長したイリヤスフィール。
神霊を従えたマスターに、ありえなかった可能性、本来の可能性が黒化英霊と共に、本人を糾弾するかの様に現れて。
さて、黒幕は何がしたいのか。
そも、この冬木は本当に如何なる状態なのか?
風呂敷は頑張ってたたみますので、長くはなりそうですが頑張って書きます。
皆様のコメント、応援が我が活力です。
それでは、また次回の更新でっ!
シーユーアゲーン!!