狼煙は上がる。
月を迎え、風が吼える。
慟哭を上げることもできず少女は、静寂を捨てた。
「先程はお見苦しい姿をお見せ致しまして、大変失礼致しました。」
「ーーえぇと、誰、コレ?」
思わず半眼になる凛。
いや、無理はない。
何せ目の前でやたら丁寧な挨拶をしているのは先程の「死徒」なのだから。
「や、違うとか言うレベルじゃないですよね…体格違いすぎないかあんた!?」
ビシッ!っと華麗なツッコミを入れたのは士郎である。
「お恥ずかしい、あれは戦闘時の姿でして…不細工になるのであまりあの姿はお見せしたくはありませんなあ…普段はこちらの姿でイルマお嬢様の付き人をしております、イゴールと申します、以後、お見知りおきを、キリツグ・エミヤ様。」
物腰柔らかに、そう締めくくったのは年の頃にして50代前半と言った姿の初老の紳士。
どうやっても、先に見た巨体の死徒には見えない。
「あ、いやだからですね…俺は切嗣じゃあ無くて…士郎、衛宮士郎なんですって。」
「なぜじゃ、起源弾を使いこなすのはキリツグだけじゃろう、何せあれはお前の身体の一部から出来た弾丸じゃからしてーー」
何でそんなことがわかるんだ、こいつ。
「は、まったく厄介な弾丸だぜ…まともに食らえばサーヴァントだって効果無しとはいかねえだろうからなありゃあ。」
などと、先程軽々と直撃を避けた張本人、バーサーカーがシャアシャアと言っている。
「うむ、儂もアレに初めて貫かれた日は…足腰が立たなくなるほどであったぞ…キリツグの身体の一部に無理やりに貫かれたあの日ーー儂は生涯忘れ得ぬであろうな…」
ーー違うのはわかるんだが、その言い回しはどうなんだ。
「ーーあれは複製品だ、本来の持ち主はここには居らんよ…魔術師殺しになんの用事かは知らんがね…こちらは取り込み中だ、人違いが分かったら早々に帰りたまえ。」
お前はお前でなんでそう刺々しいんだよ、アーチャー。
「ーーそうか、人違い、か…しかし良く似ておるなーー確かによく見れば姿形は似ておらぬが…あり方が、魂の色とでも言おうか。」
イルマは一人、ウムウムと頷いている。
それをお嬢様、良うございましたなあ、なんてイゴールが相槌をうっていた。
マイペースすぎるだろ、お前ら。
「ーーて、言うかね…どうしてあんたら寛いでるのよ…士郎、貴方も中に入れるんじゃないわよ…」
なんでか遠坂がイライラしてる。
「ーー兎に角、貴女に敵意が無いなら本気で帰ってくれないかしら…こちとらライダーは探さなきゃいけないし、忙しいのよ…本当。」
「ふむーーイゴール、どうやら儂らはタイミングの悪い時に来てしもうたようだな…キリツグが戦っているかと思うて駆けつけてみれば…なぜか歓迎されてはおらんようじゃし、帰るかや。」
「左様で、それでは…皆様お騒がせ致しましたがこれにて。」
そう言ってイゴールはイルマを抱き抱え、そのまま玄関から退室していった。
「ーーあっさり帰ったわね…何だったのかしら…はあ、想定外の事態が多すぎて頭がどうにかなりそうだわ…今日はもう休みましょうか。」
「ーーそうだな、九重には悪いが…いい加減限界だ、今はそのほうがいい、かもな…」
その時、俺は気付くべきだった。
あまりに自然に言われて。
遠坂もじゃあ、また。
なんて言って帰ったのかと、そう思っていたのだ。
**********ーー…
朝。
朝がきた。
日差しが優しく僅かに昇り始めた。
徹底的なまでに朝である。
いつもの起床時より少しだけ早いくらい。
昨夜はさすがに疲れた。
遠坂が帰り、流石に九重には悪いがこのままにもできないからと、バーサーカー、オルクと一緒に九重を土蔵に運び、布をかけて隠した。
ーー石化、と言っても妙に生暖かいとか、その、ちょっと柔らかいとか思ったのは内緒である。
確かに石にはなっていたが、多分あれは表面だけだ。
身体活動は停止、と言うか仮死状態の様なものらしいとバーサーカーから聞いた。
ただ、長く続くと冗談抜きに完全に石になる可能性もあるらしい。
停滞のルーンとやらをバーサーカーが施していたので暫くは大丈夫だそうだが。
さて、それはそれで問題なのだがーー
目下、更に大問題が発生していた。
昨夜は確かに、一人で自室に入って寝たはずだ。
しかし。
何故かーー人肌の温もりが背中にしがみついているのを感じた。
おかしい。
というか、俺以外にいるのはバーサーカーだけじゃ無いか。
まさか、まさか、な?
『うわーーん!どこの馬の骨かわからないBL野郎に士郎とられたーーっ、士郎が、士郎のお尻が開発されちゃうううっ!!』
などと言う。
物騒極まりない藤姉の台詞が脳内にリフレインする。
「ーーお、俺にそんな趣味はなーーい?」
ガバ、と意を決して体の向きを変えた視界に入って来たのは。
美しい金髪に、真っ白な肌。
薄いネグリジェしか纏わぬ姿の…イルマが抱きついて寝息を立てていた。
「ーーなんでさ。」
と、現実から逃避しかけたその時。
襖が開いた。
勢い良く。
スパーン!、と。
そして、そこには。
まるで幽鬼の様な顔でふらつく…
「と、遠さ、か…?」
ーー凛の姿がありました。
「ーーむにゃ…ト…レ…何処だっけ…」
なんだか呟いていた遠坂が。
足元も見ずに歩み寄りーー
「あ」
つまづいて、こけた。
ビターン!
と音が出そうな倒れ方で、遠坂が俺とイルマの上に覆い被さる、と言うか。
勢いよく下に敷く感じに倒れてきたのだ。
いや、いっそボディプレスだった。
「めぎゅう!?」
イルマの悲鳴だ…ちょっと可愛い。
「ーーい、いった〜…何だってこんなところにつまづく様なモノ、が…?」
「ーーお、おはよう…遠坂…?」
なんでお前らここに居るんだ、と話をしようと手を挙げたのだが。
俺の上には今、イルマが抱きついた状態でその上に倒れてきた遠坂が、腕立て伏せするかの様な姿勢でその下に俺達を組み敷いた格好でいるわけで。
フニュリ、と。
なんだか極上のマシュマロに触れた様なーーいや、しかしこの温もりはなんだろう。
なんて考える暇は無くてーー。
一際甲高い悲鳴と、激しい平手打ちの音が響き渡るのだった。
改めて言いたい。
「ーーなんでさっ!?」
********
「ーー吸血種に、2騎のサーヴァント…衛宮士郎…どうにも渾然としていてわかりづらい状況ね一度、確かめる必要があるかしら。」
「何が問題だと言うのだ、イリヤ。」
厳しい表情で黙していたセイバーが薄く笑いながらそう問いかける。
「大問題よ、彼がマスターかどうか今一わからないもの。」
ふん、と可愛らしく鼻を鳴らして言うイリヤ。
「ーーよくわからないが…その男が憎いのだろう?」
ならば、やる事は変わらないでは無いか、とセイバーは首をかしげる。
「変わるわ、だって…私はアインツベルンなんだからーー確かに彼は憎いわ…でもね、私怨だけで誰かを殺すほどに私は傲慢じゃあ無い。」
「ーー殺したいならば、殺せばいい、と…神々ならば言うだろうな…人であったとしても…これは戦争なのだと主張して、そうする者が殆どだろうーーだが、私はイリヤのその姿勢は嫌いでは無いよ、好ましく思う。」
「ーーりがと。」
小さく、常人なら聞こえ無い程度の呟き。
だが、彼はサーヴァントだ、聞こえていないはずは無い。
しかし、彼がそれに答えることは無かった。
アインツベルンの拠点、城とも呼べる豪奢な建造物は冬木の外れ、深い森の只中にあった。
何代か前のアインツベルンが城ごとこの地に移しかえたのだ。
なんとも桁外れにスケールの大きな話である。
その一室、尖塔の一番上の部屋で二人は月を見ていた。
大きな赤い月。
血のような夜の赫光。
緋色に輝く愛剣の刀身を磨きながらセイバーは呟いた。
「ーーああ、マスターが1人…脱落したか姿をくらましたな。」
視線の先には、霊基盤が仄かな光を放ち鎮座している。
幾つも輝く光点は、サーヴァントとマスターを示す。
そのうち一つが、光をスウ、と消していく。
マスターを表す小さな光が一つ、だ。
「そろそろ様子見にも飽いた、な。」
ポツリとセイバーが呟き、イリヤが仕方ないわね、と答える。
「近々、軽く仕掛けましょう…でも彼は殺しちゃだめだからね、セイバー?」
「ああ、手足の腱を斬る位に留めておこう。」
できるだけそれもよして、と言われたが彼は答えない。
どこか嬉しそうに表情が変わった様な気がして、セイバーの顔を覗き見る、と。
そこには武人然とした厳しい表情が、あるだけだった。
***************
「ーーさて、説明して貰いましょうか、士郎?」
目の前に、仁王立で構えるのは藤村大河、教師、そして姉の様な存在。
つい先日、ライダーの仕掛けた結界にやられて昏倒していた筈なのだが。
見舞いにと病院に向かおうとしたら回復して帰って来たと連絡があった。
…どれだけタフなんだよ藤姉…いや、元気で安心したけどさ。
「先輩は一度…ロープレスバンジーでもすればいいと思います。」
とても可愛らしく、にこやかな笑顔でとんでもないことを言われた。
ーー桜である。
桜はあの時偶々家の用事で遅れてきた事が幸いし、難を逃れていたらしい。
「さ、桜…ロープレスだと死んでしまうんじゃあないかな…」
「ーーなんで、一晩で、女の子が2人も増えてるのっ!?」
「そうです!しかも遠坂先輩がいるじゃないですかっ!」
ガオー!、と昨日に続き吼えるタイガー。
桜まで便乗して叫んでいる。
「や、あ、えっと…それはだな…」
やばい、うまい言い訳が出てこない。
「藤村先生、ーー彼を責めないであげてください…衛宮君はウチが急な修繕で水周りも空調も効かなくなったと聞いてそれならうちに来たら良い…幸い部屋は貸すほど空いているからーーと手を差し伸べてくれたんです。」
「や、遠坂さん!あのね、貴女もだめだからねっ、年頃の男女が一つ屋根の下とか絶対にだめっ、何か起きてからじゃ遅いんだからっ!」
「ーー何か、とは?」
「え?あ、や…それはそのぅ…だってほら…男女が一つ屋根の下なんて…間違いが起こるかもしれないでしょ!?」
「ーーー衛宮君、貴方先生にあまり信用して貰ってないの?」
なんて事を此方にふってくる遠坂。
「え?や、どうなんだろ…なあ、藤姉?」
「え!?い、いやそれは信用してるよ?してるわよっ、士郎が間違いなんか起こすはずないじゃないっ、お姉ちゃんは士郎を間違いを起こす様に育てた覚えはありませんっ!」
焦りながらもそう口にしたのがーー決着だった。
「そうですか、なら問題無いじゃないですか、ねえ?オルクさん?」
と、そこでバーサーカーをダシにする。
「あぁ?ーーいいんじゃねえの?」
と、やる気なくチラ、と大河を見た途端。
「ーーは、はわわわっ!」
なんて汗を流し始める藤姉。
「ーーう、うう〜〜!」
顔を真っ赤にして、涙目で唸っている、
どうやらまだ道場での一件は尾を引いているらしい。
「遠坂先輩ーーずるいです…」
桜もまた、そこには口を挟めずに恨めしげに目を向けただけに終わる。
「まあまあ、皆さん…私もオルク様もおりますし何も女性の中に男が1人とはなりませんから大丈夫でございましょう、そこは私が責任を持ちましょうぞ。」
「ーーお願い、します。」
不承不承ではあるが、イゴールさんの言葉に桜と藤姉が頭を下げた。
そんなこんなで少々ギスギスしてはいたもののーー遠坂の話術とバーサーカーとイゴールさんの存在でなんとか切り抜けることには成功した。
したのだが。
何故か俺の隣りにちょこん、と可愛らしく座るイルマに対して鋭い視線が向け続けられていた…って何で遠坂まで。
「…このロリコン…」
何だか遠坂が俺にだけ聞こえる距離でそんな事を呟いてきた、誤解だ!
「ほっほっほっ、イルマ様、大人気ですな?」
いや、イゴールさん…多分違うと思いますよ。
「儂は可愛いからな!」
…お前は空気読めよ、頼むから。
ワイワイガヤガヤ、騒々しいくらいの食卓ーー久しぶりだな、こんなの。
切嗣と、雷我のじいさん、藤村組の若い集や藤姉。
たまに揃う時はこんな感じだったっけ。
「たまには、いいか。」
無意識に口が笑みを作る。
今だけは煩わしい事を考えないですみそうだ。
喧騒は、学校に出掛ける間際まで続いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕方。
屋上に集まった俺と遠坂は慎二がどこに逃げたかを考えていた。
桜にそれとなく聞いたが、あの日以来家にも帰っては居ないらしい。
…桜も辛そうに顔を伏せていた。
早く、なんとかしないとな…
あのバカを見つけてぶん殴ってでも考えを改めさせなきゃいけない。
「間桐君がどこにいるかーーだけど…霊脈に近い場所に隠れている可能性が高いわ、なにせあれだけ魔力を使い潰したのだから…彼の魔力容量では回復はおぼつかないはず…結界での回収も不発に終わったし、ね。」
「霊脈か…具体的には何処なんだ?」
「強い霊脈となれば限られてくる…一つは、教会。」
「ーー教会か…そういや一度顔を見せに行く方が良いんだったか。」
「ええ、貴方は参加者では無いから厳密には…バーサーカーと九重さんが、ね。」
「なるほど。」
「今はまだそれを考えなくても除外して良いわ。」
「なんでだ?」
「あそこはね、監督役である聖堂教会の、この場合は綺礼のやつーーがいるだけじゃ無い、脱落したマスターを保護する場でもあるの。」
「ああ…慎二は…それを知ってたらまずいかないな…」
あいつの性格なら負けてもいないのにそんな場所にはまず行かないだろう。
「そういう事よ、後はお山ーー柳洞寺ね。」
「一成のウチじゃないか…そうか、あそこ霊脈だったのか…」
「それと、ウチ…遠坂の屋敷、ね。」
まあ、流石にここは無いでしょう、と続ける遠坂。
「後は、新都の…中央公園。」
彼処かーー彼処は正直な話いい思いでは無い。
できたら近づきたくは無い、な。
そう、彼処は10年前に起きた大災害の中心だった場所だ。
それを知っていれば近づきたいと思う人間は少ないだろう。
なにせ、どういう訳かあの焼け跡にはろくに草木も育たない。
その上、なぜか息がつまると言うか…居づらいのだ。
「お寺はまず無いでしょうねーー人目がありすぎるもの、消去法でいけば、多分新都の方が可能性が高いと思うわ。」
「そうか、なら急ぐか…幸い授業もしばらくは無いって話だったしな。」
そう、ある意味では幸いだったが…あの集団昏倒事件のせいで今日はほとんどの生徒が欠席。
その為行われた会議の結果、今日を境に暫くは休校となったのだ。
「そうね、行きましょう。」
遠坂が先行し、俺たちはそのまま新都へと足早に、学校を後にした。
************ーー…
ビル風が、甲高い音を立てて吹き抜ける。
まるで過去が追い縋る様に。
彼女は一人。
「…来たようですね…どうします、慎二?」
「は、魔力は回復したんだよなライダー。」
「そうですね、完全ではありませんが全力戦闘をしたとしても…宝具を乱用でもしない限りは明日まででも戦えます。」
ビル群の一角、その屋上フェンス越しにこちらを見下ろす
彼女ーーライダーは今、重力すら無視して壁面に直立していた。
直角に聳えるビルの壁面にだ。
風の音が煩いくらいだが、サーヴァントである彼女の耳には残念ながら慎二の声が聞こえていた。
「そうか、なら…やれ…衛宮のサーヴァントだ、あのいけ好かない槍使いから先に仕留めろっ、いいな!?」
「いいでしょう。」
やはり解っていない。
正面から遣り合おうとすれば私は敗れるだろう。
あの槍使いは、不味い。
あまりに強い膂力とあの槍。
不吉極まりない、あの力は私の内に居るモノに近しい力だ。
その上相手はサーヴァントが2騎居るのだ。
これでただ無策に勝てると思う方がどうかしている。
だが、ただやられるつもりは無い。
正面から、やりあわなければよいのだから。
見上げる空は赤い。
くれなずむ夕日…彼女にすれば血を連想するその色は身体を火照らせ、昂ぶらせる。
しかしそんな事は知りもせず。
獲物の気配は…徐々に近づいていたーー。
皆様こんにちは、こんばんは、おはようございます。
貴方/貴女の愉悦部、ギルスです。(何
まあ、多少なりとも私の投稿する文章が楽しんでいただけたら幸せです。
ようやくセイバー陣営がちょっと動きます。
まだまだ物語は始まりから大して進んでない感がパ無いです。
イルマみたいな濃いキャラを投入しつつ、少しずつ物語は進んでいきます。
ランサー影薄いぞ!ぐだ子もどうなる。
伏線ばかりが増えていくこの話、はたしてちゃんと回収できるのか!?
そんなぐだぐだ感で、次回に続くっ!