デイウォーカーは滅びないーー。
「しつこいね、君も。」
くたびれたコートに咥え煙草。
ボサボサの黒髪に無精髭と、それだけなら実に清潔感の無い、ただの中年にしか聞こえない姿、しかし男の眼光は鋭く、立ち姿に隙は無い。
「しつこくもなろうが…貴様、我を散々に痛めつけておいて滅ぼすでも無く放置しよってからに…舐めているのか!?」
金髪、碧眼に野生の獣じみた目をギラつかせ、男を睨むのは酷くアンバランスな美形だった。
その眼に似合わず華奢な身体、しかし牙は長く、身体からは魔力が嫌と言うほど垂れ流しである。
「ーー僕としては切り札まで使って滅ぼせなかった方が驚きなんだけどね。」
呆れたように呟き、やれやれとポーズをとる。
「巫山戯るなっ、いっそ殺せぇ!?」
叫びによじる彼の動作が妙に艶めかしい。
ああ、よく見れば彼ではない。
彼女、だ。
控えめだが胸はある様だし、身体も丸みを帯びていて…中学生位の少女に見えた。
見た目だけは。
「できたらやっている、僕としても吸血種ーーそれもデイウォーカーにつけ狙われるのはさすがに疲れる。」
デイウォーカー。
陽を往く者。
吸血種にとって弱点であるはずのソレを軽く克服するほどの高位存在。
中には空想具現化、などという宝具に類する力を有している者までいるらしい。
死徒、中でもとりわけ古く強力なのが真祖。
目の前の美形ーーいや、少女は。
真祖でこそないが実に齢300を越す超越者である。
男、衛宮切嗣は以前、彼女と死闘を繰り広げた。
とある魔術師が、自分の子供をつけ狙われて彼に古い伝を頼って助けを求めてきたのだ。
ナタリア・カミンスキー。
彼、切嗣の師にあたる人物と魔術師、九重十蔵は所謂、同級生、兼情報屋。
フリーランス、一匹狼だったナタリアに様々な情報を渡したり、物資を支援していたのが、彼や、その徒弟だった。
「九重氏も何故こんな面倒を…」
とはいえ、子供を殺そうなどと言う輩を放置もできない。
正直に言って自分の身体は本調子から程遠い。
第四次聖杯戦争で受けた痛手は今尚彼を蝕んでいるのだから。
「君は、力に頼りすぎだ…それほどの魔力をただ垂れ流し、叩きつけることしか出来ていない、だから今の僕にすらあしらわれるのさ。」
淡々と、話しながら冷静に魔力と身体能力に任せた連撃を捌いていく。
「君、ではない!我が名は白金ーー明けの白金、イルマ・ヨグル・ソトホープだ、覚えておけ、雑草が!」
大層な二つ名だが、彼女自身はさほど強くない。
地力はともかく技術が無い。
故に、こうして怒らせておけば対処は容易だった。
罠にもかけやすい。
ほら、今みたいに。
「ーーぬうあああ、あ?」
ピン、と何かが抜ける音。
仕掛けておいた聖水入りの手榴弾の安全ピンが抜けたのだ。
本来なら破片をばら撒き、中にある殺傷能力の高い金属片が飛び散るのだが、これは特注で、中には圧縮した水、聖水が仕込まれている。
金属でなく特殊な圧縮ビニールに入れた水が。
凄い勢いで飛び散った水は弾丸さながらの勢いで彼女の全身を叩く。
「あ、あだ!?あ痛たたたたたっ!!」
白煙を上げながら床を転がるイルマ。
更には転がった先で網が飛び出し、イルマを吊りあげた。
切嗣は既に射程外に退避済みである。
「な、なんだこれーー!?」
ジタバタもがくが、中々切れない。
聖銀を編み込んだ特注である。
「さて、これで終わりにしてくれないかな…僕には君を滅ぼす手段が無い、しかし君は僕には勝てないーーこんな泥仕合はもうやめて欲しい。」
「ぐぎぎ…っ!」
自分の服を噛んで悔しがるイルマ。
いや、シャツが捲れている、見えるからよしなさい、とは切嗣は言わなかった。
…指摘したらしたで面倒そうだからだ。
「それじゃあ、僕は行くよ、君も僕みたいな死に損ないにこれ以上拘らないほうが良い。」
そんな屈辱の記憶も…もう、随分と昔の事に思えた。
************ーー…
「まず、貴様の間違いを一つ正しておこう。」
頭を鷲掴みにされ、引き摺られながら連れてこられた中庭で、俺は今アーチャーから魔術の講義を受けていた。
「間違い?魔術回路のスイッチって話ならさっき…」
ギロリと睨まれた。
流石にサーヴァントに本気で睨まれたら怖い。
「そうではない…魔術には起源と言うものがあるのは知っているか?」
「あー、切嗣がそんな話をしてくれた事はあったなあ…俺の起源は、「剣」だとか?」
「そこまでわかっていながら何故貴様は先の戦闘で銃などを投影したのだーー馬鹿か。」
「あれくらいしかサーヴァントに通じそうなものがなかったんだよ…銃の投影が負担がデカイこと位わかってたさ。」
「戯け、まずそこから間違いだというのだ。」
「は?」
「貴様に出来る事は何だ。」
「出来る事?」
「そうだ、貴様はあれやこれやと器用にこなせる様な人間でもあるまい?」
「ーー決めつけられるのはいい気分はしないけど…まあ間違っちゃいない、かな。」
「そうだ、不器用なお前が出来る事など限られている、相手が人外、それも英霊ならばなおのことだ。」
ドヤ顔しやがって…どうにもこいつは虫が好かない。
「ーー故に、勝とうと思うな、最善を尽くせ、己の中の最強をイメージしろ。」
「イメージ…」
「そうだ、貴様に出来るのは魔術を競う事でも、白兵戦を挑んで無様に切り捨てられる事でもない、勝てないならばーー勝てるモノを幻想しろーー私が教えられるのはそこまでだ、後は我々サーヴァントの戦いを見届け、糧にしろ。」
「ーーお前さ、ただいけ好かない奴じゃあなかったんだな、いけ好かないお人好しだ。」
などと。
いつの間にか口走った自分に驚きだ。
「ーーフン、いけ好かないのは私も同じだ、戯けが。」
今夜の講義はこれまで、なんて掛け声も起立、礼!も無いが、二人して牽制する様に苦笑いしてどちらともなく屋敷に戻ろうとした、その時。
けたたましい警報ーー魔術的な侵入者への警報が働き、脳裏に響き渡った。
この場合、士郎に認識された味方ーー
凛、朔弥に士郎、サーヴァント二人をを入れた5名に、だ。
「「ーー侵入者?」」
士郎、アーチャーの声がハモった瞬間であった。
**********************
「やっぱり、簡単には行かないかーー」
想定より早い、が…恐らく再度ワカメーーいや、ライダー陣営が仕掛けてきたか、もしくは新手のサーヴァントか。
「朔弥、もう少しだけ我慢しててね…ちゃんと元に戻してあげるから。」
石になった朔弥に語りかけてから、凛は中庭に面した窓を開けて、廊下に姿をさらす。
「アーチャー!!」
声と同時、戻ったアーチャーが霊体化を解き、傍に出現した。
「やかましいな、この音ーーはやいとこネズミを仕留めるとしようや、なあ?」
バーサーカーは好戦的な笑みを浮かべ、そんな呟きを発した。
「そうだな、それには同意しよう…来たぞ。」
塀の上から、中庭にドズン、と重い音を立てて着地したそれは、獣じみていた。
身の丈は高く、2.6m程か。
吐く息は生臭く、全身は筋肉の塊の様な姿。
一枚の襤褸を羽織り、下は獣毛に覆われ、足先は異様に長い爪が地面をえぐる様に固定している。
「サーヴァント、では無いな…これは…死徒か。」
死徒。
中でも低級なゾンビ、レッサーバンパイア。
その類か、と見当を付けてアーチャーは頭の中で対策を練り始める。
「ふむ、高位の魔術師かーーもしくはキャスターの使い魔か?」
コキコキと肩を鳴らしながら言うのはバーサーカー。
「なんにせよ、敵には違い無いわけね。」
凛の声が、開戦の合図だった。
「は、違い…無ぇな!」
ブオン、と空を切り月明かりの下紅い魔槍が閃いた。
それを受け流そうとした死徒だが、力の差は歴然。
刃こそ逸らしたが直ぐに力負けしてよろめいた。
「ぐ、ぇミヤ…キリヅグゥ!」
生臭く息を吐き出しながら発した言葉。
「親父の名前…?」
士郎が疑問を抱き、躊躇するが周りは違う。
アーチャーは既に再生能力を持つ死徒を滅ぼすのに適した武器を取り出していた。
士郎に聞こえない程度の小声で投影を行って。
「ハルペー…不死の怪物の首を刈り取る不死殺しーー受けるがいい!」
ハルペーは緑の光に変換され、アーチャーの持つ弓につがえられた。
即座に射られたそれが目の前の異形を貫きかけた、が。
「私のお人形を壊さないでくれないかしら…守護者のクソ野郎様?」
指二本でそれを止めたのは。
ふわりと舞い降りた、ゴスロリ風のやけに露出の多い衣装に身を包んだ、金糸の様な髪に、美しい碧眼の美少女だった。
「ーー何者。」
アーチャーの声が警戒を強めている。
バーサーカーすら今は黙して様子を見ている。
「私?私は白金、
「ーー頭大丈夫かしら、あの娘。」
思わず呟いたのは凛。
いや、無理からぬ話ではある。
見た目中学生女子。(圧倒的な美少女ではあるが、やはり外見は中学生。)
それが、崇め奉れとか言ってるのだ。
しかも露出多めのコスプレスタイルで。
**********************
「ーーとりあえず死んどけや。」
そう言いながら恐ろしい速度で踏み込んだバーサーカーの槍が少女を捉えた。
ギャリン!
指二本で挟んでいたハルペーを逆手に持ち直し、槍を止める少女ーーイルマ。
対してバーサーカーは笑みを深め、槍をさらに振り回し、突き出した。
「ハ!面白れえな、テメェ!」
嬉々としたーー或いは鬼々とした表情で槍を振るう。
速度は秒毎に上がり、今や凛の目には捉えきれなくなっていた。
「面白え、が…崇め奉れだと?…俺は王だ、王を前にその不遜ーー万死に値するな、えぇ?」
そうだーー俺を使って良いのは、好きに発言を許すのは…三人だけだ。
女王、メイヴーー俺を生み出した始まり。
そして。
絶望を乗り越えて俺を打破した双子ーーあの二人だけだ。
一直線に槍を突き入れ、正面から挑む。
「死などとうに乗り越えておるわ、しゃしゃるなよ若僧がーー!」
イルマが空いた方の掌に魔力を集める。
ほの紅く輝くそれは圧縮された破壊エネルギー。
「弾け飛べ…雑草が!!」
「喰らうかよ、マヌケ。」
バーサーカーはあたら不自然なまでにその進行方向を捻じ曲げた。
「うわ、尻尾で軌道修正とか…」
呆気にとられた凛。
隣ではアーチャーもまた毒気を抜かれた様にしてバーサーカーの動きを見ていた。
いや、むしろいずれ敵に回る可能性が高い彼を見て、共倒れれば良いとか考えてる顔だ、あれは。
「ち、見かけの割に器用な奴じゃな!」
イルマはそう毒づき、魔力の塊を投げつける。
イルマの手を離れたそれは、最初は塊のままに飛んでいく、がやがて制御を離れたためかバラバラになり、礫の様にバーサーカーの周りに降り注ぐ。
「は、残念ながら俺に飛び道具は通じないぜ?」
矢避けの加護。
一定以下の威力の飛び道具を逸らし、外してしまうバーサーカーのもつスキルの一つ。
そのまま、イルマに再度突きかかるが、そこに先ほどの死徒が横合いから殴りかかる。
「ガウッ!」
「ち、そんな雑魚くらいおさえとけ弓兵っ!」
毒づくバーサーカー、しかしアーチャーは。
「貴様一人では足らなかったかね、いやそれは失礼したーー買い被りすぎだったか。」
「…テメェ、覚えとけよこの野郎…良いだろう、そこまで言うなら俺の力ーーしかと目に焼きつけろっ!」
叫び、月明かりを背に飛び上がるバーサーカー。
「全種解放ーー…」
禍々しい気配がバーサーカーを包み、フードは硬質化して行く。
「ち、ちょっとまて、まさか、宝具!?」
「加減は無しだーー」
体内から何かが飛び出そうとする感覚。
力を振るうのは、いっそ快感ですらある。
「おい、待てって…クソ!」
さらに魔力は高まりーー
ズガァーン!!
銃声が、それを遮った。
「待てって、言ってるだろっ!」
魔力は霧散し、硬質化しかけていたフードは柔らかな質感を取り戻し、今にもバーサーカーの体外にせり出そうとしていたモノも再び体内に戻っていた。
「ーーなんのつもりだ、小僧?」
バーサーカーの眼が、怒りに、濁る。
「ーーそいつらには聞きたいことが山ほどあるんだ、それにーー直ぐに殺す殺すと物騒な事を言うなよな。」
「自分から死にてえのか、ガキ。」
こめかみに向けて放たれた弾丸を片手で受け止め、僅かに痛みを感じ、しかめ面で睨むバーサーカー。
「そんなわけないだろ、だから聞きたいことがーー」
「い、今のっ!今のは起源弾か!?そ、そうだろっああ、やっとだ、やっと会うたな、エミヤーー
唐突に。
花がほころぶ様なとびきりの笑顔で、少女、イルマは。
士郎に抱きついていた。
それはもう、ぎゅう、と。
もう、目にも止まらぬ速度でもって、迅速に、力強く。
「え、何、は?」
驚く士郎、しかし。
「な、ななななっーー!?」
何故か。
一番取り乱したのは凛だった。
【後書き的なもの】
拙い内容の拙作に、評価、コメントを毎度毎度ありがとうございます。
本当に、本当に感謝の極み。
今回はオリジナルキャラクターが登場、また切嗣に関しても回想ですが出番がありました。
さて、切嗣は今も生きているのか、否か。
そして、何故かラブコメしゅうが。←
謎が少しづつ増えて、今後物語は本来の歴史を大きく逸脱していきます。
まだまだ、風呂敷は畳むどころか広がりを見せます、必ず完結まで書いていきたいと思います故、皆様応援お願いします!
それではまた、次回更新で!
しーゆー!