■レルーネ
本作の主人公。11歳の少女。前世が男だった記憶を持っている転生者。
その為か、自分がメチャクチャ美人である事を理解していない。お洒落とかあんまり興味ない。幼馴染(マーシュ)の影響で、ポケモンと会話できるようになった。
《バトルシャトレーヌ》の一角であり、《銀氷》の異名を持つ。四天王クラスのトレーナーとも互角以上に渡り合えるが、以前完敗を喫したシロナにリベンジするという闘志を燃やしている。
□グランパ(ユキノオー)♂
パーティーの中では最古参であり、最高齢。
突っ走りがちな若手を諫めるのが役目と言えば役目。
□アンジュ(トゲキッス)♀
天然癒し系。パーティーのアイドル。ただし闘いで相対した時はマジで地獄を見せられる。
□シュヴァリエ(ギルガルド)♂
騎士感情が強いマジメキャラ。レルーネに対する忠誠心は何があろうとも欠片も揺るがない。
□トネール(ウォッシュロトム)
目を離せばイタズラを仕掛ける好奇心の塊。特性「いたずらごころ」を習得しているため、バトルでも目を離したら存分に暴れられる。
□バスティヨン(クレベース)♂
無口キャラ。基本しゃべらない仕事人。防御特化個体であり、弱点を突いても簡単には倒れてくれない。別名《不沈要塞》。
□フォルレーヌ(ガブリアス)♀
じめん/ドラゴンかと思った?残念、こおり/ドラゴンでしたー。……詳細は第0話参照。
勝つか負けるか。そのどちらかでしか価値を判断できない生粋のバトルマニア。
突然だが、《バトルハウス》にも普通に定休日というものは存在する。
とはいえ、ミアレシティの大手企業のように完全週休二日制というわけではない。毎月第二木曜日と第四木曜日が施設の定期検査を行うということで休みになっているだけである。また、バトル中にフィールドが大規模なダメージを追ってしまった際なども臨時休業する時もあったりするが、基本土日も運営している。
というかそもそも土曜日曜は一番お客さんが集まる訳だから、週末に休むなど以ての外だ。
しかしまぁ、それだけを傍から見てみると、一応未成年しかいない僕たち『バトルシャトレーヌ』は完全に労基違反であるという事実に繋がってしまうのだが、何も一日中働いているわけではないのが僕たちだ。
大前提として、《バトルハウス》で連勝を重ねることはそんなに簡単な事ではない。どんなにベテランの常連のお客さんでも連勝数が10に届かずに一日を終えることなど珍しくもないのだ。
トレーナーとしての実力が切迫すればするほど、勝敗を分けるのが”時の運”になるのもよくある話。最盛期にもなれば、恐らく四天王クラスのトレーナーですら敗北することもあるだろう。
まぁつまり何が言いたいかといえば、一度もシャトレーヌの出番なしに終わってしまう一日もよくある話だという事。
だがそれでも、一応は「仕事中」の身だ。空いてる時間に少しばかり外に出ることはあっても、キナンシティの外に出ることはない。
ラニュイ姉さんあたりは時折それが不満に感じることもあるようで、たまに駄々をこねてはルミタン姉さんの般若面のような笑顔に気圧されて意気消沈している。
……まぁその気持ちは、分からなくもない。
厭世家ではなくとも出不精の衒いがあった僕でさえ、たまに無性に街の外に行きたくなる事がある。キナンシティは多くのトレーナーを迎え入れるために、郊外とは思えないほど様々な施設が揃った場所ではあるが、それとこれとは話が別だ。
……その原因の一端は、二度目の生を授かって間もない頃からラジュルネ姉さんに西へ東へ連れ回されたからでもあると個人的には思っているのだけど。
「それじゃあ、ちょっと行ってきますね、ルミタン姉さん」
「はい、行ってきんしゃい。夕飯までには戻ってくるんよ?」
そんなわけで今の僕は、たまの休みにはキナンシティの外に出るのが恒例になっていた。
行く場所はいつも違う。《バトルハウス》の裏庭で放し飼いにしている長距離移動用兼ルスワール姉さん一軍ポケモンのチルタリスに乗って北に西に東にと、とにかく気の赴くままに日帰り旅行をするのが趣味のようなものになっていた。
まぁそんなわけだから、当然僕の服装もいつものシャトレーヌとしてのドレス姿とは違う。
トップスはボタンの所に目立たない程度のフリルが付いた白のブラウス。胸元には赤色のリボンを結び、腰回りにはコルセットを巻いている。
元々コルセットはシャトレーヌ衣装でも着ているので、今更窮屈感を感じるという事もない。慣れとは恐ろしいものだと思う。幼少の頃は拷問の類だと思っていたのに、だ。
ボトムスはコルセットと同色のフレアスカートを履き、その下はニーソックスとブーツ。ここいら辺は動きやすさを重視していたりする。
後はまぁ、変装という意味合いも込めてそれ程色の濃くないサングラスをかけ、頭の上には黒色の花飾りがアクセントになっているボーラーハット。髪の長い部分を結い上げるというのは休日のみやっていることだが、これは何故かいつもルスワール姉さんが嬉々として弄ってくれるため、僕は与り知らない領域だ。
……とまぁここまで自信満々に語っているように思えるかもしれないが、このコーデの8割は師匠が設えたものだ。
あの人は爪のネイルまで施そうとしていたのだが、それは謹んで辞退させていただいた。……なんでだか、アレは未だに抵抗があるんだよね。ピアスは多分頼まれてもやらないだろうけど。
『今日は空を飛んでいかないんですね、ご主人様』
「たまには列車に揺られるのも良いと思いませんか? アンジュ」
そんなこんなで特注の腰回りのベルトにいつもの6つのモンスターボールを括り付けて館から出た僕は、裏庭でいつもの通りポケモンたちのソファー替わりになっているであろうチルタリスのシエルのところではなく、そのままキナンステーションに向かう。
駅構内の予約機器を操作してTMVのチケットを取り、十数分待った後に、ミアレシティ行きのTMVに乗り込む。
キナンシティからミアレシティまでは、揺られ続けて1時間といったところだ。
数十年前からキナンシティに住んでいる老夫婦に訊いた事があったのだが、この高速鉄道TMVが開通するまではミアレシティまでの直通アクセスもなかったらしい。それを思うと今という時代がどれだけ恵まれているかが分かる。科学の力って凄いね‼
『あ、主? どうなされたのですか?』
「……ごめんなさい、何故だかテンション上がってしまって。えぇ、何故だか」
『珍しいネー』
モンスターボールの中から聞こえてくるポケモンたちの声に反応しながら、平日の朝方、それも通勤時間からは少し遅れた時間帯であるためにそれ程利用者のいないボックス席の窓から、移り変わる景色をボーッと見続ける。
まぁ正直、スピードが速すぎて景色を目で追う余裕すらないのだが、窓の外に永遠に広がっているように見えるハクダンの森を惰性で見続けるだけでもなんとなく清々しい心持ちになってしまうのは僕がただおかしいだけなんだろうか。
『レルーネ、貴女ちょっと枯れすぎてるんじゃないかしら?』
「まさかその言葉を貴女から聞くことになるとは思いませんでしたよ、フォルレーヌ」
常に物事を「勝利」と「敗北」の二択でしか捉えない彼女に言われると……何て言うか、負けた気分になる。
アレか? 僕が精神的に枯れてるって言いたいのか? そりゃそうだよ。一応これでも人生二周目だよ? 前世でロクな人生送ってなかったし死に方もロクでもなかったけど、それでも一応精神年齢は普通に大人なんだよ。
……でもなんかこの頃は、肉体の方に精神が引っ張られている感じがしなくもないけれど。
もしかしたらいつか、前世の記憶そのものが無くなってしまうのかもしれないけれど……それならそれで、別にいい。未練はないし、僕としては今を生きることに後悔なんて微塵もないのだから。
……あぁ、でもやっぱりダメだ。前言撤回。忘れたくないことが、一つだけ残っている。
あの思い出だけは、風化せずに残しておきたい。他の記憶は全部忘却の彼方へ押しやってしまっても構わないけれど、アレだけは忘れたくない。忘れてはいけないモノだ。
『……ご主人様?』
「……?」
『あ、いえ。ちょっと悲しそうな顔をしていたので、つい』
「……そうでした? ごめんなさい、心配かけましたね」
どうやら、無意識にシリアスモードに入っていたようだ。
いけないいけない。折角天気もいいのに辛気臭い顔をしていたら、自ら不幸を招き寄せる事になってしまう。大事なポケモンたちに心配をかけてしまうのも本意ではない。
……でもさっきからケラケラと笑い続けているトネールが僅かばかり鬱陶しかったのでモンスターボールを軽くデコピンで弾いて黙らせる。爪が痛い。
まぁ短い旅だし、と自分に言い聞かせていると、いつの間にやら時間が過ぎていたのか、ミアレシティにそろそろ到着するという旨の放送が聞こえてきた。
それから数分、無事にミアレステーションに降り立つと、癖のようなもので周囲を見渡してしまう。
ここ、ミアレステーションはキナンステーションとは比べ物にならない程に規模が大きい。都心から少し離れた場所に住宅を構える人たちが通勤で使う事も多いTMVだが、通勤時間は外れている筈だというのに周囲を見渡せば人、人、人。改めてこの街の偉大さが良く分かる。
『相変わらずゴチャゴチャしてるわね、此処は。落ち着かないわ』
『素直ニ早く街に行きたイって言えばいいのニー』
『喧嘩売ってるのかしら? トネール』
『図星カナ?』
モンスターボールに入りながら煽る側と煽られる側に分かれている
言うまでもない事だが、ミアレシティは広い。本当に広い。たまに文句を言いたくなるレベルで広い。だと言うのに4つの広場と4つのアベニューが入り乱れ、初めてこの街を訪れた人はまず迷う。一見同じような建物が並んでいるようにも見えるため、森の木々の中を当てもなく彷徨っているのと同じ感覚に陥るのだ。僕も初めはダンジョンかと勘違いしたね。
まぁでもいつまで経っても街の中を地図片手に彷徨うという光景が余りにもアレだと思ったので、必死にマップを頭の中に叩き込んで街をうろついている間に漸くマトモに迷わず目的地に辿り着く程度にはなれた。タクシー? 利用したら負けだと思うんだ。
『主、本日はどちらに行かれるのですか?』
「いつも通り色々な店を見回るのも面白いんですけどね。今日はちょっと人と会う約束をしてるんですよ」
オシャレな石畳の道を歩き続けながら
ミアレステーションのあるノースサイドストリートとは区域が違うサウスサイドストリート。―――その中でもその店は凡そミアレステーション対角線上に位置している。
外周をぐるりと回るより、ジョーヌ広場からエテアベニューを経由するルートで突っ切ってしまった方が早い。
その途中でミアレシティのシンボルでもあり、ミアレジムでもあるプリズムタワーを見上げて、知り合いの一人を思い出す。
「後でシトロン君の所にも顔を出さないとだめですね」
『エンドレス麻痺地獄……クッ、頭がっ……』
「シュヴァリエにここまでトラウマを植え付けられるんですから素直に凄いと思うんですよね」
知り合いのジムリーダーの一人であるミアレジムジムリーダーのシトロン君は、でんきタイプのポケモンを使うジムリーダーである。
普段の彼はでんきタイプジムだという事でじめん統一パーティーで挑む哀れなトレーナーたちをエモンガや高く浮遊できるレアコイルで翻弄し、エレザードの『くさむすび』で仕留めるというジムリーダーらしい戦い方をしているのだが、こと本気になると一気に戦術がエグくなるのが特徴なのだ。
彼の本気パーティーのポケモンの超高圧広範囲『でんじは』に絡め取られようものならば、初見ではまず間違いなく詰む。実際僕も一度追い込まれかけた事があるから分かるのだが。
何せ《バトルシャトー》の《
『フフフ……いつかまたあのメガデンリュウを『コットンガード』の上から殴り倒してくれるわ。半端な気持ちでドラゴンタイプを手にしたのが運の尽きね』
「だから物騒な事を言わないように」
恐らくボールの中で戦意高揚してしまっている
そのまま数分も歩き続けて、漸く目的の店の前に辿り着いた。
「うーん……それじゃあ今日はシュヴァリエに着いて来て貰いましょうか」
『御意に、
ベルトからシュヴァリエのボールを取り、足元に放る。
出てきたシュヴァリエは両手を背でクロスさせたシールドフォームのままで、僕の後に続いて店内に入った。
『カフェ・ソレイユ』はミアレシティのサウスサイドシティの一角に位置するカフェだ。ミアレシティには幾つものカフェが点在し、それぞれの店に個性があって面白いのだが、この店は他のカフェとは少し違う特徴があったりする。
今の僕のようにポケモンを連れて来店できるというのもあるのだが、それよりも目立っているのが―――。
「あら、来たわね」
カフェの一番奥の窓際の席にしれっと腰かけながら僕を待っていた一人の女性。傍らの席には優美な仕草でポケモン用に配合されたコーヒーを飲むサーナイトがおり、僕の来店に気付くと立ち上がって恭しくお辞儀をしてくれた。
女性の方はというと、ただそこに座ってティーカップを傾けているだけで一枚の絵画になるかのような形容し難い美しさがあり、店内にいるお客さんの視線を集めまくっている。それだけではなく、正体を隠すための変装などという言葉を必要ないとどこかに投げ捨ててきたかのような潔さを見ていると、なんだかもう自分如きが変装しているのも馬鹿らしくなり、サングラスを取って軽く頭を下げた。
……サングラスを取った瞬間にお客さんの視線が更に集まったような気がするのは多分僕の気のせいだ。
「お久しぶりね。直接会うのは数か月ぶりくらいかしら」
「えぇ、はいそうですね」
今更この人と話す事に緊張などしないのだが、サーナイトを引き連れている状態だとどうしてもこの人の事を”ポケモントレーナー”の方向で見てしまい、少々委縮してしまうのも確か。
テレビをつければ大体メディアに出ている大女優でもあるが、僕にとってはそれよりもトレーナーとしての印象が強い。
「こちらこそお久しぶりです。
現カロス地方チャンピオン、《熾天》のカルネ。
僕に”この時代の”ポケモンバトルのイロハを叩き込んでくれたこの女性は、今でも相変わらず大胆不敵なご様子で安心した。
■―――■―――■
相変わらずそうだと、そう思ったのはカルネの方も同じだった。
彼女の目の前の席にゆっくりと腰を下ろした少女―――名高き《バトルシャトレーヌ》の一人であるレルーネは、若干11歳とは思えないほどの淑やかな仕草で外していたサングラスをブラウスの胸ポケットに仕舞い込むと、慣れた感じでメニューに目を通していく。
どうにも歳を取った感覚が誘発されるためにカルネが「師匠」ではなく名前で呼ばせている彼女は、何度も来たカフェだからか、注文をする際も澱みがなかった。
「あ、すみません」
「は、はい」
「アイスココアと、シュヴァ―――この子にはポケマメ配合のコーヒーを。……それで良かったですよね?シュバリエ」
コクリと一つ頷くギルガルドを見て、レルーネは「じゃあそれでお願いします」と告げる。……ウェイターの男の子の声や顔が終始緊張で引き攣っていた事は、多分、いや、絶対気付いていないだろう。
それがいつもの事だと思ってしまう程度には付き合いも長くなったのだと、カルネは一人しみじみに思った。
レルーネは、この少女は自分の外見や、自分に向けられる感情について本当に無頓着だ。
大女優と囃されるカルネから見ても、《
人の美しさとは何も外見だけの話ではなく、寧ろ内面こそが本当に美しい人を美しくたらしめているというのがカルネの持論ではあるが、それでもやはり何も知らない他人がその人物の事を評価する際にまず見るのはやはり外見だ。
女優などという職業を本業にしていると、それが更に顕著になる。同時に、磨けば光る原石を見ればそれを輝かせたくなると思うのもまた職業柄。
ただそういった面で”弟子”とも言えるこの少女を見ると、カルネは何とも言えない気持ちになる。
お洒落と言うものにとんと無頓着な女の子、それだけならばまだ分かる。知らないモノは知らないのだ。それはしょうがない。
だが、どんな女の子も10歳を超えれば何となくではあっても自分の外見について気になるものである。だがこの子は―――。
『カルネさん、ポケモン、みせてください』
最初に出会った時の、レルーネから掛けられた第一声はそれだった。
当時のカルネは女優として幾つかの舞台や番組に出始め、そこそこ売れてきた、といった具合だった。対してトレーナーとしては、実力としては相当なものであったが公式大会にはほとんど出た事がなく、無名と言っても差支えがなかったと言えるだろう。
だがレルーネは、最初からカルネを”女優”ではなく、”ポケモントレーナー”として見ていた。
後々ルミタンに訊くと、彼女はカルネが出場していた数少ない大会のビデオを、何度も何度も見ていたらしい。それこそ、食い入るように。
《バトルハウス》一家に生まれたという血がそうさせるのか、それとも別の何かがあるのかは知らないが、レルーネという少女は物心ついたばかりのその時から、既にトレーナーとしての才能は有り余るほどにに有していた。
だがそのせいで、彼女は他ならぬ自分の身を疎かにしていた。美人と称するに何の躊躇いもない姉達と比べてもなお、見劣りしない幻想的なまでの美しさを、彼女は自分で磨こうとは毛程も思わなかったのだ。
だから、カルネはお節介をした。
レルーネにポケモンバトルの手解きをする傍ら、どうやれば彼女の美しさをより際立たせる事ができるのか、どうすれば彼女に自分を磨くことの重要性を理解してもらえるか。それを女優として培ってきた経験を活かして教えたりしてきたつもりだった―――だったの、だが。
「それにしても師しょ―――カルネさんはやっぱり凄いですね。これだけ注目を集めているのにちょっとした変装も何もないんですから」
このカフェ内の事を言っているのなら、その視線の半分くらいは今貴女が集めているわよ、と言う前に注文したアイスココアが届いてしまい、飲み始めてしまったので言えず仕舞いとなってしまった。
元々このカロス地方で《バトルシャトレーヌ》美人五姉妹というのは有名ではあったが、先日出版された雑誌が更にその人気に拍車をかけた。
今も店内ではそわそわしたお客の何人かがいつ声をかけるか、またはサインを貰ったらよいのかと落ち着いていない雰囲気が漂っている。
そんな中でまだ誰も行動を起こしていないのは、大女優カルネが対面に座っているという事と、そして何よりレルーネ自身がどうにも近寄りがたい美人というオーラを醸し出していたからであった。
そんなものは11歳の年端も行かない少女に使う形容の仕方としては正しくないと傍から見れば思うだろうが、彼女の場合はそれが当て嵌まってしまうから怖い。
表情を変える事は滅多にない。彼女は無表情のまま―――だからこそ傍から見れば何を考えているか分からないミステリアスな雰囲気が他者を一歩遠ざけてしまう。
それも原因の一つか、とカルネは思う。
「私は別に記者に捕まったところでやましい事なんてしていないから。世間の目を気にして窮屈に生きるのが性に合わないのよ」
「はぁ、なるほど。なら僕もこんな中途半端な変装はやめますね。ルミタン姉さんにいつも言われてやってますけど、僕も窮屈なのは性に合わないので」
そう言った瞬間に彼女の傍らで器用にポケマメのコーヒーを飲んでいたギルガルドが目に見えて動揺したのをカルネは見逃さなかった。
変な男が寄って来たりすることを心配しての動揺だろうか。相変わらずポケモンに愛されていると実感したカルネだったが、そもそもレルーネは歳に似合わず、それほど柔ではない。
何せ一時期、カロス地方のポケモン警備隊に臨時隊員として所属していたルミタンの妹なのだ。面倒見の良い彼女ならば末妹にもいざという時の護身術は教えてあるだろうし、そして何よりレルーネのポケモンたちを敵に回せば恐ろしい事になるのは火を見るよりも明らかだ。
まぁほどほどにね、と忠告をするとレルーネは一つ頷いたが、何が”ほどほどに”なのかは多分分かっていないのだろう。
彼女に自分が特別な存在なのだと自覚させるのはまだまだ先が長そうだと心中で浅く溜息を吐くと、徐にレルーネは思い出したかのようにカルネに問いを投げてきた。
「あぁそうでした、カルネさん。一つ訊きたいんですけれど」
「あら、何かしら」
「『メガシンカ』―――やっぱり僕もそろそろ取り入れるべきでしょうかね?」
■―――■―――■
『メガシンカ』とは、トレーナーとポケモンの絆が齎す一段階上の進化―――このカロス地方でポケモン進化学の研究を行っているプラターヌ博士によればそういう定義らしい。
「絆」とは中々に曖昧な表現ではあるのだけど、それが理解できない程僕は冷酷なトレーナーになった覚えはない。ただの「レベル」ではなく「絆」が齎す進化という話を聞いた時、僕は成程と思ったものだ。
だが僕は、今までメガシンカをバトルで取り入れた事はなかった。
ポケモンの、僕が育てたありのままのポケモンたちでも勝てるというつまらない意地を張っていたというのもある。元より育成があまり得意ではない僕が文字通り心血を注いで育ててきたポケモンたちであるから、そのありのままで闘っていきたいと思っていたのだが―――流石にその意地もそろそろ緩める時が来たと思った。
きっかけは先日のビオラさんとの一戦だ。彼女はメガシンカを使い、元々攻撃値が高いヘラクロスを更に強化していた。あの攻撃は
その後で訊いた事だが、どうやら最近は一般のトレーナーの間でもメガシンカを使い始めた人たちが出てきているらしい。無論、相応の試練を潜り抜けた選ばれしトレーナーだけだという話だが。
そうなってきた以上、《バトルシャトレーヌ》の一人として、そして打倒シロナさんを掲げている身としては悠長なことは言っていられない。
個人の信条は大事にすべきだと思っているし、その考えを変えるつもりもないが、それに固執して強くなりたいと望んでいるポケモンたちの意思を無視しては本末転倒だ。
「いや実際、カルネさんのサーナイトはメガシンカしなくても途轍もなく強いってのは分かっているんですけれどね」
『あらまぁ、お世辞でも嬉しゅうございますわ。レルーネ様』
いや冗談でもお世辞でも何でもないんですけどね。
以前、カロスチャンピオンリーグを勝ち抜き、四天王を突破してカルネさんに挑戦したトレーナーがこの目の前の淑やかなサーナイトに6タテを食らったというのは余りにも有名な話である。僕もその情報を聞いた時は数分間唖然としたものだった。
それだけメガシンカという「進化」を超えた「シンカ」は強力であるという事だ。恐らく他地方でも既に徐々にではあるが広まっているだろう。
「そうね、まぁ貴女なら問題なくメガシンカを使いこなせると思うわよ? 貴女は自分を「育成下手」だと卑下するけれど、もし本当にそうなら、貴女のポケモンたちはこんなに貴女に懐いていないもの」
それは、以前にコルニにも言われた事だ。僕が知る限りカロス地方で彼女ほどポケモンと精神を一体化させられるトレーナーは居ない。そんな彼女に、幼馴染で友人であるという贔屓目なしでそう言われた時には素直に嬉しかったものだったが。
「ただ”強くなりたい”としか思っていないトレーナーに、メガシンカを使いこなす事はできないわ。私が見る限り、貴女には資格がある。―――どうするの?」
メガシンカを扱う資格を得たトレーナーというのは、得てして注目されるようになる。
まぁそうでなくとも《バトルシャトレーヌ》は注目されてナンボの職業ではあるのだけれど、その資格を得る事は、トレーナーとして落ちぶれられないというプレッシャーを背負うという事だ。
僕は、姉さんたちと違って公式戦での輝かしい結果というのは少ない。
少なくともルミタン姉さんのカロス・ホウエンリーグ制覇、ラジュルネ姉さんのホウエンリーグ制覇、ルスワール姉さんのカロスリーグ制覇などといった誰の目から見ても明らかな実績はない。
若すぎるのだから仕方ない、と言ってくれる人も多いが、それはただの言い訳だ。そんな僕がプレッシャーを背負う。……背負って良いのかと思った事もあった。
だがこの時点で、僕の腹は決まっていた。
「えぇ。僕はメガシンカを使いこなしてみせます。シャトレーヌの一人として恥じない戦いをするために、そして何より……僕が信じたポケモンと共にリベンジをするために」
大声ではなかったがそうキッパリと宣言すると、カルネさんは静かに微笑んでくれた。
やっぱり本当に綺麗な人は笑うと本当に綺麗だなぁと思ったのはさておき、その後にカルネさんは愛用しているバッグの中からあるものを取り出した。
それは、奇跡の玉だった。完全な円形ではなく、僅かに楕円になったそれは、内部が透けており特徴的な文様が浮き出ている。
初見ではない。今まで《
メガストーン。それは特定のポケモンをメガシンカさせるために必要なモノであり、該当するポケモンによってその色合いが異なる。そしてカルネさんが取り出したそのメガストーンの色は―――。
「なら、餞別にこれを貴女にあげるわ。お荷物にはならないと思うのだけれど、どうかしら?」
反射的に手を伸ばしそうになり、しかしテーブル下で僕は伸ばしかけた右腕を左手で抑え込んだ。
「これ……結構稀少なものなんじゃ……」
「そうねぇ……前に《
とはいえ、私が持っていても文字通り宝の持ち腐れだし、だったら手塩をかけた弟子が強くなるために贈り物をするというのも一興だと思わない?」
あ、ズルい。僕には「師匠」と呼ばせないクセにこういう時だけ「弟子」と言ってくるのか。
「貴女はまだまだ強くなれる。正直私でも末恐ろしいくらいにね。いつかはリーグ戦にも出て、公式戦の場で貴女と闘うのが、私の密かな楽しみでもあるんだから」
それはつまり、「待っててあげるからさっさとチャンピオンになれるくらい強くなりなさい」というプレッシャーでしょうか、師匠。
……とはいえ、ここまで来れば逆に受け取らない方が失礼になるだろう。
僕はカルネさんが差し出してくれたそのメガストーンを受け取り、カフェの明かりに照らして見る。
綺麗な石だった。無論、これだけではメガシンカをする事はできない。トレーナーの方の必需品であるメガバングルとキーストーンを手にするには、シャラシティの《マスタータワー》に行き、そこで試練として継承者と闘い、勝利しなくてはならない。
今代の継承者は、コルニだ。あの訳分からないスペックのメガルカリオと闘って、勝利を捥ぎ取らなくてはならない。
まぁ、そのくらいできなければ、シロナさんに勝つ事もできないという事だろう。望むところだ。
そんな感慨に耽っていると、新たにカフェに二人の来店があった。
……思えば二か月近く放置していたのか。こんな不真面目な小説にもお付き合いいただいている読者の皆様方には感謝もしようもありません。十三です。
まさかバトルツリー最上階のレッドさんのフシギバナが完全耐久型であった事に戦慄した今日この頃。ありゃあ卑怯だわ。ビビった。
御三家はアシマリを選びました。最終進化のみず/フェアリーが魅力的に見えたもので。
しかしリフレをしている内に可愛さにほっこりして……しかし思う。「コイツ、オスなんだよな」と。……あの見た目ならメス限定ポケでもおかしくないんだけどなぁ。
続きは近い内に投稿したいです。……できればいいなぁ。
PS:私服姿のレルーネを描いてみました。
【挿絵表示】
……11歳なんだよなぁ。