時代転生のシャトレーヌ   作:十三

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Episode 4 おいでませ修羅の銀世界 後篇

 

 

 

 

「行くよッ、メガヤンマ‼」

 

「……居座ります。頼みますね、シュヴァリエ(ギルガルド)

 

『御心のままに』

 

 

 ビオラさんの4体目はメガヤンマ。……正直、どう足掻いてもシュヴァリエでは素早さで相手を上回る事ができない。

 だが、だからといってアンジュ(トゲキッス)に交代すれば、『げんしのちから』で食われるだろう。『かそく』の特性持ちなのはほぼ決まっているようなものだし、もしかしたらサブで『いろめがね』も習得しているかもしれない。

 トネール(ウォッシュロトム)に交代して補助技をばら撒くのもアリではあるけれど、既に手札はあらかた見せてしまっている。『いたずらごころ』持ちのお陰で先制こそ必ず取れるが、()()()()()()()()()()()()()()()逆に対処のしようもある。ラムの実持ちであったらキツいカウンターを食らうだろう。

 

 まだ見せていない此方の手持ち二匹を見せるには、残念ながらまだ早い。相手はまだ切り札を温存している状態であり、追い詰められるまでは判断が難しいのが現状だ。

 

「『シグナルビーム』‼」

 

「躱して『アイアンヘッド』です」

 

 ごく自然な事ではあるが、シュヴァリエが『キングシールド』を覚えている以上、相手は接触系の物理攻撃を仕掛ける事ができない。

 『つじぎり』や『だましうち』など、警戒すべき技は幾つか存在するが、ガードさえ間に合えば、簡単にシュヴァリエが落ちるようなこともない。

 

 彼の”守護”は―――そんなに安いものではない。

 

 だが、実際のところはそこまで分かりやすいものではなかった。

 あちらの攻撃は躱せるが、こちらの攻撃もまた当たらない。その素早さは、アギルダーやテッカニンを凌ぐほどだろう。

 『かげぶんしん』を詰まずとも、残像が見えるほどの速さだ。それでも”あられ”の影響で少しづつ体力を削られ続けているのだろうが、有効打が得られないというのはもどかしいものがある。

 

 しかし―――やはり不可解だ。

 

 どれだけ素早さを上げても、どれだけ分身を作って回避率を上げようとも―――それでも”あられ”の魔手からは逃げられない。

 この生物が生きるには過酷過ぎる環境下で、それでも平気な顔をして動けるポケモンはそう多くない。ましてや誰かの手持ちであれば尚更だ。それこそ、フロストケイブ最奥に棲息する絶対零度すらも涼しい顔をして耐えきるボスユキノオークラスでなければならない。

 

 であれば、体力が消耗しきる前に交代するのがセオリーだ。決定打がない状況で、それでもゴリ押しで押し通そうとする戦法が通用するのは、精々バッジ3つ目くらいまでである。

 力一辺倒で全てがどうにかできる程、ポケモンバトルの世界は甘くない。ましてやそういった無茶をするトレーナーを窘める立場のジムリーダーたる彼女が、そのような愚を犯すわけがない。

 

 そう思うからこそ、実際罠として張られた大蜘蛛の巣を警戒して攻めあぐねている。此方の方が戦力・タイプ相性的に有利であるはずなのに。

 だが―――そうしていると勝てる勝負も勝てなくなる。どんなに細くとも勝ち筋を見出すのはルスワール姉さんの十八番だが、生憎と僕はそこまで器用ではない。

 だから、危険を承知で踏み込むしか他はないのだ。

 

「……シュヴァリエ」

 

『はっ』

 

 僕の声色から作戦を察してくれたのか、シュヴァリエはすぐさま行動を開始する。

 厚い氷に包まれた地面に向かって『せいなるつるぎ』を振り下ろす。飛び散った氷の破片がメガヤンマの視界を覆いつくし、その隙に僕はシュヴァリエをボールに戻す。そして―――。

 

「焼き尽くしなさい、アンジュ」

 

『ごめんなさい、メガヤンマさん』

 

 ボールから再び出てきたのと同時に、アンジュ(トゲキッス)は両翼を全力で羽ばたかせる。

 繰り出したのは風の刃ではなく、灼熱の暴風。万年氷にも匹敵する強度の氷を溶かす事は叶わないが、むしタイプのポケモンには耐えがたいほどの熱が瞬間的にフィールドを包み込んだ。

 

 広範囲に広げられた『ねっぷう』は、回避行動を取ろうとしたメガヤンマを回避先の空間諸共陽炎を棚引かせて焼き尽くす。

 一撃で瀕死まで持って行かれたメガヤンマは―――しかしボールに戻る寸前、まるでこちらを嘲るような表情を一瞬見せたような気がした。

 

 

「…………」

 

「強いね、レルーネちゃん。貴女のポケモン達、愛情込めて育てられてるのが良く分かるよ」

 

「ありがとうございます。そう言っていただけると、とても嬉しいですね」

 

「うんうん、カメラを構える暇もないのが残念ね。今のところ私は劣勢も劣勢。でも―――」

 

 ビオラさんはそう言うと、次のモンスターボールを手に取る。

 

「まだまだバトルは、これからなんだから‼」

 

 戦意は未だ尽きず。高揚し続けている。

 高く放り投げられたボールから飛び出してきたのは、赤紫色の巨体を揺らして地響きを起こしたペンドラー。

 巨体に似合わず、俊敏であることで知られるポケモンだ。油断はせず、慢心もせず、僕は次の指示を出そうとして―――

 

 

「『すてみタックル』‼」

 

 

 直後、まるで超高速移動をしたかのように、アンジュの正面に迫ったペンドラーの巨体が出現した。

 音を置き去りにする、という表現を表したかのように迫る攻撃は、ボールに戻す余地さえ与えない程だった。

 

 刹那の時間が経過した後、『すてみタックル』が直撃する。なすがまま、重量級の体重が全て乗ったその攻撃は、アンジュの体力を根こそぎ持って行くには充分な威力で―――。

 

 

「『エアスラッシュ』―――それから『ゴッドバード』」

 

 

 ―――だからこそ、吹き飛んでいった「それ」が『みがわり』に設置された人形であったことを相手が知るのに、一瞬遅れた。

 その一瞬さえあればいい。風の刃が巨体を刻み、そして黄金色の光を纏った純白の天使の一撃がペンドラーの体力を容赦なく削り取った。

 

『う……っ。コホッ……』

 

 だが同時に、アンジュの体力もそこで限界が訪れた。

 ビビヨン、メガヤンマ、そしてペンドラー。現役ジムリーダーの本気パーティーのポケモンを三体も沈めたのは大功労だ。

 ありがとう、と最後に言葉を掛けて、ボールの中へと戻す。彼女が踏ん張ってくれたお陰で、ビオラさんの狙いが、”仕込み”のタネが理解できた。

 

「……中々、思い切った事をするんですね。ビオラさん」

 

 独り言のつもりではあったのだが、僕が何を言ったのか、ビオラさんは雰囲気で感じ取ったらしい。

 ペンドラーをボールの中に戻しながら、彼女は既に最後のポケモンが入ったボールを手にしている。それが彼女の切り札で―――今までの”仕込み”の全てを集約する存在だ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――それがビオラさんが一軍パーティーに仕込んだ策略だろう。

 

 

 こちらの攻撃を躱しながら『ちょうのまい』を積み続けたビビヨンとアメモース。『かそく』の特性を利用して限界まで素早さを上げ続けたメガヤンマとペンドラー。ペンドラーに至っては、もしかしたら出現と同時に瞬間的に『つるぎのまい』を発動されたかもしれない。

 これだけ積み続ければ、成程確かにとんでもない事になる。その最後の一体でこちらの四体を全て食いに行く―――その自信があるのだろう。

 

「……甘い」

 

 今まで、『バトルシャトレーヌ』の一角として様々な逆境には立ち会って来た。姉さん達には及ばないが、それでも感じ入ったものは幾らでもあった。

 誇りとは違う。が、どれだけ強かろうとたった一体のポケモンに全滅させられるほど、ウチの子たちは弱くない。

 

 

「出番です、バスティヨン」

 

 僕が呼び出した五体目―――それはまさしく巨山の如く聳え立つクレベースの特異個体。

 

「ふぁー……大きいわねー‼」

 

 ビオラさんのその言葉も、もう聞き慣れたものだ。”彼”を初見で見たトレーナーは、揃って同じ感想を漏らす。

 現存するポケモンの中では最大と言われるホエルオーと並び立てるほどに巨大な彼は、出現と同時に地鳴りを起こす。吐息を吐き出し、爪を氷に食い込ませ、そうしてバスティヨンは初めて顔を上げた。

 

『出ましたッ‼ 通常の個体の約五倍、10メートル級のクレベース「バスティヨン」‼ 幾度見ても圧倒的なその巨体はまさに《永続氷結界(コキュートス)》の守護者‼』

 

「噂には聞いてたけどまさかここまでとは思わなかったわ。後でシャッター切らせて頂戴ね‼」

 

 そう言いながらも、ビオラさんが構えたのはカメラではなくモンスターボール。

 一層激しさを増した”あられ”の影響もなんのそのと言わんばかりに振りかぶり、フィールド内に投擲した。

 

「さぁ行きましょ‼ ヘラクロス‼」

 

『応ッ‼ 中々闘い甲斐のある奴がいるじゃねぇかよ‼』

 

 出現したのは通常の個体とは違い薄紫色の体色は、紛う事無き”色違い”のヘラクロスだ。性格も中々に熱い熱血漢らしい。

 するとビオラさんは、左腕の手首に着けていたリストバンドを取り外す。その下に取り付けていたのは銀色に輝く腕輪だった。

 その腕輪が何なのか―――僕は知識として知っていた。

 

「メガバングル―――コルニ以外のジムリーダーさんが使っているのを見たのは初めてですね」

 

「少し前に、コンコンブルさんに譲っていただいてね」

 

 であるならば、彼女が次にとる行動は一つしかない。

 

「いくわよヘラクロス―――メガシンカ‼」

 

 ビオラさんのメガバングルと、ヘラクロスが持つメガストーンが互いに呼応し、虹色の光を発しながらヘラクロスの体を包み込む。

 その原理自体は、未だに全て解明できている訳ではない。メガシンカ研究の権威でもあるプラターヌ博士ですら、その進化にはまだまだ謎が多く残されていると学会で表明しているらしい。

 

 進化を超える進化―――トレーナーとポケモンが紡ぐ絆の証。

 光が収まった後にそこに立っていたのは、より鋭く攻撃性に特化したフォルムに変化したヘラクロス―――メガヘラクロスだった。

 

「出力最大『メガホーン』ッ‼」

 

『応よッ‼』

 

 今までの仲間が積み上げてきた能力を全て掌握して、メガヘラクロスは愚直に突進をしてくる。

 躱さない。否、躱せない。先程のペンドラーよりも尚速く動いた彼の攻撃は、まさに一撃必殺にも比する威力となってバスティヨン(クレベース)の体表に突き刺さった。

 轟く轟音。それに観客席からも感嘆の息が漏れる。事実、僕自身もその無駄のない動きに敬意を表していた。―――が。

 

『…………』

 

 バスティヨンは動かない。全く、一寸たりとも動きはしない。

 倒れるわけではなく、攻撃を仕掛けるわけでもなく、ただ彼はメガヘラクロスの攻撃を正面から受け―――そして微塵も揺るがない。

 

「『インファイト』‼」

 

 次に繰り出されたのは、こおりタイプの弱点の一つであるかくとう技。それも最大級の威力を有するものの一つ。

 容赦のない攻撃の連打が、バスティヨンの体を打ち抜いていく。メガシンカの威力も合わさったその圧倒的なまでの攻撃力は、コルニの持つメガルカリオのそれに匹敵するかもしれない。―――それでも。

 

『……どうした、この程度か?』

 

『ッ……‼ テメェ……』

 

 それでも、落ちず。

 特異個体は伊達ではない。彼に僕が施した育成は至極単純。徹底的なまでの()()()()

 実績は積んできた。ワタルさんのカイリューの『りゅうせいぐん』、ダイゴさんのメタグロスの『コメットパンチ』を始めとして、限界の向こう側に行ってしまっているポケモンの攻撃を受けてきた。

 

 付いた異名は《不沈弩艦》。まさしくパーティーの中では「受け」特化の守護神と呼んで差し支えない存在だ。

 

「『じならし』です、バスティヨン」

 

『……了解だ』

 

 圧倒的なまでの巨体は、足を動かさずとも身じろぎをした程度で地震に比する衝撃を生み出す。

 本来であればこの技も立派な攻撃技の一つだが、バスティヨンの場合はもっと別の意味を持つ。メガヘラクロスの動きが一瞬だけ鈍くなるのと同時に、”あられ”が積み重なって形状が変化していたフィールドを砕き、まっ平らな状態へと引き戻す。

 これにて―――僕の仕込みは終了だ。

 

「戻って下さい、バスティヨン」

 

 相手のエースの攻撃を受けきって、環境の整備をする。それが彼の大目的である。

 地味な役割を任せてしまっているという自覚はあるが、しかし正直なところ彼がいなければ僕のパーティーのエースは全力で動く事は出来ない。

 いなければならない存在。いてくれなくては困る存在。……バスティヨンだけではなく、僕のパーティーは全員がそうだ。

 

 そしてその最後には、”彼女”が控える。バスティヨン(クレベース)が防御に特化した存在であれば、”彼女”は攻撃にのみ特化し尽くした存在だ。

 敗北の許されないエース。そんな”彼女”のモンスターボールを、僕はいつもの通り神妙に手にする。

 

 

 

「さぁ、貴女に相応しい舞台が整いました。―――蹂躙してください、フォルレーヌ」

 

『分かっているわよ、レルーネ。私はいつだって蹂躙するためにいるのだから』

 

 ボールから飛び出した彼女の姿を、観客の皆さんは勿論の事、ビオラさんも唖然とした表情で見ていた。

 バスティヨン(クレベース)の時とはまた違うその反応は、しかしそれもまた僕にしてみれば見慣れたものだ。

 

 

「色違い……じゃないわね。()()()()()()()()()()()()なんて見たことないわ‼」

 

 

 歓喜の色も滲ませたビオラさんの声に、観客席からも大きな歓声が挙がる。思えば、この子を公にお披露目するのも随分と久し振りな気がする。

 ビオラさんの言う通り、フォルレーヌはただの色違いガブリアスではない。いや、そもそも”色違い”と定義するには根本から違い過ぎる。

 

「『ふぶき』です。―――覆いつくしなさい」

 

「えぇ⁉」

 

 本来であればガブリアスという個体がどう足掻いても覚える事ができない技の名を聞き、思わず動揺した風のビオラさん。

 だがこれは、ハッタリでもなんでもない。フォルレーヌ(ガブリアス)が高らかに咆哮すると共に、”あられ”を上書きするかのような猛吹雪が吹き荒れる。

 

 生まれながらの特異個体というわけではない。彼女は、元々は敗北を喫したただ一体の最強のガブリアスを打倒する為だけにパーティーの誰よりも過酷で血の滲むような修業を積み重ねた。

 じめん・ドラゴンというタイプでは本来ならば晒してはいけない環境下―――常に猛吹雪が吹き荒れるフロストケイブの最奥にて己の弱点を徹底的に苛め抜き、その果てに克服した結果、彼女は体色と共に()()()()()()()()()()()

 

 『こおり・ドラゴン』―――これがフォルレーヌの現在のタイプだ。正真正銘、この《氷結界》の女王として、彼女は君臨し続ける。

 

 

『ひれ伏しなさい、自称天才。どちらの方が強いのか、その身に刻み尽くしてあげるわ』

 

 死に至る一歩手前まで至った努力の末の個体変化。それに見合うだけの強さ、そして矜持を手に、彼女は蹂躙を開始する。

 『ふぶき』程ではないが、本来は覚える事ができない『りゅうのまい』を独学で習得し、そして『つるぎのまい』を併せた彼女の攻撃力の高さは推して知るべしと言ったところだ。ボールに入っている状態で既に戦意を研ぎ澄ませている彼女は、場を整え、環境を整え、そして最後の切り札として登場させることで、文字通り”最強”の状態で君臨できる。

 それこそ―――メガシンカしたポケモンを相手に勝利宣告を突きつけるくらいには。

 

 ふぶきに隠れるようにしてメガヘラクロスを真正面から吹き飛ばしたのは、『フリーズボルト』と『げきりん』を組み合わせた一撃。

 場に出た瞬間に”こんらん”することなく永続『げきりん』を展開するワタルさんの戦法をヒントに編み出した技だが、大抵のポケモンはこの一撃で沈む。

 

『……へぇ。少しは根性があるじゃない。そこいらの有象無象とは流石に違うわね』

 

『けっ、言ってろ。……無茶苦茶な野郎だな、テメェ』

 

『男と女の区別もつかないなら―――とっとと沈みなさいな』

 

 だが、攻撃を耐えたメガヘラクロスを前に、フォルレーヌは傲然とした態度のままに追撃を叩き込む。

 ビオラさんの指示で再び『メガホーン』を叩き込もうとするも、『ドラゴンクロー』でそれを弾き飛ばす。猛吹雪の影響で羽を出して飛ぶこともできないメガヘラクロスを相手に、彼女は平坦に整えられた氷の世界で最速の闘気を叩き込み続ける。

 

 敗北は許さない、許されない。バトルで自分が掴むのはただ勝利のみ。他には何も要りはしない。―――エースの重責を背負いながらも、彼女はただ、積み上げ続けた”力”を示し続ける。

 それが誰であろうと関係ない。一度会敵すれば、未熟なトレーナーのポケモンでも、ポケモンリーグ上位トレーナーのポケモンでも、ジムリーダーでも四天王でも、チャンピオンであったとしても関係ない。

 

 

 攻撃は、十数分は続いただろうか。

 銀氷の世界で立っていたのは―――いつもの通りフォルレーヌ。メガヘラクロスは伏して目を回していた。

 

 激戦の最後を飾るには、余りにもあっけない結末。しかし観客の皆さんは数秒ほど呆然と結末を見届けた後、割れんばかりの大歓声を挙げてくれた。

 決して、美しくはなかっただろう。拍子抜けと言われても反論は出来ない。それは絶対的なエースであるフォルレーヌ(ガブリアス)が強すぎるせいではない。自分に美しいバトルを展開させる才能がないからだ。

 

「……満足できましたか? フォルレーヌ」

 

『そこそこは楽しめたわ。―――でもまだ不完全燃焼。まだ、まだ。最強には程遠いわね』

 

 不満げにそう言う彼女をボールに戻し、メガヘラクロスもビオラさんの元へと戻ると、”ふぶき”と”あられ”はピタリと降り止み、氷のフィールドには途端に罅が入って瓦解する。

 

 

「ヘラクロス、戦闘不能‼ よって勝者、『バトルシャトレーヌ』レルーネ様‼」

 

「ふー、負けちゃったかぁ。……ふふ、でも本当に楽しかったわ‼ 本当に‼」

 

 氷が砕けたフィールドを歩き、ビオラさんがこちらに歩み寄ってくる。僕も足を動かし、フィールドの中心で顔を合わせた。

 

「ありがとう。久し振りに熱くなれたわ。……またいつか、戦ってくれるかしら?」

 

「えぇ、勿論です。……僕とポケモン達も久方ぶりに本気で挑めました。貴女の誇りと、そして貴女のポケモン達の勇猛さに感謝を」

 

 ガッチリと握手を交わすと、再び歓声が沸き上がる。

 こうしてビオラさんとの激闘は、大好評の内に幕を下ろす事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

「あー、可愛い‼ 本当に可愛いわねこの子‼ 羽とか本当にフワッフワだわ‼」

 

『う、うぅぅ……くすぐったいですぅ……』

 

『えっと、その……ウチのマスターがすみません……』

 

「気にしないで良いですよ。……貴女も苦労しているんですね、ビビヨンさん」

 

 

 場所が変わって、《バトルハウス》に併設された屋敷のラウンジで、僕とビオラさんはティータイムと洒落込んでいた。

 

 最初は簡単なインタビューモドキをしていたはずだったのだが、お菓子の匂いに釣られてやってきたアンジュ(トゲキッス)とビビヨンが加わってから、一気に賑やかになってしまった。

 ビオラさんはアンジュの羽のモフモフさ加減が気に入ったのか、膝の上に乗っけて触ったり、カメラのシャッターを連続で切ったりしている。

 

 そんな主の姿を見ながら溜息を吐いていたビビヨンは、いつの間にやら僕の頭の上に停まっていた。……気に入ったの? そこ。

 

 

「それにしても、マーシュちゃんから聞いていたけれど貴女もポケモンの言葉が分かるのね」

 

「えぇ。本来の鳴き声と、人語が両方聞こえるようになりましたね。慣れれば老若男女の区別があって面白いですよ」

 

「それは凄いわね……あたしも頑張れば分かるようになったりしないかしら」

 

「マーシュ曰く、こればかりは素質の問題らしいです。意思疎通程度なら絆が深ければ問題なくできるらしいんですが、人語に変換されるか否かは素質がない人はどう頑張っても無理だとか」

 

「あらら、意外と厳しいのね。うーん……今度クノエシティに行った時にマーシュちゃんにコツだけでも訊いてこようかな」

 

 そういう意味では、僕は幸運に恵まれた方だったのだろう。ポケモン達の意志が、きちんとした言葉で理解できるというのはやはり良い事だ。

 間違えれば、ちゃんと窘める言葉が伝わってくる。彼らの意志を汲み取り、正しい選択をする事ができる。―――それは僕にとって何より救いになる事だった。

 

 それにしても、と。僕は別の話題を振った。

 

 

「ビオラさんは育成の才能が高いんですね。普通ならメガヤンマもビビヨンもフォレトスも『バトンタッチ』は覚えない筈ですし」

 

「うーん、とはいってもそんなに特別じゃないわよ? 原理的に覚えるのが不可能じゃない技は、トレーナーの指導次第で覚えさせることもできるし―――というか、レルーネちゃんに意外そうに思われるのは心外ね」

 

「? ……あぁ、成程」

 

「そう、貴女のガブリアス―――フォルレーヌちゃんだっけ? あの子の方がよっぽど不可解よ。体色だけじゃなくてタイプまで変わっちゃう変異なんて、少なくともあたしは寡聞にして聞いたことがないわ」

 

 まぁ確かに、珍しい事案であることは否定しない。

 しかし、ポケモンもまた生き物だ。晒した環境下に適応するように個体が変化するのは生物学的な観点から見ても前代未聞という訳でもない。現に、南方に位置するアローラ地方という場所では南国特有の環境に適応するために独自の生態系変化を遂げたポケモンが確認されているという。

 ―――まぁそれでも、「代を重ねた末に」変化するのと、「極短期間で」変化してしまうのとでは話が違うというのも分かっているのだが。

 

『フォルレーヌさんは凄い頑張っていますからねぇ』

 

 ……極論で言えば、アンジュが言った通りなのだ。何も間違ってはいない。

 

 

「……まぁ、彼女は負けず嫌いなので、それが高じてそうなってしまっただけなのです。……半分は僕の責任なんですけどね」

 

「あ……悪いこと訊いちゃったかしら?」

 

「いえ、大丈夫ですよ。単にバトルに負けたというだけの話ですから。―――尤も、相手はチャンピオンでしたけどね」

 

「ちゃ、チャンピオン⁉ って事は《バトルシャトー》の……」

 

「えぇ。年末の『社交界(サロン)』ですね。数年前に僕はルミタン姉さんに連れられて顔を出して、そこで一人のチャンピオンと戦って、負けました」

 

「……差し支えなければ、その先も教えてくれる?」

 

 差し支えはしない。別に僕はあの人に対して悪感情は抱いていないし、寧ろ尊敬している程だ。その名を口にすることを、憚る理由はどこにもない。

 

 

「シンオウチャンプ、《明星》のシロナ。あの人の手繰るガブリアスに勝つことがフォルレーヌの目的で、そしてあの人に勝つことが僕の目標ですね」

 

「あ……はは、成程。シロナさんかぁ。うん、確かにあの人は強いよね」

 

 時々《バトルシャトー》に出入りをしているというビオラさんなら、あの人の事は良く知っている事だろう。

 私生活は……まぁアレな人ではあるが、ことポケモンバトルに関しては天才的の範囲を通り越している。カルネさん(師匠)と同じく、女性ながら最強の座に君臨するという事に対しての羨望、そしていつの日かそれを超えたいという願望。それが僕を動かす原動力の一つだ。

 

「貴女に負けちゃったあたしが言うのもなんだけど……生半可じゃないよ?」

 

「えぇ、勿論分かっています。そもそも僕のパーティーには一体も万能の天才はいませんからね」

 

 ”万能の天才”―――それは即ち、ポケモン研究学の専門用語で言うところの『6V個体』を指す。

 ジムリーダークラス以上のトレーナーになると、そうした個体を有しているのは珍しい事ではない。現に僕が見た限り、ビオラさんの一軍パーティーの中でもペンドラーと色違いヘラクロスは恐らく6V個体だろう。

 

 だが、僕が育成したポケモンの中には、6V個体はいない。2V、3Vがほとんどで、今ビオラさんにもみくちゃにされているアンジュ(トゲキッス)などは、特化して優れている才能が無いほどだ。

 しかし、「才能が無い」というただそれだけの事で天才に敗北しなければならない道理はどこにもない。負けたのならば、それは僕の育成能力が足りなかっただけの話だ。

 

 僕が出会い、信頼しているポケモン達が「勝ちたい」と思っているのなら―――勝たせてあげるのが僕の義務だ。そして僕自身も、負けたまま逃げるのは趣味じゃない。

 

 

「……あたしも、”上”を目指してみようかなぁ」

 

「?」

 

「レルーネちゃん見てたらね、そう思って来たの。今の地位に満足するんじゃなくて、ポケモン達と一緒に、もっと強くなりたい、って」

 

 皆も悔しそうだったし、と言うビオラさんの表情を見れば、その場のノリで言ったとは考え辛かった。

 この人はこの人なりに、どこか思うところがあったのかもしれない。

 

 するとビオラさんは、アンジュを僕の膝元に返して、ニッコリと微笑んだ。

 

「今日はありがとう、レルーネちゃん。さっきも言ったけど、貴女と戦えて本当に良かったわ」

 

「満足していただけたなら嬉しいです。一応これでも、『バトルシャトレーヌ』の一人ですから」

 

 その笑みに返すようにして、僕の口角も自然に緩む。あまり意識していないとはいえ、それでも感謝されるのは嬉しいものだ。

 ポケモンバトルを通じて何かを得て、何か大事なことを知り、そして何か心にとどめ置く何かを抱ける。……前世では、それは得る事すら罪だったのだから。

 

 するとビオラさんは、何故だか呆然とした表情を見せた。

 

「? ビオラさん? どうかしましたか?」

 

「……可愛い」

 

「……え?」

 

「ちょっと、もう一回笑って頂戴‼ 逃した‼ シャッターチャンスを逃したわ‼」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい」

 

「落ち着けないわ‼ うぅ……フリーではあるけど一応プロのカメラマンのこの私がこんなにも素晴らしいシャッターチャンスを逃すなんて……っ」

 

 シャッターチャンス? え? 僕の笑った顔が?

 ……そういえばラニュイ姉さんが言ってたっけ。僕の笑顔はレアだとか何とか……。

 

「……そんなに取り乱す程ですか?」

 

「……もしかしてレルーネちゃん、自分の笑顔にどれだけ価値があるか分かってなかったりする?」

 

 そうは言ってもなぁ。わざわざ鏡の前で笑顔になる事なんてないわけだし……。いやまぁ確かに表情括約筋をあまり使ってないのは否定しないけど。

 

「まぁ、うん。いいわ。今回は撮り逃がしたあたしが悪い‼ 次にバトルする時は、絶対に貴女の最っ高の笑顔を引き出してみせるわ‼」

 

「は、はぁ……」

 

 それはそれで何だか複雑だなぁと思うところもあったが、でも彼女ほどの腕前のカメラマンにシャッターチャンスを狙われるというのは悪い気はしない。

 気付けば僕の頭の上に乗っていたビビヨンも既に離れ、ビオラさんの肩の上に羽を折りたたんで停まっていた。

 

 それじゃあね、お茶美味しかったわ。と言い残し、そのままラウンジを去っていく彼女の背中を見送ってから、僕は膝の上のアンジュを撫でながら独りごちるように呟いてしまった。

 

「何だか……また背負い込んだ気がしますね」

 

『ふふ、わたくしは良い事だと思います。だってご主人様、とっても良い顔をしていらっしゃいますもの』

 

「……そうですか?」

 

『えぇ♪』

 

 ……やっぱり僕は自分の事に対しては酷く鈍感なのだろうと、改めて認識せざるを得なくなる。

 激闘の余韻を未だに体の奥底で感じ入りながら、僕はそんなとりとめのない事をその後しばらく考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 疲れた(白目)。
 気付いたら書きあがっていたので、もしかしたらポケモンのSSは書きやすいのかもと思ってしまいましたが、多分これは最初の内だけなんだろうなとも思います。でも楽しかった。

 作業用BGMとして歴代チャンピオン戦のBGMかけながら書いていたら進みが早いのなんの。一番好きなのは金銀の時のワタル戦の時のBGMですかね。シロガネ山でレッドと戦う時もかかってたアレです。

 まだ連載は続けるつもりですが、ひとまず区切りとして用語解説などをば。


■《永続氷結界(コキュートス)》
 『あまごい』と『あられ』を組み合わせて作り出される、常に氷点下で霰が吹き続けるフィールド。
 ただしこれは豪雨とも呼べるトネール(ウォッシュロトム)の『あまごい』と、強力でありながらバトルの終了まで絶え間なく降り続けるグランパ(ユキノオー)の『あられ』だからこそできる芸当。
 
このフィールドの中では以下の効果が発動する。
・こおりタイプ以外のポケモンは”すばやさ”が2段階下がり、毎ターン最大HPの1/8のダメージを受け、こおりタイプのポケモンでも”すばやさ”が1段階下がり、毎ターン最大HPの1/12のダメージを受ける。
・『あさのひざし』『こうごうせい』『つきのひかり』などの技は使用不可能となる。
・『ソーラービーム』は溜める時間が2ターンとなり、攻撃力は0.3倍になる。
・『ふぶき』が必中となる。
 etc

■二重特性・固有特性
 原作ゲームでは1匹につき1つしか習得できない”とくせい”だが、今作品に於いてはトレーナーの育成や野生の環境、または生来の性格などによって複数の”とくせい”を習得しているケースがある。

■習得している”わざ”
 習得できる”わざ”が4つなのはあくまで規定ラインに過ぎず、トレーナーによる綿密な育成とトレーナーとの深い絆から来る高いコミュニケーション能力が備わっていれば、4つ以上のわざを習得する事も可能。
 ただし、「習得している」のと「土壇場でも使える」のはまた別の問題であることもある。

■『社交界(サロン)』
 毎年年末、俗に「オフシーズン」と呼ばれる時期に、暇を持て余した各地方の「爵位」持ちのジムリーダーや四天王、チャンピオンが《バトルシャトー》を訪れる行事。
 本来は各地方同士の情報交換などが主な面目だが、まぁ気付けばどこかしらでバトルが始まっている。通称「修羅会」。
 ここでも不完全燃焼で持て余した者達は、そのまま《バトルハウス》に乗り込んだりもする。

■ジムリーダー(本気)
 文字通りの意味。ポケモンリーグ挑戦権期間中は挑戦者のトレーナーの力量を見極めるのが主な仕事のジムリーダーは、基本的に本気で戦う事は叶わない。
 だが、その枷が外れた時、彼らはその溜まり溜まった鬱憤を晴らすかのようにガチモードに変貌する。故に年末の『社交界』は怖い。

■ポケモンリーグ
 地方によって期間にズレはあるが、2年に1回執り行われる『ポケモンリーグ名誉トレーナー』の称号を得る為の祭典。
 この大会はジムリーダークラスのトレーナーも参加する事があり、文字通りトレーナーとポケモンが死闘を繰り広げる。
 決勝リーグ出場者には四天王参戦権が授与され、四天王を下した暁にはチャンピオンへの参戦権が得られる。


PS:近いうちに主人公とポケモンのマテリアル的なものを作ろうと思いますので、詳しい人物設定などはそちらの方をご参照ください。









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