東方project × ONE PIECE ~狂気の吸血鬼と鮮血の記憶~ 作:すずひら
・カープ離脱
・吸血鬼とか、フランの名前についてとか
注意:今話はかなりR15(エロ・グロ)な描写があるうえ、人によっては気分が悪くなる展開だと思います。
閲覧の際はお気を付けください。
中華風の国と鈴の少女
フランがスカーレット海賊団を率いる航海を始めてから実に25年。
その長い旅の中でも見たことがない光景が、今フランたちの目の前には広がっていた。
「うわぁ……これはなんていうか、刺激が強すぎ……R指定かかっちゃうよ」
目の前に広がるのは肌色の光景。
フランたちがこのたび上陸した大陸の住人たちは一切の服を着ていなかったのである。
いや、正確には男性はしっかりと服を着こんでおり、女性だけが全裸なのだった。
文明度の低い土地の民はほとんど全裸であるようなことも多く、フランたちとしてもそういったことならば慣れているのだが、目の前に広がる光景はそれとはまったく趣を異にしている。
少なくとも目の前の女性たち服を身につけていないことには必然性が見当たらないのだ。
しかも、女性たちにはどこか生気がない。
これじゃあまるで……とフランが思ったとき、フランたちを遠巻きに見つめる民衆の中から武器を持った男たちが数人出てきた。
その格好は見るからに兵士といった様子である。
『お前たちは何者だ! どこから来た!』
兵士たちの内最も背の高い男がそう叫んだ。
ちなみに言葉が通じるのは長年かけてフランが開発した翻訳魔法のおかげであり、実際に彼らは日本語や英語を話しているわけではない。
この翻訳魔法は相手の言葉読み取るのと同時に、こちらの言葉も現地の言葉に翻訳して伝えることができるという、かなり高性能にして複雑高度な魔法である。
フランの700余年に及ぶ魔法研鑽の集大成と言っても過言ではない。
実際には覇気を応用した読心と念話魔法を応用した意思伝達なのだが、この魔法を介することで違和感と労力なく実際に喋っているように感じ取れるのである。
「……マロン、相手お願い。私とルミャは隠れておくよ」
「……おう」
マロンも目の前の異常な光景に何か感じるものがあったのだろう。
特に何もフランに尋ねはしなかった。
フランはルミャの元へとこっそり移動する。
「船長、これは……」
「しー。静かにしててね、ルミャ。今見えなくなる魔法かけるから」
「は、はい」
フランがルミャと自分にかけたのは光の屈折率を調節して周囲に自分たちの姿を見えなくする魔法だった。
ちなみに、その性質上太陽の光を防ぐことができるため、この魔法を開発してから太陽はフランの敵ではない。
もともと大した障害でもなかったが。
そのままフランはルミャを抱えて飛び上がり、空中でホバリングする。
眼下では現地住民とマロンのやりとりが行われていた。
「俺たちはスカーレット海賊団だ。お前たちは?」
『私たちはクーロンの衛兵だ。怪しいものを国内に入れるわけにはいかない。即刻立ち去れ!』
「滞在許可は取れないのか? 俺たちは海賊団と名乗っちゃいるが無体な略奪はしないぞ」
『ならば一応、上に確認をとる。しばしそこで待たれよ!』
そのやり取りを見つめていたフランがぽつりとこぼす。
「……へぇ。すごいね、ルミャ」
「なにがですか、船長?」
「ここ、今までで見た中でもダントツで文明が進んでるよ。流石にラフテルほどとまではいかないけど、国の概念も衛兵の管理も命令系統もある。周りの家とかも見てみてよ。粗末なものが多いけど、立派な作りの物もある。看板に文字が書いてあるし、庶民にある程度識字率があるってことだよね。服とかも結構細かい装飾が入ってるし」
「確かにそうですね」
「クーロンっていってたっけ。都市の名前か国の名前か分からないけど、建物や衣服もどことなく中国テイストを感じるし光景は世紀末だしで
「中国、ですか?」
「そそ。私が昔住んでいた国のお隣さん。なんとなくの雰囲気だけどね。別にチャイナドレスや辮髪があるわけでもないし。なんだろう、服の色合いとかがたまたまそう見えさせてるだけなのかな」
「よくわかりませんけど、その中国では女性をああやって扱う風習はあったんですか?」
「……いやぁ、寡聞にして聞いたことがないよ。というか、ここまで発達してる国でああいう風になってるってことは奴隷かそれに準ずる制度があるのかなぁ。にしても服を着てる女性が一人も見当たらないあたり個人的な物って言うより男尊女卑的な感じなのかな?」
「あれが奴隷……初めて見ました」
「あー辞書に載せてた言葉だもんね。意味は知ってるか」
「はい。人権が認められない所有物として扱われる人の事、ですよね。正直辞書で見たときはよく理解できてなかったんですけど、これをみてわかりました。……どうしてこんなことをするのかはわかりませんけど」
「ラフテルには奴隷制はないからねぇ。そもそも個人的に言わせてもらえば奴隷制なんて私からしたら滑稽なんだけどね。人間が人間に首輪をつけて飼うって、吸血鬼の私からしたら犬が犬に首輪付けて散歩してるのと同じようなものだし」
「ワンちゃんがワンちゃんをお散歩……それはちょっと心が和みそうです」
「あー、ごめん、ルミャには合わない例えだったかも」
フランとルミャがそんな会話をしていると、眼下に進展があった。
どうやら、お偉いさんから入国許可が下りたらしい。
ただし、衛兵の監視付き、三日間の制限ありで、だ。
その間に皇帝に報告が行くので、その結果次第では即退去もありえるという。
フランから念話でOKをもらったマロンはその条件を了承した。
武器の所持は認められなかったので船に置いていき、不在の間盗まれないようにフランが魔法でロックをかける。
そうしてクーロン観光となったわけだが、フランからの指示でマロンは自分も訊きたかった疑問について、監視任務に当たっている衛兵に尋ねた。
「なぜこの国の女性は衣服を着ていないのか」、と。
これにはマロンだけでなく、スカーレット海賊団の者全員が疑問に思っていた。
特に、妻帯者であるマロンやナヴィはともかく、独身の男共にはいささか刺激が強い光景である。
なかには前かがみ気味で歩いてるクルーもいて、フランはなんだか情けない気持ちになった。
船上生活が長いし、もうちょっと潤いを与えてあげればよかったかなぁ、と。
その疑問に対する衛兵の答えはこうだった。
曰く、女とは子供を産むための道具であり、同じ人間ではない。
服を着せないのは家畜に服を着せないのと同じ理由だ。
首輪をつけていない女に対しては自由に所有権を主張できる。
お前たちも土産に一人一つくらいなら持って行っても構わないだろう、と。
その言葉を聞いて手が出かかったクルーもいたが、マロンが抑える。
そのマロンも、伴侶であるルミャを馬鹿にされたような気がして、内心では煮えくり返っているのだが。
「この調子じゃあ隠れてて正解だったね。私やルミゃもこの国の女性と同じように扱われそうだし」
「私はともかく船長にそんな仕打ちしたら皆殺しにしますよ?」
「ルミャもまぁたくましくなっちゃって。――私だけじゃなくてルミャに同じ事やったって、私とマロンで大虐殺だよ。……そうならないように隠れてるわけだけど」
街を練り歩くスカーレット海賊団の上空を、そんな話をしながらルミャを抱えたフランが飛んでいる。
その手にはいつの間にか近くの屋台で売られている食べ物が持たれていた。
「あれ、船長いつの間に」
「んー、魔法でちょちょっとね。代金払おうかとも思ったけどなんかこの国好きになれないし盗んじゃった。当たり前だけど、ラフテルとは通貨も違うしね。この国の通貨単位はゴルって言うみたい」
ちなみに、ラフテルの通貨単位は“ベリー”である。
実はラフテルで貨幣が発明されたのは文明の進歩度合いに対して非常に遅かった。
ラフテルは資本主義経済ではなく社会主義に近い経済形態な上に“万物はフラン様より与えられし物”という認識があったことにより、貨幣が必要とされなかったのである。
人口が増えれば必然的に異なる思想の持ち主も生まれたが、そういった者は“信仰心が足りない”として密かに処分されることも多かった。
つくづく、狂信者によるディストピアじみている。
そんな社会で貨幣が必要になったのは、悪魔の実が出回ることによって多くの人々の欲望が一気に刺激されたためであった。
信仰心が強い者ほど
その結果、悪魔の実の奪い合いが起こることを懸念したフランが、通貨の導入を決めることとなる。
より良い働きをしたものが金を得て、悪魔の実を買い取れるようにしたのである。
そのような経緯から通貨が生まれたこともあり、通貨単位は悪魔の“実”にちなんで“ベリー”と呼ばれるようになったのだ。
ちなみに、通貨の概念を知ったのちラフテルの民の一部が、通貨単位を“フラン”にしよう、という運動を起こしたのだが、それはフラン自身が全力で阻止しているという裏話もある。
恥ずかしいとかではなく、通貨の概念自体が破壊されかねなかったためである。
ラフテルの民がリンゴ一個に
つまりは、あらゆるモノの値段が小数点以下で表されかねなかった。
フランは手に持った屋台の商品をほおばりながら、思案した。
いま食べている食べ物も、香辛料が効いていてそれなりには洗練された味がする。
周囲の建物などを見てもやはり文明度は高い。
普段ならば交流を持つところだが、やはりこの国の女性への扱いは問題だ。
少なくともクルーは皆いい顔をしないだろうし、最悪は戦争にまで発展するだろう。
見た限り兵装はさほどでもないし、個人個人の実力も片手であしらえるほどに低い。
だが如何せん数の差は歴然、加えて奴隷同然の扱いを受けている女性をどうするのかという問題もある。
この様子では、戦いが始まった途端肉盾として使ってくるだろう。
そこまでを考えて、フランはこの国には関わらないことに決めた。
別にこの国一つをスルーしたところで世界はまだまだ広い。
見るべき所や物はいくらでもあるだろう。
わざわざ嫌な思いを飲み込んでまで付き合おうとは思わなかった。
フランはその考えを念話魔法でクルー全員に伝えると、ルミャを抱えてサンタマリア号まで飛ぶ。
中華風の国を見たいという興味よりは、虐げられている女性を目の当たりにする嫌悪感が勝っていた。
なお、他のクルーには体面上、それなりに街を見回ってから帰還するようにと申し付けていた。
一応、わざわざ国を見て回る許可を出してもらったのでここですぐさま帰ることになれば、許可を出した上の立場の者の顔に泥を塗ることになるためだ。
それでもクルーらもこの国にあまりいい感情を抱けはしなかったようで、恐らく三日の滞在期間の内二日目辺りでこの国を出ることになるのだろうな、とフランは考えていた。
その考えが覆されたのは、入国一日目の夜だった。
★
『すまん、船長。すぐに出航しよう!』
サンタマリア号の船室でルミャとチェスに興じていた私の元に、マロンからの念話が届いた。
『うん、どうしたの、マロン。何かあった?』
『クックがキレちまって、襲ってくる衛兵を片っ端からぶちのめしてる』
『クックが?』
え、問題が起こるかもしれないとは薄々思ってたけど、よりにもよってクック?
短気というか脳筋というか直情型というか、そういうクルーならまだわかるんだけど、ナヴィと並んで穏やかな性格のクックが暴れるって言うのはちょっとびっくりだなぁ。
私だってクックが怒ったところなんて見たことないんだけど。
何をやらかしたんだろう、この国の人たちは。
クックの方に問題があったとは思わない。
『わかったよ。船まで戻ってこれそう?』
『ああ、クックが暴れてて衛兵はそっちに掛かりきりだ。それは問題ないんだが……そのクックが完全に頭に血が上って周りが見えなくなってる。俺の言葉も届いてないみたいでな。できれば船長の方で回収して欲しいんだが』
『ん、わかった。転移魔法で直接こっちに呼ぶよ。マロンたちはそのまま戻ってきて』
『了解!』
副船長の命令も聞かないほどってほんとにブチギレ状態?
状況を聞けば聞くほど意外だね。
転移魔法のマーカーは船員全員につけてあるから、サンタマリア号に呼び出すのはいつでもできる。
問題はタイミングだよね。
クックが衛兵を一手に引き受けてるおかげでマロンたちが逃げやすくなってるみたいだし、出航して少ししてから呼んだ方がいいかな?
そんな風に考えていると、マロンたちが船に戻ってきた。
船も衛兵たちに包囲されてたみたいだけど、それは強引に破ってきたみたい。
そのまま急いで出航する。
九龍には私たちを追える船はなさそうだから、これで多分大丈夫かな。
「船長、すまねえ、クックをとめられなかった」
「おかえり、マロン。みんなも無事だった?」
「おう、副船長の覇気でほとんど無力化できてたし、仮に襲ってきても俺らの相手にゃなんねえよ、ボス」
「そうですね。クックが殴り飛ばしていた相手も致命傷にはなっていなかったでしょう。理性が飛んでいても手加減をするくらいは体が覚えていたのでしょうかね」
「そっか、ならよかった。じゃあクックを呼ぶよ?」
私は転移魔法を甲板上に展開する。
転移魔法は今いる場所から別の場所に移動するよりも、遠くのものを手元に呼び出す方が難しい。
今いる場所から移動する場合は移動する範囲の指定が簡単なんだけど、遠方、特に目に見えない場所からのこちらへの転移は転移させる場所の指定が難しいんだよね。
失敗すると片腕を忘れてきちゃったりとか、首から上だけ転送されてきちゃったりとか、結構怖い。
だから遠くから転移する時はその人の周囲の空間ごと飛ばす方が確実。
周りの建物とか巻き込んじゃうこともあるけど、そこはご愛嬌ってことで。
この魔法もあと1000年くらい練習すればもっと簡単に使えるようになるのかな。
そんな事を考えながらクックのマーカーを目印に転移魔法を発動させる。
転移の結果空気が圧縮されて起こる“パシュッ”という音と共に魔法陣の上にはクックの姿があった。
その腕に、一人の女の子を抱えて。
――海の上でチリンと一つ、鈴の音が鳴る。
★
「えーと、それじゃあクックはその子が虐げられている現場を見て、しかもその方法がアレだったわけで、ついキレちゃったと。で、気づいたら船に戻ってきてたって?」
「……すまん、船長」
クックが若白髪――そろそろ年齢的にはただの白髪――の頭を下げてきたのを見て、私は内心ため息をついた。
ここはサンタマリア号の船室。
既に船は出航して、最大船速で九龍から離れていっている。
私の隣には副船長のマロン。
机を挟んで目の前には今回の下手人たるサンタマリアの料理長クックと、彼が連れてきてしまった女の子が座っている。
「いやぁ、クックがキレちゃったのもまぁ、わからなくはないよ。私も結構イラッとしてたし。でもねぇ、連れてきちゃうのは完全に誘拐だし、どうしようかなって」
九龍の衛兵の言い分からすれば誘拐罪じゃなくて窃盗罪かもしれないけど。
そもそも一人くらいなら持って行ってもいいぞ的なことを言ってたけど、周囲の街を壊す大暴れをしたクックにそこまでの寛容な態度はとってくれないだろうとは思う。
きっと私たち国を挙げての指名手配犯になってるよね。
「……船長。勝手な行動をしておいて儂がいうことじゃないかもしれんが、どうかこの子には優しくしてやってくれんか。儂はあんなものを見せられて、とても正気じゃあいられんかった」
「あんなものって、なにされてたのさ」
クックは私の言葉に、ちらと隣の女の子を見ると、幾分か低くなったトーンで言葉を紡いだ。
その内容は確かに、聞くに堪えない酷いものだった。
曰く、クックたちが街を歩いていた時に、数人の少年が件の少女を囲んでいたらしい。
何をしているのかと思って見れば、皿に盛った残飯に少年たちが小便をかけ、それを少女に食べさせていたという。
しかも食べてる最中に頭を上から踏みつけ、手をたたいて笑い、挙句の果てには皿を蹴って地面に飛び散った残飯を、這いつくばって食えと少女に命令していたらしい。
そして少女は黙々と命令に従い、周囲の大人たちもその光景に何を言うでもなかったという。
つまりは、それが彼女たちの日常の行為だったわけで、そのことに思い至ったクックがキレた。
まぁ確かに料理人のクックじゃなくてもキレるよね。
……というか、あの国更地にしちゃってもいいかな……?
「せ、船長。覇気を抑えて、抑えて。その子死にそう。俺でも辛い」
……おっと、妖力が漏れてた?
あの国を周囲の海水ごと地図上から蒸発させる手段について12ほど考えてただけだったんだけど。
でもダメだね、どう考えても被害者の女性たちだけ救って周りを崩壊させることはできないや。
救うって言っても、その後の面倒も見切れないしね。
ラフテルに預ければ何とかなるとは思うけど、私がそこまでしてあげる義理もないし。
「大丈夫?」
「……(こくり)」
私が問いかけると、青ざめて歯をがちがちと鳴らしていた少女がゆっくりと頷き、チリンと鈴の音が鳴る。
この子の境遇的には多分全然大丈夫じゃなかったとしても頷くだろうから一応魔法で体をスキャンしておく。
……ひどいね、これは。
栄養も全然足りてないし、体中に虐待の痕がある。
このまま成長してたら10歳にもなる前に死ぬんじゃないだろうか。
というか、このままの方針を続けていたら私が手を下すまでもなく滅びそうだね、あの国。
女性なしで国が成り立つとでも思っているんだろうか。
「まぁ連れてきちゃったものはしょうがないね、これから返しに行くのもアレだし。そもそも私たちは海賊団なわけだから略奪誘拐なんて今更なんだけど」
「そう言ってもらえると助かる、船長」
「勝手な行動したクックには一応罰を与えておくよ。しばらくはその子の面倒をちゃんと見ること。ただし料理とかの仕事をそっちのけにするのは許さないから、そのつもりで」
「……おう、恩に着る」
「あー船長、これは副船長としての質問なんだが、この子は
「ん、そうだね。じゃあクックにもう一つ追加で、この子に料理の仕方を教えること。立場はスカーレット海賊団の見習い料理人ってことで」
「おう、了解」
「で、この子自身のことなんだけど……」
そう言えばこの子の意思を全く聞かないままにいろいろ決めちゃった感がある。
ま、拒否したところでこっちの我を通すのが海賊団たるゆえんなんだけど。
自由に生きるって言うのは、相手の自由を無視するってことでもあるわけで。
「えーと、あなたお名前は?」
「……(ふるふる)」
私の質問に女の子は首を横に振った。
チリンチリンと鈴の音が鳴る。
というか、さっきから一言もしゃべってないけど言葉が話せないわけじゃないよね?
と、思って女の子の首元を見て私は絶句した。
女の子は九龍の女性の例にもれず服は着ておらず、貧相な体を晒しているんだけど、唯一身に着けている装飾品があった。
それが、首元の鈴。
それ自体はなかなかお洒落なデザインで小さく可愛らしい。
音も澄んでいて、改めて九龍の技術力の高さを感じさせる。
でも、問題はそんなところじゃない。
女の子は服を身に着けておらず、所有権を主張するらしい首輪もつけていない。
それなのに、首元にある鈴。
そう、鈴は首の皮に穴を通し、直接そこに縫い付けてあったのだ。
私はあまりのことにくらっときて椅子に座り込んだ。
これじゃあ喋れないわけだ。
ピアスどころの穴じゃない。
もしかすると声帯も傷ついているんじゃないだろうか。
というか、衛生環境って言う概念もないような時代でこの処置は傷口が腐っていてもおかしくない。
改めて女の子の姿を見てみる。
髪は肩までない短髪のざんばら髪で、色はくすんだワインレッド。
短くて乱れているのは虐待の痕でもあるのだろう。
くすんだ髪の色も汚れてるからで、洗えばもう少し明るい色になると思う。
青がかかった灰色の瞳に光はなく、生気が感じられない。
年齢は分からないけど、体つきからは六、七歳くらいな気がする。
ちょうどマロンとルミャの子供たちの服がぴったりかな。
「……とりあえず、その首の鈴をとって治療しようか。声帯まで傷ついてたら三日くらいかかるかもしれないけど」
私が女の子に手を伸ばすと、女の子はビクッとして椅子から飛び降り、床に頭を打ち付け始めた。
頭を振るたびにチリンチリンと綺麗な鈴の音が鳴り、逆にそれが私を悲しくさせる。
「だ、大丈夫だから。痛いこととか酷いことはしないよ。治療するだけだから安心して」
私がそういうと、女の子はより一層激しく床に頭を打ち付け、ついには額が切れて出血し始める。
それを見て慌ててマロンとクックが少女を取り押さえる。
だけど、大の大人二人に動きを封じられてもなお、女の子は首を横に振り、涙を流して嫌がっている。
「えーっと、翻訳魔法は機能しているはずなんだけど……」
「この子の耳が聞こえて無いとか?」
「いや、翻訳って言ってるけど実際は念話魔法の応用で意思を伝えてるから、仮に耳が聞こえていなくても伝わっているはず。言語自体を理解できないほど知性が低そうでもないし……」
悩んでいる間も女の子の抵抗は激しくなる。
そのうち無理な抵抗のし過ぎで体を痛めてしまうだろう。
そう思って私は最終手段、見聞色の妖力による読心を使うことにした。
「ごめんね、ちょっと心の中はいるよ」
そうして読み取った女の子の心情は驚くべきものだった。
この子は、この迫害の証ともいえる鈴を、手放したくなかったのだ。
いまよりもっと幼い頃に迫害の一環で縫い付けられた鈴ではあったけど、毎日その音を聞いて、いつしかこの子にとってはこの鈴こそが自分自身を表すアイデンティティーになった。
あらゆる虐待に晒されて心が壊れそうなときも、この鈴の音を聞いて自分を保っていたのだ。
多分、この子にとっては比喩抜きで「命よりも大事な」鈴なのだろう。
「……だめだ、私には手を出せないや」
読み取った女の子の心情をマロンとクックに伝え、女の子にももう手出しはしないと言うと、ようやく暴れるのをやめた。
そして、今度は暴れたことに関する謝罪を行い始める。
やっぱり、頭を下げるたびに鈴の音が鳴る。
チリン、チリン。
その音は、女の子が喋らないことも相まって、とても虚しく響く。
「……はぁ。私ちょっと疲れちゃった。マロン、ルミャを呼んでこの子をお風呂に入れてあげて。クック、そのあとあなたがこの子にいろいろ教えてあげること。この子、相手が男だっていうだけで絶対服従しなきゃならないって思ってるから、根気よく頑張ってね。人間一人の常識を根底から覆すのは大変だよ。あとマロン、もう一つ、クルーみんなにこの子の事を教えて、優しく接するように指示しておいて。特に遠慮なしに踏み込みそうなランとかには特に注意しておいてね」
「うむ」
「了解だ、船長」
「私はちょっと寝るよ……」
寝室へ向かいながら考える。
ああ、そういえばあの子、名前もないんだなぁ。
呼ぶときどうしよう。
とりあえずは見習いコックちゃんでいいかな……。
・翻訳魔法
夢の魔法。
これさえあれば外国語の勉強なしに旅行に行ける。
習得難易度はかなり高め。
・九龍(クーロン)
香港のあたりに実在した地名が由来。
東洋の魔窟と呼ばれる治外法権のスラムがあったことで有名。
・通貨単位“フラン”
実は実在する通貨単位。
ユーロ導入以前のフランスで使用されていたフランス・フランが有名だが、その他の国でも使っていた&スイスなどでは今も使っている。
ちなみにドルの下にセントがあるように、フランの下にも補助単位が存在する。
フランの下の単位はサンチーム。
でもフランの下の単位ということで実力差は明白なのだろうか。
・重めの話
今回から数話、中華国家“九龍”編(鈴の少女編)が続きます。
ちゃんとワンピ世界の話にもつながっていきますのでしばしお付き合いを。