魔法少女リリカルなのは~僕は私を知らない~   作:はんふんふ

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インターミドル3回戦

 

 響き渡る歓声、もはや怒号の域と化した音の暴力が光の先から漏れる。

 一歩、足を進めると汗が背中を伝って背部を撫でる。

 また一歩踏み出す。

 蘇るのは、力が欲しくなった理由。

 いつも、……いつも守られる側だった。

 いつだって自分は泣いてばかりだった。

 泣いていればだれかが助けに来てくれた。

 手を差し伸べてくれた。

 そんな毎日を過ごして、そんな自分が嫌いになりそうで、だから強くなりたかった。

 

 強く。

 

 大切な皆を守れる自分であるために、自分を自分が守れるように―――。

 だけど、いつしか私は格闘技が好きになっていた。

 きっかけなんてなんだったかなんて覚えてない。

 ただ、ノーヴェ達と強くなっていくのを実感していくうちにそう思う様になっていた。

 だから、だからこそ、今日は勝つ。

 勝って胸を張って先に進む。

 あの子の様に―――。

 

「いくよ。クリス!」

 

 セイクリッド・ハート。

 

 セットアップ!!

 

 

 ドーム状の試合会場。

 その観客席。

 リングを見下ろす形で作られた椅子の群れの中、人で込み合う中で一際そわそわした人達がいた。

 

「あぁ、どうしよう。私の方が緊張してきた」

「えぇー!?」

「今からそんなんじゃもたへんよ?」

 

 フェイト、なのは、はやての三人がリングに上がるヴィヴィオとミウラを見て、そわそわしだす。

 そして、その中でも一際挙動不審な行動をとるフェイトの膝の上にはティーノが座っていた。

 心臓の早鐘を沈めるために、フェイトは体の良いティーノをきつく抱きしめる。

 ティーノはそんなフェイトの腕をなんとかして振りほどこうと必死だ。

 

「ほら、おいで♪」

 

 そんなフェイトとティーノの姿を見かねたはやてが腕を広げると、ティーノはするりとフェイトから逃れ、はやての膝の上に移動する。

 そしてはやては、ティーノの首元から両手を伸ばし胸の前で交差させ抱えるように抱っこする。

 ティーノもはやての抱っこの方が良かったのか、嫌な顔をせずに大人しくしていた。

 

「あぁん……ティーノ~~……」

 

 フェイトが悲し気な声を上げるが、ティーノはプイっと顔を逸らした。

 顔を逸らした先で、ティーノはリングを見つめる。

 強打者として、収束系蹴打を得意とし、並み居る強敵を一撃の下に沈めて来たミウラ・リナルディ。

 反対側のリング上。

 ノーヴェと軽く言葉を交わすヴィヴィオは、技巧派として名を売り、カウンターヒッターとしてこの場にいる。

 強打対技巧、格闘技戦においてこの二つは永遠のライバルと呼べる。

 世界の頂点達の話しをしよう。

 彼らは、人を変え歴史を変え、戦い続け、頂点を奪い合う。

 強打には、研究しつくされた技巧で完封し、技巧には単純な力で小細工を捻じ伏せる。

 ヴィヴィオとミウラこの二人に、これら世界の頂点に立つ者達と同じことをしろと言っても土台無理な話だ。

 だが、だからこそ、今二人は同じ目線で同じ位置にいる。

 故に、二人に壁は無く。

 二人の勝敗を占うことは不可能。

 そして、勝利の美酒を味わう権利は、運と意地、この二点に集約される。

 ティーノはヴィヴィオを見つめ呟いた。

 

「……頑張れ、お姉ちゃん」

 

 ヴィヴィオとミウラの戦いは、終盤を迎えようとしていた。

 どちらも一歩も引かず、己のもてる力を全て出し合って殴り合う。

 それは、女の子がして良いようなことでは無いのかもしれない。

 ただ彼女達は笑顔だった。

 楽し気に、全力を出し合って向かい合うその時間が楽しくて仕方が無いと言った風であった。

 だからこそ、どれだけ悲惨に見えようが、どれだけ派手であろうが、観客達に嫌悪感は浮かんでこない。

 皆が皆精一杯に頑張る人を見ることが好きなのだから。

 

「ここで決めさせていただきます!!」

 

 ミウラが叫ぶと両手、両足の篭手並びに脛あてが光り輝く。

 

「せいッ!」

 

 気合一閃、地面を踏み叩くと今まで貯めに貯めた魔力の波動が会場全体を揺らす。

 その様が余りにも凄かったからか、実況者が即座に注意喚起を行う。

 

「リング内の基準魔力値オーバー、リング外周防護、フィールドの強度をエマージェンシーレベルに強化します。セコンドおよびレフェリーは衝撃余波に注意してください」

 

 実況者がそう言うと、エテルナシグマが心配そうにティーノに念話を飛ばす。

 

『マイフレンド……』

『大丈夫だよ。ヴィヴィオを信じよう……』

 

 ミウラが飛び出し、会場を揺らす程の衝撃を生み出した蹴りを拳を、ヴィヴィオに叩きつける。

 だが、ヴィヴィオもうまくその衝撃をいなし、地道にカウンターを決める。

 一発入れば終わり、一発入れれなければ終わり。

 両者の緊張が最高潮に達していく。

 先に飛び出したのは、ミウラだった。

 ミウラは瞬間的にヴィヴィオに肉薄すると、飛び蹴りをする。

 しかし、ヴィヴィオには管理局のエース・オブ・エースと鍛え上げた眼がある。

ギリギリのところでミウラの蹴りを躱す。

 ミウラの脛がヴィヴィオの頭頂部の髪の毛数本を斬り飛ばす。

 蹴りの衝撃が、空を割きリングを削る。

 ミウラが驚愕に目を見開き、しかしそれも一瞬に次の手に届かすために、着地と同時に全身の筋肉を無理矢理に重力に逆らわす。

 体の中の腱が何本か千切れた音がした。

 だが、終わりたくない。

 その想いで顔を上げた時、影が差した。

 

「アクセルスマッシュッ!!」

 

 飛び出していたヴィヴィオが右拳をミウラの頬に叩きつける。

 押し付けられた拳が、小さな魔力爆発を起こし、肉が削げ落ちるかのような激痛が走り、手放しかけた意識が強制的に呼び起こされる。

 ヴィヴィオもミウラに蹴られ殴られ続けた腹部がエミュレートの基準を超えているのを理解する。

 内臓が脈打ち、全身が神経に包まれた心臓に化けたかのような感触。

 触れる風すら痛く、痛みに負けないように食いしばった歯が音を出す。

 だが、突き出した腕を引きはしない。

 否、さらに突き出す。

 

「はぁああああああ!!」

 

 そして、突き出した拳がミウラの頬を捕えながら地に降ろさないと爆ぜ続ける。

 だが、勝利の女神が告げた。

 

 今、勝つのはアナタではないと―――。

 

「ッ!!?」

 

 ヴィヴィオの体が一瞬ブレる。

 それは踏み出した足元に存在したリングの窪みが原因。

 遂先ほど、ミウラが生み出した障害。

 それがヴィヴィオに牙を向く。

 ヴィヴィオが態勢を崩した一瞬、瞬きするほどの一瞬で、ミウラはヴィヴィオの拳から逃れる。

 そして、待ちに待った大地にしっかりと両足をつけると大地の力を奪うかのように足元から頭頂部に向け力を逆流させる。

 

「ハっ!!」

 

 飛び上がったミウラが構えを作る。

 ヴィヴィオは、その動作に防御しようとした。

 だが、ヴィヴィオの体は限界に来ていた。

 先程のアクセルスマッシュ、これが決まっていれば終わっていた。

 終わらせることが出来た。

 だが、現実は何も終わっていない。

 故に、体は言うことを聞かず。

 腕が上がらない。

 その間にミウラが必墜の一撃を放った。

 

「天衝星煌刃!!」

 

 ミウラの渾身の一撃がヴィヴィオの腹部を捕え、ヴィヴィオは吹き飛ばされる。

 その姿は最早まともに受け身もとることが出来ないのか、ただ自然に流されるようにリング外の壁に向かう。

 ヴィヴィオのその異変に気が付いた者達は、最悪を回避しようとヴィヴィオの下に向かおうとする。

 だが、突然の事だったため、また準備しきれていなかったため、体が即座に動かない。

 後、数メートルでヴィヴィオが壁と無防備なままぶつかってしまう。

 だがその時、誰も予期していなかったことが起こる。

 ヴィヴィオと壁の隙間に水の膜が張られ、衝撃を殺すと爆ぜる。

 まるで豪雨のように降り注ぐ水、リングの外周防壁が破られたため降り注ぐガラスのように反射した防壁の欠片達。

 熱した体に水が降り注ぎ、全身の熱を奪い去っていく。

 その包まれているような感覚が心地よくてヴィヴィオは目を覚ました。

 

「……ティーノ?」

 

 ヴィヴィオの瞳に写ったのは、夜闇を思わせる紫色の髪に、月のような黄金の瞳だった。

 奪われた熱を別種の熱で代替えするように、頬に添えられた掌から温かさが伝わる。

 

「頑張ったね……」

 

 ヴィヴィオはその声に導かれるようにして、眠りについた。

 


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