魔法少女リリカルなのは~僕は私を知らない~   作:はんふんふ

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綺麗な青

 

 夜天に天使が顕現した。

 聖書に綴られた数多の使徒とは、似て非なる存在。

 左側腰辺りから見えるのは、歪なまでに肥大化した片翼で、まるでドレスの様に自身の体を包み込んでいた。

 翼の隙間から覗く血のように紅い二つの瞳。

 唯一外気に晒されていた右手には、銃口が覗くガントレット、それは紛れもないエテルナシグマの姿だった。

 それをオルランドが視認したと同時に偽の聖王は掌を夜天の天使に向けた。

 そこから放たれたのは直射砲撃魔法、貫通力のみに特化したその砲撃は寸分の狂い無く夜天の天使を飲み込む。

 ―――かに、思われた。

 夜天の天使、初代リインフォースは身動き一つ取はしない。

 その必要が無いからだ。

 漆黒の翼にぶち当たった砲撃は、翼に接触すると同時に四散する。

 その光景に、驚くような素振りを見せる偽の聖王。

 それを開戦の合図とするかのように、天使は翼をゆっくりとドレスを脱ぐかのように、はためかせる。

 

「あぁ、この世にくるのもいつ振りか……。死して尚捨てること叶わなかった想いの残滓が、何の因果化こうして幼子達の力を借りて形を得てしまった」

 

 初代リインフォースは、黒翼で空を一撫ですると眼下を見下ろした。

 その瞳に射貫かれるようにして、偽の聖王は身構える。

 だが、初代リインフォースは眼下を見下ろしながら微笑んだ。

 その動作の意味を思考するために偽の聖王は動けずにいた。

 だが、次の言葉で思い知る。

 

「懐かしい顔ぶれだが、君達は本当に変わらないな……」

 

 その声を聞いて、偽の聖王は震えてしまった。

 相手の化け物染みた雰囲気がとか、得体の知れない人物の登場とか、そういった未知に関しての警戒からの震えではない。

 偽の聖王は別段、初代リインフォースを恐れてはいない。

 ただ、怒りを覚えた。

 自身を、紛れもない、この場で最強である筈の自身を差し置いて、他者を気遣う。

 それも、まるで休日の公園で久しぶりに友人と会った時のような、その視線の中にたまたま写り込んでしまった草木のような。

 そう、どうでもいい存在として自身を見ているのだと理解したその時、今まで知らなかった痺れが、偽の聖王の体を震わせた。

 それに感応したかのように、世界が震える。

 偽の聖王から溢れ出す膨大な魔力の波動が、空気を震わせ世界を恐怖に染める。

 そしてやっと、初代リインフォースが視線の中に偽の聖王を捕えた。

 偽の聖王は初代リインフォースを見据える。

 

 やっとこちらに気が付いた。

 これから、私の邪魔をするであろう貴様を壊す。

 

 そうした考えの下、全身に聖王の鎧を徐々に纏っていく。

 初代リインフォースが瞼を閉じた。

 

 これで私の勝ちだ。

 

 偽の聖王が勝利を確信した。

 相手である初代リインフォースの今までの行動が諦めから来るものだと考えたからだ。

 そもそもの話しだ。

 いくら見た目が変わろうとも、相手は先程まで相手にしていた人物と同一なのだ。

 魔力量その物はそこまで変化していない。

 故に自身の鎧を抜くことは出来ず、勝利は揺るがない。

 

 その筈だった。

 

「エテルナシグマと言ったか……、手を貸して貰えるだろうか?」

「我が友が認めた相手です。十全とはいきませんが、この拳、この弾丸、眼下の敵を撃つために――、共に―――」

 

 その声が聞こえたと同時に、偽の聖王は生まれて初めて感じる危機感を知る。

 初代リインフォースは瞳を開くと同時に右手を持ち上げる。

 掌を上に向け持ち上げられたそれは、丁度偽の聖王が掌に乗る位置まで移動する。

 そして一瞬右手の指の一本一本全てに力を行き渡らせるように力む。

 その瞬間、偽の聖王の周囲にはスティンガーブレイドがその切先を偽の聖王に向け静止していた。

 偽の聖王が驚愕に聖王の鎧を纏っていくのを気にも留めず初代リインフォースは、右手を握りしめる。

 一斉に放たれたスティンガーブレイド、その数は30、たいした魔力を込められていないその剣の群れは、まさに諸刃のそれであった。

 それが聖王の鎧を身に纏った偽の聖王に我先にと突き刺さる。

だが偽の聖王は狼狽えはしない。

 この程度の剣で貫けるほど、聖王の鎧の名は伊達ではない。

 故に慌てない。

 だが、それが命取りだった。

 偽の聖王の全身の至る所に切先を突き付けるスティンガーブレイド、確かにそこに込められた魔力の量自体は極少量だ。

 だがしかし、それはすべて次につなげるための一手にしか過ぎない。

 初代リインフォースは見つけていた。

 くまなく全身の全てを守る聖王の鎧。

 だがしかし、所詮は操られた特殊な魔力でしかない。

 故に完璧ではなく存在した。

 他よりも僅かに薄い個所を、聖王の鎧の綻びが。

 偽の聖王が、初代リインフォースの狙いに気が付き意識を向けるまでに2秒。

 その時間的猶予は余りにも大きい。

 それだけの時間があれば、初代リインフォースは既に決めている。

 初代リインフォースは、偽の聖王の背後を瞬時にとると、唯一の綻びであるうなじに向け、拳を叩きつける。

 その拳には、アンチ魔力の効力のみを乗せた魔力を纏わせている。

 その拳が、まるで針の穴に糸を通すかのように精密に、うなじの一点を殴りつけた。

 偽の聖王は後方から無防備に殴り飛ばされたことで、真面に受け身もとることが出来ずに錐揉み回転しながら、吹き飛ばされる。

 空中で体制を整えた偽の聖王は、今度はこちらの番だと魔力を足元に込め、まるで跳躍するかのように膝を伸縮させると、一瞬で初代リインフォースに肉薄する。

 空気を置き去りにする右ストレートが初代リンフォースに迫る。

 だが初代リインフォースはその拳を半身入れることで躱すと、鼻先の位置にて拳を振り抜いている偽の聖王のうなじに向け、踵落としをした。

 またしても、真面に防御すら出来ずに大地に吹き飛ばされた偽の聖王は、大地にクレーターを作る。

 

「ぐっ……ッ!!」

 

 堪らずにオルランドは両手をクロスさせ眼前を守る。

 吹きすさぶ砂埃、それは最早砂嵐の域に届く。

 圧倒的なまでの力、破壊力、規格外、それを為したのは、一見十代後半にも見える少女、ティーノ・ランスターの体を借り受け、その力を振るっている。

 理解した。

 オルランド・グランディスは今し方理解した。

 今眼前で繰り広げられている戦い。

 片手間の様に見えてしまう余裕を携えた、遠慮の無い無慈悲な力。

 それは、その光景は、ティーノ・ランスターの到達点だと。

 その技術を力を魔力を、無意識化に呼吸するかのようなその動作を、体得した時、ティーノ・ランスターは至ってしまう。

 

「私は……」

 

 知らずにオルランドは呟いた。

 

 私は、あそこに至るのだろうか――――と

 

 

 夜空の天幕が劇場を彩る。

 そこで演じられた活劇は、神々すら魅了してしまうだろう。

 それは、まさしく現代に語られし、神話の戦いだ。

 光と闇が鬩ぎ合う。

 妖精が戯れるかのように、ダンスを踊るかのように、鮮血を散らし、欠片を散らし、懸命に踊る。

 だがしかし、偽の聖王は生まれたばかりの赤子に過ぎず、いくらレリックの魔力貯蔵量から無尽蔵に魔力を搾り取り暴れようが、扱えなければ意味が無い。

 対して、リインフォースには記すことすら馬鹿馬鹿しいまでの戦の記憶がある。

 それは技術として知識として、活かし続ける。

 故に、そこにどれだけの壁が聳えていようが、時には砕き、時には飛び越え、時には存在すら抹消してみせよう。

 数える度数度、吹き飛ばされた偽の聖王の体は既に存在を保つことすら難しいのか、まるで砂の宝石のようにサラサラと流され細かく砕けていく。

 すでに首から上は無く。

 腰の半ばまで砕かれ、片腕となろうとも、未だに生に執着するかのように魔力の渦を攻撃に転用させ続ける。

 集まる光芒、星の始まりが光なら終わりも光である。

 誕生と終焉を併せ持つ魔力の渦が、満身創痍の偽の聖王に集う。

 一国どころか一世界を破壊しうる暴虐が集う。

 それを彼我距離500メートル離れた空中で見ていたリインフォースは、告げた。

 それは過去自身の呪縛を解いて見せた星の輝き、それを打ち破った小さな太陽。

 ティーノ・ランスターの自慢の魔法、どれだけ弱体化された輝きであろうと、最強を打ち破ったことに変わりは無く。

 故に、誇った自慢の魔法。

 

「……頼めるか?」

「終わりを飾るに相応しく……」

 

 リインフォースとエテルナシグマの会話、それが合図となって、リインフォースは右手を徐に突き出し、腰だめの体制となる。

 反動で吹き飛ばされぬ様に、片翼を全開まで開く。

 片翼に集うは、夜を終焉に導く太陽の光、戦闘空間に漂う魔力残滓を一辺も残すことなく掻き集めていく。

 その様は、まるで大きな炎の翼だった。

 エテルナシグマが微かに呟く。

 

「ロードカートリッジ」

 

 シリンダーが回転するのは6度、全ての弾丸を吐き出す。

 呼応するかのように掲げられた右拳の前には、高密度の熱。

 空間を歪め膨張をしていく太陽。

 それを抑え込む様にベルカ式の魔法陣4つが太陽を囲み回転していく。

 膨張していく力すら反転させ、小さくより小さく、内部に向け圧縮していく。

 生まれ出でたのは、太陽が化けた一本の槍。

 それはもはや常人が押さえておくことすら叶わぬほどの暴力。

 荒れ狂う力を神の手で握りしめるように細く閉じ込める。

 偽の聖王の眼前の魔力の塊は、好き勝手に膨張し、もはやそれは一つの星程のサイズとなっている。

 リインフォースはそれを見据え、瞳を強くした。

 

「慈悲を持たぬもの、裁きを逃れぬもの、導き渡す者、その名は無限、その名は世界の外側を流れる川、その名は無限に沸く蛆虫、無慈悲に無感情に尊び胸に抱き道を示せ、タルタルクス」

 

 夜天に一つの道がその姿を顕現した。

 それはまるで照準を定めたスコープのように、偽の聖王まで伸び固定し、決して逃さない。

 リインフォースはさらに歌う。

 

「我は記す者、我は読み上げる者、炎道を通りし小さき者の怒り、面を上げよ前を向け、砕いて貫け」

 

 歌い続けるリインフォースに向け、偽の聖王はお構いなしに自身が生み出した輝きの星を殴りつけた。

 それを合図として、衝撃波のような広がりを見せて、闇の世界を埋め尽くし蹂躙し飲み干すように、世界となって押し寄せる光の壁がリインフォースに迫る。

 それは触れるモノを一辺も残すことなく吹き飛ばしていく。

 まさしく星の如き威圧感と力を持っている。

 だが、リインフォースは焦りはしない。

 何故なら、この程度の光など、以前に一度受けている。

 

 だから終わらせよう。

 こんな茶番は、もう十分だ。

 あの哀れな人形を、過去の自分と重ねてしまう姿をした哀れな人形に永久の眠りを与えよう。

 だから、その胸に輝きが温もりが残るように、届くように、安らかに救って見せよう、私と同じように―――

 

「ブレイズ・イレイザー!!」

 

 極限まで圧縮された太陽の槍は、導きの天使に誘われ、愚直なまでに突き進む。

 その道に残すものは無く。

 例え世界が壁となろうとも、その世界諸共溶かし砕き貫いて。

 そして、偽の聖王の胸に除くレリックを優しく癒して無に帰し、夜天の空に姿を消した。

 それは余りにもあっけなくて、それでいて何だか寂しくて、そんな不思議な想いを抱きながら、守護騎士達とオルランドは佇む。

 そんな者達の前に、リインフォースはゆっくりと舞い降りる。

 リインフォースが優しく微笑む。

 その笑みが懐かしくて、謝りたくて、喜びたくて、でもなんて声を掛けたらいいのか分からなくて、皆が皆黙っていた。

 そんな中、リインフォースは優しい笑みのまま空を見上げる。

 そこには、この世界本来の夜空が広がっていた。

 

「あぁ、夜空とはこんなにも澄んだ青色をしていたのだな……」

 

 そう感傷に浸るリインフォースに誰も何も返せない。

 だが、それすら理解しているリインフォースは自身の豊かな胸に手を当てると少し残念そうに眉をハの字にした。

 

「この子達を頼む。……少し無理をさせてしまった」

 

 リインフォースがそう言うと、途端にリインフォースは光の粒子となって消えていく。

 その光景に見覚えのあったヴィータ達は、たまらずに手を伸ばした。

 そしてその手の中に、光の中から零れ落ちたティーノとリインが眠ったまま包まれた。

 


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