魔法少女リリカルなのは~僕は私を知らない~   作:はんふんふ

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 いつの事だっただろうか―――

 

 私と彼との出会いは―――

 

 あぁそうだ―――

 

 私と彼は、そうあの時に―――

 

 

 

 朝焼けがセミフラットの歩道を暖め、鳥が囀った。

 歩幅が違う影が二つ、歩道を歩く速度を合せ流れていた。

 風が頬を一撫でした。

 

「わわ……!」

 

 突然の風に銀色の髪が乱れた。

 久方ぶりの休暇にお出掛け、時間をかけてのおめかしが意味を失う。

 それが無性に悔しくて、スカートの端を小さな両手で握りしめた。

 

「ありゃ……、風さんに悪戯されてもうたね♪」

 

 影が覆いかぶさる、それに合わせて視線を持ち上げると麦畑を連想させる色が優し気に微笑んだ。

 

「はやてちゃん……」

「じっとしててな」

 

 はやてはそう言うと、優しい手つきでリインの乱れた髪を整えていく。

 まるで撫でる様に、所々跳ねた髪の毛を整える動作は優しくて暖かい。

 私は思わず鼻歌を歌い出しそうになってしまう。

 そうやって微笑む私にはやてちゃんもつられて笑った。

 私ははやてちゃんの手を握りしめ歩き出す。

 はやてちゃんの手は、初めて私がはやてちゃんと出会った時と比べて、大きくなった。

 それだけで時間の流れを感じてしまう。

 でも、そんな事はどうでもよかった。

 時間の流れとか、取り戻すことが出来ない過去とかそんなのどうでも良かった。

 だって、今が幸せならそれで良いじゃないか。

 それ以上の幸福の感じ方なんて私は知らないし、前の私もたぶん知らないと思う。

 だから、私は今が大好きだ。

 

「到着っと……」

 

 はやてちゃんに連れられて来た場所は、前に一度だけ来たことがある場所だった。

 その家の家主の名前はティアナ・ランスター、元機動六課の隊員で、私の大切な後輩だ。

 はやてちゃんがインターホンを襲うと人差し指を伸ばす。

 その時だ。家の中から、この世の終わりを宣告されたかのような泣き叫ぶ声が聞こえたのは。

 私とはやてちゃんは互いに向き合うと頷き合い、家主の許可なく玄関の扉を開けた。

 

「ふぇぇええあぁあああああ~~~~~ッ、嫌だぁ~~~~~!」

 

 その声はどこまでも悲しみに溢れていて、でもどこか微笑ましい、不思議な音色だった。

 

「お邪魔してるよ~?」

 

 はやてちゃんがそ言いながら靴を脱ぎだすと、玄関の先の扉から、見覚えのある夕日の様な色が顔を覗かせた。

 

「あ、はやてさん!すみません、出迎えもしなくて……」

「別にえぇよ。それより、この声は例の子かな?」

「はい。ほら、ティーノご挨拶は?」

 

 扉の先、顔だけ覗かせていたティアナは抱き上げ宥めていた子供に、優しくそう言うと、私たちの前に姿を出した。

 私はその姿を見た瞬間に息を飲んだのを、客観的に理解した。

 その常闇のような髪色、すべてを見透かされそうなまでに澄んだ黄金色の瞳、中世的な顔立ちは、神のような両性具有を連想させる。

 私の今までの人生において、もっとも理解が出来ない事件を引き起こし、そしてその余波で世界を作り替えた男。

 ジェイル・スカリエッティがそこにはいた。

 私は動くことが出来なかった。

 今までどこか温かった胸元が急激に温度を失っていく。

 指先が震え、何かに縋りつかなくては立ってすら居られなくなってしまいそうだ。

 私は知らず知らずの内に、守護騎士の皆に向け念話のパスを繋げようとしていた。

 その時だ。

 またしても大きな掌が私の頭を一撫でした。

 それをしたのは、勿論はやてちゃんで、はやてちゃんは私に一度微笑むと玄関を抜け扉の中に消えていった。

 私もその姿に慌てて靴を脱いだ。

 リビングに通されると、その部屋の中はどこかある種の戦場を思わせた。

 まるで怪獣の通り道の様に散らかったおもちゃの山、野獣に食い散らかされたかのような朝食が乗ったテーブル、テレビからは子供用番組のお姉さんと着ぐるみが陽気な曲に合わせて踊っていた。

 そんな室内に茫然としていると、ティアナは本当にすまなさそうにしていた。

 

「すみません、お願いした立場であるにも関わらずこんな惨状で……」

「ふふふ……、いくら執務官様でもこればっかりは難しいやんな?」

「面目も無いです……」

「ええよええよ!ほらっ、ティアナはお仕事やろ?」

 

 はやてちゃんがそう言うと、ティアナは頬を掻いた。

 

「そうしたいのですが……」

 

 そう言って、ティアナが視線を下げると、そこにはまるで子猿の様に全力でティアナに抱き着く子供ジェイルがいた。

 

「ありゃりゃ……」

 

 はやてちゃんはそう言うと、ティアナの傍まで近づき腰を少し落とした。

 

「初めまして、ウチは八神はやてっていいます。君のお名前は?」

 

 子供ジェイルはティアナの胸元から少しだけ顔を動かして、その金色の瞳にはやてを写した。

 

「うん?」

 

 はやてちゃんは、ゆっくりとした動作で首を傾げた。

 その姿はまさに母親のそれであった。

 嫌、この場合は近所のお姉さんか……?

 私がそんな事を考えていると、どうも恥ずかしいのか。

 子供ジェイルは、再びティアナの胸元に逃げてしまった。

 

「こらっ、ティーノ、ちゃんとご挨拶しなさい!」

 

 ティアナにそう言われても、子供ジェイル改めティーノは、首をイヤイヤと振るばかりであった。

 その時だ。

 何を思ったのか、はやてちゃんはティアナに抱き着くティーノの脇に手を入れると、優しくけれどどこか強引に、ティアナからティーノを引っぺがした。

 その突然の動作に、ティーノは驚き固まって動けずにいる。

 その予測不可能だと言わんばかりに大きく驚きに開かれた瞳と口は笑ってしまいそうになる。

 

「よいしょっと……!」

 

 はやてちゃんは、ティーノを抱きしめ直すと、無理矢理にティーノの小さな手を取ってブンブンと振らせた。

 

「それじゃ、ママはお仕事にいってらっしゃい♪」

 

 どこかポカンとした表情をしていたティアナであったが一瞬で状況を把握したのか足早にはやてちゃんと私に頭を下げて仕事に向かっていった。

 そして、未だに方針状態のティーノは玄関の扉の閉まる音を聞いて我に返る。

 そうして、ゆっくりと顔を持ち上げはやてちゃんの顔を見た。

 その瞬間、ティーノの胸元とお腹が空気によって膨らんでいく。

 

 これはマズイ―――

 

 私はそう考え、力一杯両の耳を塞いだ。

 その数舜後に家を揺らす程の泣き声が轟いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 室内を、掃除機の吸引と排気の音が支配する。

 

「ヒッく……うぇ……」

 

 時折混じるそんな声、だがそんな声もガーガーうるさい生活音に消されていく。

 

「ティーノはホンマにお利口さんやな♪」

 

 ティーノは泣きながら、掃除機をかけると言う器用な事をしている。

 そんなティーノの隣では、はやてちゃんが鼻歌を歌いながら洗濯物を畳んでいた。

 はやてちゃんに褒められても、ティーノはどこか仰々しくて、一々ビクビクしている。

 

「はぁ……」

 

 私はそんなティーノの姿に溜息を吐くと、ティーノの腕から掃除機を引っ手繰った。

 

「はわッ!」

「はぁ~……、掃除機の使い方を間違っています。そんなに同じ場所ばかりしていても意味はありません」

 

 私はそう言うと、ティーノに説明しながら部屋の隅々まで掃除機を当てていく。

 そんな私の姿にティーノはビクビクしながらも真剣な瞳で見て来ていた。

 はやてちゃんに少し前に聞いた。

 なんでもティーノはティアナに褒めてもらいたくて、ティアナがいない間に家の掃除をしているのだそうだ。

 ただ、そこはやはりと言うべきか子供のすることだ。

 余計に家の中をめちゃくちゃにしてしまい、ティアナが帰って来る頃には泣き叫んでいるらしい。

 だからこれはティアナのためだ。

 仕事で疲れて帰って来たティアナの負担を減らすための行いだ。

 決して、この子供のためではない。

 

 そんな訳がない―――。

 

 掃除が粗方片付いて、お昼時となった。

 はやてちゃんは、昼食を作るためにキッチンに姿を消した。

 そしてリビングには、私とティーノだけとなってしまった。

 ティーノは一人で人形遊びをしていた。

 男の子の人形と女の子人形、その二つを手に持って何かをしている。

 何をしているのか不思議に思って耳を向けた。

 すると、こんな声が聞こえて来た。

 

「おかえりなさい!今日はね僕頑張ってお仕事をしたんだよ!」

「本当?それなら、今日のご飯は豪華にしなくちゃいけないね」

「ありがとう。そうだ、子供たちはどうしたんだい?」

「子供達なら、先に寝てしまったわ。パパが帰ってくるまで待ってるって聞かなかったのだけど、疲れてしまったのね」

「そうかそれは残念だ」

 

 それは、朝のドラマのシーンをツギハギしたような人形劇、嫌おままごとだった。

 一般の男の子の様に、ヒーローが悪を倒すようなものではなく。

 どちらかと言えば、女の子がしていそうな遊びだった。

 だが、そう言って遊んでいるティーノの表情は、どこまでも幸せそうで、本当に その光景を夢見ているかのようだった。

でも、おままごとはそこで止まってしまう。

 まるで、その先を知らないかのように―――

 そして、ひとしきり悩んだ後、ティーノはまた初めからやり直す。

 

「はぁ~~~……」

 

 何を考えてしまったのだろうか。

 気が付けば、私はティーノから女の子人形を奪っていた。

 その瞬間にティーノは男の子の人形を落としてしまう。

 それほどまでに驚いてしまっていたのだ。

 私はそんなティーノをほったらかしにしておままごとの続きをする。

 

「だから、今だけは久しぶりの夫婦の時間を楽しみましょう」

 

 突然の私の乱入にティーノは目をパチパチさせるが、私が視線で先を促すと慌てて男の子人形を手に取った。

 

「えっと……えっと、そ、そうだね。それじゃ、ごはんにしようかな?お風呂にしようかな?それとも僕……?」

 

 は……?

 この子は何を言っているのだ?

 それは男のセリフではないだろう?

 

 そう思っていると、ティーノの後方にあったテレビから昼ドラの音が聞こえた。

 

「奥さん、僕はもう我慢できない!」

「そんな、止めて下さい。私には愛した夫が……」

 

 そして突然のラブシーンだ。

 

 私は何も言わずに立ち上がると、リモコンを手に取って問答無用でテレビの電源を落とした。

 いきなり無言で私が立ったため、ティーノは何か間違ってしまったのかと涙目になっている。

 その時、私の中で何か熱が灯った気がした。

 なんというか、この子は無垢過ぎたのだ。

 そして、俗世に染まり切っていないが故にどのような色にも染まることが出来る。

 この子に常識を教えなくてはならない。

 教育しなければ、世間に出すことは出来ない。

 気が付けば、私はそんなことを考えていた。

 もう私の中では、ジェイルとティーノは別人であった。

 私は無言でティーノに近づく。

 ティーノは私の迫力に負けたのか後ずさりし始めた。

 ゾクゾクと背筋を何かが張った。

 私は、少し乾燥した唇を一舐めした。

 

 そして―――

 

「もちろん、あ・な・た・です♪」

 

 私はティーノに飛びついた。

 

 ティーノとはやてちゃんと過ごす時間は驚くほどに早く過ぎていった。

 来た当初は考えもしなかった。

 私がジェイル・スカリエッティかもしれない子供と仲良く出来るなんて、でも今の時間が本当に楽しい。

 私はそう感じていた。

 ティーノをおもちゃにしながら―――

 その時だ、私の頭の中で電子音がした。

 私はそれに気が付くと、はやてちゃん宛のメールであると気が付きそれを表示した。

 空中にホログラムが現れ、そこにティアナが映っていた。

 私の隣ではそれにびっくりしたティーノが、腰を抜かしたかのように尻餅をついていた。

 

 あぁもぅ、可愛いな―――

 

 ホログラムの中のティアナは申し訳なさそうにしていた。

 

「すみません、はやてさん。危急の仕事が入ってしまいまして、帰るのが遅れてしまうと思います。なるべく早く帰りますので、もうしばらくティーノのことよろしくお願いします」

 

 ティアナはそう言うと、ホログラム事消えてしまう。

 私は、はやてちゃんの顔を見た。

 はやてちゃんはどうするのだろうか?

 まさか、帰るなんて言ってしまうのだろうか?

 だが、違った。

 

「リイン、ティアナに返信しといて!OKやって」

 

 そうウィンクしながら言うはやてちゃんに対して私は満面の笑みで返した。

 

「はいです!」

 

 そこからさらに時間が過ぎてしまい、時計は午後八時を知らせていた。

 ティーノはリインの肩に頭を乗せて、静かに寝息を出していた。

 

「ふふ……」

 

 その時だ、はやてちゃんが小さく笑った。

 

「どうかしましたか?」

 

 私が右手でティーノの頬を撫でながら聞くと、はやてちゃんは小さな幸せを見つけたかのように目を細めた。

 

「いやな……。この静かな時間が幸せやなって、そう思ってな」

 

 はやてちゃんのその言葉に私もつられて笑った。

 

「はい♪」

 

 それからさらに時間がたった時だ。

 はやてちゃんは立ち上がる。

 

「ちょっとシグナム達に帰りが遅れるって電話しに行ってくるね」

「それじゃ、私は布団を準備するのです」

 

 ティーノをソファーに寝かせて、私とはやてちゃんはそれぞれがお泊りの準備を始めた。

 そして、布団の準備をしてティーノの様子を見に戻った時、私は気が付いた。

 

 そこにティーノがいなくなっていることに―――

 

「ティーノ!!」

 

 そこから私は、自分の行動をあまり覚えていない。

 ただ、必死に走っていたのは覚えている。

 夜も深くて、犬の鳴き声や、車の音、ガラの悪い人達を見て、私は一々顔を青くしていた。

 想像してしまったのだ。

 ティーノの最悪を、私の最悪を―――

 嫌だ、嫌だと走った。

 そして見つけた。

 小さな公園のジャングルジムの中、檻の様に囲まれたその中心にティーノはいた。

 

「ティアナぁ……どこぉ……?」

 

 ティーノは一人で泣いていた。

 我儘を言っていると、迷惑をかけていると理解しているかのように、小さく膝を抱えて泣いていた。

 そこはまさしく檻だった。

 ティーノを閉じ込める檻、悪を縛る牢獄、公園の砂を踏みしめてその音を聞いてそんな風に幻視した。

 何を間違えたのか。

 全てだった。

 勘違いしていたのだ。

 ティーノがそこまで成長していると、自分に懐いてくれていると、そう思い違いをしていたのだ。

 ティーノの中では、やはり一番はティアナでその一番がいつも帰って来る時間にいないのだ。

 捨てられたと思っていたとしてもおかしくない。

 どこまでいってもティーノは子供なのだ。

 それも男の子だ。

 行動力がある。

 ティアナに何かあったと考えたのかもしれない。

 でも、何故だろうか。

 私は少しイラっとしていた。

 何故?

 それは私にも分からない。

 でも、この感情を抑えることは出来ない。

 だから、私は力一杯に一歩を踏み出した。

 ティーノが顔を上げた。

 だが、その瞬間にティーノは小さな悲鳴を漏らした。

 当然だろう。

 今の私は、髪の毛が逆立っている。

 まさに怒髪天を衝いていた。

 しかも、全身汗でびっしょりで、湯気すら上っている。

 迫力満点だ。

 私はそんなこと、関係なしにジャングルジムの檻を力一杯つかんだ。

 

「ティーノッ!」

「ヒッ―――」

 

 ティーノが怯える。

 だが、関係が無い。

 もう抑えられない。

 

「あなたは、今までどこにいて何をしていたのですか?私がどれだけ心配したのかわかりますか?あなたはまだ子供でしょ?それをこんな時間に一人で外に出て……、あなたに何かあればはやてちゃんも、ティアナも、……私も悲しいじゃないですか!それが分からないのですか!?どうして、そんなことも考えられないのですか?なにかあれば相談くらいして下さい。私は……私は、そんなにも信用できませんか!?」

 

 一息で全て出し切った。

 私ははぁはぁと、肩で息をしていた。

 それほどまでに、怒っていた。

 今まで一番怒っていたのかもしれない。

 なんで今日あったばかりの子にこんなに感情を発露しているのか。

 分からないそれでも、出さずにいられなかった。

 私の怒鳴り声を聞いて、ティーノはさらに逃げる様に小さくなった。

 

「逃げるなッ!男の子でしょ!」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 ティーノはそう言って、膝に埋めていた顔を上げた。

 その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、とても見ていれるようなものじゃなかった。

 でも、それでも、心がズキンと痛んでも、私は怒らなくてはいけない。

 

 でも―――

 

「……わかったのなら、それでいいのです。さ、帰りますよ?」

 

 私は檻の隙間から手を伸ばして、小さな本当に小さな男の子の手をとった。

 街の街灯が私達を包んでいた。

 私に手を引かれて歩くティーノは未だに涙を流して、それを必死に隠そうと袖で拭っていた。

 私はそれに気が付かないように、敢えて前だけを見て歩き続ける。

 ティーノの温もりを感じながら、私は考えた。

 今ならば、言えるだろう。

 怖い犬からも、暴走した車からも、ガラの悪い人達からも私はティーノを守って見せる。

 守り切って見せると、だがこの気持ちはなんなのか分からない。

 説明できない。

 そうどこか理解出来ない自身の感情に、必死に頭を捻っていると突然手が引かれた。

 

「ぐぇ」

 

 私は突然の事に、声を出してしまった。

 

「どうしたのですか?」

 

 私が驚きティーノの方を見ると、ティーノはある一点を見つめて止まっていた。

 そして、私の手を振りほどき視線の方に向かって歩き出した。

 

「あ、こらっ!」

 

 私も慌ててティーノ後を追いかける。

 ティーノが向かった先は、一軒の露天だった。

 その露天は、どこにでもあるようなアクセサリーを歩道の上に広げた布の上に置いているだけの店だった。

 そこで店の人だろう一見30代のおじさんが困ったような顔をしていた何かを抱き上げていた。

 ティーノはそのおじさんの前までいくと、おじさんの腕を見上げた。

 そしておじさんの袖を引っ張った。

 

「おっ、どうしたんだ坊主?客か……んな訳ないか。もし、そうだとしても悪いな今日は店じまいだ」

「どうかしたのですか?」

 

 私がそう聞くと、おじさんは視線を合わせる様にしゃがみ腕に抱えるそれを見せて来た。

 それは、弱り切った犬だった。

 そして足を怪我してしまったのだろう。

 少しばかり血が滲んでいた。

 

「それがよ。さっき気が付いた時に、俺の隣にこの犬がいてよ。弱っているし怪我しているし、困ってよ」

 

 おじさんがそう説明する中でも、ティーノは犬から視線を外さない。

 そればかりか、ティーノはその犬に両手を向けた。

 そして、両手から紅い光が漏れだす。

 それは紛れもない回復魔法だった。

 

「お、おい……」

 

 これにはおじさんも驚いていた。

 そして私も驚いた。

 ティーノは人見知りだ。

 それも極度に、だが男の子なのだ。

 困っている人がいたら見捨てて置けない。

 どこかテレビの中のヒーローの様な思考、だがそれが男の子の特権だった。

 光が止むと、犬は目に見えて元気になった。

 そしてティーノの頬を感謝しているかのように舐めていた。

 私はその姿に見惚れながらも、おじさんにこの時間でも空いている動物病院を教えた。

 そして犬との別れを惜しむティーノの手を引いて帰路につこうとした時だ。

 おじさんは、私達に二つの三つ葉のクローバーのネックレスを手渡した。

 

「なんかありがとよ。これは感謝の気持ちだ受け取っといてくれ!」

 

 おじさんはそう言うと、私たちにそれぞれ手渡した。

 

「それと坊主、余りお姉ちゃんに迷惑かけるなよ?この姉ちゃんさっきすっげえ怖い顔でお前の事探し回っていたんだからな?」

 

 おじさんはそう言うと、また私たちにお礼を言って動物病院に向かっていった。

 だが、私はその場に固まって動くことが出来なかった。

 それはおじさんのある言葉が私にとっては衝撃的だったからだ。

 

「帰らないの……?」

 

 ティーノがそう言って、私の顔を覗き込んでくる。

 

 あぁそうか―――

 

 やっと気が付いた―――

 

 この気持ちは―――

 

「ティーノ?」

「……どうしたの?」

「今から、私がティーノのお姉ちゃんです!」

「……えっ?」

「なんですかその嫌そうな顔は!」

「いや……その……なんていうか……」

「なんでもかんでも、決めました!ティーノは少しも目を離して置けません!私がお姉ちゃんとなって、きっちりと教育します!!」

 

 そう、この時私はティーノ・ランスターの姉となった。

 姉となって、弟を立派な男にすると決めたのだ。

 

 だから―――

 

 

 

 

 

 

 光が私とティーノを満たす。

 それは激痛を伴って体の一遍まで削り取っていく。

 

「……本当にティーノは昔から変わりませんね」

 

 私はそう言って笑った。

 体は今も激痛に悲鳴を上げている。

 逃げ出したいと脳が叫んでいる。

 でも、逃げられない。

 

「はぁ、少し走馬灯を見てしまったのですよ」

 

 私はそう言いながら、血にまみれたティーノの顔を持ち上げて額と額を合せた。

 

「……ごめんなさいです。私は知っていました。ティーノが自己を確立させていくにつれて足りない過去を欲しているのを、それをティアナやはやてちゃんに打ち明けて、否定されて落ち込んでいるのを、ごめんなさい。私はそんな姿を見て見ぬ振りをしていました」

 

 だって―――

 

「だって、過去を思い出してしまったら、私の弟がいなくなってしまうなんて思ってしまったのですから……。だから、これは私の罪です。だから―――」

 

 ティーノとリインの三つ葉のクローバーのネックレスが偽の聖王の砲撃に耐え兼ね融解し粉砕されていく。

 銀色の光が虹色の魔力光と重なり合わされ、ティーノとリインの周囲を漂う。

 

「―――あなたのせいではないです。全てお姉ちゃんの責任です。弱い私の責任です。巻き込んでしまって本当にごめんなさい」

 

 リインの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

 

「でも、許されるならこの罪を清めて下さい。この闇を抱えて下さい。お姉ちゃん一人ではすぐにでも潰れてしまいます」

 

 そして、銀が舞う光だけの世界で、リインはティーノの頬を両手で包み口づけを交わした。

 

 

「だからティーノ、私と一緒に闇を切り裂いて―――ユニゾン・イン」

 


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