魔法少女リリカルなのは~僕は私を知らない~   作:はんふんふ

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過去の地獄

 

 天に翔は光芒の星―――

 

 地に蔓延るは、樹木の雄叫び―――

 

「テートリヒシュラークッ!!」

 

 振るわれる鎚、その小さな体躯から繰り出されているとは到底信じられない風切り音を発しながら、ヴィータのハンマー型デバイス、グラーフアイゼンが振り落とされる。

 

「……」

 

 桃色の長髪を靡かせながら、セッテは大きく後退した。

 セッテは後退しながら左手を右手の肘に添わせ、右手を固定しその右手をグラーフアイゼンを振り抜いたままの状態でいるヴィータに向ける。

 

「ふっ!」

 

 放たれた光弾。

 それは轟音を以てしてヴィータに直撃する。

 さらにセッテはブーメランブレードを自身の手元に二本呼び出す。

 睨みつける先には、爆炎が晴れ何食わぬ顔で傷一つつけずにグラーフアイゼンを肩に構えるヴィータの姿があった。

 ヴィータは肩に担いだグラーフアイゼンを構え直す。

 すると、グラーフアイゼンは独りでにカートリッジをロードした。

 グラーフアイゼンから落ちていく排莢、それが合図であるかのようにグラーフアイゼンはその姿形を変える。

 ハンマーの両面が変形し、三角錐の突起物にロケットの噴射口のような物が出現した。

 ヴィータが前傾姿勢に移る。

 そして、今か今かと待ちわびる相棒に向け着火剤を投与した。

 

「ラケーテンハンマーッ!!」

 

 噴射口から炎が噴き出し、ヴィータは景色が歪むほどの速度で突き進む。

 その様はまさに一個のミサイルのようであった。

 セッテはその姿を見つめながら、静かにブーメランブレードを投げては手元に新たに呼び出し、投げては新たに呼び出し、と続けていた。

 その数が三十を超えたあたりで、セッテは深く瞳を閉じる。

 そしてその小さな口で勝利の方程式を口遊む。

 

「IS発動―――、スローターアームズ」

 

 その言葉を合図として、乱れ飛んでいたブーメランブレードの数々は一斉に咢を獲物に向けるかの如く突き進むヴィータに殺到していく。

 

「グラーフアイゼン!!」

「パンツァーヒンダネス」

 

 ヴィータが吼えグラーフアイゼンが応える。

 すると、ヴィータを中心としたダイヤモンド型のシールドがヴィータを囲う様に出現した。

 

 その瞬間―――

 

 セッテのIS、スローターアームズによって操られているブーメランブレードの群れが一斉にヴィータに襲い掛かった。

 だがしかし、ヴィータは子供のような容姿をしていようとも夜天の主を守護するヴォルケンリッターの鉄槌の騎士、そのヴィータが生み出した盾が、破られるはずもない。

 

「はぁあああああああああッ!!」

 

 縦横無尽に襲い掛かって来るブーメランブレードの中を一直線に進みその懐に入った。

 そしてセッテを打ち砕くように全力で加減なしにグラーフアイゼンを振り抜いた。

 ヴィータは半ば確信していた。

 この一撃が決まると、すぐにシグナム達の援護に迎えると、だがその考えは即座に否定される。

 

「なっ!」

「……この程度!」

 

 セッテは片手でグラーフアイゼンを受け止めていた。

 グラーフアイゼンからは噴炎が出続けている。

 それは受け止められても尚、嫌、受け止められたからこそより一層その勢いを増して行く。

 だが、動かない。

 

 セッテを打倒するまで後一センチそこらである。

 

 だが動かない。

 

 見えない鎖で拘束されているようにビクともしない。

 

「このッ……」

 

 ヴィータは逃れることが不可能ならと、さらに魔力を込めラケーテンハンマーの推力を増して行く。

 その甲斐あってか、グラーフアイゼンは僅かに動き出そうとした。

 その時、今まで感情らしい感情を見せなかったセッテが初めて感情を見せた。

 それは僅かな時間だった。

 無機質な瞳に一瞬だけ見えた炎、それは怒りだった。

 

「―――ッ!!」

 

 ヴィータが突然のセッテの感情の発露に一瞬戸惑った瞬間、力点をずらされる。

 そして体制を崩されたヴィータはまるで鉛のような拳に殴り飛ばされた。

 

「うわぁッ!!」

「ヴィータ!」

 

 その姿を見たザフィーラが援護に向かおうとするが、それはトーレに防がれる。

 

「シッ!」

「ぬう!」

 

 トーレの鎌のようなするどい蹴りを受けたザフィーラは大きく後退する。

 ただし、それは隙を作ったことと同義だった。

 

「紫電一閃」

 

 烈火の将はそれを見逃さない。

 振り抜かれた炎剣、だがそれは交差されたインパルスブレードに難なく防がれる。

 紫電一閃が防がれたことにより逃げ場を失った衝撃は、爆発を生みだした。

 それが合図であるかのようにトーレとセッテ、シグナムとザフィーラとヴィータは向かい合う形で距離をとる。

 

「……強ぇ」

「あぁ……」

「我らが知る戦闘データを大幅に修正せねばなるまい」

 

 

 

 

 

 そこはまるで鳥籠の内部であるかのようだった。

 天と地は木々の柵で覆われ、漏れ出す光が刻まれた。

 世界の縮図であるかのような世界の檻、逃げ場は無く行き着く先も無い。

 その世界は生まれた時から完結していた。

 

「はぁああああッ!!」

「ヤァッ!」

 

 スバルとギンガは、何もない空間から放たれてくるコードの束を叩き落としていく。

 一つ一つにはたいした威力は無い。

 だが、いつどこからどういった形で伸びてくるから分からないその攻撃は着実にスバルとギンガの体力と気力を奪っていく。

 

「ギン姉!」

「わかってる」

 

 スバルが叫ぶよりも早く。

 ゲンヤに向かい伸びていたコードの束をギンガが叩き潰す。

 前衛に出ていたスバルが二人の下に戻ると、ギンガとスバルでゲンヤを守るようにたつ。

 その時、全方位から声が響いた。

 

「お荷物を抱えながらと言うのは、厳しいんじゃないかしら?」

 

 その言葉にスバルが叫ぶ。

 

「邪魔をしないでクアットロ!私達は早く進まなくちゃいけないんだ!」

「そう言われても、私はあなた達を足止めしないといけないの~、だからそれは無理な相談ね」

 

 その言葉を最後にいくら呼びかけてもクアットロからの返事はなかった。

 だがそれは予想通りだった。

 いくら戦闘機人であろうとも、クアットロが行えることは幻術のみ。

 ゲンヤだけならまだしも、数々の試練を乗り越えて来たスバルやギンガにしてみれば倒せない敵ではない。

 

 だが、今は時間が無い。

 付き合ってやる道理もない。

 ならば、打ち砕くのみ。

 

「ギン姉……」

「わかってる」

 

 二人は勝負を決めにかかろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 まるで玉座の如き広間、中央に悠然と構えるのは紅い宝石。

 その宝石を中心に広がるバラのような黄金色の管。

 脈打つ力が空気を震わせ、放つ輝きが魔力を生み出す。

 懐かしい温もりに抱かれたティーノは、僅かに顔の位置をずらす。

 するとそこには、自身と同じ紫色の髪に黄金色の瞳を持つ女性が微笑んでいた。

 

「ウーノ……?」

「はい……、ウーノは、この日を待ちわびておりました」

 

 その瞳には涙が浮かび、抱きしめる腕の力が増す。

 戦場に行った男と再会出来たかのように、喜びに打ち震えていた。

 だが、ティーノは違った。

 自身でも驚くほどの低く拒絶する声が無意識に口から零れる。

 

「邪魔をするな……」

 

 なにも考えられない。

 ただ、体の赴くままにティーノはウーノを押しのけ歩き出す。

 

「本当に……あの頃の、ドクターなのですね……」

「僕をその名で呼ぶなッ!!」

 

 前に進もうとしたティーノは投げかけられたその言葉に反応し、言葉と言う空気の振動を薙ぎ払うように腕を振るった。

 だがしかし、ティーノの体はいつの間にか限界に来ていた。

 振るった腕の勢いに負け、バランスを崩す。

 

「ぐっ!」

 

 ティーノはその事を理解し次に来る衝撃に瞳を閉じた。

 だがいつまでたってもその衝撃は来ない。

 何故なら、振り払われた手をウーノがしっかりと握っていたのだから。

 ティーノはその手を嫌悪を込めた瞳で見つめる。

 そして腕を辿って見上げれば、やはりウーノは慈愛の籠った笑みを浮かべていた。

 どうして自分が親切な人に対してこんな感情を態度を向けてしまうのか理解できない。

 それでも、我慢が出来なかった。

 裏側の想いが表に溢れ出す。

 でも心が理解していた。

 

 この人は、なにがあってもどんな状況であっても、きっと自分の味方でいてくれるのだろうと―――

 

 だからだろう。

 ティーノは再度、腕を振りほどくと一言呟いた。

 

「……ついてこい」

 

 ウーノはそんなティーノに対し、静かに呟いた。

 

「はい……」

 

 歩く―――

 

 固まり切っていないコンクリートの中を進むように、重い足を着実に進めていく。

 そのたびに、頭に激しい痛みが走る。

 それは、脳味噌に電極を刺しているかのように、決まったタイミングで痛みを走らせる。

 額から汗が流れ落ち、顎を伝って地面に染みを作る。

 時折痛みに負けそうになって、頭を抱えてしまう。

 それでも進まなければならない。

 渇望していた。

 心が欲していた。

 進むごとに、痛みが走るごとに、増して行くそれは一つの衝動に塗りつぶされていく。

 

「欲しい―――」

 

 その名は欲望――――

 

 ティーノは歩みを速める。

 体が自壊しようが関係がないと、進む。

 そしてとうとう、その紅い宝石に欲に塗れた手が届いた。

 その瞬間、頭蓋骨の中で脳味噌がシェイクされたような不快感と、胸の内側からハンマーで叩かれているような激痛が全身を襲う。

 

「あ……あぁああああ………あぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 流れる。

 流れ込んでくる。

 知らない僕の記憶が入って来る。

 欲しかったものがやっと手に入る。

 ティーノは激痛の波に飲まれながら、それでも手を伸ばした。

 痛みで闇に閉ざされていく中で、一筋の光に手を伸ばす。

 そして届いた。

 

 

 

 

 

 

「えっ――――?」

 

 ティーノは見知らぬ世界に立っていた。

 鼻につくのは、薬品と硫黄と鉄の匂い。

 幾分高くなった視界で、ティーノはその世界に立っていた。

 

 どこだ、ここ―――

 

 ティーノは周囲を見回そうと、足を動かした。

 すると足元から粘性のある音が聞こえた。

 足を動かすさらに音が聞こえる。

 まるで、ジャムの上を歩いているかのような音に不快感が襲う。

 

「どうかされましたかな?」

 

 そんな世界で声が聞こえた。

 声の聞こえた方に顔を向ければ、そこには管理局の制服の上から白衣を纏う男がいた。

 いたのは男だけではない。

 普通のスーツを着ている者、私服を着ている者、多種多様な人がいつのまにか周囲にはいた。皆忙しなく動き回っている。

 声をかけて来た男が下賤な笑みを浮かべながら話しかけてくる。

 

「ドクターの眼から見てどうですかな。我々の成果は?」

 

 ティーノは男に促されるように顔を動かす。

 そしてそれを視界に収めた時、気が付いてしまった。

 見たくなかったそれを、防衛本能として拒絶したそれを、理解してしまった。

 それはベッドに寝かされた一人の女性だった。

 下腹部を切り裂かれそこから数多のコードが伸びていた。

 足元のあの音は、そこから溢れ出た血と、そこらに捨てられていた人みたいな何かから溢れ出していたモノだった。

 あの臭いは、血と臓物の臭いだった。

 

 あ、か、ぁぁぁ―――

 

 叫び声が脳に響く。

 だが口からは出てこない。

 たまらずティーノは視線をそらした。

 すると、今まで見えていなかった者達が見えて来た。

 

「クソっ、これも失敗だ!おい、誰かこのゴミを廃棄場に持って行ってくれ!」

「あ~、後少しだったのに、耐えろよなこのガラクタ!」

「チッ、うるせぇな!今その口を縫い合わせてやるよ。これで、叫ぶ必要がなくなったな?」

 

 皆ベッドに寝かされた人に何かをしていた。

 

 切って繋いで打って流して―――

 

 人を人だった何かを、弄っている。

 

 笑って怒って悲しんで、そして笑って―――

 

 粘土をこねるように、おもちゃで遊ぶように、皆が様々な感情を見せている。

 

 ただしていることが理解出来ない。

 

 人を冒涜する何かだったとしても、皆イキイキとしていた。

 

 急激な吐き気が、内側で叫び続ける中でせりあがってくる。

 

 なんだこれは?

 

 なんだこれは―――!!

 

 こんなもの求めていなかった。

 

 こんなもの欲しくなかった。

 

 こんなもの見たくなかった。

 

 嘘だ!

 

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ―――

 

 嘘だッ!!!

 

 そして目が合った。

 今しがた、隣の男が成果として自慢げに見せて来た目の前の実験体の女と目が合った。

その瞳は、スバルやギンガのように淡い緑色をしていて、時折それが黄金色に変わって。

 

 髪の色も顔の作りもどこか二人と似ていて―――

 

 だから重なった。

 実験体にされているのが、大切な人に重なった。

 守るべき人と重なった。

 重なってしまった。

 すると、虚ろな瞳で天井を見上げていた実験体の女が顔を動かしてこちらを見て来た。

瞳と瞳が交わり合う。

 空虚と絶望が交わり合う。

 その中で見てしまった。

 聞いてしまった。

 空虚な瞳から一滴の涙が零れ落ちて、小さな口が僅かに動く。

 

「―――助けて」

 

 その世界は―――

 

 地獄だった―――

 

 

「うわぁあああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!」

 

 ティーノは紅い宝石。

 レリックに触れた途端に叫び出した。

 まるでこの世全てを憎むかのような絶望を乗せた叫びを喉が切れ血を吹き出しても叫び続けた。

 

「やはり……まだ、ダメなのですね……」

 

 ウーノは叫び声を上げ続けるティーノを優しく抱きしめる。

 

「まだ壊れないで……大丈夫、きっと大丈夫……あなたはその地獄を一度は乗り越えた」

 

 だから大丈夫、とウーノは優しくけれど力強くティーノを抱きしめる。

 けれども理解していた。

 これ以上は彼の心を壊してしまうことになると、だから今自分に出来ることをする。

 

「IS発動―――フローレス・セレクタリー」

 

 ウーノとティーノの足元に歯車の形をした魔法陣が浮かび上がりそこから暖かな光がティーノを包み込む。

 すると、ティーノは今までの叫びが嘘のように黙り込みそして気絶した。

 糸が解けた操り人形のように崩れ落ちるティーノをウーノは抱きとめると、その額にキスをした。

 

「また今度、いつかきっと……、迎えにいきます」

 

 ウーノはそういうと、ティーノを地面に横にさせ、闇の中に姿を消した。

 

 ティーノがいる空間には只々虚無のみが広がっていた。

 


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