黄泉路を進むとはこう言ったことを言うのだろうか―――
目線の先には闇が広がり気持ちを後退させる。
嗅覚は役に立たず、聴覚には後方から爆音が響くのみ。
手足の間隔はすでに無く。
歩いているのかすら分からない。
それでも、意思のみで前に進み続けた。
微かに漏れ出た光源―――
まるで闇に追われるかのようにして、手探りに光を掴み取ろうと歩みを速めた。
その光は、手にしたロストロギアを翳せば自らこちらに近づいてきた。
そしてディオニソスは遂にそこに辿り着いた。
ジェイル・スカリエッティが終ぞその存在を黙秘し続け、管理局にすら掴ませなかった彼の知識の一端。
その価値は世界一つ分と同等と言われ、数多の神秘を人知にまで叩き落とした理想郷と言われている。
管理局がロストロギアとして認定しようにも、その価値を知るばかりに手が出せないパンドラの箱。
その名は、ティル・ナ・ノーグ、不可能を可能とした奇跡がそこにはあった。
光さす室内、そのベッドに横になっていたアンジェリカは、隣で眠るティアナの姿を見ていた。
アンジェリカは後悔していた。
ティーノに願い出た自身の過ちを。
その願いは鎖となって、彼を縛り付ける。
今となってはそれが理解できる。
だが、あの時は気が動転していて、頼れる人が他にいなかった。
だから、アンジェリカは謝罪した。
隣で眠るティーノの大切な人に―――。
「ごめんなさい……」
「大丈夫さ」
間髪入れずにかけられた声、その方向を見ればそこには7人の少女がいた。
見た目、声、佇まい、全てが似ていない。
どういった繋がりなのかも分からない。
それでも、彼女達はどこかティーノと似ていた。
その中の一人、背丈が他の人よりも頭一つ分以上小柄な少女が片目を閉じてそう言った。
「でも……」
「お嬢さんが気にすることないっすよ!」
ウェンディと言われていたカジュアルな服を着た活発そうな人が言うと、ノーヴェと呼ばれた人が前に出る。
そしてアンジェリカの頭を撫でた。
「大丈夫、絶対に大丈夫だ。ティーノなら、どんな不可能も可能にしてくれる」
アンジェリカはその顔を見て―――
その自信に満ちた顔を見て、尋ねた。
どうしてそこまで信じられるのか、と―――
すると、彼女達は互いに顔を見合わせ、笑顔になった。
その笑顔は、どこか嫉妬したくなる。
そんな笑顔だった。
「―――だって、アイツは私達の家族だからな!」
「オルランドぉおおおおッ!!」
「ティーノぉぉおおおおッ!!」
振るわれた拳、弾く剣、闇を染める閃光、熱を奪う氷河、空を埋め尽くす剣の雲、大地を埋め尽くす氷結、流れる汗を血潮を想いを、今この時この瞬間に散らしながら、彼らは戦っていた。
オルランドの一撃を間一髪防いだティーノが吹き飛ばされ洞窟内の壁にぶち当たる。
砂埃が巻き上がり、視界一杯に広がる。
オルランドは油断無く、デュリンダナを中段に構えた。
砂埃が振り払われる。
その中から現れたのは五つの紅い剣。
ティーノが得意としているスティンガーブレイドだ。
その剣が真っすぐに切先を向け吶喊してくる。
「ハァアアアアッ!!」
剣戟一閃、振り下ろされたデュリンダナが生み出した剣閃は鎌鼬を生み出し、スティンガーブレイドを切り刻む。
紅い魔力残滓が砕けたガラスの様に散る。
「吹き飛べぇええ!」
砂埃の先、そこから聞こえたティーノの声に反応するようにして砕かれたスティンガーブレイドの欠片たちがそれぞれ一つ一つが小さな爆弾であるかの如く、爆ぜた。
「ぐっ!」
オルランドが爆風に巻かれ上空に吹き飛ばされる。
苦痛に顔を歪めながらも、その瞳はしっかりとティーノを捕えていた。
体の至る所には切り傷が出来ており、痣の数は数えきれない。
満身創痍とはこのことを言うのだろう。
だが、奴は立っていた。
そこに立って、まだその手の銃口をこちらに向けている。
諦めていないのだ。
諦めを知らないのだ。
それでこそ―――それでこそ―――……
だから!!
オルランドが空中で体制を立て直す。
だがしかし、その時には眼前に炎の塊が迫っていた。
その魔法名はブレイズキャノン、ティーノの得意技であった。
ここはどこともしれない洞窟の中、ティーノはいつ崩れ落ちるかも分からない洞窟内で砲撃技をほぼ使えずにいた。
それをここで使ってきた。
決めに来たのだ。
ただし、オルランドはそんなこと百も承知であった。
相手の力が万全に使えない。
だからこそ、ここで勝たなければならない。
卑怯だとか、悔しくないのかとか、そんなこと知ったことでは無い。
勝つか負けるか、その場の状況の優劣すら味方につけてそれでも勝ちたい。
そう、オルランドも勝ちたくて仕方が無かった。
こんな自分を止めて欲しいとそう願っていながらも、どうしようもなく勝ちたかった。
オルランドはブレイズキャノンを甘んじて受け止めた。
空に爆炎が轟く。
ティーノはそれを見て、体内に溜まった二酸化炭素を一気に吐き出した。
「はぁーーー……」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、まだいける……。エテルナシグマも大丈夫?」
「問題ありません」
ティーノはエテルナシグマのその返しに嬉し気に笑った。
そしてその視線の先の爆炎の渦の中から、特大のそれこそ巨人相手に使うかのような巨大な氷の槍が姿を現したのを見て獰猛な笑みを作った。
そうこなくては、こんなところで終わってしまっては期待外れも良いところだ。
こんなモノじゃないだろ―――
「「互いにッ!!」」
放たれた氷の槍は、空間を削りながら真っすぐにティーノに向かう。
限定された空間、逃げようにもサイズ的にその余波を受けてしまう。
ティーノは逃げずにその迫る氷槍を睨みつける。
そして、右手を構えた。
ティーノの足元に広がる魔法陣、その淵を炎が走り、右手の前には八枚のプレートが姿を現す。
「ブレイズイレイザーッ!!」
放たれた炎弾
オルランドとティーノの中心点でぶつかり合い、炎と氷が互いを喰いあう。
その様はなんと呼べばよいのだろうか……?
不規則に回転を続ける炎の弾丸に対し、愚直なまでに進む氷の槍。
槍と弾丸―――
まるで、過去と未来が戦場の主役を決めるために、競い合っているようだ。
炎と氷の欠片が二人の間を埋め尽くす。
それはどこまでも幻想的な光景だった。
見上げるティーノの瞳には未だに滑稽なまでの戦意が宿っている。
オルランドはそんなティーノを見つめながら、静かに大地に足を下した。
「……どうして僕がここにいるか分かるか?」
ティーノは突然口を開いた。
そのことにまるで、学校帰りにどこに寄り道するか思案するかのようなそぶりでオルランドも続く。
「さぁね……、私には想像も出来ない方法なんじゃないか?」
「アンジェリカが……、ここに導いてくれたんだ」
ティーノのその言葉にオルランドは一瞬堪えるように口を一文字にして唇を噛みしめた。
「アイツはお前の事を心の底から心配していた。それと同時に帰ってきて欲しいと本気で願っていた……」
「知って……いるさ……、そんなこと……私は、あの子の兄だぞ?」
「ならッ!!なら……帰ってやれよ。アンジェリカの下に―――」
ティーノは気が付いていた。
オルランドが既にアンジェリカの下に戻る気が無い事を―――
既に罪と言う泥に塗れてしまったが故に、戻る気が無い事を―――
「そんな可能性、毛ほどもない……。私にはもう……帰る場所も……抱きしめる相手も……いない……」
「そんな事は無いだろっ!まだ間に合う!一緒に帰って、一緒に謝って、一緒に引っ叩かれて、それから……それから、この続きをしたらいいだろ?」
「そんな時期は等に過ぎてしまっている」
「なら、なんでそこまで行っちまう前に話してくれなかった!」
オルランドは遥か天を仰ぎ見た。
そこには暗い洞窟の天井しか見えない。
ただし、オルランドの瞳には三人で遊ぶ風景が、何よりも幸せだった時間が写っていた。
「話せる筈がないだろ……。アンジェリカに残された時間は後僅かで、これ以外に方法が無かったんだ。……知ってるか?私達は、教会の力を使って次元世界中の名医にアンジェリカの病の治療を頼んだんだ。帰って来た答えは、全て謝罪の言葉だけだった。 力になれません? すみませんでした? 神に祈るしか手立ては? 後の時間を大切に? ふざけるな!!諦められる訳がないだろ!だから、たった一つのこの方法に全てを委ねた!例え、歴史上最悪の犯罪者に縋ろうとも、悪魔に願うことになったとしても、私はアンジェリカの騎士だ!!」
その叫びを聞いてティーノは笑った。
優しい笑みを、それこそ友人を案じているかのような優しい笑みを向けた。
「そうだ。お前はアンジェリカの騎士だ。唯一無二の存在だ」
オルランドがデュリンダナを構える。
今にも泣きだしそうな瞳に怒りを込めて、内心を吐露し、世界を憎む想いを眼前の存在に叩きつけるかのように―――
オルランドは、これで終わらせるとでも言うかのように、青年の体になっていた。
こればかりはティーノにも真似できない大人の肉体への変身。
それは、身体的能力も魔力量も底上げする。
その姿を見て、ティーノは思い出した。
「そう言えば、あの姿のオルランドに勝ったことは一度もなかったな」
ティーノは理解した。
オルランドは、アンジェリカの傍にいたいのだ。
あの時の時間を大切に思ってくれているのだ。
今を後悔しているのだ。
でも、男だ。
ここまで来た以上引き下がれない。
誰かに無理矢理連れて帰られない限り―――
オルランドの内部から膨大な魔力の風が生み出され、周囲を凍てつかせていく。
デュリンダナはさらに輝きを増して行く。
「お前は確かに特別だ―――」
ティーノはエテルナシグマを撫でた。
「ロードカートリッジ」
それだけで理解してくれた初めての友人にティーノは感謝する。
「その力も、血筋も、想いも―――」
思い出すのは、大人達との模擬戦―――
「けどな―――」
魔力の塊が全身を駆け巡り、痛む体を内部からさらに痛みつける。
「僕だって―――」
そう、ティーノの周りには、その道の最強しか存在していなかった。
「特別だッ!!」
「モード2、形状変化―――ストレングス」
腕から炎がティーノを包み。
足から水がティーノを隠す。
炎と水が交わり消えたその先に、エテルナシグマとティーノの姿があった。
エテルナシグマの形状は変わり、銃口が消えたことによりさらにスリムになり、手首のカートリッジ部分が剥き出しになっていた。
さらに足元も変化しており、まるでフルプレートの騎士甲冑の足部のような鉄靴に変化していた。
さらにバリアジャケットは軽量化のためだろう全体的に薄着になっている。
その姿を見てオルランドは呟く。
「その姿は―――」
その言葉に呼応するようにして足底と手の甲に魔法陣が浮かび上がり、静かに回転を始めた。
「これは、お前に勝つためだけにエテルナシグマと考えた姿だ」
「その姿では、今の私に一撃入れられただけで、大怪我を免れないが?」
「構いやしねぇよ。―――お前に勝てるなら」
医務室で眠ることが出来ずに祈りを捧げ続けているアンジェリカを元ナンバーズの面々は心配するも、その行いを止めることが出来ずにいた。
その時、医務室の扉が乱暴に開かれる。
「「ティアナさん!」」
飛び込んで来たのは、キャロとエリオであった。
「キャロ、エリオ!」
スバルが二人の名を呼ぶと、シグナムが静かに叫んだ。
「怪我人の前だ静かにしろ」
シグナムに叱られた二人が慌てて空気を察し、黙り込む。
その時、待ちに待った声が聞こえた。
「もう手遅れですよシグナムさん……」
そうティアナだった。
「ティア!!」
ティアナが目を覚ましたことに喜びが爆発したスバルはたまらずにティアナに抱き着く。
「こらっ、馬鹿スバル、私怪我人!!」
「あはは~、ごめんごめん……」
「ったくもぅ……。それよりも、あなたがアンジェリカさんで良かったかな?」
祈りを捧げていたアンジェリカは、ティアナが目を覚ましたことに涙を流しながら、口元を押さえていた。
ティアナはそんなアンジェリカを抱き寄せると、優しく頭を撫でてやった。
アンジェリカはその温もりから、遠い過去の母を思い出し、ティアナの胸元の服を握りしめていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
そう謝り続けるアンジェリカの頭を優しく撫で続けていたティアナは、執務官の目になるとキャロを呼ぶ。
そして、アンジェリカにこう言った。
「ねぇ、ティーノが今いる場所を教えて?」
その言葉に皆が驚いた。
中には、止める様に促す者までいた。
だが、ティアナの瞳に負けてしまったのだ。
その母の瞳は、どんな瞳よりも強く。
そして、輝いて見えた。
「……まったく、貴様の頑固さも治っていないな」
「この頑固さは、なのはさん譲りですよシグナムさん」
ティアナがそう笑うと、シグナムも微かに笑い、はやてに頭を下げた。
「我が主よ。どうか、ティアナの行いを許可して頂きたい」
シグナムの行動に周囲だけでなくティアナすら、驚く。
だが、はやてにはそうなることが分かっていたのか静かに溜息を吐くとティアナを真っすぐに見つめた。
「……今回の件に関しては私にも少なからず責任がある。やから……約束して欲しい、無事にティーノを連れて帰ってくるって」
「はいッ!!」
ティアナはそう言うと、突然立ち上がり来ていた服を脱ぎだした。
「男どもはあっち向いてろ!」
エリオとザフィーラは、さすがと言う他ないほどの速度で回れ右をした。
執務官服に着替えたティアナが靴を履き終わる。
キャロに振り返れば、キャロはすでに転送魔法陣を準備していた。
ティアナは、天井を仰ぎ見た。
「ねぇ、スバル……?」
「なぁにティア?」
スバルも優し気にティアナを見つめる。
「子育てって大変ね」
「うん、一つの命を預かるのって大変なことだと思う」
「大体の事情は、朧気だけど寝ながら聞いてたわ。だから、ティーノをうんと りつけてその後に、う~ん褒めてあげなきゃいけない」
「そうだね」
「だからね……お願い……力を貸して……」
「任せて!」
ティアナのお願いは、口約束だけで出来る程優しくは無い。
皆理解していた。
ティーノの今いる場所がどんなところで、そこになにがあって、今後どんな災厄を撒き散らすのかを―――
でも―――
「僕も行きますからね!」
「私もですよ」
エリオもキャロも、スバルも当たり前のように頷いてくれる。
ティアナは思う。
本当に良い仲間を持ったと―――
ディオニソスは闇に向け、両手を掲げていた。
「おぉ、これがこれこそがティル・ナ・ノーグ!ジェイル・スカリエッティが残した至宝!」
それは付近一帯を黄金で固めたような祭壇の上に存在していた。
どういった原理なのか分からない。
ただ、周囲に無数に存在する生態ポッドを見れば、スカリエッティは己のクローンにこの知識を埋めつけようとしていたのだろう。
ディオニソスが一歩また一歩と祭壇に近づくにつれ、欲求が増して行く。
欲しい……あれが、欲しい―――
その欲望は、一人の少女を救いたいと願う純粋な心を真っ黒に染め上げた。
「エテルナシグマッ!」
ティーノが叫ぶと同時に、オルランドの剣の届かない程傍まで詰め寄る。
無動作のその特異な動きと速さに、オルランドは驚く。
だがオルランドはまがりなりにも、先祖代々聖王を守り続けて来た騎士の末裔である。
振り抜かれた拳に対し、ピンポイントで氷のシールドを張る。
だが、ティーノのその一撃は手の甲の魔法陣が押し当てられると同時に、内部に魔法弾を撃ち込んだ。
オルランドはたまらずに吹き飛ばされる。
だがしかし、吹き飛ばされた先に、すでにティーノは構えており、さらに殴り飛ばされた。
「この、舐めるなッ!!」
オルランドはその身体能力で吹き飛ばされながら強引に体の向きを変えると、氷の足場を作り、ティーノに飛び掛かる。
その速度は、砲弾のようであり、触れる物を細切れに変えていく。
ティーノはそれを流れるように躱すと、隙だらけの背面に踵落としをくらわした。
大地に大きな窪みが生まれ、その中心ではオルランドが無様に倒れていた。
「ぐっ……くそ……」
そんなオルランドを見ながら、ティーノが語る。
「僕はどこまで行っても中途半端な力しか使うことは出来ない。砲撃も射撃も格闘術も防御もすべてが中途半端だ。だから、僕はその力を格闘戦のみに集約した。中途半端じゃ、お前に勝てない。だから、一点にのみ力を活用するようにエテルナシグマにお願いしたんだ」
オルランドは気が付いていた。
ティーノの足元の魔法陣からは、水が出ていた。
その上をまるで滑るようにして、移動し、噴射することによって無動作での高速移動を可能としているのを。
さらに、腕の魔法陣から叩き込むたびにブレイズイレイザーのような貫通力の高い炎弾を放っているのを。
どちらも紛れもない進化だった。
今までの戦闘経験から、オルランドに勝つために進化した姿だった。
だから負けてしまう。
その時、オルランドの覚悟が決まった。
勝つための覚悟が―――
そしてトリガーを落とした。
悪を滅しなさい―――オルランド―――
ティーノは寒気に襲われその場を飛びのく。
魔力も残り僅かで、オルランドも同じはずだった。
それなのに―――
「まだ、こんだけ余力あるのかよ」
オルランドを中心に氷の花が咲いていた。
それを砕くようにして現れたオルランドは、先程の雰囲気とはガラリと変わっている。
やっと本気になったようだった。
そして、この戦いの決着も後数手で決まる。
オルランドはデュリンダナを逆手に構えた。
あれが来る―――
そう確信したティーノは息を整えた。
「頼むぞエテルナシグマ」
そしてデュリンダナが振り下ろされる。
「イスベルグ・プルガトワール!」
生まれ出氷剣の群れ。
それはオルランドを中心に溢れ出す。
「エテルナシグマッ!」
ティーノが叫ぶと、右足から膨大な量の水が溢れ出す。
さらに加速魔法で自身を一本の槍とし、突き出した右足から溢れる水を圧縮し回転させた。
さながらドリルとなったティーノは、氷剣の群れを削り壊し突き進む。
一か八かの吶喊攻撃であるが、その破壊力は折り紙付きであった。
そして氷剣の群れの先にオルランドを捕え、届いた。
だが―――
「う、そ……だろ……?」
オルランドはその攻撃を防ぐでも躱すでもなく。
体で受け止めた。
肉体を高圧縮の水が削るのも関係なくオルランドは、地面に突き刺さるデュリンダナを引き抜くと、そのままの動作で円を描くようにティーノを叩き斬った。
「マイフレンド!」
エテルナシグマが叫び最後の力を振り絞り、オルランドの攻撃をシールドを張り防いだ。
だが、それも僅かな時間だけであり、ティーノは袈裟切りにされる。
地面にぶつかりその勢いのまま跳ね上がるティーノの胸倉をオルランドは冷めきった瞳で見つめる。
勝った―――
その感情がオルランドを支配した。
ティーノからは、滝のように血が溢れ出し、時折噴き出してすらいる。
このまま何もしなければ、後数分の命だろう。
オルランドも一杯一杯であった。
この一撃が決まらなければ、確実に負けていた。
それでも、勝ったのは自分だった。
オルランドは悲し気に瞼を閉じると、溢れ出る血潮を止めるためにティーノの切口を指でなぞり、氷を張った。
張った氷が微かに血の色に変わっていくのを見て、勝利の余韻に浸ることすら出来ずに、ティーノを置いてディオニソスの元まで向かおうとした。
そう、完全に油断していた。
自分の勝利を疑わなかった。
この戦いは、勝ち負け以前に―――
「喧嘩だってこと、忘れてんぞ……」
ふらつくようにオルランドに倒れ込んでくるティーノ。
その右手には、小さな紅い魔力の塊が生まれていた。
そしてその塊が、トンと優しくオルランドの腹に当たる。
しかしなにも起こらない。
オルランドはティーノの執念に驚かされながらも、完全に倒さなければならないと感じ、再度デュリンダナをを振り上げる。
その時、微かに聞こえた。
その魔法名が―――
「……ブレイク・インパルス」
その魔法は至ってシンプルであった。
相手の固有振動数に自身の魔力による振動エネルギーを送り込み、それを搔き乱すというものである。
デメリットは、相手に触れていながらも一定時間を要することであるが、それ以上にこの技のメリットは大きい。
なにせ―――
「ぐ、……がはっ、ぁ……」
相手を内部から破壊するのだから―――
オルランドはブレイクインパルスをもろに受けてしまい。
全ての魔力の流れを断たれ、武装形態を解かれた状態となり倒れ伏す。
その手からデュリンダナが離れるのを見たティーノは、拳を掲げるとオルランドにもたれ掛かるようにして倒れた。
「―――勝った」
終わった―――
そう思った。
だが、洞窟の奥にある扉から、禍々しい何かを感じたティーノはバリアジャケットを解除せずに、オルランドを叩きつける。
「起きろって、オイッ!!」
「な、なんだッ!?」
気絶していたオルランドがティーノに叩き起こされると、その異変に気がついた。
「あの先には、ディオニソス司教様がッ!」
「お前、ブレイクインパルスを諸に受けて簡単に立ち上がれる訳がないだろ!?」
「だがッ!!」
「立つ必要は無いよ」
その声は突然響いてきた。
そして扉の先、闇の中からそいつは姿を現した。
「はぁ……、この様子を見る限り、世界はなにも変わってないと見える」
闇から出て来たのは、ディオニソス司教であった。
だが、その雰囲気がそれはもはや別人と語っている。
「ディオニソス司教様ッ……ではないな……誰だ貴様ッ!!」
オルランドが叫ぶ。
だが、ディオニソスはその叫びすら心地よいと言わんばかりに、顔を崩した。
その表情は見る者を不快にさせる。
ただただ、世界に憎悪を振りまくだけにしか見えなかった。
「私……、私かい?そうだね、君には私が誰に見えるかな?」
まるでクイズをするかのようなその問いに、さらなる不快感が二人を襲う。
だが、口元を押さえて必死に叫びそうになるのを堪えていたティーノがその名を口にした。
「……ジェイル・スカリエッティ」
その答えに満足したのか、ディオニソスでは無くジェイル・スカリエッティは満足そうに笑い拍手した。
「素晴らしい、さすが私と言ったところだね」
スカリエッティは体を仰け反らせる。
「私は恵まれている!こんなにも早くに私と出会えたのだから!」
訳が分からないと、困惑するオルランドと違い、ティーノの内部を憤怒が支配した。
「黙れッ!!」
「でも、私にはある意味がっかりしたよ。所詮私も、有象無象と同じだったというわけか」
ハッとしたオルランドが叫ぶ。
「ディオニソス司教様は、どうした!」
「あぁ、彼かい?彼ならここにいるよ」
スカリエッティはそう言うと、自身の胸元を指さした。
「彼は善良で信仰心の厚い人物だったみたいだね。教会の権威をたかめるための駒にすぎない幼気な一人の少女を救うために、わざわざ私と会いにくるなんて……フフ、アハハハハハハハハハッ!!」
「なにが可笑しいッ!!」
「嫌ね、君も安心すると良い。君達の願いは私が叶えて上げるよ。なに、聖王家の末裔だ。健康な体にすぐにでもしてあげられるよ。ただし、その血筋は有効活用させてもらうけどね」
「「させるかッ!!」」
その瞬間、オルランドとティーノはなけなしの魔力を振り絞り、ジェイルに飛び掛かろうとした。
だがその魔力が突然掻き消える。
「おっと、暴力は反対だよ?」
いつの間に現れたのか、洞窟内のありとあらゆる場所に、卵型の機械兵器が浮いていた。
「ガジェットドローンだったかな。良い名前じゃないか」
ティーノとオルランドが再度魔力を集めようとリンカーコアに力を加えるが、魔力が出てこない。
「無駄だよ。このガジェットドローンにはね。IMFが搭載されているんだ。ガジェットドローンが発するフィールドから出なければ、魔力結合を行うことすら出来なくなる」
ジェイルが右手を上げると、一体のガジェットドローンの瞳が光り出す。
「そして、こんなことも出来る」
ガジェットドローンから放たれた、魔力弾はティーノとオルランドを難なく吹き飛ばした。
吹き飛ばされる中で、ティーノは思う。
ちくしょう、ここまで来たのに、やっと掴んだのに―――
そして、涙で滲んだ空には無数の魔力弾の光が見えた。
ここで終わりたくない―――
終わりたくないよ―――
「ティアナ―――」
「よく頑張ったわね。……お疲れ様」
無数のオレンジ色の魔力弾と雷光が洞窟内に充満した。
それらに貫かれていくガジェットドローンは次々と爆散していく。
そんな光景を、暖かな温もりに包まれてティーノは見ていた。
「ひっく……うぐっ……えぅ……」
溢れ出る涙は、喜びの涙。
欲していた温もりがすぐそこにあった。
「ティアナぁ……」
「今はゆっくり休んでなさい。帰ったらこってり叱ってあげるから―――」
そして温もりが晴れると、ティーノとオルランドを守るようにして四人の背中が見えた。
その背中はただただ大きくて、もう安心以外の感情を抱けなかった。
「……あの人たちは?」
隣で同じく四人の背を見つめるオルランドがティーノに問いかけると、ティーノは満面の笑みで答えた。
「あの人達はストライカーズ……、僕が目指す最強の姿さ」