いつもの朝―――
道路を走る車の音―――
空を飛ぶ飛行機の音―――
フライパンで卵焼きを作る音―――
風がカーテンをはためかせる音―――
いつもの……朝……
階下から階段を上る足音が聞こえて来た。
それでもティーノは、目覚めようとはしない。
いつものリスのパジャマに身を包み。
全力で布団にくるまっていた。
「ティーノ~~~、朝だよ~~!」
朝食の準備を終えたなのはは、扉の前でティーノを呼ぶ。
だが、室内からは物音一つしない。
なのはは笑顔のままドアノブを回した。
ガチャリと音を出し開かれた扉の先では、ヴィヴィオのベッドの上で布団に包まるティーノが静かに寝息を立てていた。
そんな姿を見たなのはは、叩き起こすでもなく呼びかけて起こすでもなく首元と膝裏に手を入れて抱き上げる。
布団の温もりを奪われたティーノは少しだけ抗議するように声を漏らすと、なのはの首元の襟をつかみなのはの首元に顔を寄せて再び気持ちよさそうに眠りについた。
その動作が可愛くて、なのはも幸せそうに笑う。
普段と違うギャップと言う奴だろうか……。
ここまで甘えて貰えるのが、嬉しかった。
なのはがティーノを抱いたまま階段を下りると、そこにはフェイトの姿があった。
フェイトがなのは達に気が付くと、小走りに近寄る。
そしてティーノがまだ寝ていることに気が付いたフェイトは不思議そうにした。
いつもなら、有無を言わせずに起こしていたからだ。
するとなのはは小悪魔的な笑みを作りティーノをフェイトに渡した。
そして、あたふたするフェイトを置いてどこかに消えていった。
それから数分後、香ばしい匂いがしてティーノは重い瞼を空けた。
「あれ……?」
ティーノが寝ていたのは、ソファーの上だった。
ティーノは不思議に思いながら首をコテンとさせる。
すると、頭上からなのはが顔を出し顔を洗ってくるように言った。
ティーノはそれに従ってトテトテと廊下を歩き、洗面台にまで辿り着き冷たい水で顔を洗い歯を磨いた。
妙にゴワゴワする体に違和感を覚えたまま―――
そして、目が覚め鏡に映る自分を見たと同時に、ティーノは声にならない声を発した。
ドタドタと足音が響き渡り洗面台に続くドアが乱暴に開かれる。
扉の先には顔を真っ赤にしたティーノがいた。
「なんですか、これっ!」
ティーノが身に纏っていた服は、曰くゴスロリの衣装だった。
どこから入手したのか、男の子なのに異様に似合ってしまっているティーノを見ながらフェイトは溜息を零した。
なのはは、そんなティーノの反応がいちいち面白いのか満面の笑みで朝食を食べるように促す。
「こんな格好で食べる訳がないでしょう!」
至極ごもっともだとフェイトは思う。
そして言い合いを始めるなのはとティーノ。
ある種いつもの朝の光景に、フェイトは今日も平和だと思いながら味噌汁を啜った。
普段の服に着替え、朝食を食べたティーノはいつもの如く聖王教会に足を運ぼうとしていた。
すると、なのはが声をかけて来た。
「えぇ~、もう行っちゃうの~~?」
なのはに続きフェイトも玄関に出て来た。
いつもなら普通に送り出してくれるはずなのにとティーノが不思議に思っていると、エテルナシグマがカレンダーを表示した。
そしてティーノは、何故なのはやフェイトがこんなにもテンションが高いのかを理解した。
理解して、ティーノは溜息を零した。
「大丈夫ですよ」
「へっ……?」
「ヴィヴィオ達なら、間違いなく最高の成績で帰って来ますよ」
そう、今日はヴィヴィオ達の初のインターミドルであった。
今日の日のために、いままでの訓練があったと言っても過言ではない。
それを、ヴィヴィオ達の努力を知っているなのはだからこそ、心配で仕方が無かったのだ。
靴を履き終えたティーノは立ち上がり振り返る。
「ヴィヴィオ達の実力で、早々に負ける筈がありませんよ。身近で見て来た僕だからこそそれは良く分かります。……だから、大丈夫ですよ。―――行ってきます!」
そう言って出かけて行ってしまったティーノを見ながら、なのはとフェイトは口をポカンと開けていた。
「なんと言うか……」
「子供の成長は早いね」
なのは宅から徒歩数十分の駅まで歩いていくと、そこにはすでに待ち人がいた。
「はやてさん!」
はやては、ティーノに気が付くとはにかみ小さく手を振った。
電車に揺られながら、聖王教会に向かうティーノとはやて、二人は電車の揺れに心地よさを感じながら座席に座っていた。
流れる町の景色を見ながら、はやてが問いかける。
「オルランド君とは仲良くなれた?」
その問いにティーノはそっぽを向くと、僅かに頬を膨らませる。
「今のところ、戦績は10対8で負けてる……」
はやては、別にその事が聞きたかった訳ではないのだけれども、と思いながら膨れるティーノの頬をつついた。
電車がトンネルに入り車内に電気が灯る。
向かい側の窓には、暗闇に浮かぶ自身の顔が見えた。
なんだか眠たそうな顔だ。
こんなんじゃ、アイツに負けてしまう。
ティーノは突然量頬を両手で叩いた。
トンネルから抜けた電車の窓からは、まるで中世の世界のような光景が広がっていた。
聖王教会まで後少しである。
「よしっ!」
聖王教会その広大な敷地内にいくつもあるグラウンドの一つ、そこには将来の聖王教会騎士を目指す者達が切磋琢磨していた。
鉄と鉄がぶつかり合い、肉体からは汗が飛び散る。
瞳からは生気が溢れ、明日を信じて疑わない者達が鍛え合い、友情を育んでいる。
そんな者達の輪から外れ、一人教会の壁で出来た影の中で氷の刃を振るうのはオルランドだった。
「いつまで見ているつもりだ……?」
オルランドが剣を振るうのを止め振り返れば、木陰からティーノが姿を現した。
「お前の準備が整うのを待ってやってたんだよ」
ティーノが腕を組みそう言うと、オルランドはつまらなさそうな顔をする。
「そういう貴様の方が整ってないように見えるが?」
「お前相手には、ちょうど良いハンデだろ?」
「私に負け越している奴の言うセリフとは思えんな」
「なに、を……!!」
ティーノがキレそうになると、オルランドは不意にデュリンダナをティーノに向け構えた。
「構えろ、準備運動くらいは付き合ってやる」
オルランドの意図に気が付いたティーノは、片眉を上げた。
「はっ、吠えてろよ……。昨日の僕より、今日の僕がどれだけ強くなったのか見せてやる」
そして、二人は互いの武器をぶつけ合った。
そんな二人の様子を教会の廊下の窓から見ながら、カリムとはやては話し合いをしていた。
「もう、随分と仲良くなりましたね」
「最初の方は、どうなるかと思ったけど……時間が解決してくれてよかったわ」
はやては、そう言ってから優し気に笑う。
「それと、アンジェリカ様のおかげやね」
「えぇ……」
ティーノとオルランドの間を持ったのは、他でもないアンジェリカであった。
事あるごとに対立し、ケンカを始める二人に対し、アンジェリカは根気強く会話を促し続けその場を設けて来た。
オルランドはアンジェリカの願いを断ることが出来ず。
ティーノも又、どこかヴィヴィオに似ているアンジェリカの頼みを断ることが出来なかった。
はやてとカリムがそろそろ場所を移そうと足に力を入れたその時、まるで除夜の鐘の様な染み渡る声が二人を呼びめた。
「おや……、騎士カリムに騎士はやてではありませんか」
二人が足を止め声が聞こえた方向に首を向ける。
するとそこには、一見50そこそこの男性が立っていた。
赤紫のキャソックを着こなし、背筋をまっすぐ伸ばす様はとても初老だとは思えない。
垂れ目の瞳に、僅かに弓を弾く口元は子供達にも人気が出そうな微笑みである。
「ディオニソス司教……」
カリムの後方に控えていたシャッハがその名を漏らす。
その事に気が付いていないのか、ディオニソス司教は柔らかな笑顔のままで続けた。
「ごきげんよう。今日も良い天気ですね」
「お疲れ様です、ディオニソス司教。司教様がこちらまでいらっしゃるなんて思っていなかったもので、遣いの者を出すことすらせず誠に申し訳ございません……」
「いえ、気にしないでください騎士カリム。我ら、聖王陛下に仕える者同士……。そこまで、気にしないで下さい」
頭を下げるカリムにディオニソスは片手を軽く上げ、謝罪を受けると、目線を窓の下に向けた。
「騎士オルランドは、アナタの下で日々切磋琢磨しているようですね……。彼を送り出した身としては、私の知る彼から遠くなって行くのは悲しいことですが、同時に彼の成長が嬉しくて仕方がありません。……おや?」
ディオニソスは、瞳を僅かに入れその姿を収めた。
紫色の髪、金色の瞳、ティーノの姿を―――。
「彼は―――?」
その問いにはやてが答える。
「彼の名前はティーノ・ランスター、オルランド君の友人としてこの教会に来させてもらっています」
「あぁ……彼が……」
「あの、ディオニソス司教様?」
「フフ……、すみません、私としたことが子供達の笑顔に遂童心に帰ってしまったようです」
ディオニソス司教はそう言うと、速足でカリム達の傍を通り過ぎて行った。
ディオニソス司教の姿が見えなくなると、カリムとはやては大きく息を吐き出した。
「ディオニソス司教……、本人と会ったのは初めてやけど、えらく緊張したわ……」
「ふふ……、そうですね。それだけ格のある人だから……」
表ではそう話ながらも、二人は念話で別の事を話合っていた。
と、その時外から爆音が聞こえて来た。
「ありゃ、なんやろ?……あちぁ~~」
「どうかしましたか、はやて?」
二人が音がした方に視線を向けると、そこには騎士養成所の騎士見習い達に囲まれるティーノとオルランドの姿があった。
「こっちは謝っているのに、なんで攻撃してくるんですか!?」
ティーノは足元に振り下ろされた切先を睨みつけそう叫んだ。
「お前達が、私達の訓練の邪魔をするからだろう!」
騎士見習いの一人がそう叫ぶと、周囲からそうだそうだの大合唱。
元はと言えば、ティーノとオルランドの訓練に火が灯り、模擬戦に発展。
その音がうるさいと苦情を入れられ、謝罪したところ、ここには二度と近づくなと言われ、それは酷いと抗議したところ、訓練生の一人に脅されたことから今にいたる。
「そもそも貴様達が、我らと同じ場で研鑽出来るなど、本来はあり得ないことなんだぞ!」
ティーノが吼える。
「なんで、そうなるんですか!?」
ティーノの声を聞き、取り囲んでいた訓練兵の者達の顔が嫌悪に歪む。
「当たり前だろ……。そこにいるオルランド・グランディスは、実の両親を殺した―――。我ら聖王教会の最大の禁忌である親殺しをしておきながら、教会騎士を名乗る穢れた男だぞ」
その言葉を聞き、ティーノは一瞬我が耳を疑った。
「えっ……」
信じられなかったし、信じたくなかった。
ティーノにとってはは、親とは掛け替えのない存在であり、どんなモノよりもどんな事よりも、大切な存在だと考えているからだ。
だから、そんな親を殺したなどと、信じられるはずがなかった。
だが、ティーノの隣で黙り込み掌から血が滲むまで握りしめているオルランドの姿を見てしまえば、本当の話しではないのかと疑ってしまう。
疑ってしまうのだ―――
周囲の善意と勘違いした悪意が、オルランドとティーノを襲う。
それは純粋な呪いとなって降り注ぐ。
そこに在るのは全て、醜い欲の塊だった。
ティーノの周囲に人は居らず、黒い泥人形がうねっているだけであった。
酷い目眩がする。
酷い吐き気がする。
泥人形が笑う。
「ここまで言って分からないなら、痛い目に合わないと理解しないみたいだな」
泥人形が泥の剣を抜く。
「すまないティーノ・ランスター……」
声が聞こえた。
その声は、氷の洞窟内で人恋しさに泣き叫ぶ獣のように、か細く弱弱しい。
オルランドは、黒い世界であっても原型を保っていた。
それだけではない。
その瞳から静かに流れる涙が、どこまでも冷たく悲しく映る。
その水に見覚えがあった。
あの時、ティーノが生まれたその日、悪魔と喰いあっていたモノと似ていた。
何をそこまで腹を立てていたのか理解出来ない。
ティーノの腹の中に何かがストンと落ちた気がした。
ティーノが大きく一歩踏み出す。
それは、泥をかき消すように大きく力強い一歩であった。
魔力を込めての踏み込みは大きな音を立てて周囲を威圧する。
「一々うるさいなぁ……」
「ティーノ……?」
「オルランド、お前も言われたい放題言わしてんじゃねぇよ」
ティーノの態度にオルランドは困惑する。
コイツは、今までの話を聞いていなかったのか?
それよりも、何故コイツがここまで怒っているのか理解出来ない。
私とお前の付き合いなど、所詮仮初であった筈だ。
なのに何故―――?
ティーノが一歩踏み出す。
「あんた等もさ、コイツの事何も知らないで好き放題言ってんじゃねぇよ。その親殺しとかも、自分の目で見たわけじゃねぇだろ?だったら、ごちゃごちゃ言うな煩わしい」
ティーノの突然の怒りに始め困惑していた訓練兵達も、次第に顔を赤く染め上げ怒りに飲み込まれる。
そして、自身の剣を構えだした。
ティーノもそれに合わせて構える。
その姿を見てたまらずオルランドが叫んだ。
「貴様には関係の無い事だろう!むざむざ関りを持とうとするなッ!それにコイツ等の言っていることは全て―――」
「うるさいッ!!」
「―――ッ!?」
「今はそんな事関係ない。僕がムカついたからこうしてるんだ。それこそ、お前に関係がないだろ」
「なにが関係がないだ!相手の力量も判断しないで、ここにいる訓練兵達は、教会内でも腕利きばかりなのだぞ!そんな相手達に対してケンカを買うなど、貴様は―――」
そこから先の言葉が出てこなかった。
貴様は、どうして私のことにそこまで本気になる。
私は貴様の大切な人を傷つけ、貴様を犯罪者と言い、他者からの頼みだけで嫌々付き合っていただけなのに―――、その筈なのに―――
どうして……
「おい―――」
ティーノの呼びかけに肩が震えた。
どうしてか分からない。
だが、途轍もなく恐ろしく顔を背けてしまう。
「おいッ!」
語気を強めた再度の呼びかけに、たまらずオルランドは顔を上げてしまう。
そこに見えたのは、決して犯罪者のそれでは無い。
眩しいまでに大きな背中だった。
「確かにお前の言う通り、僕一人じゃ少し厳しい。だから―――」
オルランドの心に火が灯る。
熱く滾った何かが内を焦がしていく。
「だから手を貸せ、お前となら、こんな奴ら楽勝だろ?」
あぁ。嫌だ―――
本当に嫌だ―――
反吐が出る―――
私は今考えてしまった。
この胸を焦がす感情が何かを、愚考してしまった。
その答えを得て、納得出来てしまうのが、嫌で嫌で仕方が無い。
なぜなら、私は―――
この感情を友情だと、至ってしまったのだから―――
オルランドが自ら一歩前に踏み出した。
それはまるで、ガラスを割るように静かでだが力強さを連想させるそんな一歩だった。
ティーノが笑う。
「遅ぇよノロマ」
オルランドが笑う。
「無駄に活きがるな。それよりも、考えはあるのだろうな?」
「そんなものは無い……。けど、お前となら負ける想像が出来ないね」
「ククッ……、初めて意見が合ったな。私もだ」
ティーノがエテルナシグマを起動し、オルランドがデュリンダナを抜き放つ。
そして二人は人生初となるであろう大喧嘩を始めた。
「もうっ、どうしてそんな事をしたんですか!!」
オルランドとティーノはアンジェリカの部屋で正座していた。
喧嘩を聞きつけたアンジェリカに説教を食らっていたのだ。
「でもさ、僕対勝ったよ?」
ティーノがそう言うが、アンジェリカの一睨みで黙らされる。
「喧嘩に勝ったも負けたもありません!」
アンジェリカは徐々にヒートアップしていく。
これは長くなるか?と覚悟を決めようとしていた時、それは起きた。
「だいたいお二人はいつもいつも……」
「「アンジェリカ!!」」
アンジェリカは突然の目眩に襲われ、ベッドに腰を落とした。
ティーノとオルランドが慌てて駆け寄ると、アンジェリカは苦しそうな顔で笑顔を作った。
「だ、大丈夫です……。すみません……」
オルランドは優しくアンジェリカをベッドに寝かしつけると、アンジェリカの手を握り、ティーノを見た。
ティーノはそれだけで察し、医者を呼びに部屋を退室する。
医者に検診され、特に変わりは無いと診断されてから、ティーノはオルランドとアンジェリカに別れを告げ、はやての下に向かうために廊下を歩いていた。
すると、突然後方から呼び止められる。
「君がティーノ君だね?」
「どなたですか?」
「私の名前はディオニソス、聖王教会の司教をしている者だよ」
ディオニソスは名乗ると、ティーノの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「オルランドとアンジェリカ様、両名と仲良くしてくれてありがとう」
ディオニソスにそう言われたティーノは、難しい顔を作った。
「アンジェリカとは、仲良くしているけど、オルランドとはそういう関係じゃないと思いますよ?」
ティーノがそう答えると、ディオニソスは大らかに笑う。
そして、悲しい顔をした。
「アンジェリカ様のことは聞いているかな?」
「はい、……なんでも病気だとか……」
「あぁ、そうだとも……。それも不治の病でね。どれだけ高名な医者に見せても原因すら分からないのだよ」
司教の位の人物で尚且つ、ディオニソスがオルランドとアンジェリカの親代わりをしていると事前に聞いていたティーノは、その言葉を鵜呑みし、悲しい顔をした。
ディオニソスは語り出す。
「ティーノ君、どうしてなんの罪も無い子供達がこんな辛い目に合わなければならないのだろうね……」
「……わかりません」
すると、ディオニソスは天啓を受けたかのように瞳を輝かせティーノの肩に手を乗せた。
「そんな人々を、救う手立てがあるなら、実行に移すべきだとそう思わないかい?」
ティーノは答える。
「……そんな手段があるなら、実行するべきだと思います」
ディオニソスはティーノの答えに満足そうに頷くと、肩に置いていた手を放して立ち去った。
「君には期待しているよ」
そんな言葉を残して―――
ティーノがはやてと共に、なのは宅に帰宅するとそこには八神家一同に、フェイト、アインハルト、リオ、コロナに八神家が運営する道場の秘蔵っ子ミウラまで来ていた。
「ただいま」
ティーノとはやての声を聞き、玄関まで迎えに来た皆であったが、ティーノの傷だらけの顔と体を見て、驚く。
「げっ、どうしたの!?」
当然の如く問い詰められるティーノであったが、ティーノはそっぽを向いてしまった。
「……べつに」
そんなティーノに向かってはやてが事のあらましを話す。
それを聞いた皆の反応はそれぞれで、とりわけ心配していたヴィヴィオとリインは、即座にティーノの手を取った。
「今日は私達がスーパーノービスのクラスになれたおめでたい日で、今はそのパーティーをしているのに、そんな姿じゃ皆が落ち着かないよ!」
「だから、お風呂で治療&キレイキレイです!」
そして悲しみの叫びの尾だけを残してティーノが風呂場へと消えていく。
そんな光景を見て、困惑するミウラであったが皆が何でもない風にパーティーに戻って行くので、自然と皆の後について行った。
そんな幸せな一日だった。
ガソリンの燃え盛る匂いと、雨水によって生み出されたむせ返るようなアスファルトの匂い。
横転したトラックにはいくつもの切り傷が残っており、荷台が完全に破壊されていた。
「出遅れたか……」
そんな光景を複数の管理局員と確認しながら、ティアナは思考を巡らせていた。
「ここ度々発生している。ロストロギアの強盗事件、規模は小規模なモノばかりで、盗られたロストロギアも、特に大災害を引き起こすような代物ではない。……でも、なに?この背筋を撫でる様な不安は」
ティアナは、今一つの事件を追いかけている。
それはロストロギアの窃盗又は強盗事件であり、すでに複数件発生していた。
さらに、現場にはいくつもの切り傷が残されており、魔力残滓の痕跡からベルカ式の使い手がすべての事件に関係しているのが特徴であった。
ティアナはたまらず空を仰いだ。
空は雲で覆われており、光をすべて閉ざしている。
何故だか、その時、ティーノの顔が脳裏に浮かんだ。
「なんだか……嫌な予感がする……」
ティアナの呟きは、風に吹かれ掻き消えた。