魔法少女リリカルなのは~僕は私を知らない~   作:はんふんふ

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オルランド2

 その目を見た時―――

 

 気に入らなかった

 

 なにが―――?

 

 そのあり方が、世界の見方が、まるでこの世を斜め上から見ているような―――

 

 なにかに、心の在り方を委ねているようで―――

 

 全ての悪に対して、己が完全正義であると物語っているその瞳が―――

 

 気に入らなかった―――

 

 まるで一秒間事に昼から夜になったかのような、眩いまでの火花。

 金属音は軽やかに、レンガ造りの壁に反響しオーケストラとなる。

 踏みしだき砕け散る氷の大地、薙ぎ払われる炎のカーテン。

 オルランドとティーノの奏でる演武は、まるで示し合わされ綿密に計算されつくしたダンスのようであった。

 紅い魔力を纏った右拳がオルランドの右頬を捕える。

 唸り声を高らかに、全体重に魔力加速をプラスし叩きつける。

 しかしてその一撃は、氷上を滑る岩石の如く、氷の欠片を巻き上げながら地面に突き刺さる。

 続けざまの爆音、重ねて砂埃が巻き上がる。

 振り払われた金色の凍剣。

 横なぎの必殺を撃たれる前に、ティーノは地面に突き刺さった右手を軸に左足で踵落としでオルランドの腕を蹴り落とす。

 眼前に突き刺さったデュリンダナの切先に、ティーノの瞳が写り込む。

 写り込んだ瞳は、上空を睨みつけていた。

 その写り込んだ視線を追えば、歯を剝き出しにして射殺さんばかりにティーノを睨みつけるオルランドの姿があった。

 その殺意を受けても尚、ティーノは更なる殺意を上乗せして睨みつける。

 オルランドの熱した殺意をティーノの冷めた殺意が中和し、その場の空間をヘドロと変える。

 一度足を踏み入れれば逃げ場など無い。

 その殺意の渦に心を沈めていく。

 睨みつけていた一瞬の間隔、次の時にはティーノの顔面はオルランドにより蹴り上げられていた。

 舞う血潮、ガードの隙すら無いまるで道頃の石ころを全力で蹴り抜くようなその動作でティーノは高く空に浮かび上がる。

 ティーノの瞳に空の青が写り込み、次に移り込んで来たのは、吹き飛んでいくオルランドの姿。

 ブリッツアクションを二段階、併用したティーノが速力をそのままにオルランドの腹を蹴り抜いたのだ。

 オルランドは体をくの字に曲げ、聖王教会の壁に突き刺さり粉砕した。

 ティーノは止まらない。

 右手からブレイズキャノンを放ち、左手からはスティンガーレイを高速連射し、周囲の空間からはスティンガーブレードを放ち続ける。

 その様は、戦争の名を借りた暴虐のように荒々しく対象を殲滅せんがためと吶喊し続ける。

只々無表情に機械の様に、作業をこなしていく。

 だが世界の時間が次の瞬間に停止した。

 襲い来る危機感、ティーノは体を移動させようと足に力を入れ違和感に気が付く。

 見渡す限りの大地が凍てついていた。

 ティーノの足底は、地面に接着されたかのようにピクリとも動かない。

 意識を足に集中させ何とか氷台から脱しようとするが、力を入れようとも脱することは叶わない。

 パキリと目の前で音がした。

 ティーノが前を向くと、そこには所々に傷を負ったオルランドがいた。

 オルランドはまるで勝負が決したとでも言いたいかのように世界と同化しているのではないかと言うほどに冷めた瞳でティーノを見つめ、無言のまま剣を振り上げた。

 そこにあったのは、断罪者の姿、罪人に感情移入などすることなど数の暴力により忘れてしまった哀れな存在。

 剣が振り下ろされた瞬間、ティーノは両手を自身の足に向け魔弾を放つ。

 それと同時にブリッツアクションを発動、緊急離脱した。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 自身の喉の鼓動が聞こえてくる。

 煩わしさを感じながらもそれをしなければ死んでしまうから仕方が無いと受け入れる。

 それは、オルランドも同様で荒い呼吸を鬱陶しいそうにしている。

 お互いに今は眼前の敵を倒すことに、全神経を使っていたかった。

 ティーノは傷だらけとなった両足を即座に回復魔法を使い癒していく。

 オルランドは眼前のティーノを見ながら一つのあることが頭の中で繰り返し囁かれていた。

 

 悪を滅せ―――

 悪を滅せ―――

 悪を滅せ―――

 

 その声が攻撃を受ける度に鮮明に聞こえてくる。

 優しいその声が聞こえてくる。

 

 ティーノは考えていた。

 どうしてこんなにも自分は怒りを露わにしているのだろうか、と―――

 思い出していく。

 

 どこからなのか、と―――

 

 そして行き着いた。

 

 その答えに―――

 

 ジェイル・スカリエッティ……

 

 その名で呼ばれた時、言い様の無い虚無感と絶望とそしてそれらを食らい尽くす怒りが芽生えたのだと。

 

 オルランドは考える。

 

 悪とは何かを―――

 

 眼前の男は悪なのかと―――

 

 だが、勘づいてしまった。

 

 アイツはジェイル・スカリエッティに近しい存在なのだと。

 

 ならば―――

 

「悪を滅しなさい。守るために―――、オルランド・グランディス」

 

 その声がはっきりと耳元で聞こえた。

 

 だから―――

 

 オルランドが声を発する。

 

 戦いの終わりを告げる声を―――。

 

「ジェイル・スカリエッティ、貴様を滅する……」

 

 音が風に乗り、ティーノの耳に届いた瞬間、世界が震えた。

 それはティーノが内部の魔力を活性化させたためであった。

 ティーノが吠える。

 

「その名で、私を呼ぶなぁあああああッ!!」

 

 エテルナシグマがその心の震えに応えるようにカートリッジを次々とロードしていく。

 薬莢が落ちていく中でティーノは右手の銃口をオルランドに向けていた。

 円形の魔法陣の淵を炎が走る。

 八枚のプレートが形成され、眼前に固定されていく。

 オルランドはその姿を見ながら、確信する。

 炎に包まれたティーノの姿はまさしく悪魔のそれであり、その中で光る金色の瞳は巨悪の輝きだと。

 

 ならば、ここで滅する―――。

 

 オルランドは、デュリンダナを逆手に持つと振り上げた。

 その姿は、聖王が選定の剣を引き抜いた時と同じであった。

 オルランドが、デュリンダナを地面に突き刺そうとして気が付いた。

 

 自身の四肢に鎖が巻き付いているのを―――。

 

 それは、四つの空間から伸びてきていた。

 オルランドは、ティーノのバインドに捕らわれていた。

 気が付いた時には遅かった。

 ティーノはすでに魔力をチャージしている。

 

 小手技では、どうすることも出来ない。

 なら、力付くで引きちぎる。

 

 オルランドはぼそりと呟いた。

 

「武装形態……」

 

 そう唱えたオルランドを再び氷の塊が覆い隠し、砕け散った。

 そこにいたのは、青年だった。

 その青年……、否、オルランドは強引に鎖を引きちぎると、止まっていた作業を続けるかのように、ゆっくりと地面に切先を突き刺した。

 

「イスベルグ・プルガトワール」

 

 ティーノの眼前に現れたのは氷山の群れであった。

 それはオルランドを中心に広がり続けている。

 大小様々な、氷で出来た剣山が斬り刻もうとティーノに迫る。

 ただ、ティーノはそんな事など関係が無いと言わんばかりに構えを解かなかった。

 瞳は未だに怒りに燃えている。

 

 訂正など受け付けない―――。

 ただ、アイツを消す。

 

「ブレイズ・イレイザーッ!!」

 

 炎の塊と氷山が激突する。

 小さな太陽は、氷山の群れを溶かし砕き突き進んでいく。

 炎と氷、対局に位置するそれがお互いを喰い殺し合いながら激突を繰り返す。

 だがティーノは見てしまった。

 

  氷山の先で、オルランドが勝利の笑みを浮かべるのを―――。

 

 ティーノが放ったブレイズ・イレイザーは、確かに貫通力に優れイスベルグ・プルガトワールを粉々にしながら突き進んでいた。

 だが、それは数の暴力と大人の姿となり魔力運用能力を格段に上げたオルランドの前では、脆かった。

 ティーノの顔を絶望が支配していく。

 

 スターライトブレイカーにも勝った魔法だぞ―――

 

 だが、現実は負けてしまった。

 イスベルグ・プルガトワールがティーノを滅しようと迫っていく。

 ティーノは動くことが出来ない。

 後一進みでティーノを滅することが出来る。

 そう確信していたオルランドだが、そこに忘れていた存在が割り込んで来た。

 

「そこまでッ!!」

 

 それは突然の第三者の声。

 夜天の書の主、八神はやての声であった。

 そして、この場には夜天の守護騎士がいる。

 ティーノを斬り刻もうとした氷剣の群れが鉄槌により砕かれる。

 ティーノの眼前には、バリアジャケットを纏いグラーフアイゼンを握るヴィータの姿があった。

 ヴィータは油断することなくオルランドを睨みつける。

 オルランドは更なる悪の登場に歓喜の笑みを浮かべそれを見つめ返した。

 すると、オルランドの首元にひんやりとした何かが押し当てられた。

 

「……そこまでです。オルランド」

 

 それは、バリアジャケットを纏ったシャッハのヴィンデルシャフトだった。

 

「シスター・シャッハ……?」

 

 オルランドはシャッハの姿を確認すると、目の焦点が合っていく。

 そして、ピントが合致すると甲冑を解除し、デュリンダナを鞘に納めた。

 

「……興が醒めた」

 

 オルランドはそう言うと、子供の姿に戻り踵を返し教会内に戻ろうとする。

 

「オルランドっ!」

 

 シャッハが叫ぶと、オルランドは立ち止まり目線だけを後方に向ける。

 

「見ずともわかることだが、敢えて言う。―――私の勝ちだ」

 

 そして、オルランドは姿を消した。

 ヴィータが息を少しだけ吐き出し、振り返る。

 兎にも角にも、まず りつけてやろう。

 そう思いながら、視界にティーノを視界に納めると、ヴィータは思わず唖然としてしまった。

 

「お前―――」

 

 そこには、何かが抜け落ちてしまったかのように、立ちすくむティーノの姿があった。

 


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