魔法少女リリカルなのは~僕は私を知らない~   作:はんふんふ

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オルランド

 革靴が大理石を叩く甲高い音が響く。

 音響は長く広い半円形の廊下を隅々まで震わせた。

 優雅に立ち並ぶ観葉植物の姿が、清廉に何かを待ち続ける騎士甲冑の数々が、聖と邪を合わせるように向かい合い威嚇しあう。

 その様は、まるでこの世の縮図、終わりの見えない人の業の為せる技。

 日の光が窓から差せば、床に敷き詰められた大理石が光り輝く。

 見るからに壮大、誇り一つない廊下、余程掃除好きな誰かがいるのだろう。

 

 ここまでしなくても―――。

 

 そう言った感情を禁じ得ない。

 そんな領域を平然とオルランドは歩く。

 気負う必要など微塵も無い。

 何故なら、この先にいるのは教会内でも忌子として扱われ、時空管理局にも席を置く唾棄すべき存在しかいないのだから。

 人っこ一人いない整えられた美しい廊下をオルランドはただただ歩く。

 去来する嫌悪感が歩を進めるたびに眉間に集約されていく。

 

「司教様の言いつけがなければ、私は……」

 

 オルランドはそう独り言ちると、慌てて口を閉じた。

 

 どこでアイツに聞かれているか分からない。

 今のは迂闊過ぎた……。

 

 だが、今となっては後の祭りである。

 聞かれていたのならその時はその時だ。

 オルランドはそう開き直りながら、目的の場所に到着した。

 それは、今まで清潔な世界とは打って変わり、年期を感じさせる良く言えば古風な大扉だった。

 

「オルランド・グランディス参りました」

 

 そう呟けば、扉の先から錦糸のような声が微かに聞こえた。

 

「入りなさい」

 

 オルランドはその声が聞こえると同時に重い扉を開いた。

 

「よく来たわね。オルランド、さぁ、美味しい紅茶とお茶菓子をシャッハに用意して貰ったばかりなの、一緒に頂きましょ」

 

 まさに窓際の乙女と言わんばかりの美貌を持つカリム・グラシアは優雅な動作に茶目っ気を乗せてそう言った。

 隣に直立不動の姿勢で立つのはシャッハ・ヌエラでカリムと同じく時空管理局にも席を持つ女。

 聖王陛下に唾を吐くに等しい行いを、聖王陛下の僕が行っている様に感じたオルランドは口の端を一瞬持ち上げ静かに舌打ちした。

 

「騎士カリム、私に話とは……」

 

 同じテーブルに着くなど、この身に貴様らと同じところまで堕ちろと言っているのか。

 

 オルランドの眉間の皺はさらに厳しいモノになっていく。

 その姿を見たカリムは、オルランドのために用意されたティーカップとお茶菓子を寂しげに見ると、努めて明るく話始めた。

 

「今日はね、あなたに会って欲しい子がいるから呼んだの」

「会って欲しい子……?」

「えぇ、その子の名前はティーノ・ランスター、ちょっと訳ありの子でね。その子の良き友人になって欲しいのよ」

 

 オルランドは一瞬ポカンと口を開けた。

 その内心はこいつは何を言っているんだ?である。

 

「……騎士カリム、それはなんの冗談ですか?欠片も笑えない」

「そんなつもりは無いわ。言ったでしょ?この子は少し訳ありでね。外にあまり出たことが無いの、そのせいで同年代で同世代の友人がいない。そんな悲しい子を救済するのも我々聖王教会の務めだと私は考えているのだけど?」

「その程度の問題児、世事には溢れている。どうしてもと言うなら、そこいらの侍者にでもさせれば良いでしょう?」

 

 その仲間を軽んじるような物言いに、シャッハが口を出そうとする。

 

「オルランド、アナタは!」

 

 その声に応えるようにオルランドは、片眉を上げて挑発的にシャッハを見据えた。

 

「シャッハ、止めなさい」

「騎士カリム……、ですが!」

 

 だが、カリムの瞳に根負けしたシャッハは引き下がる。

 

「騎士オルランド、友人を作れと私は言っているの、これは慈善事業では無いわ」

「私にそんな者、必要ありません」

「あなたが何と言おうと、あなたの上司である私が必要だと思ったから言っているの……これは、命令です」

 

 オルランドはその瞬間に瞳孔が開いていくのが理解出来た。

 それは、明確な怒りであった。

 内部は、溶岩のように煮えたぎり、外部は氷のように冷え切っていく。

 嫌、まさしくオルランドの周囲の温度は下がっていた。

 ただし、その怒りも次の一言で収められる。

 

「……この件に関しては、ディオニソス司教も了解済みです」

 

 その一言がオルランドの怒りを鎮火させていく。

 

「司教様の了解を得ているのなら、仕方が無い。……了解した」

 

 オルランドはそう言うと、カリムの再度の茶の席への同席を断り退室した。

 重く古い扉が閉じられるのを聞き終えたカリムとシャッハは重い溜息を思わず零してしまった。

 

「あの子にも困ったものね……」

「まったくです」

 

 二人はそう言うと、今しがたオルランドが立っていた場所を見る。

 その足元には、氷の花が咲いていた。

 

 

 オルランドはカリムの職務室を退室した後、速足でアンジェリカのいる元へと向かった。

 

「アンジェリカ、私だ……入るぞ」

 

 オルランドはそう言うと、了解を得ずに扉を開く。

 そこには、一糸纏わぬアンジェリカの姿があった。

 その姿は生まれたての天使の如く純白で、黄金色の髪が風に靡き、その緑と赤の瞳が大きく開かれていても、美しさを損なわせることは無く。

 肌に赤みが増して行っても、それは太陽に伸びる花弁のように健気だった。

 そんな様子をまざまざと見たオルランドは、顔を赤くし逃げるように扉を閉める。

 

「す、すまない」

 

 扉の内側から返事が無い。

 

 嫌われてしまっただろうか……。

 

 オルランドの頬を嫌な汗が流れる。

 オルランドが自己嫌悪していると、静かに扉が開かれた。

 その扉の隙間から白魚のような手が覗き見えると、アンジェリカがジト目で少しだけ顔を出して言った。

 

「お兄様のエッチ……」

 

 そこから、オルランドによる怒涛の謝罪があったのは言うに及ばずである。

 

「まぁ、オルランドお兄様にも遂にお友達が出来ますのね!」

 

 ベッドの上にちょこんと座るアンジェリカはオルランドの話しを聞き終わると、花が咲いたように笑い、両掌を優しく重ね合わせた。

 

「……司教様も余計なことをして下さる」

 

 オルランドがそう言うと、アンジェリカは不思議そうな顔をして言った。

 

「でも、オルランドお兄様にはお友達がいないじゃありませんか?これは、良い機会ですよ!」

 

 オルランドは、後頭部を二度掻くと言った。

 

「なにを言っているんだアンジェリカ、友の一人や二人ぐらい私にもいるぞ?」

「どなたですか?」

「どなたって……」

 

 オルランドは考えるまでも無くその答えに行きつく。

 

「すまない、私はアンジェリカに嘘をついてしまった」

「まぁ、お兄様は嘘をつかれたのですか?私は悲しいです……」

 

 そう言ってしょんぼりとするアンジェリカにオルランドは、あたふたとするばかりであった。

 オルランドのそんな姿を見たアンジェリカはくすっと笑うと、ずいっと身を乗り出してきた。

 

「それでしたら、私のお願いを聞いて下さい!」

「な、なんだ……?」

 

 アンジェリカはそう言うと、勢いよくオルランドの腰に抱き着いた。

 

「今日は一日、私と遊んで下さい!」

 

 オルランドは少し顔を赤くしながら、じゃれついて来るアンジェリカの頭を優しく撫でるとその願いを了承した。

 その優しい姿は、アンジェリカにしか見せない姿だった。

 

 

 

 それから一週間後―――

 

 聖王教会に通じる街道を歩く八神はやてとその守護騎士ヴィータは困り果てていた。

 

「ひっく……うぐぅ……あ゛り゛がと゛う゛……ひぅ」

 

 その元凶たるティーノ・ランスターは、はやてに手を引かれ、泣きながら感謝すると言う高等技術をやってのけていた。

 

「ほら、もぅ泣き止み……、あぁ、鼻水出てる。ほら、チ~ン」

 

 はやてに鼻水の処理をされるがまま受け入れているティーノは、何とか泣き止もうと努力する。

 その頑張りを見たはやては、その努力を誉めるようにティーノの頭を優しく撫でた。

 そんな様子を見たヴィータは、つい先ほどまでの事を思い出す。

 

 DSAAインターミドルに出場するために、毎日訓練に明け暮れるヴィヴィオ達とそれに嫌々つき合わされ、ティアナの仕事の関係で高町家に世話になっているティーノが毎日毎日おもちゃにされていたのを―――。

 

 そんな状況下でのはやての、お友達を作りに行こうと言う誘いをしたはやては、ティーノにとってまさしく女神に見えたのだろう。

 それはもう、泣きながら感謝する程に嬉しかったのだろう……。

 ヴィータは一人溜息を零す。

 はやてに手を引かれトボトボ歩くティーノを見ながら、なんというか不憫な奴、と思っていたヴィータは、気が付いた。

 

「あっ、ついたみたいだな……」

 

 聖王教会の大門の先には騎士カリムにシスター・シャッハの姿、さらにその隣にはティーノの同年代位の男の子がいた。

 

「ようこそ、はやて!」

「お邪魔しま~す」

 

 はやてとカリムが少し挨拶と世間話をすると、カリムは目線を下げた。

 目線が合ったことに気が付いたティーノは慌てて頭を下げた。

 

「ティーノ・ランスターです。助けて下さってありがとうございます」

「えっ……?」

「あぁ、カリムこっちの話しやから気にせんで」

 

 そしてカリムは小さな声で、オルランドに促す。

 皆がその小さな騎士が普通な挨拶をするのだと思っていた。

 だが、帰って来た言葉は、予想外であった。

 

「オルランド・グランディスです」

「うん、よろしくな~」

「……あなたの名は良く知っていますよ。八神はやて、闇の書の主であり、歩くロストロギア、……犯罪者が良くノコノコとここに来れますね?」

 

 その言葉は毒であった。

 しかも質の悪いことに、傷口に塗り込むタイプの猛毒であった。

 

「オルランド!!」

 

 シャッハが怒鳴るがオルランドはどこ吹く風であった。

 そして、ヴィータは一瞬で怒気を膨れ上がらせると、一歩踏み出そうとしてはやてにそれを止められる。

 ヴィータははやての顔を見るが、その表情を見て引き下がった。

 

「そうやね……。私は過去に大きな罪を犯してしまった。今でも、それが許されたなんて思ってへんよ。やから、私は私なりのやり方で人のためになろうと努力してる」

 

 そう真摯に向き合ったはやてに対し、オルランドは鼻で笑うことで返す。

 

「どうだか……、現に今ここに危険人物を連れてきている時点でその言葉を信ずることなど、到底出来んがな」

「どういうことかな……?」

「そこにいる情けない顔をした男のことだ。……この世界の裏側を知っている者であれば誰でも知っているだろうその顔……。お前、ジェイル・スカリエッティの関係者だろ?」

 

 ティーノはその名前に一瞬立ち眩む。

 足元がおぼつかず、粘土の上に立っているかのような酔いを味わう。

 その不快感が止まりボヤ付いた視界が正常に戻ると、はやての温かい手が自身の手を力強く握ってくれているのが見えた。

 

 だが、オルランドは止まらない。

 

「その反応、図星か?益々と言ったところだな。こんな犯罪者達と友好関係を続けているなど、……疑われても仕方ありませんよ騎士カリム?」

 

 ヴィータは歯をガチリと鳴らし、はやては悲しい顔をしていた。

 

 悲しんでいた。

 

 優しい、大切な人が悲しんでいた。

 

 だから―――

 

「……謝れよ」

「うん……?」

 

 ティーノは一歩踏み出す。

 

「はやてさんやヴィータに謝れ」

「はっ……本当のことを言っただけだろう?」

 

 ティーノはさらに一歩踏み出す。

 

「謝れって言ってるんだ」

 

 ティーノのその顔は、つい先ほどまでの情けない顔ではなかった。

 それは、どこまでも強い大切な人を守ろうとする男の顔であった。

 二人の間に剣呑な空気が流れる。

 少しでも刺激を与えれば破裂するダイナマイトのような危うさを孕んだ空気が、二人を包み込む。

 その時、黙ってことの成り行きを見守っていたカリムが声を発した。

 

「二人共、ストレスが溜まってるみたいだし、ここは一つ模擬戦をすると言うのはどうかしら?」

 

 その提案に二人は頷く。

 その素直さに、まだまだ子供だと思いながらも、カリムは念話ではやてとヴィータに謝罪した。

 

 

 そして、オルランドとティーノは聖王教会の模擬戦場で向き合っていた。

 シャッハからルールを説明された二人は、それぞれ準備を整える。

 

「セットアップ」

 

 ティーノがバリアジャケットを纏うと、オルランドは剣十字がついたネックレスを手に持ち唱える。

 

「デュリンダナ、甲冑を……」

 

 すると、オルランドの全身を氷の結晶が包み込み爆ぜた。

 現れた姿は、白銀の服に黄金の線が入り、必要最低限の箇所だけ甲冑を身に着けた軽装な姿でその身を現した。

 それ以上に目を見張るのが、左手に持たれた鞘と納められた剣だ。

 無駄な宝飾はされていないが、美しさが滲みだす鞘、さらにその長さはオルランドの背丈以上であった。

 その姿を見たティーノは完全にスイッチが入ってしまう。

 何故なら似ているからだ。

 越えなければならない壁。

 

 あの、炎の騎士に―――

 

 シャッハは開始の合図を発する。

 

「はじめッ!」

 

 良い終わると同時に、ティーノは右手の銃口をオルランドに向けていた。

 

「ブレイズキャノン」

 

 エテルナシグマが発すると同時に着弾する。

 決まったかに思われた初撃ではあったが、ティーノは面白くなさそうに顔を歪め銃口を下げずに構えたままであった。

 砂埃の先に、まるで鏡のような何かが太陽の光を反射していた。

 

「……誰にケンカを売ったのか、後悔させてやる」

 

 オルランドの周囲を光の粒が舞う。

 それは、ブレイズキャノンを受け止めた氷の盾であった。

 振るわれた両刃の剣が、光を集め眩いまでに輝く。

 しかして、その周囲を凍土が支配していく。

 両者を見ていたはやてとヴィータは驚く。

 

「あれは……」

 

 その驚きにカリムが答えた。

 

「オルランド・グランディス……古代ベルカより聖王家を守り続けて来たグランディス家の次期当主にして氷結の剣デュリンダナの担い手、そして聖王教会唯一の先天性スキル凍結を授かり生まれた唯一の騎士」

 

 オルランドがデュリンダナを振るう。

 一振りしただけで、空気が凍てつき氷の礫が舞う。

 

「今度は、こちらの番だ」

 

 ティーノが拳を構える。

 オランドが剣を振るいあげる。

 

 そして、拳と剣は交わった。

 


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