スバルの話が終わる頃、その場の空気は様々であった。
皆が、それぞれの表情を浮かべ、皆がそれぞれの感想を胸に抱いていた。
それでも、皆その瞳を物語の主人公であるティーノに注ぐ。
この小さな子供のどこに、それだけの勇気があったのだろうかと、皆が思考し会話がなくなり、温泉内を静けさが支配しようとしていたが、そんな事は二人の世界に入っているヴィヴィオとティーノには関係が無いようで……。
未だに、ティーノの淫らな息遣いとヴィヴィオのイキイキとした声だけが聞こえていた。
ヴィヴィオから解放されたティーノは肩で息をし、ヴィヴィオは物語の中でお姫様の様に語られたのを聞いていたのだろう照れ隠しなのか、いつもの倍以上にティーノをマッサージし、耳元まで顔を赤くしていた。
すると、一人考えていたルーテシアが、疑問に思ったのだろう。
辛そうにしているティーノに手を上げ尋ねた。
「そう言えば、どうしてティーノはティアナの事をお母さんって呼ばないの?」
その疑問は瞬時に、辺りに浸透していく。
それはまるでビル群を駆け抜ける風のように、心に入り込んできた。
そして皆が何故―――?
と、疑問に思いティアナに視線を向けた。
視線の総攻撃を受けたティアナは、成す術無く被弾し、露骨に狼狽えた。
「いや……、それは……、なんて……、言いますか……」
今度はティアナの顔が赤くなる。
そこに何かを感じたなのはは、ジト目でティアナを見ながら身を寄せた。
「えっ、なになに何かあるの?」
ずいずい体を寄せてくるなのはに、ティアナはどうしたものかと視線をあちらこちらに泳がせる。
だが、いくら漂えど助け舟を出してくれる人物はいない。
そればかりか、親友であり、答えを知るスバルが波を巻き上げた。
「それはですねなのはさん♪」
その空気を瞬時に感じ取ったなのはが、噂話をする近所のおば様のようにスバルの話に乗りかかった。
「ほうほうなんですかな、スバルさん♪」
「ちょ、スバルあんたねぇ~!」
ティアナの抗議の声を華麗に受け流したスバルは、少しだけ声量を上げてティーノを呼ぶ。
すると、肩で息をしていたティーノは、よたよたとした足取りでスバルの傍まで歩いてきた。
それを抱き上げ、膝の上に置くとティーノの髪の毛を優しく整えてやりながら問うた。
「ティーノはどうして、ティアナの事をお母さんって呼ばないの?」
そう質問されたティーノは、なにを当たり前のことを言っているんだと言わんばかりに答える。
「ティアナとずっと一緒に居たいからだよ」
その答えに皆が頭に?を浮かべ、ティアナは沈みかけていた。
「それはどういう事かな?」
フェイトがティーノに質問すると、ティーノは胸を張って答えた。
「だって親子だと、僕が大人になった時にどこかの女の子と結婚したらティアナと別れなくちゃいけないでしょ?だから、僕はティアナと結婚するの!そうすれば、ティアナとずっと一緒にいられるでしょ!」
元気良く言ったティーノはさらに続ける。
「だから僕はティアナの事をお母さんって呼ばないことにしたんだ。ずっと一緒にいたいから!」
それは幼少期の男の子なら誰しもが、通ったことがある道だろう。
無償の愛を捧げてくれる親に対し、ずっと一緒にいたいがために結婚すると言った言葉を使うことを。
だが、ここにいるのは女子ばかりであり、男子であるエリオを育てた事があるフェイトもエリオが年齢に対し大人びていたこともあり、そんなことは言われたことがない。
そのため、知識としては知っていたが、実際に見て聞いたのは皆初めてである。
だからだろう―――。
子供達は頬を桜色に染め、大人達は羨ましそうにティアナを見たのは―――。
特に親であるなのはとフェイトは特にである。
集中砲火を浴び続けていたティアナはとうとう轟沈した。
ティアナにとって気まずい空気が完成してしまっていた。
こんな事なら、スバルに昔語りなんてさせるんじゃなかった。
今更ながらに、ティアナは後悔していた。
だが、救いの手は差し伸べられた。
突然首から下が重くなる。
なんだと思うと、ティーノが満面の笑みでティアナに抱き着いていた。
「ずっと一緒にいようね!」
その純真な愛に、ティアナの顔も綻ぶ。
そして、ティーノを優しく抱きしめ返し、頭頂部に鼻を押し当て、甘い香りを楽しみながら答える。
「えぇ、ずっと一緒よ……」
母とは呼んでもらえない。
だが、確かに見えない物で親子としての愛で二人は結ばれていた。
今度は温泉をほんわかした空気が包み込んだ。
その時、キャロが小さな悲鳴を上げた。
「キャッ!」
「どうしたのキャロ?」
「フェイトさん……こう、なにかにゅるっとしたものが、お尻を……」
キャロが小さなお尻を両手で隠すように湯船から飛び上がる。
すると、次から次へと、小さな悲鳴が湯船から上がり皆が飛びのいて行く。
「る、ルーちゃん温泉になにか飼ってたりする?」
キャロがそう言うと、ルーテシアは人差し指を顎に添え答えた。
「そんな面白いペットを飼っていたら真っ先に自慢するけど?―――きゃ」
説明した瞬間に今度はルーテシアが餌食に合う。
そんな様子を不安そうな顔で見ていたヴィヴィオは、湯船から出ようと慌てて出ようと立ち上がろうとした時、その膨らみかけてきたばかりの小さな胸が何かに触れられる。
「ひゃ!!」
ヴィヴィオは胸を隠そうとすると、バランスを崩し転びそうになった。
その時、ヴィヴィオの手が引っ張られ温かい何かにもたれ掛かる。
トクン―――トクン―――
と、心落ち着く音が鼓膜をくすぶる。
ヴィヴィオが顔を上げると、そこにはティーノの顔があった。
「大丈夫?」
ティーノの顔を見た瞬間に、ヴィヴィオの顔は噴火しそうな程に赤くなった。
血潮が急激に流れ出すのを感じる。
手足に何故だか力が入らない。
ティーノの瞳から視線を外すことが出来ない。
なにがなんだか分からなくなってきたヴィヴィオは瞳が潤みだす。
すると、ティーノは優しくヴィヴィオの頭を抱きしめ金色の髪を撫で始めた。
「大丈夫、大丈夫だよ……」
とにかくヴィヴィオは、自身の心臓の音が大変なことになっているのを知られたくなくて、恥ずかしくて、すぐにでもティーノから離れたかったが、体が言うことを聞いてくれず、さらに頭の中が混乱していく。
「は~い、そこまで♪」
なのはの声が温泉に響くと、桜色のバインドが何者かを捕らえていた。
「えぇえええっ!」
そこに捕らえられていたのは、水色の髪の毛をした水着を着た女性だった。
「なんだセインだったの」
「そんなことだろうと、思った」
セクハラされ、湯船から避難していた者達は口々にそう言い出す。
「まったくダメじゃない、こんな事をしちゃ」
なのはそう言いながら、カメラを高速連射モードにしてヴィヴィオとティーノを撮影していた。
ニヤケ顔で、カメラを構えるなのはを見てフェイトが肩を落としながらティアナと共にセインに説教を始める。
すると、セインは涙目になりながら吠えた。
「私だって皆と遊びたかったんだよ~!」
そう言って吠えるセインに対し大人組だけでなく子供組までも大きく息を零した。
そして、ヴィヴィオに対して謝罪すればこの話は終わりと決着をつけようとしていた所で、フェイトがティーノに抱きしめられているヴィヴィオに声をかける。
「ヴィヴィオ~!」
「えっ、なに!?」
「ちょ、うわっ!!」
ヴィヴィオはその声を聞き、正気に戻るとティーノを押し飛ばして何かを取り繕うようにワタワタした。
「あっ、セインだったんだね」
ヴィヴィオはそう言って笑って誤魔化し、ティーノは湯船に浮いていた。
その後、ティーノはセインと自己紹介をし温泉から上がる。
その先に待っていたのは、なのは達大人組による子供達の写真撮影兼着せ替えパーティーであり、ティーノはいつもの如くおもちゃにされ、子供組の女子組と共に寝床についた。
ベッドに運び込まれたティーノが疲れ切った顔をしていたのは言うまでもない。