魔法少女リリカルなのは~僕は私を知らない~   作:はんふんふ

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その日

 透き通るような晴天―――。

 

 見渡す限りの喧騒―――。

 

 太陽が照らす先には、街の息吹―――。

 

 ミッドチルダ首都クラナガンのビル群の中をティアナとジェイルは歩いていた。

 ティアナは、道路を走る車の音と、歩道を歩く人の音にかき消されそうな存在を片目で見る。

 その存在は確かに、ティアナの二歩後ろをついてきていた。

 正確には、縋っていた。

 誰も知らない世界で、なにをすれば良いか分からなくて、それでも怖い目をした大人が自分になにもしてこない人なのだと、疑心暗鬼でありながらも、生へと執着していた。

 子供の姿をとってはいるが、紛れもないジェイル・スカリエッティが自身の後方を歩いている。

 ある種の恐怖が背中を撫でていくのを理解していたティアナは、いつでもなにが起きても良いように、デバイスであるクロスミラージュをポケットの中で握りしめていた。

 

 何故、あのようなことを言ってしまったのだろうか……。

 

 それは、突拍子もない事。

 ジェイルの保護責任者になると言う申し出と届け出……。

 

 四年前の自分から、気でも狂ったかと問いかけられているようだ。

 それでも何故か放っては置けなかった。

 

 心の中で誰かが叫んだのだ。

 

 こうしろ、と―――。

 

 それにと、ティアナは思う。

 やってしまって、決めてしまったものは仕方がない。

 多少窮屈な生活にはなるが、それも選んだ自分の未来だ。

 だから、やれるだけやってみよう。

 そう思い、ティアナはジェイルに振り返った。

 

「―――ッ!」

 

 突然ティアナが振り返ったことにより、ジェイルは驚き体を大きく跳ねあがらせた。

 彼は、ずっとこんな調子であった。

 ただ一つ言えることがある。

 それは、怯えながらも彼が人の目を見つめているということだ。

 一瞬、その動作が昔馴染みのアイツに見えて、だからだろうか。

 私は、どことなくコイツは無害な人間なのだと、そう思った。

 

「良い?」

 

 ティアナがそう言いながら目線を合わせると、ジェイルはまるでガードでもするかのように両腕を顔の前で交差させた。

 

「はぁ……、一応、これからアンタと私は同じ屋根の下で生活することになったのだけど、一つ言っておくわ。私は、子育ての経験なんて一切無いし、仕事で毎日が忙しくてアンタに構ってやってる暇なんて無い。それでも、アンタは私の庇護下において面倒を見ると言った以上はアンタの面倒を見なければならない。だから、その手の先輩に今からどうすれば良いのか、教えてもらいにいくことになるわ。くれぐれも、変な事はしないでね」

 

 ジェイルは、瞳に涙をためながら、懸命に頷いた。

 

「はぁ……」

 

 この先が思いやられる―――。

 

 そう思いながらも、ティアナはその人物との待ち合わせ場所に向け歩き出す。

 ジェイルの小さな手を握りながら―――。

 

 

 やって来たのは、デパート内にあるカフェ、店内の小さなテーブルにその人物はいた。

 

「久しぶりティアナ、その子が例の?」

「はい、その通りですなのはさん」

 

 ティアナの全身を収めていた視線を左手にずらしていき、視線を下げればそこには確かに子供の姿となったジェイル・スカリエッティがいた。

 なのはの脳裏に四年前の出来事が昨日のように思い出される。

 

 レリックの事、ゆりかごの事、ヴィヴィオの事……。

 初めて肌に触れた狂気、打ち勝つために手にした想い、奪われないように我武者羅に戦った。

 想い出の中の自分が、ジェイル・スカリエッティに抱いていたもの、それは純粋な恐怖―――。

 

 それが、鎌首を擡げて首筋を撫でたような感覚が全身を埋め尽くす。

 その力が集約したかのような色合いの瞳で、なのははジェイルを見ていた。

 視線が交差していたはずなのに、どこか朧気で、輪郭がぼやけて見える。

 奥歯がガチリと音を立てたのを聞いて、なのはは正気に戻った。

 すると、眼前には今にも泣き叫びそうなジェイルの姿があった。

 その瞬間、ぼやけていた輪郭が定まり聖王のゆりかご内部で戦ったヴィヴィオの泣き顔と重なった。

 二度と見たくない表情がそこにはあった。

 

「あ……」

 

 言葉がうまく出てこない、どうしたものかと並列思考を重ねていく脳は考えていく。

 だが、体が言うことを聞いてくれない。

 内部がだめなら、外部から……、まるで示し合わせていたようにティアナが口を開いた。

 

「なのはさん?」

「え、っと……はは、ごめんねティアナ。君もごめんね?ささ、座って座って!」

 

 ティアナとジェイルが座ると、なのははコーヒーとオレンジジュースを頼んだ。

 

「本当に、この子は彼なの……?」

 

 ティアナはなのはに事情を説明し、これからの事を話した。

 それに対し、なのはは問いかける。

 

 本当にジェイル・スカリエッティなのかと―――。

 

「はい、未だに信じられませんが、それが本局で行った検査の結果です」

「……」

「なのはさん……?」

「その子の世話をすると言うのは並大抵な覚悟じゃ、出来ることじゃないよ?」

「はいわかっています。自分がどれだけ、愚かな選択をしたのかも、もっと良い手があったかもしれない。それでも、私は選びました。そうしないといけない気がしたんです。……見捨てられない」

 

 ティアナの話を聞き終わったなのはは、一つ頷くと席をたった。

 

「それじゃ、子育ての先輩として色々教えるよティアナ!」

 

 

 そこからなのはとティアナは子供を世話するのに必要な物を買い漁り出した。

 女の買い物は長い、ましてやそれが子供関連となるとさらに拍車がかかる。

 気が付けばジェイルはぐったりしていた。

 外を見れば、日も落ちかけており、夕焼け空となっていた。

 その時、なのは達は異変に気が付いた。

 

「……見張りの局員がいなくなった?」

「おかしいですね」

 

 そう、ティアナ達はずっと管理局に監視されていた。

 当然の処置であるから、それは見て見ぬ振りをしていた。

 だが、突如としてその気配が無くなったのだ。

 なにかあったのは間違いない。

 すると、なのはの前にホログラムが立ち上がりそこにはヴィヴィオが写っていた。

 

「ヴィヴィオ?!」

「どうしたのなのはママ?」

 

 いきなりの異変にヴィヴィオからの電話、さらにヴィヴィオの背景が今なのは達がいるデパートとあっては、なのはも驚かずにはいられない。

 

「今どこにいるの?」

「えっと、クラナガンの駅前のデパートだよ?学校で使う文房具を買いに来たの」

「わかった、すぐに行くから待っ―――」

 

 その時、突然の爆音ヴィヴィオとの通信も途絶える。

 

「ヴィヴィオ、ヴィヴィオッ!!」

 

 何度も呼びかけるが通信が繋がることはなかった。

 その時、一人の局員が走り寄って来た。

 

「今、広域指名手配されていた犯罪者が、護送中に逃亡し警邏隊並びに武装隊と戦闘中です!今すぐ、この場を離れてください!」

「なっ!!」

 

 なにを言っているんだお前は!

 

 そう叫びそうになった。

 ここにどれだけの人がいると思っているのか、この周囲にどれだけの一般人がいると思っているのか。

 なにより、行動が杜撰過ぎている。

 遅すぎている。

 このままでは、被害が出てしまう。

 なのはとティアナは、バリアジャケットを纏うと局員に素早く指示を出す。

 その間にも、パニックとなった客達が我先にと出口に向かい駆け出している。

 そしてティアナは気が付いた。

 ジェイルがいなくなっていると言うことに―――。

 

 

 ヴィヴィオは、デパートの床で目を覚ました。

 なのはと通話をしていた時の突然の爆音、そして避難を知らせる館内放送、パニックになる客達の波に飲まれたヴィヴィオは気絶をしていたのだ。

 

「うっ……痛たたた……」

 

 頭を打ったのだろう頭部が微かに切れ、血が流れていた。

 

「いったい……?」

 

 その時、暖かな温度が頭部を包み込んだ。

 

「えっ……」

 

 その方向を見ると、そこには小さな子供がいた。

 

「キミ……は……?」

 

 そして目が合う。

 その瞬間、ヴィヴィオは頭を鈍器で叩かれたような痛みがした。

 理解してしまった。

 分かってしまった。

 今目の前にいるのが、誰なのかを―――。

 振るえる声をヴィヴィオが発する。

 

「どうして、ここにいるの―――?」

 

 恐怖が全身を支配していく。

 だが、負けないと決めたのだ、決別したのだ。

 過去とは―――。

 恐怖を内部で押し込め、ヴィヴィオは瞳を強く持ち、相手を見た。

 その視線に気が付いたジェイルは、頭部の治療を終えると、途端に涙目となり逃げようとしだした。

 その姿は、今さっきまでの自分と重なる。

 なにがなにやら、わからない。

 それでも、壊れてしまいそうなその姿を見たヴィヴィオは声をかけていた。

 

「ま、待って!!」

 

 その瞬間、再度の爆音。

 

「キャっ!」

 

 ヴィヴィオとジェイルは爆風に吹き飛ばされる。

 同じ方向に飛ばされたヴィヴィオとジェイル。

 ヴィヴィオはすぐにジェイルのそばにより、安否を確かめる。

 ジェイルの意識がはっきりしているのを確認すると、ヴィヴィオはほっと息を吐き出した。

そして気が付く。

 すぐ目の前で、爆炎の中で、誰かが戦っているのを―――。

 

「逃げるよ!」

 

 ヴィヴィオは、言うが早いか、ジェイルの手を取り駆け出そうとしていた。

 だがその手は振り払われる。

 

「えっ……」

 

 理解出来なかった。

 自分がジェイル・スカリエッティの手を握っているのが、助けようとしているのが。

理解できなかった。

 その手を振り払い、爆炎の中から伸びて来た魔力の塊に、まるで自分を守るようにジェイルが飛び出し手を広げているのが。

 理解したくなかった。

 その暴力に撃ち抜かれ、血だらけになって吹き飛んでいく姿を―――。

 血まみれのジェイルがヴィヴィオの前に横たわる。

 

「あ、あぁあああああ……」

 

 声にならない声が、口から漏れ出す。

 壊れてしまう。

 心が、壊れてしまう。

 そう思った時、微かな声が聞こえた。

 

「だ、大丈夫だよ……?」

「えっ……」

 

 その声の主は、ジェイルだった。

 血まみれの姿で、それでも安心させようとでも言うのか、笑いかけながら大丈夫だと言ってくる。

 自分は何をしているのか……。

 確かに彼はジェイル・スカリエッティかもしれない。

 それでも、見た目は私よりも年下だ。

 年上の、お姉さんであるはずの私が守られていてどうする。

 ヴィヴィオは、全身に魔力を張り巡らす。

 そして、今度は逆に笑いかけてやった。

 

「大丈夫、お姉ちゃんが守ってあげるから!」

 

 その時、爆風の中からなにかが飛び出してきた。

 その姿はボロボロで、でもその人が悪い人だとすぐに理解できた。

 だから、ジェイルを守るために全力でバリアを張ろうとする。

 だが、目の前に突然ティアナが現れた。

 そして現れたティアナの瞳には怒りが灯っていた。

 

「私の子に、何をしたぁあああああッ!!」

 

 そして打ち出される魔弾。

 オレンジ色の魔力が敵を飲み込むのを見ると同時に、ヴィヴィオはジェイルを守るように覆いかぶさるようにして意識を手放した。

 


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