実際問題誰が一番悪かったのか、何とも言えない部分ではあります。
例にもれず平塚先生アンチを含みますので、苦手な方はご注意を。
総武高校文化祭は表面上は恙無く終了の運びとなった。実際は名ばかり実行委員長の相模に大分手を焼かされたが、対外的な大きな問題は起きなかったことには、俺がやったことも無駄じゃなかったと救われた気持ちになる。
この文化祭を通して元から底辺だった俺の評価は地の底を突き破って地底人と邂逅するかって勢いで失墜した。尻拭いのためとはいえ最低なことをした自覚はあるし、城廻先輩にも“不真面目で最低”との評価も貰った。だがやったことに後悔はない。必要だったから行動しただけで、その結果として周りにどう思われようがそれは俺の自業自得だからだ。俺が泥をかぶるだけで丸く収まるなら、俺は甘んじて泥に塗れよう。
しかし、俺にもどうしても許容できない一線はある。それは―――
「―――結果的に君の尽力は大きかったように思う。文化祭実行委員は機能を取り戻したし、相模が糾弾される事態も避けられた。……だが、素直に褒める気にはなれない」
問題の元凶であり原点である平塚先生に罪の意識がないというのはどういうことなのか。
「比企谷。誰かを助けることは、君自身が傷ついていい理由にはならないよ」
煙草の香りがほのかに残る平塚先生の指先が俺の頬に伸びてくる。それを避けるように俺は半歩身体を引く。その俺の行動を恥ずかしがっているとでも思ったのか、平塚先生は一瞬苦笑を強めた。
「……君が痛みに慣れているのだとしても、君が傷つくのを見て、痛ましく思う人間もいることに君はそろそろ気付くべきだ」
慈しむように微笑みを絶やさずに言葉を続ける平塚先生に、俺は盛大に溜息をついてやりたい気持ちになった。……この教師は自分に酔って何を言っているのか。自分のことを問題を外から見守る観測者だとでも思っているんだろうか? 違うだろ。あんたはこの文化祭を通して起きた騒動の最有力容疑者だ。
「……いやいや。慰めなのか説教なのかは知りませんけど、何いい感じのこと言って締めようとしてるんですか? 俺のことをあんな行動を起こさざる得ない状況に追い込んだあなたが言っても、何の皮肉ですかって話ですよ」
俺の発言に平塚先生の顔が固まる。
「あなたは助言を与える傍観者のポジションを気取ってたみたいですけど違いますからね? 先生は今回の騒動の一番の当事者、むしろ元凶ですから。俺や雪ノ下、極論を言えば相模ですらあなたの被害者といっていいかもしれない」
「な……にを…いっ……て……」
さっきまで俺に慰め(笑)の言葉をかけていた時とは打って変わって口の滑りが悪くなっている。
「だってそうでしょう? 先生は文化祭を通して起きた全ての騒動、その渦中にほぼいたんですから。あなたは相模に奉仕部の存在を伝え訪れるきっかけを作った。あなたは俺がスローガン決めでサボり組の敵に回った際にその場にいた。あなたは相模の逃走が発覚した舞台袖にいた。要するにあなたは事件が起きた現場にいて、未然に防ぐ、あるいは即座に対応を取れる場にいたにもかかわらずその仕事を放棄して、火種を燃え上がらせた」
「唯一あなたがいなかったのは相模が暴走して暗にサボりを認めた現場くらいだ。だがそれもあなたが問題が認識した時点で動かない理由にはならない」
相模南は確かにクズだった。それは覆しようのない事実だ。レッテルを得るため実行委員長の肩書を手に入れ、雪ノ下陽乃の言葉を曲解し調子に乗った。そのくせ楽するために仕事は下に丸投げし、さらには仕事に真面目に取り組んでいた者たちの足も引っ張る。最後には自身が何も積み上げてきていない空っぽの道化だったことに怖気づき、肩書からも逃げる始末。羅列してみると、改めてどうしよう間違いだらけ人間だと思う。
だがその間違いを正すのが、文化祭実行委員長という肩書に左右されない、監督責任者という明確な上位者であった平塚先生の仕事だ。……それに関しては同じ監督責任者の厚木教諭もなのだが。
「私はただ、生徒の…自主性に……」
「自主性に任せた結果崩壊しましたじゃあ話にならないでしょう」
「だが! 文化祭は無事に行われたじゃないか!」
興奮して来たのか、先生の語調が強くなる。
「それは結果論ですし、雪ノ下のスペック有りきですよ。そもそもサボりが続出して雪ノ下が倒れた今回の文化祭を無事開催できたという先生の頭を疑いますけど」
「っ―――! それは……」
俺の返しに先生は口を紡いだ。
「いくら総武高校の文化祭が生徒主導で行われているからといって、地域を巻き込んだイベントなんですから、粗末なものになったり中止になったりするのは学校側としても避けたかったはずです。だからこそ先生と厚木教諭と言う監督責任者がいたんですから」
「平塚先生は文実の間違いを指摘し、正し、助言し、導かなければいけなかった。それをしなかったせいで相模は増長し、今回みたいに多くの問題が発生したんです」
俺がスローガン決めの際に相模に噛みついたのも、屋上で相模に暴言を吐いて泣かせたのも事実だ。しかしそれは先生の怠慢を俺が尻拭いしたに過ぎない。本来ならばどちらも俺が動く前に先生、学校側が手を打たなければならないことだ。
ただ、理由があったにしろ真実には違いなく、その件に関して俺が被る一切の被害は許容しよう。しかし俺にも譲れない一線はある。
問題を問題と認識していたにもかかわらず放置し、全てが終わった後に押しつけがましい慰めの言葉をかけてくる。ムカつかないわけがない。正直どんだけ頭の中がお花畑ならそんなことができるのだろうかと、一度見てみたい気持ちになる。
「と言うか気が付いてます? 変にカッコつけたり良い先生ぶってますけど、やってることが面倒ごとを奉仕部に押し付けて利用してるっていう、相模と同レベル……下手したら以下の精神構造をしてることに」
たまりたまった鬱憤を全部吐き出す勢いで平塚先生にぶつける。先生はすでに思考を放棄しているのか、こちらに向けている視線は焦点があっていないように思えた。
「先生は俺のやり方に対して褒める気になれないとか宣う前に、自身の文化祭を通しての行いを振り返って、本当に裁かれるべき罪は何なのかをしっかり考えてください」
言い切った俺はそのまま先生に背を向けて体育館を出る。先生からの反応は特になかった。
既に帰りのホームルームは始まっているのだろう、閑散としている本校舎へ通じる渡り廊下が妙に短く感じた。