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「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!」
本当に、ヤバイ。
殺される。歩みを止めたら最後、確実に息の根を止められるだろう。汗がドッと出る。それが冷や汗なのか、はたまた必死に走っているが故に出ている汗なのかは定かではないが、とんでもない量が身体中を流れ落ちているのだけは確かだ。
路地裏を本能的に進んでいく。一体、何回角を曲がったであろう。何回転びそうになっただろう。何回後ろを振り向いただろう。振り向く度に見える、真っ白な髪と真っ赤な眼光。どれだけ逃げても、ヤツは追ってくる。あの化け物は、軽い動作で、何をやっているかも分からないぐらいの速度で、一定の距離を保ちつつ、追いかけてくる。
遊んでいるのは目に見えた。だが、こっちは遊びでやっていない。死ぬ気で逃げている。死ぬ気で逃げているうちに、段々と、段々と襲撃者の情報が湧いてくる。
こんな話を、どこかで聞いた事があった。
学園都市第一位。
真っ白な髪に、赤い眼光。身体の細いラインが特徴的な少年。絶対無敵の能力の使用者。その能力名は……『
「まさか……あいつが……っ!?」
信じたくない。だが、
全力で逃げていてる最中、皐月の頭の中に一つの考えが浮かんできた。
(あぁ……まただ。また
右手。
つい数時間前に発現した謎の力。その力は学園都市第三位の攻撃を防ぐほどの異能を秘めている。そしてそれに、また頼ろうとしていた。
(さっきも賭けみたいなもんだった。なら、今回も賭けに出てみてもいいんじゃないか……?)
どの道、このまま逃げていたって行き着く先は地獄。なら、一欠片の希望を信じてみよう。
ザザザザッッ!!!!
急ブレーキをかけたかのように皐月の足が止まる。それから彼は勢いよく振り向いた。それにつられてか、白い襲撃者も同じくその場に留まった。
「なンだよ。もォ諦めたのか?」
「諦め……そうだな。これも一種の諦めに含まれるのかもしれない。悪足掻き、って言ってもいいな」
何かを決意したかのような顔つきが、一方通行をイラつかせた。
「ほォう。なら俺にその『悪足掻き』ってやつを見せてくれよォォォォ!!!!」
軽く。ほんの軽く。一方通行はそこに転がっている、どこにでもあるような手で覆えるくらいの石を蹴った。
瞬間、その石はまるで銃口から放たれた弾丸のように射出された。足で蹴って出せるスピードではない。これも、ベクトル変換がなせる技の一種だ。
皐月は、一方通行が石を蹴る直前に右手を前へ構えていた。
そして、それらは激突する。
残ったのは……。
「……ッ!!??」
気づくと、右手の感覚が無くなっていた。それを自覚するのにどれくらいの時間がかかっただろう。そう、先程まで目先にあった自分の右手が、綺麗に消えていた。残っているのは、棒のように真っ直ぐに伸びた腕だけ。手首から先は、一体どこへ消えた?
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」
勝手に声が出ていた。勝手に喉から声が湧き出ていた。力なく膝が落ち、地面につく。
「あァン?なンだよ。『悪足掻き』とかいうから何かしら面白い事を期待したンだが……つまらねェ」
右手が消し飛んだ。その事実だけが脳を震わせる。皐月は、賭けに負けたのだ。人生は、そんな上手くは出来ていなかった。一筋の光を失い、絶望へと堕落した。
「もォ終わりにすンぞ。さァて、どォやって殺してやろうかねェ……!!」
死ぬ。
死んでしまう。
ここで終わってしまう。
あぁ、確かに面白い人生だとは思ったことがない。無能力者で相手にされず、大好きな動画を見ることだけが生き甲斐で。いつ死んだっていいって思っていた。
だけど、今、ここで、死の直前を感じて、皐月は思った。
まだ、死にたくない。
生きれるなら、生きていていいなら、もっと生きていたい。
ヌルり、と、
皐月は立ち上がる。
そして見据える、白い襲撃者を。
「ンだよ。そこで立ち上がっちゃいますかァクソ雑魚」
「何でだろうな……。ここにきて、まだ生きたいって思っちゃった」
「俺の実験を邪魔しておいてよく言うぜ。お前、よく考えろ?人を殺したんだからな?立派な犯罪者様なンだからな?まァ、これに関しては俺も何も言えねェけどよォ。ちょっと前まで『平和な日常』を過ごしていたお前は人を殺しちまったせいで『混沌の非日常』に落ちた。そンな『混沌の非日常』を過ごすくらいだったら、ここで安らかに死ンだ方がマシだと思うけどなァ」
「それでも、例えこれから『犯罪者』扱いされても……僕は……僕は、生きたい」
「ウゼェな、お前。死ねよ」
一方通行はすぐ近くにあった鉄パイプに触れる。それだけで、今度はその鉄パイプが弾丸のように放たれた。数は三本。対して皐月に頼みの綱はない。
彼は、目を瞑った。
そして。
突如として。
一陣の風が起きた。
「なにっ!!??」
その風は鉄パイプを吹き飛ばし、散乱させてしまった。
「ようやく見つけたよ」
皐月の後ろから、声が聞こえた。声の持ち主は、段々とこちらへと向かって歩いてくる。
「誰だ、てめェは?」
身長は140cm前後。背中まで伸びた長くて白い髪。血のように真っ赤な瞳。透き通りそうな程白い肌。そして、自身の肌の色と同じくらい白いワンピースを着こなす、見た目十歳程度のとても美しい少女がそこにいた。
髪の色、肌、瞳だけみたらまさしく一方通行の容姿と変わらないのだが、明らかに彼とは別な意味で人間を
「エトロス・クルカフォルニア」
その名を耳にした途端、皐月は意識を失い、倒れた。エトロスという少女が何をしたわけでもない。緊張が解けたのか、血が足りなくなったのか、少女の出現に驚いたのか。それは定かではない。
「私は彼の半分。彼は私の半分。ここで殺されるわけにはいかないの」
「ちっ、誰だか知ンねェけどよォ。俺の邪魔するなら容赦なくぶっ殺すけど文句はねェよなァお嬢ちゃあァァァァン!!!???」
ガッ、と。
一方通行がその場を一蹴りし、少女との間合いを一気に詰める。
とんでもないスピードで突撃してきた一方通行に対して、少女が取った行動は簡単だった。
さっ、と。左手を宙で振るう。それだけ。
「なンだ……これ……!?」
「世界を統べる力の前では、何もかもは無力と化す」
そのまま一方通行は、一気に地面へと叩きつけられた。
ありえない。
そんなことはありえるはずがない。あの絶対無敵の一方通行に限ってそんな話は……。
「『理』を操れる人間の前では全ての『ことがら』は意味を成さないのよ」
無表情な少女が、感情の無い言葉を呟く。
そして。
エトロスと皐月は、闇の中へと消えていった。