1
元は普通の『人間』だったんだ。
平凡な性格の極一般的で優しい人。
動画を見ることが好きなありふれた高校生の一端。
だけど、『
何でも破壊できる力がその右手に宿ってしまったばっかりに。人格が壊れ、もう一人の彼が生まれ、密かに育った。だがそれはあまりにも弱々しく、これまで表に出ることは決してなかった。
決して、出る
2
「ぐるぅがぁぁぁぁっ!!!!」
エトロスに襲いかかるその姿は四足歩行の肉食動物を連想させた。人間の挙動ではない。最早、獣の類だ。
「くっ」
少女も咄嗟に左手を振るう。それに合わせて皐月の身体はコンクリートの地面へ叩きつけられた。犬のように吠える皐月に対してエトロスは、哀れみの視線を向ける。
「結局そんなもんさ。お前はまだまだ弱い。私みたいな華奢な少女が軽く手を振っただけでひれ伏せてしまうような、その程度の雑魚でしかないんだよ。いい加減自覚しろ」
今の皐月に言葉が届いているかどうかは定かではない。だが、少女は伝える。
「壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい壊したい!!!!」
「何かを壊すとか以前に、もうお前が壊れているよ」
ぐぐぐ、と。
「……何をする気だ?」
そして。
遠近法によって掌の中に収まっているように見えるエトロスを見据え、
拳を握りしめた。
(……っ!?)
その動作を見た少女は反射的に後方へ距離をとった。
「なに……!?」
目の前の光景を見て目を丸くした。つい数秒前にいた場所の様子がおかしい。さっきまで何も無い空間だったはず。しかし、半径約2メートル程の透明な鉄球でも落ちたかのような穴が地面に空いていた。それだけではない。球体の形をベースに空間がグチャグチャになっている。まるで、真夏に起きる陽炎を見ている気分だ。
「私を中心とした半径約2メートル程の球体状に空間を『破壊』した……?いやこれでは『破壊』したというよりも『削りとった』と言った方がいいのか」
いや待て。それも重要な情報だが、おかしな点が一つ。
(あいつ……右手で触れてなかったぞ!?)
彼の『絶対破壊の右手』は悪魔でその右手に触れているものを何もかも粉砕する力だ。しかし今のは明らかに違う。触れていなかった。仮に球体の形に丸く『破壊』することが出来たとしよう。だけど、それが出来るのは『右手が触れている』という前提条件が叶っている場合だ。それが絶対なはずだ。
つまり、今起きたことは……。
「遠隔……操作」
なんてことだ。なんという急成長だ。
ニヤリ、と。
自身の口角が上がっている事を、少女自身は知らない。
「
ワクワクが止まらない。嬉しい。今回の物語にも意味はあった。遅かれ早かれこの能力は手にしてもらうはずだったが、こうも早くその時が来るとは。
普段は表情一つ崩さない少女が笑っていた、その時だった。
ガギン。
何かが弾け飛ぶ音が炸裂した。
と。
気づいた時には、
皐月叶人の右拳が、エトロス・クルカフォルニアの顔面を捉えていた。
唐突すぎて、左手を振るう余裕が無い。
ただ、殴られるだけならなんとか済むだろう。しかし、この少年の右手は少々特殊である。
「壊れろ」
3
「いつまでここに閉じ込められるのよ……」
茶髪女子中学生が牢獄の中で呟く。あのホスト野郎が出ていってからどれくらいの時間が経っただろう。そろそろ
「第二位は一体何が目的なのよ。私を監禁して何かメリットがあったわけ……?」
手を顎に当てて考えるが、検討もつかない。
そこへ。
カツ、カツ、カツ。
と、こちらに向かって歩を進める音が聞こえた。一瞬、あのホスト野郎が帰ってきた!?と疑ったがそうではないらしい。
「やぁやぁ第三位。閉じ込められた気分はどうだい?味わったことないだろう?味わうわけもないんだから」
鉄格子の前に見知らぬ少年が現れた。高身長で、乱雑に跳ねた髪に、マジシャンが被っているようなシルクハット。絶対に伊達だと分かる目よりも大きい丸渕眼鏡がさらに怪しさを引き立てている。極めつけは、黒いロングコートに古びた杖ときた。
一言で表すなら、不審者。
公園で小さい子供に声をかけているのを見られたら一発で通報されるレベルの怪しさだ。
「あんた……誰?あのホスト野郎の仲間?」
「それは違うね。俺は誰の仲間でもありません。誰の味方でもありません。そして、誰の敵でもありません」
あぁこいつ、一つ聞いたら十個答えが返ってくる面倒なタイプの人間だ、と心の中で御坂は呆れた。
「世界を少し変えただけでこうも物語が変わってしまうなんて。いやぁ全く世界は面白い。これだから生きる価値がある!!」
「あの、いきなりブツブツ言いながらその場でクルクル周りだすのやめてもらえます?」
「……おぉっと、失礼。レディの前ではしたない姿を見せてしまった!申し訳ない」
腰を四十五度にしっかりと曲げて謝る不審者。
「とまぁ茶番はこれくらいにして、本題に入ろうか。あなたがこうして牢屋にいる原因は確かにあの第二位だ。だけど、根本的な所を辿ると原因は俺になる。だから、助けに来た」
「は?」
「説明が面倒だ。とりあえず、黙って助かってくれ」
パチン、と。不審者が指を鳴らす。すると、鉄格子にかけられたいた鍵が突如として解け、扉がゆっくりと開いていく。まるで、マジックだのように。
「え!?い、今の何!?何で指を鳴らしただけで開いたの!?」
「内緒でーす」
「電気系……?いやなら私が見破れないわけないし……まさか本当にマジック?」
「真相は謎のままに」
その言葉を残し、不審者は背中を向けてカツカツと歩き出す。
「ちょっと!あんたどこに行くのよ!」
呼びかけられても歩みは止めない。
ただ一言。
「俺は物語の語り手。どこにでもいるし、どこにでも行くよ」
その後足音も消え、彼の気配は完全に消え去った。