とある少年の逃亡生活   作:狼少年

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episode17『未元物質』

1

 

 

どんなことがあっても、ある事象を回避するタイミングを掴むのは難しいことだ。

 

 

エトロスは大きなため息をついた。

 

 

2

 

 

最初に飛びかかったのは皐月だった。垣根との距離を一気に詰めるために、勢いよく走り出す。

先手必勝。

そう、皐月は敵に右手を撃ち込めばいいだけなのだ。たったそれだけ(・・・・・・・)の動作で何もかもを粉砕出来る。改めて考えてみると、『絶対破壊の右手』とは凄まじく恐ろしい凶器の一種なのだ。

 

 

「来てくれると思ったぜお馬鹿さん」

 

 

ニッ、と口角を上げる垣根。その表情に一瞬だが不安を覚える。そして気づく。先手を打ったのは、()だ。

 

 

天井からサッカーボール程度の大きさの真っ黒な球体が降り注ぐ。まるで、雨のように。数は多くはないが、なにせ一つ一つがサッカーボール程の大きさなため、避けるのに一苦労である。身体を身軽にこなし、なんとか降り注ぐ球体を避けていく皐月。

反射神経が良くて助かった、と心底思った。

だが、このままでは垣根に近づけない。かといって、黒い球体を無視して突っ切れば黒い球体に当たって根こそぎ身体を削り取られる可能性が高まる。

 

 

「ほらほら。どーしたよ最強(・・)!早くこっちに来てみろよ」

 

 

「クソッ……!!」

 

 

目の前にいるはずなのに、敵は遠い。そしてその焦りは、新たな行動を直感させる。

皐月は再び走り始めた。

 

 

「『未元物質』に押し潰される気になったか」

 

 

アホか。

その小さな呟きは垣根の耳には届かない。

ただ、走り出しただけではない。右手を天井に向けながら垣根へと突っ込む。その様子は、リレーでバトンを受け取る姿勢そのものだった。

振り続ける黒い球体はもちろん皐月に襲いかかる。だが、それは彼の右手に触れた途端に弾けて、飛んでいった。

 

 

「ほぉう。それが必殺技(・・・)か」

 

 

垣根が関心した時にはもう、その右手は顔面を捉えていた。

 

 

しかし、その拳は少年の顔に当たることはなく、空振った結果となる。

 

 

ふわっ、と。

非常に柔らかな動き。

そう、背中から羽が生えて浮かんだかのような。

 

 

いや、比喩ではない。

これは、現実だ。

 

 

目の前の男は軽く後ろへステップした。と同時に、宙へと浮かんだ。その足が地に着くことなく、ふわりと飛んだのだ。

天使のように。

 

 

「嘘……だろ」

 

 

垣根は確かに飛んでいた。背中には真っ白な六枚の翼を生やし、天使のような神々しさで飛んでいた。

いやもはや、皐月の目には天使そのものが映っていた。

 

 

「その驚いた顔、たまらないねぇ。そう、これが『未元物質(ダークマター)』。この世に存在しない物質を作り出す能力(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だ」

 

 

ブオォォッ!!と。

その六枚の翼をはためかす。すると今度は、無数の羽根が射出され、皐月を覆い尽くすように満遍なく降り注ぐ。

 

 

「さぁさぁ!どうだよ最強!さすがにその奇怪な右手(・・)でも全包囲からくる攻撃は防ぎきれないんじゃないか!?」

 

 

楽しんでいた。明らかに。彼の目的はなんであれ、この勝負を楽しんでいることは明白だ。痛めつけることに快感を得ているのか、学園都市最強の男を倒した輩をボコボコにすることに優越感を感じているのか。

それは当の本人にしか分からない。

 

 

羽根の射出が止んだ後。

酷く土煙が舞う中、立ち尽くす少年の影が一つ。

 

 

「こんなんじゃ……まだ死なねぇよ」

 

 

口から赤い液体をこぼし、身体中に羽根の突き刺さった姿を披露してなお、彼からはその台詞が出てきた。

 

 

「全ては防ぎきれなかったけど、急所は全部避けた。反撃させてもらうぞ、メルヘン野郎」

 

 

「こいよ、最強。こんなもんでくたばってもらっちゃこっちも楽しくねぇ!!!!」

 

 

3

 

 

そんなボロボロの身体で何が出来る。

もう、エトロスには決着が見えていた。

 

 

「次に何か酷い攻撃でも食らったら回収してこの場を去ろう」

 

 

今回は武が悪すぎた。何の情報も与えないまま戦わせてしまった。あの右手だけじゃ到底勝てない。ましてや、相手は今や天使のように飛んでいる。どうやってあの右手を撃ち込むというんだ。

卑怯だぞ!降りてこい!

とか抜かしても、敵もやすやす降りてくる馬鹿ではない。

 

 

そう、悪魔で皐月の右手は近接戦闘の時に最大の威力を発揮する。つまり、肉弾戦。遠距離攻撃を仕掛けてくる相手には滅法弱い。右手は一つしかない。それだけでは捌ききれず、受けきれないのだ。

 

 

だが、まだ彼は立ち向かっている。無謀にも、勝てると思っているのだ。信じているのだ。何か秘策があるのかもしれない。それをえトロスは知らない。

だから、すぐに戦いをやめさせなかった。

見たいのだ。

彼がどうやって今から敵に仕掛けるのか。

どんな策を持ってその力の使い方を示すのか。

 

 

そう、わくわくしていた。

 

 

見せてくれよと、心が踊っている。

 

 

そんなエトロスの事は全く気にせず、皐月は手を銃の形にして、人差し指を自身のコメカミに当てた。まるで、今から自殺でもするかのような仕草である。

 

 

その行動の意味が、垣根にもエトロスにも分からない。

 

 

「なあ知ってるか。脳、って勝手に『ここが限界』って線引きしちまってるんだよ。そう、リミッター。もしそのリミッターってのをこの右手で意図的に意識して、ピンポイントに壊せたら(・・・・)、めちゃくちゃ強くなれるよな……?」

 

 

馬鹿か!?

 

 

「おいやめろ半身!!それは無意味な行為だ!!例えそれが出来たとしても、元々の能力が飛躍的に上がる訳では無い!!空を飛んでるやつには追いつけない!!」

 

 

「ははははっっ!!!!ほんっと面白いな最強!!俺に追いつくために脳のリミッターを外す、だ?やってみろよ!!ちょっとは宙に浮けるかもなぁっ!!」

 

 

そんな二人の言葉を受けても、皐月はその右手を下ろそうとしなかった。

 

 

「見てろよ、化物」

 

 

「おいやめr……」

 

 

ピキ。

 

 

何かが外れる音がした。

 

 

一回の瞬きだった。

エトロスがほんの一回瞼を瞑って開いた時にはもう、皐月は垣根の身体に飛びついていた。

 

 

彼の中の、

 

 

何かが、瓦解した。

 


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