1
どんな事象も、唐突にやってくる。
もしかしたら、五分後に大きな隕石が落ちてきて人類皆滅びるかもしれない。
もしかしたら、五秒後には心臓が止まっているかもしれない。
これらの可能性はゼロではない。ゼロではないから怖いのだ。こんなことを言い出したらキリがないのだが、否定はできない。
『世界五分前仮説』というものがあるくらいだ。もしかしたら、世界は五分前に本当に始まったのかもしれない。こんなくだらない話にだって、不可能性はないのだ。
だから、皐月叶人が垣根帝督と出会う確率だってゼロではなかった。遅かれ早かれの話だ。一ヶ月後だろうが一年後だろうが関係ない。彼らは出会うべくして出会った。……今回に関しては垣根からの一方的アプローチな訳ではあるが。そのアプローチを起こすきっかけだって、もしかしたら早まったかもしれないし、遅くなったかもしれない。
……こんなifの話はもうやめよう。
結局、起こる事象は決まっていて、どんな結果が待っているのかなんて、
あの少女は全部知ってるんだから。
2
とにかく、皐月とエトロスはすぐ側にあった廃工場の中へと入った。もちろん光は無く、夜ということもあって視界はとても悪い。皐月はエトロスに手を引っ張られながら、付いていくだけ。エトロスはまるでどこに何があるか全て把握しているかのような軽快な足取りで、足場の悪い工場内を進んでいく。
こいつ、目にライトでも付いてんのかよ、と不思議に思いながらもただただ皐月も歩を進める。
「なぁエトロス」
「……、」
「エトロスさん!!」
「……うるさい黙れ」
「そろそろ教えてくれよ!何だアイツは何で僕達は逃げてるんだ!?」
「……、」
頑なに答えようとしないエトロスに腹が立ち、掴まれた手を思いっきり振り払った。勢いよくこちらへ振り向いた少女の顔は、いつにも増して険しい表情をしていた。
「お願いだ。教えてくれエトロス。話してくれよ!」
「……ちっ」
吐き捨てるように舌打ちをした後、軽く深呼吸をし、淡々と喋り始める。
「あいつの名前は垣根帝督。学園都市第二位の怪物だ。何で狙われているかは知らないが、まともにやり合って勝てる相手ではないと判断した。だから今こうして尻尾を巻いて逃げているんだ分かったかポンコツ」
最後のポンコツは明らか機嫌の悪さの現れだが、なんとなく状況は理解できた。理解はできたが、納得はしない。
「エトロス、なめてもらっては困るね。狙われている理由が分からないにしろ、やり合って勝てないってことはないだろ」
「あ?」
「そいつ、学園都市第二位ってことは学園都市で二番目に強いってことだろ。忘れたのか?僕はこの前、学園都市で一番強い一方通行を倒したんだよ?苦戦はするかもだけど、戦えないってことはなi……」
ガンッッッッ!!!!
皐月が喋り終える前に、エトロスは皐月の胸ぐらを掴み、壁へと叩きつけた。
真っ赤な瞳が普段よりも大きく開いている気がした。そして、いつも一定の表情を保っている少女の顔が、明らかにやばくなっている。そう、
「驕るなよ……糞ガキ。学園都市第一位に一度勝利したからといってお前が学園都市の能力者全員に勝てると思ったら大間違いだ。勘違いも甚だしい。第二位だって十分な怪物なんだよ。しかも、一方通行とは
「……、」
エトロスの激しい言動に、言い返す言葉が何も出てこなかった。むしろ、少女に叱られているというこの状況に悔しさを覚えた。
「お前には失望したよゴミ。一回死んでみるか?あ?死んだらその甘い考えが直るのか?」
ガン、ガン、ガン、と胸ぐらを掴みながら身体を寄せては叩きつけ、寄せては叩きつけ、傍から見たら小さな女の子にカツアゲされている無様な高校生のそれである。
と、その時。
ヒュンッッ!と。
サッカーボール程度の大きさの
「ガンガンガンガンうるさいよ?廃工場で性行為をするのはやめてもらいたいね」
暗闇の中から、赤い服のシルエットがうっすらと浮かび上がる。その男の右手は、黒く渦巻くサッカーボールのようなものを掴んでいた。
「さっきはあれを投げたのか……」
「『
「……え?」
「それがあいつの能力だ。この世に存在しない物質を作り出す。物理法則なんてガン無視。質量保存の法則だって知ったこっちゃないだろうな」
「はぁ?なんだよそのチート能力!?」
「お前が相手にしようとしているのはそのレベルの怪物ってことだ。これで分かっただろ。お前じゃ勝てない。死ぬだけだ」
エトロスは皐月の腕を掴みながら、ゆっくりと後ずさりしていく。
「ゴチャゴチャうるさいし、また逃げんのかよ。一方通行をぶっ倒したってのはデマだったのかな?」
「なに?」
「逃げて逃げて逃げてばっか。どうせ一方通行も不意打ちとかで倒したんだろうな。せっこい手を使ったんだろうな。はぁーあ。つまんないクソ野郎だな、お前」
「何だと……ッ!!」
ギュウ、っと拳を握りしめる音が目先にいる垣根の耳にまで届いた。
「おい、やめろ。安い挑発に乗るんじゃない」
「エトロス……ごめん」
皐月は、少女の手を
「僕と戦いたいんだろ。いいよ。相手してやる」
「いいねぇ。やる気になってくれるの待ってたよ」
クソが、という白い少女の声が皐月の耳に聞こえることはなかった。