「なんでいつも机で寝てるんだよ」
机の上に突っ伏して眠るラストに届かない声を投げかける。
ラストの部屋に入るのは二度目だ。
料理や医療、調薬の本がばらばらに並べられた棚を見て、相応の努力の形跡が感じられた。
「お前にも色々と世話になったな」
この店を回していたとも言える二枚目の寝顔を見る。
口に入るものはなんでも作れるって言うから最初はアバウトで分からなかったけど、ポーションの効果は絶大だった。この街の冒険者の客足を見れば明らかだろう。
料理だって、正直レストランの高級志向の料理なんて値段だけで味も大したことがないと内心で馬鹿にしていたが、こいつの料理はそれを覆すほどにうまかった。多分味でいうなら世界一だと思う。
金に関しては、まあ少し図太いところはあったけど、それは僕たちを想ってのことだよな。
「ラスト、最初に雇ってくれた時、部屋まで貸してくれてありがとうな。この恩は死んでも忘れない」
そう言ってから、文字通りだったことに口元が緩む。
「ちゃんとベッドで寝ろよ」
「ん…おぅ」
妙に返事のような寝言を背に、最後の一人の部屋に向かった。
「ごめん、女の部屋にノックもしないで入って。デリカシーがないのは承知だ。許してくれ」
女の子のそれというには厳しいほどの可愛い小物も飾りもない寂れた部屋のベッドに横たわっているのは我が店の職人であるマイ。
この世界で一人だった僕を拾ってくれた、明るくて優しい女の子。
自分だって仕事があるのに毎日欠かさずご飯を作り、忙しいのに僕のことを見ていて、事あるごとに飲みに連れて行ってくれて。
「個人的なお礼、まだできてないから、今度2人でどっか行こうぜ」
頭を撫でようと伸ばした手が無意味だと知って、その手を引いて立ち上がった。
「…家族にしてくれて、ありがとう」
「…」
恥ずかしいなあもう。
聞こえないとは言え、やはりこんなことを言うと顔が熱くなってしまう。誰も見ていないが、帽子を深く被り混んで顔を隠すようにして部屋を出た。
店の周りだけが季節に逆らって白い雪が降るなか、月明かりが照らすのは紅白一色の聖者の老人。
その積もる雪を踏んで近づくと、その老いに見合わない澄んだ目が僕を捉える。
「どうしたんだい?」
「…頼みがある」
「ほう。言ってごらん」
「僕を生き返らせてくれ」
爺さんは帽子をとって、そばにいたトナカイの角にかけた。
「気が変わったのかい?」
「ああ、どうせ死んだものは仕方がないって思ってたけど、僕が死んだら、ここの家族に迷惑がかかる。もしかしたら、夢を追えなくなるかもしれない」
走馬灯のように思い出が蘇る。
『よろしくな、ルドルフ』
一人と一匹から始まった異世界での生活。
『なんだぁ、家なしか?そんなことなら、今日からうちに住めよ」
『ええ、いいですね!もういっそのこと家族になっちゃいましょう!』
成り行きで出会った僕に、居場所をくれた2人の家族。
『…僕と、家族になりませんか?』
『そこまでしてくれて…断れるわけないじゃん…!末永く、よろしくお願いします!』
一戦を交え、互いを認め合った、赤い髪の女の子。
『早く戻ってきてくださいよ?』
『サンタ、ありがとな。あいつらも、喜んでると思う』
『もし、例えばの話だけどさ。私の門出が、サンタの門出だったら、それはお別れにはならないよね?』
マイ、ラスト、リィナ。
血の繋がりはないが、他の何者にも成り変われない、僕の唯一の居場所。
それを守るためなら。
「身寄りのいない、1人だった僕にとってあいつらは居場所をくれたんだ。それに対するお礼を、僕はまだしてやれていない。それをするまでは、やっぱり死んでも死に切れない!どんな理不尽を押し付けてくれたっていい。だから頼む、一度だけ、僕を…」
「…理不尽、か」
「いいだろう。その願い、叶えてあげよう!」
パチン!
鳴らされた指の音に顔を上げると、僕とじいさんの間に光の渦が音もなく渦巻いていた。
程なくしてそれが扉の形になったとき、それを指差してじいさんがいう。
「さあ、そこに入るが良い。鍵はすでに、君の手にある」
右手の中の違和感に気づいて開くと、僕の手の中には定規くらいの大振りの鍵が握られていた。
「そこを通れば帰れるだろうが、私とはしばしのお別れだ」
「じいさ…」
「おっと、別れはいらないぞ。青年よ。これが最後ではないのだからな」
遮られてしまったので、それ以上の会話は不要ということなのだろう。
鍵穴に鍵をさして、ぐるりと回す。
「…ありがとう」
「はっはっは。私の代行、引き続き頼んだよ」
「…おっけー」
短く答えて、僕は開かれた扉の先に足を踏み入れた。
「ん…」
眩しい光を感じて、目を開ける。
すぐに映ったのは自分の部屋の天井だった。
妙なだるさを覚えながら、僕は体を起こす。
窓から差し込む日の光で、夜が明けたことを知った。
「本当に帰ってこれたのか…ん?」
起きた時に手が何かに触れた。
朝日に燃える真っ赤な炎のような髪が、ところどころに伸び、僕の手にもその束が緩く絡みついていた。
「リィナ」
漸く触れることの出来た少女の柔らかい髪は僕の指からするりと抜けて、小さな寝息を立てて眠る少女のそばに落ちる。
「悪かったな」
頭を撫でてしばらく寝顔を眺めていると、一瞬ピクリと肩を震わせて、瞼が開かれた。
「んん…。…?」
「よう、目、覚めた?」
「ん、ラスト…?ごめんね。今日も寝ちゃってたみたい…」
目をこすりながら見るリィナはまだ僕を視認できておらず、ラストと勘違いしているらしい。
「そうか、風邪引くといけないから、ちゃんとベッドで寝ろよ。じゃないとどっかの赤い帽子みたいに、このクソ暑い時期に凍死するような馬鹿起こすこともあるかもしれないからね」
そう言った矢先、リィナからふっと恐ろしい殺気を感じた。
「ちょっと…幾ら何でもそれは言い過ぎでしょ!!サンタだって、まだ死んだと決まったわけじゃないのに!!いくらラストでも言っていいことと悪いことくらぃ…」
怒号に近い大声を放つリィナと目が合うと同時に、勢いが落ちて部屋は静寂に包まれた。
「え、えっとごめん。流石に言いすぎた」
「え?嘘…?」
目を大きく見開いて呆然とするリィナに、僕は近くにかけてあった帽子をかぶってみせた。
「おはよう。夢の世界から帰ってきました。サンタクロースです」
「さ、さ…。さん、たぁ。…!」
「うわ!」
リィナに飛びつかれ、一瞬バランスを崩しかけるが、腹筋に力を込めて倒れないように踏ん張る。
「よかった…!よかったぁ!さんた、生きてたぁ!」
「そんな一日寝てたくらいで大げさな」
泣き出すリィナの肩を抱いて、頭を撫でると、リィナが涙声で話し出した。
「一日だけじゃないもん!サンタ三日も起きなくて、もしかしたらもうずっと起きないんじゃないかって…本当に心配したんだから!」
「…三日?」
枕元にあったスマホに手を伸ばし、日付を確認する。
…確かに、その表示された日は僕が死んだ日から三日経っていた。
「まあ、なんだ。心配かけたな」
「ほんとうに、もう!ばかぁ!」
三日経ってもずっと看病を続けていてくれたんだろう。
青い目の下には、くまがくっきりとできていたことから、それがはっきりわかった。
「迷惑かけたな…」
リィナが泣き止むまで僕はその華奢な体を抱きしめ、触れることのできるその温もりに自分が帰って来たことを再び痛感した。
少し時間が経ってから、気になったことを泣き止んだリィナに尋ねた。
「そういえば、もう材料が切れてたと思うんだけど、三日も材料なしにどうやって店を回してたんだ?」
「あ、うん。今のところはマイとラストが食材を買って来て、料理を出してなんとか繋いでるんだ。結構評判が良くて、これからも営業してほしいって評判になってるみたい」
なるほど、レストランか。考えたな。
「へえ、それは是非行ってみたいもんだ」
「今から行く?二人とも、驚くんじゃないかな?」
「そうか、二人ともこないと思ったら、今って営業時間なのか」
朝だと思っていたが、どうやらもう日中の営業時間らしい。
もう一度スマホを見て、もう昼に近い営業時間だということがわかった。
「じゃあ、ちょっと、行こうか。あいつらに元気な顔見せてやらないとな」
「ふふっ。もしかしてサプライズ?相変わらずだね」
久しぶりに声を出して笑ってくれたリィナの手を借りてベッドから立ち上がる。
「そういうこと。っと、あれ…」
最初の一歩を踏み出した途端、足に力がうまく入らず、大きく体が揺らめいて倒れ込んでしまった。
「サンタ!?」
「あれ、おかしいな…」
立ち上がろうとするも、いつものように力が入らない。
頭がガンガン響いて痛いし、体の節々にも痛みが走って動きを抑制される。
さっきまで全然気づかなかったが、これはもしかして。
「ごめんリィナ。サプライズはまた別の機会にしよう。多分僕…」
最後の力を振り絞り、ベッドによじ登って布団をかぶる。
「…風邪、引いたっぽいわ」
「…」
こうして僕は再びこの世界に帰ってくることができた。
僕はまた、この世界で、また三人で、この狭い街で、この小さな家で、細々と、賑やかに生きていくだろう。
開いていた窓から聞こえてくる賑やかな人の声が、町外れに近いところに位置する我が家に、ずっと響いていた。
この後、再びリィナに看病をされ、ラストとマイにもこれ以上ないくらいの待遇の看病を受けて、仕事に復帰するが、リィナも体調を崩して逆に僕が看病をして何故か一緒に寝ることになったりするが、それはまた別の話。
明けましておめでとうございます。
今年も読んでいただいている皆様に楽しんでもらえるよう、精進していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございましたm(_ _)m