窓際に立って空を見上げる僕と、冷たくなって眠っている僕を見るリィナ。そして僕たちを遠目から見るサンタクロース。
空に浮かぶ月はいつもこの街も、起きてる人から眠っている人、遠吠えをあげる犬も外でうねるスライムも、平等に見守っている。
僕もその例外ではない。
「お月さん、今まで世話になりました。これからも、こいつらのこと、見守ってやってください」
両手を合わせて、外の月へとお辞儀をする。
劣ることのない輝きを肯定と捉えて、部屋をぐるりと見回す。
「うん、綺麗に片付いてるな」
ほとんど何もない僕の部屋は、ベッドの脇に少しの着替えが入った箱置いてあるだけで、本当に綺麗に片付いていた。
「これなら死んでも、あいつらに迷惑かけないし、遺品整理とかもさせなくていいから過去に縛られることもないだろ」
リィナを見ながら、自分が消えた後のことを呟く。
「あ、後は外の奴らにも挨拶しておかないとな」
部屋の扉をすり抜けて、階段を下って外へ出る。
店の横の少しの空間に丸くなっている、カラアレオンのコメットと、我が相棒、ルドルフは、今日も変わらず、穏やかな顔で眠っている。
「グ、グギギ…」
耳障りな音で喉を鳴らすコメットに、思わず笑いがこみ上げる。
「はは。相変わらず、酷い声だな」
「…グギ?」
今迄眠っていたのに、僕の笑い声とほぼ同時に、体をピクッと動かしたコメットは、薄眼を開けてその赤と緑の対照的な体を起こした。
そしてその目はまっすぐに僕を捉えていて、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「…もしかして、僕のことが見えるのか?」
「グアアァ」
夜中だからか、静かな声で鳴いて、そうだというように首を縦に降る。
「まじか。動物には霊が見えるとかいう特番とか昔テレビで見たけど、あれって本当だったんだな」
唯一僕が見えるということに感心していると、コメットは目を細めて、頭を僕の胸に擦り寄せてきた。
当然ながらもそれは僕の胸に触れることはなく、コメットの頭は虚しくも空を切るばかり。
いつもは僕を見ても黙って眠っていたコメットが、今日に限って、甘えるように頭を擦り寄せてくる。
「やっぱわかんのかな。こういう、最後の別れ、っていうの」
僕もコメットの頭を抱いて、優しく撫でる。
その感触も温度も感じられないはずだが、コメットは静かにそれを受け止めると、顔を上げて僕を見つめる。
「いいか、僕がいなくなっても、この街を、この店を、そしてあいつらのこと、ちゃんと守ってやってくれ」
「グ、グエエアアアアアアァ!」
今まで聞いたことのないような大きな声は、静かな街にこだまして、僕の胸も震わせた。
「…任せたからな。それにしても、こいつはこんな大声に反応せず、よく眠ってられるな」
体を丸めてうずくまる小さなトナカイを見つめる。
「最後の挨拶、したかったんだけどな」
「残念じゃが、その子とは挨拶はできないだろう」
「え?」
いつの間にか後ろに立っていたサンタクロースのじいさんは、うずくまるルドルフの前に歩み寄って、その体を抱き上げ、僕に渡してきた。
「あれ、なんで、触れるんだ」
「トナカイとサンタクロースは、いうなれば一心同体。主人あるところに、従者あり。君が死んだとしても、それは例外ではない」
腕の中で目を覚ましたルドルフが、僕の方へ顔を向け、鈴を鳴らす。
「つまり、その子も、死んでしまったんだよ」
コメットとの挨拶も済ませて、ルドルフを抱いて再び部屋へと戻ってきた僕は、ルドルフを膝の上に乗せて、リィナの隣に椅子を置いて座っていた。
「ごめんなルドルフ。うっかりさんのサンタクロースは、クリスマス前に、凍結死しちまったみたいだ」
そんな僕のブラックジョークにも、まるで面白い、とでもいうかのように、ルドルフは鈴を鳴らした。
さっきまでは死ぬことに対して何も感じず、むしろ晴れやかだった僕だが、今となっては罪悪感で塗り替えられ始めていた。くだらない理由で死に、そのせいでルドルフまでアホな主人の後を追わねばならないなんて、申し訳無さすぎる。
「ごめん、ごめんな」
僕の胸に頬をすり寄せるルドルフは僕の失敗を咎めようとせず、慰めるかのように鈴を優しく鳴らした。
「サンタ…」
今まで話さなかったリィナが唐突に呟く。
ごめん、正直眼中になかった。
「…お前にも迷惑かけたな。いや、これからもかけるだろうな」
今までは何も考えていなかったが、明日からのリィナのことを考えると、さらに罪悪感が芽生えてきた。
店の商品の素材は僕がいつも取りに行っていたが、明日からはその役がリィナになってしまう。
しかし炎の魔法を使うリィナは、スライムを倒しても、落としたゼリーもきっと焼き尽くしてしまうだろうから、全くの素人である杖の殴り合いでスライムと戦わないといけないだろう。
そんな効率の悪いことに時間を割いていたら、自分の商品を作る暇だってなくなる。
それは彼女にとっての生きがいを奪ってしまうことに等しいんだ。
自分が死んだことの重大さが、少しずつ浮き彫りになり、胸に何本も突き刺さってくる。
「本当に、ごめん…ごめんな」
どれだけ謝ってもこの声はリィナには届かない。
僕はただ、歯を食いしばって、リィナを見守るしかなかった。
「青年よ。私は少し、外に出てくるよ」
「ああ…」
僕と似た格好の背中が扉の奥に消えて見えなくなると、リィナとの二人きりの構図が出来上がった。
生前からつい先ほどまで、この沈黙は僕にとってはとても心地の良いものだったが、今では地獄にでもいるかのような居心地の悪さが漂う。
そう、これは、中学の時のあの…。
っと、こんなことは忘れよう。
今、この状況を考えないと。
「サンタ、覚えてる?」
「リィナ?」
突然、リィナが口を開く。
「あの日、サンタと会った日。私、大事な回復薬落としちゃって、すごく焦ってて。それでサンタとぶつかって。初めは変な格好のならず者みたいって思ってたんだけどさ、話して見ると案外面白くて、それで次の対戦相手がサンタって聞いて。あれは本当にびっくりしたなあ」
「チンピラみたいで悪かったな」
目つきの悪さはちょいちょい言われたことがあるからな。
「でも」
僕の手を取って、リィナが自身の胸に抱く。
「サンタのおかげで思いっきり戦えたし、それから家族にもなって、マイとラストにも会えて…」
「…」
「サンタには借りがいっぱい。本当にありがとう」
リィナの肩が震える。
「だから、早く、起きてよ。まだ何も、サンタにしてあげられてないじゃん…」
何もない空虚な部屋の中、小さな嗚咽と啜る音だけが響き渡る。
なあ、女の涙ってのは、やっぱ反則だろ。
気づくと僕は、部屋の扉へと向かっていた。
「さっさと寝ろよ。明日に響くぞ」
「…サンタ?」
僕の声が聞こえたのか、扉を抜けた時、リィナの呼ぶ声が聞こえたような気がしたが、一緒についてきたルドルフの鈴の音にかき消されて、はっきりと聞き取ることはできなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
遅くなって申し訳ないです。
同時並行っていうのはやっぱり難しいですね汗
次はできるだけ早く更新できるようにしたいです…。