「よく山で遭難しても寝ちゃいけないとは聞いたことがあったが、まさか身を以て体験することになろうとは…」
一度降りて店の扉から入り直して、じいさんとともに僕の部屋まで入る。
鍵がかかっていたかもしれないが、特に気にすることなく入ることができた。だって死んでるし。
「それにしては、随分と落ち着いているようだね」
「いやあ、なんていうか。僕がそこにいるっていうのは、ここに寝ている僕は別人のように思えてさ」
自分がかつて入っていた身体を見て思う。
世界には似たような人間が3人はいるともいうし、もしかしたらこいつは僕のそっくりさんなのではないか。
しかし、3人の後ろにいる僕の存在に気づかないってことは、つまり僕が死んでしまったということを認識させるには十分で。
「あーあ。死んじゃったかあ」
ベッドに横たわる自分の横に座る。
死因は情けないが、不思議と悔いはなくて、死んだ後だというのに今までで一番頭の中がスッキリしていた。
「それで、僕はどうなるの?」
「一応、今の君は、後一日もすれば、何もしなくても意識は消えるだろう。それまでは、最後の時間、好きにするといい。外へ出て世界を一周してもいいし、家族との最後の時間を過ごしてもいいだろう。私も、最後まで見守らせてもらうよ」
そういったサンタクロースは指を鳴らすと、部屋の片隅に椅子を出現させて目立たないように座り込んだ。
「そっか。んじゃ、僕も、短い余生を満喫しましょうかね」
サンタクロースに椅子をもう一脚出してもらい、ベッドの横で僕を見守るリィナの隣に座る。
こうしていると、なんだか自分の看病をしているみたいでワクワクするな。
僕のことが当然見えないリィナも、ラストもマイも、ついでにリィナの腕の中にいる雪だるまも、重苦しい空気の中で僕の目を覚ますのを待っている。
「サンタ…」
「くそ、こんな時に限って材料が切れてたとは…これじゃああの薬を作ってやれねえ!」
あの薬、とは、やはりあの薬のことだろうか。
数々の修羅場を乗り越えることができた、良薬は口に苦しという言葉をそのまま体現したかのような逸品。
名付けて、ラスト特製、死ねるポーションビリジアン。
「そりゃ毎日あれだけ売り物に材料使ってたらね。夜中にでちゃいけないっていうし、昼間は店にいないといけないんじゃ、ほとんど取りに行けないよ」
聞こえるはずのない愚痴を、いつものようにこぼす。
日頃の行いの悪さが仇となったのか。
いつも夜中にこっそり抜け出してスライムと戯れていた僕だったが、ついにそれがばれてしまったため、一人での夜中の外出を禁止されてしまった。
『もう、夜中にそんなに無理して、体壊しちゃったらどうするんですかっ!?』
確か見つかった時、マイにそう言われた気がする。
そのことはラストにもリィナにも知れ渡り、それから毎日夜になると点呼を毎回され、たった一回の返事をしないだけでも大騒ぎになるほど、僕の自由は制限されていた。
「まあ、何回か深夜帯にこっそり抜け出してたんだけどさ。」
そうでもしないと、うちの家計は再び火の車に追い込まれてしまうからな。
ただ、監視の目が厳しいから、最低限の外出だったから結構ギリギリでやっていたんだよね。
今回、それは仇となって、僕に降り注いだ。
「リィナはスライムと戦うと跡形もなく燃やしちゃうから、ゼリー持って帰れないしなあ」
この赤髪火炎少女は一応戦えるが、炎魔法以外は貧弱で、スライムすら手こずるし、きっと取りに行くことはできないだろう。
「打つ手なし、詰みですね」
足を投げ出して、他人事のようにそう言った。
「早く起きてくださいよ…サンタさんのために、美味しい料理も作ってあるんですから…!」
マイの一言で、そういえばまだ何も食べていない、そしてちょうどいいことに腹が減っていることに気づく。
「お、マジっすか。じいさん、ちょっとだけ席外すよ。晩飯食ってくる」
「…本当に、肝が座りすぎているのう」
じいさんにその場を任せて、僕はマイが作った料理を食べるため、リビングへと向かった。
「ただいま…」
「おや、思ったより早かったね」
部屋を出てから3分も経っていないのに戻ってきた僕を不思議そうな目で見て、じいさんは言った。
「いや、ちょっとね…」
こんなに早く戻ったことを説明するには遡った方が早いだろう。
「うおお、すげえ…!」
キッチンには一人分の料理が綺麗に盛り付けられて鎮座していた。
いつもと違って豪華に見えるのはきっと、珍しくラストが腕をふるったということなのだろう。
一枚の肉の上、周りにそれぞれが意味を持っているかのように散りばめられた野菜やソースの盛り付けは、まるでそこだけが三ツ星レストランの風景を切り取ったような錯覚さえ覚える。
「そして、こっちはマイか」
一方、こちらには肉のない肉じゃがと、結構な頻度で食卓に並ぶマイ特製の金色の透き通ったスープ。
どちらも僕が好きなもので、今の僕にとってのお袋の味となっている。
あ、もう死んでるから、だったが正しいか。
ま、そんなことは置いておいて。
「それじゃ、いっただっきまーっす!」
両手を合わせて食材への敬意を示し、食器めがけて手を伸ばす。
ご機嫌な僕の右手はスプーンを捉えるが、僕の右手は空を切った。
「あれ…?」
諦めずに、何度もスプーンを掴もうとするが、相変わらず掴めず、開いて閉じての繰り返し。
「そういえば、僕、死んでるのか…」
死んでいるから食器が持てない。
目の前にこんなに豪華な料理があるというのに、僕は黙って香りを楽しむことしかできない。
「まじかよ…そりゃないぜ…」
この時ばかりは僕も、自分の死を嘆くほかなかった。
「ということで、何も食えなかったよ。腹減ってたのになあ」
死んでいるから食べることができないなんてのはわかっていたことなのに、それでも食欲は残っているようで、何か食べたいという衝動に駆られる。
「食べるかい?」
じいさんは手元の袋から一枚のクッキーを取り出す。
「お、サンキュー!」
クッキーを受け取って、これは食べられるものだと実感し、手のひらほどある大きなクッキーを完食すると、不思議と力が湧き上がってくる。
「ごちそうさま。うまかったよ。心なしか、生き返ったって感じがする」
「…そうかい、それはよかった」
「…?」
何か不思議な視線を送るじいさんの隣に椅子をおいて、外野の位置から様子を眺める。
そんな感じで少ししたくらいか。
やがて疲れたようにラストが言った。
「とりあえず、今日はもう遅いから、明日に備えて寝よう。サンタもきっと明日には起きるさ」
それはそうだ。なぜか手元にあるスマホは深夜の1時を指しているし、マイもさっきまで頭を上下させて眠気と戦っていたが、ついに負けて眠ってしまった。
しかもこいつらは僕と違って朝の仕込みがあるし、そろそろ寝ないと明日に響く。
「私が見てるから、2人とも、今日は休んでいいよ」
リィナだけ、まだ寝る気は無いらしい。
ラストもそんなリィナを無理に寝かせることはできず、
「…無理するなよ。何かあったら、起こしてくれ」
とだけ言うと、マイを抱えて部屋を後にした。
「大丈夫。私が付いているからね」
そう言ってリィナは僕の手をとって、 大切そうに胸の前まで運ぶ。
「いや、お前も寝ろよ」
「…女心がわかってないのう」
こうして二人のサンタクロースと真っ赤な少女の最後の夜は、後半戦を迎えた。
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