「とりあえず、中に運ぶことはできたけど…」
私たちは倒れていたサンタを部屋まで運び、ベッドにて動かないサンタを見ながら次のことを考える。
「えっと、どうしよう。こういう時は何かあたたかい物を作るのがいいんでしょうか?」
「あ、ああ。そうだよな。よし、じゃあ俺、なんか作ってくる!サンタのこと、見ててやってくれ!」
「私も手伝います!リィナ、お願いしますねっ!」
「うん、わかった!」
慌ただしく部屋を飛び出す二人。
残された私は、サンタを見ながら、愚痴をこぼす。
「もう、だから言ったのに…」
冷たくなった頰を触る。
その顔はいつもの昼寝をするサンタの顔と違って、表情に柔らかみが無くて、生気が全く感じられない。
「ノー…」
サンタの腕にいた雪だるまも心配そうにサンタを覗き込んでいる。
「大丈夫。そのうち起きるよ。…それにしても」
雪だるまを抱きかかえて部屋を見渡す。
私の部屋と同じ広さのはずなのに、家具が無く、全く生活感が感じられないこの部屋は、より広く感じられる。
ベッドと数えられるほどしかない服が綺麗にたたまれて入れられた木の箱があるだけで、本当に寝る為だけにあるような部屋だ。
「私たちのことより、まずはもっと自分のことも、ちゃんとしなよ」
自分の部屋の改築や家具の買い揃え、風呂の修理など、サンタは私たちのためになることばかりしてきた。
私はそれに甘えてばかりで、何もサンタにしてあげられなかったことに気付く。
「…ごめんね」
ほとんど無意識にその言葉が漏れた。
それからラストとマイが料理を持ってきて、どれだけ呼びかけようと、サンタの目が醒めることはなかった。
暗い。
ここは、どこだろう。
一瞬真面目に考えるが、すぐに寝る前の記憶が蘇る。
ああ、そうか。もう夜なのか。
ラストめ、起こしてくれたっていいのに。
今日の晩飯はなんだろう。
なんでもいいか。何でもうまいからな。
まだ身にまとった眠気を振り払うように、暗がりの中、起き上がろうと足に力を込めて立ち上がる。
やけに暗いな。
一寸先は闇という言葉の通り、どれだけ目を凝らしても店の扉さえ見つけられないし、街を照らす小さな星の光ですら、僕の目には届かない。
どういうことだろう。
「青年よ」
しばらく慎重に足を進めていると、後ろからいつか聞いたことのある、年老いて覇気のない、優しい声がそういった。
「あ、じいさん」
振り向いた先に立っていたのは、いつか僕をこの世界へと誘った、本物のサンタクロース。
久しぶりで、突然の来訪だというのに、どうしてか驚きはなく、さも当たり前のように感じられた。
「久しぶりじゃの。新しい生活はどうじゃ」
「うん、まあぼちぼちかな。悪くないよ」
そういうとじいさんは少し眉を寄せて、ひとり呟く。
「ふむ、君はまだ気づいていないようじゃの」
「何の話?それより、この暗さは、じいさんがなんか仕込んでるのか?」
「…そんなに、暗いかい?夜だから、当たり前だと思うがのう」
上を指して、じいさんが言った。
「暗いどころじゃねえよ。もう何も見えないし、夜だから当たり前?そうは言っても星すらも見えないじゃ…あれ?」
じいさんのその言葉を否定するように空を見上げると、さっきまでなかったはずの一つも欠けていない見事な月が、あたりの星々とともに空に輝き、気づくとあたりの街並みも、店も、足元に積もる雪も、全てがそこにあった。
「あれ、おかしいな…さっきまで何も見えなかったのに…」
「ほっほっほ。どうじゃ、青年よ。少し、散歩でもしないか?」
笑いながら、じいさんの後ろで待機していたルドルフより何周りも大きいトナカイが引くそりを指差す。
「…ああ、乗せてくれよ」
数え切れないほどの明かりで彩られた夜の街を上から眺めるのはいつぶりだろう。
最近は店の材料もあったから夜中にこっそり抜け出さなかったこともあって、こんな風に夜に外へ出るのは随分と昔のことのように感じられる。
「こっちでの暮らしはどうじゃ。そろそろ慣れてきた頃かな?」
「まあ、おかげさまで。退屈だけど、生きる分には困らない生活を送っているよ。ただ、じいさんのいう、夢と希望を与える仕事ってのは、あんましていないかもしれないけどさ」
「ほっほっほ。そうかい」
それからは特に何もなく、サンタクロースのじいさんは黙ってそりを引くだけで、静かな夜の街を、しゃらんしゃらんと鈴の音を立ててゆっくりと飛び回るだけだ。
「それで、今日はどんな用事で来たんだ?もうすぐ夏だし、オーストラリアとかじゃそろそろクリスマスが来るんじゃないのか?こんなとこで空中遊泳してていいのかよ」
新しい仕事の話か。それとも仕事の催促か。今になって僕に会いに来た理由、それだけはどうしてもわからなかった。
「心配無用。今の時代、プレゼントを配るのは私の仕事ではない。それは君も、わかっていることだろう?」
「っぐ!確かに、わかってたけどさ…」
なんというか、夢をぶち壊すような話を、サンタクロースという夢でできたような存在に話されると、元の世界の人間くさいところを思い出して懐かしい反面、切なさも感じてしまう。
「私の仕事はあくまでクリスマスの象徴として、世の人々に夢を与えるのが仕事じゃからの。子どもにだけ聞こえるように鈴の音を鳴らしたり、聖なる木下で愛を語り合う恋人に少しの雪を振らせるだけでも構わないさ」
「なるほど」
そう言われるとそんな気もする。
クリスマスにはサンタクロースがみんなのことを平等に見守ってるとかそんなことを小さいころ言われた気がしたが、それだけでわくわくしたものだ。
そういう意味では、ほとんど仕事なんてないのかもしれないな。
「今日来たのは、ちょっと別の理由でね。君に伝えなければいけないことがあるんだ」
「伝えたいこと?」
そう言ったじいさんの声は、先ほどまでと違って、穏やかではあるが真剣な、本題に入ることを暗に示すような語調だった。
「まずは、今日のことから遡ろうかの」
建物の屋根と同じくらいの高さを維持しながら、まだ営業している店が並ぶ市場を眺め、じいさんが口を開く。
「今日、昨日と同じように、この街の人たちは日々勢いを増す暑さにも負けずに仕事に励んでいた。もちろん君も、その中の一人だったね?」
「…ああ」
一応、座っているだけでも仕事認定されているから、肯定の意を示す。
「半日を過ぎる前は、この街は何も変わりはなかった。汗を流し毎日変わらずに商売に励むものもいれば、暑さに逆らって涼む術を用いるものもいた」
「…」
なんか後半僕に似てますね。
「そうして各々が励む中、この街にも平等に昼が訪れた。昼食も取らず休むことなく働き続けるものもいた。反面、家族とともに行きつけの店で昼食を取るものもいた」
あ、なんか後半僕っぽいですね。というか僕ですね。
なんで僕のことを比較対象として小出しにするんだろう。
そんなに生活態度が悪く見えたのか?
これって、もしかしたら説教なのか?
「ええっと、じいさん…」
「しかし」
僕の言葉を遮ってじいさんが続ける。
「ここからは、青年の話になるのだが。暑さにみかねた青年は、午後になると、その猛暑に耐えられなくなり、ついには自分の周りを雪で囲ったそうじゃないか」
「ああ、暑かったからね」
じいさんは少し苦笑いをすると、来た道を戻り始め、うちの店への道を、低い高度で移動した。
「それまでとはうってかわって大量の雪を降らし、懐には小さな雪だるまを抱いて。そしてそのまま君は眠りについて、気付いた時にはあたりはすっかり暗くなっていた」
「うん、それで合ってるよ」
特に怒った様子もなく、穏やかに話すじいさんに違和感を感じる。
結局、話の本題はなんなんだろう。
実はサンタクロース抜き打ちテストがあって、赤点とったから補講でも開かれるとか?
「目が覚めた時、私とともにそりに乗り今に至るわけだが。時に青年よ。何か不思議に思うことはないか?」
「不思議…?」
そう言われて起きてからのことを振り返る。
確かあの時はじいさんに言われるまでは、あたりが真っ暗で、言われてからは薄暗い街並みが視界に映るようになったけど。
でもやっぱり、
「そうだな。じいさんが来たこととかも不思議なことだけど、特に気になったのは、起きてからは雪だるまもいなくなってたことと、ついでにいうといつも起こしてくれるはずの店の連中が起こしてくれなかったことかな」
雪だるまも能力を解くまでは寝てても動き続けるし、解けたとしても雪だるまの原型は残っているはずなので、雪の塊があってもおかしくないのに、それがなかった。
寝たのは僕が悪いけど、いつもなら誰かしら起こしてくれていたので、そこも特に気になった。
「なるほど」
納得のいく答えじゃなかったのか、じいさんは短くそういった。
「それじゃあそろそろ本題に入ろうか。君は今日、雪に囲まれて、猛烈な眠気に襲われたりはしなかったかい?」
「眠気…ああ、確かに、なんか眠くなったな」
「この世界に来る前、私は君に、『眠らなくても疲れない丈夫な体』を望んだはずだが、これは覚えているよね?」
「ああ、間違いない。でも、なぜか今日は眠くなったんだよなぁ」
いつもなら昼寝をするのは暇すぎてすることがなくなった時の時間つぶしだったのだが、そういう時は能動的に瞼を閉じていたために、眠いから寝る、ということはなかった。
「本当はそこを不思議に思って欲しかったんだがね。ちなみに、君のご家族は、君を起こそうと試みているから、決して起こさなかったわけじゃないんだ」
「え、そうなの?」
僕が気づかなかったのか…?
呆れられて、雪だるまを抱えて中に入ったってことか。
それじゃあ、結構な熟睡状態だったんだろうな。
「ふむ、やはり気付いていなかったか。…青年よ。落ち着いて聞いてほしい」
ゆっくりと移動していたそりも気づくと店の前まで来ていて、入り口には降りずに、二階にある僕の部屋の窓のところに寄せる。
「残念じゃが、今日、君は…」
その言葉の続きは、なんとなくわかった。
だって。
明かりのついた僕の部屋の中にいる3人が、ベッドに横たわる『僕』の前で、僕の目覚めを待っていたから。
「君は…死んでしまった」
午後未明。
異世界代行サンタクロースこと僕は、凍結死により、帰らぬ人となってしまった。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。