ここからはちょっとした番外編です。
よければ、お付き合いください。
ある暑い日に。
「あー…」
元の世界では春と呼ばれ、新たな芽吹きとともに存分に開く桜の花が見守る中、数々の出会いと別れを味わうこの季節も終わりを迎え、太陽が鬱陶しいほどに輝きを増し始めた。
つまりどういうことか。
短くいうと、春が過ぎて夏が近い。
「くっそ太陽め、もう少し自重しろっての…」
じりじりと熱気を送ってくるお天道様に逆らうように、僕の周りにはいつもより一層多い雪が積もっている。
「ってか、あれは太陽なのか?」
異世界なので、空に浮かぶ僕の天敵が太陽という名前なのか、はたまた横文字のイカした名前なのか、そんなことを考えて店の入り口の日陰に椅子を寄せて座っていると、横からやって来た白金の髪色の男が出て来て大きく伸びをする。
「んーっ!午前終わりぃ!」
「よう、お疲れ」
気づくと午前の営業も終わったらしく、ラストはいつものように店前に昼休み表示の看板を立てる。
「サンタさん、お昼、行きましょうっ!」
「ああ、よいしょっと」
「なんかサンタ、年取ったみたいだね」
マイに昼食を促されて立ち上がると、その様が弛んでいたように見えたのかリィナに言われてしまう。
「仕方がないだろ。夏のサンタクロースは、クリスマス以外は大抵こんなもんなんだよ」
「なにそれ」
それ以上の説明は長くなりそうなので、スルーしつつ、先を行くラストとマイに続いて、僕も歩き出した。
「それにしてもさ」
歩きながら、またリィナが僕への不満を口にしようとする。
「そんなに雪降らせて、寒くないの?」
僕の頭上の、周囲1メートルを覆う雪雲を見ながら、不審そうに眉を顰めて僕をみる。
「ああ、暑いのは苦手なんだ」
「風邪引いても知らないよ?」
リィナは呆れたようにそう言って、僕と距離を開けて隣を歩く。
「まあ、そん時はあそこのお店のお嬢さんに、マフラーでも編んでもらうよ」
多くの店が立ち並ぶこの路地の一つの、服を売っている店を指してそういう。
「そこまでするより、この暑そうな服脱いだ方が早いって…」
僕が着る赤いパーカーの裾より少し上の部分をつまんできた。
「馬鹿言うなよ。サンタってのはな、仕事中は真っ赤な服じゃないとダメなんだよ」
普段から着ているこの真っ赤なパーカーは、元の世界から持ってこれた数少ない代物であり、それに加えて、思い入れのある大切なものだ。
「でも、そんな、ほとんど毎日着てさ。たまには他のも着ようよ。お金も使い道ないんだったらさ、新しいの買ったらいいのに」
「いいんだよ。あと僕、服のセンスないから、多分洒落た格好できないしな」
僕の服装は、基本パーカーにジーパン。
対してオシャレをすることに興味もなく、大学時代流行に乗ったりもしなかったし、学生から見ればどこにでもいる冴えない大学生といった感じだっただろう。
しかもこの世界の服は普通の服でも派手なものだったり冒険者用の戦闘服みたいな民族衣装に近いデザインのものが多い。
派手な衣装を好まない僕にとって、店に並ぶ服が気の進むものじゃ無いことは見ればわかる。
「それなら、私が一緒に行ってあげるのに…」
「あ?何?」
「なんでもないよ。ごめんね…」
考えながらリィナの声を聞くことができず、改めて聞いたところ、肩を竦めてリィナが俯く。
しまった、威圧的だったか…
その後はリィナとは気まずい雰囲気の中、ラストとマイの話にたまに気返事で返しつつ、暑い日差しの中、いつものランチの店を目指して歩いた。
リィナとの少しの気まずさを残したまま迎えた午後の営業は、僕にとっては外の椅子に座って暑さに耐えるだけなので、暑さ以外はなんてことはない。
だがこの暑さというのは、レベルなどでどうにかできるはずもなく、僕にとっては太陽も含めて天敵とも言える。
こんな暑い日に限って、袋に溜めていたスライムのゼリーは底を尽きていて、明日の営業のためにも今日の夜はみんなに黙ってこの猛暑の中スライムと運動会をしないといけない。
しかし、飯を食っている間、僕は一つ、暑さに対抗すべく、新しい方法を思いついた。
「ノーウ…」
それがこれ。
僕の上に座る雪だるまである。
ぬいぐるみサイズのそいつは、体の前側を全身で冷やしてくれ、周囲に積もらせた雪が放つひんやりとした冷気も、暑さを遮断してくれているため、感覚的には冷蔵庫にいるのと同じくらいのように思える。
「涼しい…極楽極楽」
これで今日から、快適な午後を過ごせそうだ。
「ふあぁ…あぁ」
飯を食ったせいか、胃の中が消火作業に集中し始め、眠気が僕の瞼にぶら下がる。
珍しいな。眠気がくるなんて。
「ノーウ?」
「わりぃ、ちょっと、寝る」
とりあえず夜まで、今のうちに涼んでおくか。
歩み寄る眠気に逆らえないまま、腕の中の雪だるまに一言断ると、僕の意識は夢の彼方へと旅立った。
眠気に逆らえない僕は、そのまま意識を手放した。
「ふー、そろそろ店閉めるか」
「お疲れ」
「お疲れ様です!」
閉店の時間になり、俺たちは閉店作業を始める。
主にその作業は店の掃除と、売れ残った商品の整理。
中の掃除はマイとリィナに任せて、俺は外にある看板を下げて鍵を閉める作業に入る。
でもその前に、あいつに声をかけないとな。
「サンタ、閉店だ。今日もお疲れ…って」
店を出てすぐ左に椅子を置いて座っているサンタは、大抵居眠りかぼんやりしているか、ルドルフたちと遊んでいることがほとんどだが、今日はいつもと違う。
サンタの周りには季節に合わない雪が降り積もっていて、マイが作った前後に揺れる椅子は雪によって固定されて揺れることはできそうにない程だ。
そして赤い帽子は雪に埋もれ、遠目から見たら人とは思えないほどに、目の前のサンタには雪が積もっていた。
「お、おいサンタ」
「ノー」
「ん?お前もいたのか!」
サンタの不自然に盛り上がった腹から出てきたのは一体の雪だるま。
サンタを揺さぶって起こそうとするが、その目が開かれることはない。
「ノウ!ノウ!」
「おい起きろって。もう閉店だから、なあ」
そういえばこの状況、前にも見たことがあったような。
あれは確か…この前の温泉旅行の時だったか?
サンタが雪だるまを初めて見せてくれた時、全員に抱きつかれて…
「ちょ、落ち着け、お前ら…」
「ノーウ!」
「ちょ、まじで離れて…あ、やべ…」
それでそのまま気を失って…
って、これ、気絶してんじゃねえか!?
「だ、大丈夫かサンタ!おい、サンタが起きねえんだ!頼む、ちょっと手伝ってくれ!」
店の中の二人がやってくるまで、俺はサンタの体を、雪だるまとともに揺さぶり続けた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。