「じゃあな、赤帽子!」
「ありがとう、また来てね。…ふああ」
いつものように客を見送って、大きなあくびをする。
「どうだ―。ルドルフ。気持ちいいか?」
店の外のいつもの位置に座って、お湯の入った桶にルドルフを入れて体を洗ってやっている。
桶の湯に体を浸かったルドルフは、ゆっくりと頭を縦に振る。
「あれから一月か。早いもんだな」
孤児院でのクリスマスパーティはもうすでに一か月前の出来事であり、パーティ終了後、間違って飲んでしまった酒のテンションでおかしくなってしまった3人の我が家族たちとのオールナイトも、最近ついにきたユーエン街の賞金も、不戦勝で優勝したチャンピオンが乗り込んできて、その場で決闘を申し込まれたことも、すべては過去のものとなった。
学校に行くこともなく、友人も、本当の家族も、この世界にはいないけれど。
何が起こるわけでもなく退屈なこの時間を、僕は飽きることなく過ごしている。
「なんだ、今日も暇してんな!たまには俺たちと一緒に、クエストでも行くか?」
「これが仕事みたいなもんだからさ。まあ本当に倒せないやつがいたら、また誘ってよ。魔王軍幹部クラスまでだったら、一人でも倒せるからさ」
「かあーっ!やっぱお前はいうことが違うねえ!器のでかさも、嘘のスケールも桁違いだぜ!」
いや、まじなんだけど。
多分倒せるからね。
「ははは、ありがとう。また来てね」
こうして座っていても、客が話しかけてくれる。
もう大体の客は顔見知り程度に覚えてきているし、ここに座っていることもこの店の名物のようなものにさえなりつつある。
この慣れからか、僕はこの世界に存在を肯定されていて、元の世界にいた僕はいつの間にか死んでしまったのではないかと思ってしまえるほどである。
まあ、もうあっちには帰れないし、誰も覚えてないんだから、記憶の中でさえも生きていないあっちの僕は、死んだも同然なのかもしれないな。
そんな、いつもと同じことを考えていると、聞きなれた声が僕を呼ぶ。
「サンタ、お昼食べに行こう!」
「ああ、もうそんな時間か」
「今日は何食おっかなー」
「たまには違う店にでも行ってみますか?」
「お、いいじゃん!おい、はやく行こうぜ!」
今日も元気に商いに勤しむ我が家の職人達。
ルドルフの体を拭いて立ち上がる。
「おう。…っと、ラスト、飯を食いに行くのは、まだ早いかもしれないぞ」
「ん?」
急いで走ってきた青年を見ながら、ラストに言う。
「はあ、はあ…あの、すいません!急ぎで買いたいものがあるんですけど…」
何も変わらない、たまにイベントが起きる程度で、魔法もドラゴンも魔王も縁遠い生活。
サンタクロースのじいさんに命じられた、夢と希望なんて、与えられているかもわからない。
それでも、僕にとって、この3人との生活はまるでゲームのようなファンタジー世界よりも、伝説のドラゴンとの戦いよりも楽しくて、心躍る、いくら金を積んでも手に入らない、そんな生活。
帽子をかぶりなおして、若者に言うのはいつもの言葉。
「いつもありがとう。ようこそ、ファミリアへ。」
to be continued...
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ここまでで、小説家になろうで掲載していた部分は終了となります。
週一ペースでゆっくりやろうと思っていましたが、思いの外時間に余裕ができたのでほぼ毎日投稿していたような気がします(笑
ここからは番外編を少し挟んで、それが終わったら新しく物語を進めようと思います。
新しい作品との同時進行ですので、本当にペースが落ちるかと思いますが、まだお付き合いいただける方は是非ともよろしくお願いいたします。
感想、質問などあれば、お気軽にどうぞ。
それでは、また次のお話で会いましょう。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。