「ああ、疲れた…」
精神的な疲れから、無意識にそう呟く。
「お疲れ、サンタ」
「おう。リィナも、お疲れ」
時刻は23時がもう10分で終わるころ。
夕方から始まったパーティはいまだに続き、ついに日をまたぎかけている。
中庭の端っこにスノウマンが作ってくれた雪のベンチに腰かけて座っていると、隣にリィナが腰かけてきた。
「スカートで座って、冷たくないか?これ使えよ」
「あ、ありがとう」
袋を下に敷いて、その上にリィナを座らせる。
袋万能すぎだな。
「腹減ったなあ」
「あはは、サンタ、夜は何も食べてないもんね!」
「ケーキが食えなかったのが痛い…」
お腹をさすりながら先ほどまでのことを思い出す。
ラストとともにケーキをもらいに行き、ケーキを手に持ったところまでは良かった。
しかし、いざ口に運ぼうとしたその刹那、中庭に突如降り立った、あのカラアレオンのコメットによってそれは憚れた。
いきなりの登場に口を開けてぽかんとしていると、僕のケーキに目をつけ、あろうことか長い舌で皿ごとかっさらっていきやがった。
そしてついにケーキは僕の胃に収まることは無く、そのまま子どもたちの相手をし続け、途中からスノウマンに任せ、輪の外から様子を眺めている今に至る。
「あいつ、いきなり来るんだもんなあ」
「カラアレオンは跳躍力もすごいからね。家一軒くらい、簡単に超えちゃうよ」
だから知らないって。
お前らどんだけカラアレオン好きなんだよ。
マスコットなの?
「へえ…」
「…後でなんか作ろうか?」
「ありがとう、すごい助かるよ」
「うん!」
なんだよこの子、天使かよ。
自分だって疲れてるはずなのにそんな面倒なこと提案するなんてやつ、そうそういないぞ。
ふと視線を外して再び向こうを見やると、遠くでユウリッドさんがマイとラストと何かを話しているのが見える。
「あいつら、ちゃんと和解できたんだな」
「うん、そうみたいだね」
「…」
話題が、尽きた。
今までなら途方もなく焦る場面だったが、今はそうでもない。
この沈黙でさえ、心地よさを感じる。
しかしリィナがたまにこちらを見て少しうなったり、足をばたつかせたりしているのを見ると、同じようには思っていないようだ。
「悪いな。何も面白いことも言ってやれなくて」
「え!?あ、そんなこと気にしてないよ!」
「わざわざこっちに気を遣わなくてもいいぞ。僕も後で行くし」
「…えっと、そういうので来たわけじゃなくて、さ」
しばらく黙って僕をただ見ていたが、意を決したように口を開く。
「ユウリッドさんにサンタがいなくなってもいいかっていう質問されたんだけどさ。もしかしてサンタ、これからここで暮らすの?」
「ああ?んなわけ…あ」
そういわれて思い出す。
夕方の帰り道のことを。
「…私としても、サンタ君が一緒に暮らしてくれたら嬉しいんだけどね」
「ま、あいつらが僕がいなくてもいいよっていったら、こっちでお世話になりましょうかね」
「ああ、あの時の話か」
「本当にいなくなっちゃうの?」
「それはお前ら次第だ。多分一人一人に聞いて、僕がいなくてもいいって言ったら、ここに来ることになるかもしれないって話を、ユウリッドさんとしたんだ」
適当に返したつもりだったんだが、どうやら本気にされたみたいだな。
「そうなんだ…」
「それで、リィナはなんて答えたんだ?」
「うん。私はやっぱり、サンタには一緒にいてほしいかな」
寂しそうに笑うリィナの表情から、何故か申し訳なく感じた。
「なんだ、その。僕はずっとあの店にいるから。もし別れるとすれば、リィナの門出くらいだろ。結婚とかさ」
「…そっか」
それだけいうと、ベンチをすっと移動して、僕との距離を縮めてきた。
そのまま体を倒してこちらに寄りかかってくる。
いや、だからさ。
そういうのは緊張するから、やめてくれよ。
「もし、例えばの話だけどさ」
「な、なんだ?」
「私の門出が、サンタの門出だったら、それはお別れにはならないよね?」
ん?リィナの門出が僕の門出?
門出ってのは結婚とかの意味で言ったんだが、一緒の門出って、え?
「おい、それってどういう…」
「おーい、サンター!」
言いかけたところでラストとマイが駆け寄ってくる。
「お、おう!どうした!?」
「いやあ、そろそろみんな寝るらしいからさ。片付け始めようと思って」
向こうを見ると、ユウリッドさんとスノウマンに抱えられた数人が抱えられて孤児院の中へ入ろうとしているところだった。まだ興奮している子どももいるが、それでもその後に続いて次々と庭を後にする姿が見える。
「そうか!んじゃ片付けようか!」
「なんかお前、どうした?少しテンション高くねえか?」
「いや気のせいだって!それじゃあさっさと片付けようぜ!」
もしかしたら。
先ほどの話で僕の解釈があってたらと思うと、動揺が隠せない。
きっと赤いはずの顔を腕でおさえながら、背を向けてその場から去ることにした。
サンタが逃げ出した後。
その背中を見ながら、ラストが不思議そうにサンタを見る。
「ん?どうしたんだあいつ?心なしか顔が赤かったような…」
「何かあったんですか?」
「くすっ。何にもなかったよ?さっきユウリッドさんといたけど、何の話してたの?」
他愛もない質問なのに、2人の表情が曇る。
それだけで、大体の予想はついた。
「ん?ああ、ちょっとな」
「もしかしてサンタのこと?」
「…リィナも聞かれたのか」
「うん」
「そうか」
その場に漂う沈黙。
耐えられなくなったのか、マイが口を開く。
「サンタさんなしってのは、やっぱり考えられないですよね」
「そうだね。今日もサンタがいたから何とかなったし」
「ああ、それにあいつがいなかったら、今の俺たちはなかったもんな」
サンタ。
マイもラストも、そして私も、サンタのこと、大切に思ってるよ。
遠くで1人片付けに張り切るサンタを見ながら、胸が熱くなるのを感じる。
「そうだ、後片付けが終わったら、飲みに行きませんか?今日のお疲れ会と、サンタさんへの感謝も込めて!」
「いいね!サンタもお腹減ってるみたいだし!」
「おお、それじゃあ、さっさと片付けて、飲み行くか!」
各々がそれぞれのペースで作業を始めに駆け出す。
ベンチの上には、本当に小さな雪だるまがぽつんと残されて、4人を応援するかのように持っていた楽器で誰にも聞こえることのないだろう、小さな演奏をするのだった。
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