ようこそ、ファンタジー世界へ。   作:zienN

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第80話:ツリーの装飾

「サンタさん、大丈夫ですか?」

「ああ、もう大丈夫」

 

大きな雪だるまを出したことによる疲れも取れ、膝をついて立ち上がる。

 

「それじゃあ、もう一回、疲れることを」

「え?」

 

だるそうに中庭の真ん中のあたりを目指して歩き、そこで手をついて、大きく息を吐く。

 

「知らないだろうが、聖なる夜には、モミの木がつきものなんだよ」

 

地面が一瞬光って、それが収まると、大きなモミの木が地面を割ってそびえ立つ。

 

「わっ!」

 

その高さは孤児院よりも高く、外から見たら建物の中から木が突き抜けているように見えるだろう。

 

「なんでかはわからないけど、クリスマスツリーって言ってな。これが一本立ってるだけでもう『あっ、クリスマスだな』って思えるほどの、クリスマスのシンボルなんだよ」

 

驚くマイに地面にへたりこんで声をかける。

 

「そうなんですか…それにしても、ずいぶん大きいですね」

「ああ、おかげでまた、動けなくなっちまった」

 

10メートル以上の木を出したおかげで、思いの他疲れてしまい、立ち上がるのもやっとだ。

全く今日は燃費が悪いものばっかり出しているな。

 

「大丈夫、ですか?」

「大丈夫じゃない」

「そう言えるなら大丈夫ですね」

 

隣でくすりと笑うマイが手を差し伸べてくれたので、それを借りて立ち上がる。

 

「さんきゅー。んで、今からこの木に装飾をしないといけないんだけど…」

 

袋をわざとらしく漁る素振りを見せて、肩をすくめる。

 

「装飾品がない」

「えっ」

 

短い静寂。

 

「どうするんですか」

「どうしようね」

「…」

 

そーりぃ、普通に忘れてました。

そんなふざけた謝罪などできるはずもなく、隣の鬼のような形相の少女を横目でしか見ることができない。

 

「おーい、こっち終わったぞー」

 

絶妙なタイミングで、準備が終わったラストがこちらに歩み寄ってくる。

ラスト、お前、最高だよ。

 

「うわー、でっけーなあ!木なんか出してどうすんだ?」

「これはクリスマスのシンボル的存在だ。今からこれに装飾をしないといけないんだが、装飾品がなくて、人生初の大ピンチを迎えている」

「大ピンチねえ。お」

 

上を見上げて数秒、ラストが何かをひらめいたような声を出す。

なんか思いついたのか!?なんでもいい、隣の殺気が静まりさえすれば…!

 

「あったじゃねえか、装飾品」

「え?」

「サンタ、乗れ」

 

そういってラストは僕をそりに乗せて、自分は後ろに座る。

 

「ちょっと家に戻るわ。マイ、今のうちにリィナのとこ行って、あっちの手伝いしてやれ」

「家…?あっ!あれですね!」

 

マイもなんだかわかっているのか、すぐに表情がパッと明るくなる。

 

「ああ、あれだ」

 

あれってなんだ。

 

「ほら、行くぞ」

「2人とも、早く戻ってきてくださいよ?」

「おうよ」

 

何が何だかわからないうちに、ルドルフは勝手に舞い上がり家へと急ぐ。

 

「ここはひとつ、うちの自慢の商品をお見せしましょう、ってか?」

「それ、僕の真似のつもり?」

「へっ、似てないか?」

 

ちょっと似てた。

ルドルフのスピードにかかれば、家へ着くのにそう長くはかからなかった。

 

 

 

「んで、装飾って、本当にあるのかよ」

「あるよ。まあちょっと待ってな」

 

家までつくとラストは中へ入っていった。

なんとなく気になったので中に入ると、ラストは商品棚を漁っている。

 

「そういや商品とか言ってたけど、うちにそんなもんないだろ。ポーションくらいしかないんじゃねえの?」

「そうか、サンタはいつも外にいるもんな」

「…」

 

何気なく言うラストのその一言に、少しだけ疎外感を覚えながらも、それを顔に出さないように努める。

 

「リィナが来てから、うちはポーションだけじゃなくて、魔法道具も売ることができるようになった。まあこれは知ってるだろ?魔法道具ってのは幅が広くてな。いつでも使えるような便利なものから、使い道が限定された局所的なものまで、いろいろある。それで今回に限って使えそうなものってのが…お、あった」

 

並べられた商品をかき分けて、お目当ての品を見つけると、いつものどや顔を決めてくる。

 

「これだ」

 

差し出された小さな箱。

青く染められたそれは、夜空に浮かぶ星のように、所々がきらきらと輝いていた。

 

「きれいな箱だな」

「ああ。こいつはリィナの特製らしくてな、高いうえに戦闘には全く役に立たないから、売れることなく残っていたんだが…まさかこんな時に役に立つとは」

 

その箱をもって、僕たちは再びそりに乗り、孤児院へと戻る。

 

「んで、それを開けるとどうなるんだ?」

「一個しかないから俺も使い方はわからないんだよな。開ければわかるって言われたんだけど…。一応飾りつけに使えるとか聞いたけどな」

 

内容がまるでわからない、まさしくブラックボックスってか。

博打気味だけど、まあこういうのも面白い。

 

「まあ、リィナを呼んで来ればわかるだろ。今頃はみんなで遊んでるんじゃないか?」

「おう、それで行くか」

 

そこで一匹の友人のことを思い出し、ラストに尋ねる。

 

「あ、そういえばコメットが、連れていこうと思ったら道も教えてないのに勝手にどっか言っちゃったんだけど、大丈夫なのか?」

「ああ、どうりでいないわけだ。大丈夫、カラアレオンは、鼻が利くんだ。お前のにおいを覚えているはずだから、大丈夫だと思うぜ」

「へー、そうなんだ」

 

勉強になったと思っていると、いつの間にか中庭の真上までついていた。

ルドルフはゆっくりと降下して、雪の上に着陸する。

 

「っと、もうついたか。それじゃあ、俺がリィナを呼んでくるから、後はお前とリィナで二人で準備をしといてくれ。ちび共は俺たちが相手しとくからよ!」

「おお、ごめんね」

 

そりから飛び出してラストは中庭を後にし、僕は残された小さな箱を手にもてあそんでいると、少ししてリィナが駆け足気味に中庭に入ってきた。

 

「よう、悪いね、急に呼び出して。そっちはどう?」

「サンタ。ううん、大丈夫だよ。あっちはみんな楽しくやってるよ。やっぱり夜に何かするって言うのが楽しいみたい。今はプレゼント交換をやっているから、私もうまく抜け出せたよ」

 

いつものように笑うリィナは中庭の隅に掛かるランプの明かりが照らし、ドラマの演出のようだ。

物語の世界から切り取ったようなその姿に少しだけ見とれてしまうが、別に惚れたわけじゃない、と必死に言い聞かせる。

 

「それで、サンタから大事な話があるって聞いて来たんだけど、どうしたの?」

「ん、ああ、それはね」

 

箱を見せようとした瞬間、リィナははっとして僕をまっすぐ見つめて、顔を赤らめる。

 

「も、もしかして…大事な話って…!」

 

んー、なんかよくわかりませんが嫌な予感がします。

 

「こ、告白!?」

「はあ?」

 

予感的中です。

 

「ダメだよサンタ!こんな時に…時と場合ってものが…!」

「落ち着けって。僕はただこれを」

「その箱!もしかして指輪!?はわわ…」

 

取り乱したリィナは興奮しきって話を聞いてくれない。

ラストの野郎、大事な話とか、ぼかすんじゃねえよ。

いや、確かにクリスマスにモミの木の下でプロポーズなんて場面は腐るほどあるけどさ。

 

「おい、リィナ。話を…」

「ダメだって!でも、サンタがどうしてもって言うなら…」

「いやだからさあ…」

 

リィナを説得するのに、おそらく向こうのプレゼント交換は終わったんじゃないかといえるくらいの時間を要した。




最後まで読んでいただきありがとうございます。

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