「うぐええ!」
「きゃあっ!」
「よっしゃ、10連勝」
「いい加減手加減しなよ…」
一回目の僕とリィナの勝利の後、あれからずっと、中庭では飽きることなく同じ遊びが繰り広げられていた。
「こればっかりはどうしようもねえな。あいつらに言ってくれ」
「ノー!」
「さあて、10回目の罰ゲームだ」
あの薬を取り出し、口を無理矢理開けて突っこむ。
10戦に続く雪合戦は、ラストとマイ率いる孤児院チームは全敗で、その数だけラストの薬を飲まされて目覚めさせられている。
「ぶっ!もう何度目だよ…」
「うう、今回はラストがリーダーなのに、どうして私も飲ませるんですか…」
「まあ、ノリで」
「みんなー、そろそろお昼よー」
中庭にユウリッドさんが歩いてくる。
スマホを見ると、すでに12時近くになっていて、何時間も雪合戦をやっていたことに気づく。
「ちゃんと手は洗うのよー」
「はーい!」
子どもたちが次々と中へ入っていく。
「お、飯か。僕たちは店に行くか」
「何言ってるの?せっかくだから、みんなと一緒に食べなさいよ」
「お、姉ちゃんの飯か。久しぶりだな。サンタ、ここは食っといた方が良いぞ」
ラストが食ったほうがいい、というのは珍しい。
これはつまり、こいつも認める程の料理ということでいいのだろうか。
「ん?おお、それじゃあ、世話になります」
「ちゃんと手は洗ってね」
食堂。
「いただきまーす!」
手を合わせて、誰かのいただきます、の合図。
大勢での昼食は、にぎやかで、給食を思い出すようだった。
「んー、やっぱ姉ちゃんの飯はうまいなあ」
「どうやったらこの味が出せるんでしょうか…」
昼食のメニューはいたって普通。
しかし、何故かどこへ行っても食べられないような気がするほどに、おいしく感じる。
あの料理のプロに匹敵するラストが、もろ手を挙げてほめるのも納得がいく。
「…これがおふくろの味ってやつか」
シュンッ。
ザクッ。
そういった矢先、ものすごい速さでフォークが飛んできた。
「ふふっ、いやねえ。まだそんな歳じゃないわよ」
「すんません。ユウリッドさんまだまだ現役っすよね。姉御っすよね!」
胸に刺さったフォークを抜いて、訂正する。
おいこのフォーク、常人なら死んでるぞ。
「ま、まあサンタ。それでどうするよ」
隣に座るラストがひそひそ話しかけてきた。
どうするよ、というのは、パーティの準備のことだろうか。
「そうだな、僕がユウリッドさんと子どもたち連れて街に行ってくるから、その隙に3人で準備しててくれよ。こっちはプレゼント交換のプレゼント買ってくる」
「お、名案だな。了解」
そういってラストが立ち上がり、皆に呼びかける。
「おおい、みんな。飯の後はサンタがみんなで街に連れてってくれるってさ!ちょっとしたゲームをやるから、まあ、期待しててくれよ!」
「はーい!」
なんのヤジも飛ばさずに、素直に返事をする子どもたち。
「それじゃあ、早いとこ食っちまうか!」
飯の後にすることに期待して、食べるスピードを上げるみんな。
大勢で食べる昼食は、終わりを迎えようとしていた。
昼飯を片付け、孤児院の住人を全員連れて門の前。
「それじゃあ行ってくる」
「留守番お願いね~」
「任せてくださいっ!」
ラストに夕方帰るとだけこっそり告げて、ユウリッドさん、子どもたちとともに街へと繰り出した。
広場にて子どもたちを集めて、MC気取りで案内をする。
「ようし、ここから先はプレゼントを買う時間だ」
「プレゼント?それって昨日お母さんが言ってたやつ?」
昨日の今日で本当にごめんなさい。
「それそれ。ここにいる誰かにあげるプレゼントだ。誰がもらっても喜ぶようなプレゼントを一人一つずつ持ってきてほしい」
「わかった!」
「面白そう!」
「うまいもんならだれでも喜びそうだなあ!」
各々が納得して騒ぎ出す。
それを抑えて、袋から金の入った袋を取り出す。
「はーい。それじゃあ今からみんなにお金を配るから、これで好きなの買ってきてねー」
取り出した効果は1000ユイン銀貨。
今朝1万ユイン金貨を取り出して一人当たりはこれでいいかと聞いたら、子どもに贅沢させるんじゃねえということで、両替された。
ダメだな。ここに来てから金銭感覚が狂ってきている。
「夕方までは自由行動。買い物が終わって、暇になったら、ここでみんなで遊んでてくれよな!」
「はーい!」
「よし、おっけい!行って来い!」
「わー!!」
黄色い声を上げながら、子どもたちは店の立ち並ぶ方へと一目散にかけていった。
残されたのは僕とユウリッドさん。
「悪いわね。お金まで出してもらって…」
「気にすることじゃないっすよ。昨日500万くらいサクッと稼いできたんで」
「あら、すごいのね」
「そんなことなんで、どこか行きたいところがあったら、お金は出すので、行ってきていいですよ。僕はここで適当に昼寝でもしてるんで」
10枚の金貨の入った袋を差し出す。
「そう、それじゃあ、行ってこようかしら」
ガシッ。
「はい、いってらっしゃい。っと、ん?」
袋ではなく、袋を持った右手を掴まれる。
「あなたも来るのよ」
「え、まじすか。でもあいつら戻ってきたときに迷子になるんじゃ…」
「私は自分の街で迷子になるような子どもは育てた覚えはないわ。この街であの子たちとかくれんぼして勝てる人がいないくらいにね。ということで、行くわよ」
「ええ…」
連れられるままに、僕も街の賑わう方へと連れて行かれることになってしまった。
「ってかこの街全部知ってるなら、行きたいとこなんてないんじゃないんですか?」
ユウリッドさんの後ろを歩きながら、少し不満げに尋ねる。
「あら、そんなことないわよ。私一人じゃいけないところもあるもの」
「一人じゃ入れない?結婚式場くらいでしょんなもん」
相手みつけて男といって来い。
とは言えない。
何やら言ってはいけない空気を感じるから。
「ついたわ。ここよ」
「はあ、いったいどんなところ…んん?」
正面にすぐに下へと続く階段があるその建物は、「バトルハウス」と赤い字で書かれたものだった。
「さあ、行くわよ」
「行くって、おわっと!」
腕を掴まれて、無理矢理階段を下る。
奥の扉を開けて、ユウリッドさんが受付で手短に話すと、僕は右にある扉に投げ込まれた。
「は?」
「ふふふ、それじゃあ、頑張ってね」
「で」
『さーあ、やってまいりました!今日我々を熱くさせてくれるのはこの男ぉ!チャレンジャー、サンタクロースぅ!』
「うおーーーー!」
「なんだこれ…」
四角いボクシングのリングのような空間で、一人立ち尽くすなか、観衆どもが雄たけびを上げる。
そのなかにユウリッドさんもまじって楽しそうにしている。
『今回彼が選んだのは四天王コース、果たしてすべて突破できるのか!?それでは一人目、行ってみましょう!巨大な体で一発KO!四天王、ブルーファンゴぉ!!』
頭にかぶった闘牛のような角突きのヘルムのおっさんが、リングに上がる。
「ヘエイ小僧!ママにサヨナラはしてきたか?」
「ええっと、する暇もありませんでした」
『それでは参りましょう!レディ、ファイ!』
「そいつはついてねえなぁ!ママのとこには、化けて出てやんな!死ねえ!」
頭をこちらに向けて、勢いよく突進してくる。
「え、ちょっと待って、死ぬ、死ぬ!」
『出ましたあ!必勝の大技!冒険者レベル35の彼の攻撃に、並の人間には耐えることはできなあい!』
「35…?」
両腕をクロスさせて防御に入っていたが、それを聞いて気が抜ける。
角がちょうど腹に当たるが、僕の体を貫くことなく、ぎりぎりと目の前の闘牛野郎が制止する。
「へっへえ!避けねえとはなかなかの度胸だ。でもこの様子じゃあ、試合は終わりかあ?」
「ああ、終わりだな」
自慢の角が僕を貫いたと勘違いしている男の角を掴んで、二本の角を根元から折ってやる。
「え?ガッ!!」
ヘルムを外して、丸出しの後頭部に思いっきりげんこつを食らわせると、地面に横たわって、おとなしくなった。
『な、なんと!あの四天王を、一発でたたき落としただとぉ!?一体何が起こったのかぁ!?』
「んなもん。レベル差だ」
四天王で35レベル?馬鹿にしやがって、勝手に放り込まれたとはいえ、それなら超強いやつ連れて来いよ。
イライラしてきたので、怒りを実況にぶつける。
「おい!なんだよこれ!せめて90レベルくらいのやつつれて来いよ!最初だからって、35なんて、接待もいいところだぞ!」
『え?ええっと…こいつはなかなかのパフォーマンスだあ!彼はエンターテイメントというものをわかっている!これは期待できそうだぞお前らぁ!』
「うおーーーー!」
機転を利かせた実況が慌てながらも観客を盛り上げる。
いや、パフォーマンスじゃなくて、ガチで言ってるんだって。
『ふっふっふ、やつは四天王の中でも最弱…次はこいつだ!毒針のグリーンバロウ!レディ、ファイ!』
「こいつでねんねしな!ふんっ!」
いきなり上がってきた次の刺客は吹き矢で僕の額に小さな針を打ち付けてきた。
ザクッと刺さると、得意げにつぶやく。
「へ、それはドラゴンすら痛みで躍らせる恐怖の劇薬!これでお前もおしまいだあ!」
「いや、だからさあ」
額に刺さった針を抜いてダーツのように投げ返す。
「え?あっ…」
そして短い声をあげて、パタリと倒れる。
「もっと強いの!出して!」
『ええ…ん、んん!次、次だあ!連発魔法使い、イエローウィザードぉ!レディ、ファイ!』
「死ねえ!」
魔法弾がやつの周りを囲んだ瞬間に、飛び込んで顔面に一発打ち込む。
「ぐべらあ!?」
「ほら、最後!!最後のやつ呼べ!」
『…最後は、我らがバトルハウスのリーダー、キャプテンレッド!…レディ、ファイ!!』
「おらあ!容赦しねえぞお小僧!」
「うるせえ!どうせ四天王なんて雑魚だ!お前倒してチャンピオン戦をやるんだよ!」
痛くないパンチを顔面で受けながら、クロスカウンターの要領で相手にパンチを繰り出す。
「ガッ…!」
白目をむいて起き上がる素振りを見せないのを確認してから、さっきから一発勝負でまるで実況する暇のない実況に怒鳴りつける。
「おい、早くチャンピオン出せよ!雑魚すぎんだよ!」
『ひぃ!ごめんなさい!もういないんですぅ!四天王コースは、四天王を倒したらそれで終わりなんですよぉ!』
実況が情けない声をあげて泣き始める。
「なんだよそれ!もう終わりなの!?普通四天王倒したら、次いるだろ!出せよ!出せよ!」
『ごめんなさあああい!!もう終わりなんですううう!ゆうじょう、おめでどうございまずうううう!!』
「わあああああああああああ!」
「おい…おい…!」
こうしてろくな時間もかけずに四天王との戦いは終わってしまった。
やり場のない謎の怒りの矛先をどこへ向ければいいかわからずに、僕はただリングの柱を殴ることしかできなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。