「ここか…」
AM9:00。
計画がまとまった翌日、ラストに書いて持った地図を頼りに孤児院へとたどり着く。
うちの店ほどではないがそこそこに年季が入っていて、壁の所々にひび割れやツタが這っている。
入り口と思われる大きな門の横にある呼び鈴の役目を請け負っているはずの鈴を何度か鳴らす。
しかし、何度鳴らしても、中から人が出てくる様子はない。
「おかしいな…ここであってるよな?」
どれだけ鳴らしても出てこないので、大きな声で呼んでみる。
「ごめんくださーい!」
「はーい!!」
呼びかけると、一回で扉の奥から声が聞こえてきた。
待つこと数秒、扉がガチャリと開いてユウリッドさんが出てくる。
「あら、あの子たちの。ごめんなさいね。その呼び鈴、基本鳴らす人はいたずらだと思って、相手してなかったの」
「はは、そうなんすか…」
居留守だったのか…
呼び鈴の意味ねえじゃねえか…!
「それで、今日はどうしたの?」
「あ、はい。実は今度みんなでこっちに来るので、それまでに準備してほしいものがあって、僕は文字が書けないので、口で伝えに来ました」
「文字が書けない?かわいそうに。親がいないから十分な教育を受けさせてもらえなかったのね…」
すごくかわいそうなものを見る目で見られる。
なんだろうこの悲壮感。
そのうち語学の勉強始めようかな…?
「ご、ごほん!それで、子どもたちに、それぞれ何か一つを用意しておいてもらうようにお願いしてもいいですか?お題は好きな子へのプレゼントで」
「わかったわ。それじゃあ子どもたちにも、しっかり伝えておくわね」
「よろしくお願いします。それじゃあこれで」
そういって来た道を戻ろうと背を向けて歩き出すと、後ろから声をかけられる。
「あー!雪だるまのお兄ちゃん!」
「ん?ああ、あの時の」
「僕たち今からみんなで遊ぶんだ!お兄ちゃんも一緒に遊ぼうよ!雪だるまさんにも会いたいよ!」
ユウリッドさんの背後からやってきた数人の子どもが僕を囲んで腕を引っ張る。
「お、おお…」
「みんな、あんまりわがまま言っちゃだめよ」
「えー、いいじゃん!遊ぼうよ~」
駄々をこねるように服の袖を引っ張られる。
伸びる、伸びるから、あんま引っ張るなよ。
お気に入りなんだよこのパーカー。
「わかったよ、遊ぶよ。だから引っ張るな。伸びる」
「え!ほんと?やったあ!」
パーカーを守るためにそう答えると子どもの甲高い声が上がる。
「ただし、僕は子ども相手でも、手加減しないからな」
「良いよ!勝負しよう!」
どうやらやる気満々のようだ。
子どもたちに引っ張られるまま、孤児院の中へと連れていかれる。
「それじゃあ、今日はこの辺で」
「ええ、それじゃあ、今度来るのを待っているわね」
「お兄ちゃん、またねえ!」
PM6:00。
昼を覗いてほとんどを遊んで過ごし、夕方になってしまった。
「へ、ちょっと大人げなかったか?」
遊びの内容を思い出して、思わず口元がにやける。
雪合戦も、鬼ごっこも、リレーも、全部本気でやったおかげで、子どもたちの完全敗北だった。
中でも雪合戦は、雪だるまも手加減する気はなかったので、一方的な雪玉の暴力だったように思える。
まあ、あまりに手加減しなさ過ぎて、ユウリッドさんが少しだけラストを怒っていた時のような恐ろしい笑顔で僕を見てからは、かまくらを作ったり、みんなで協同作業しかしなかったが。
「さて、あいつらは真面目にやってるかな?」
家につくと、いつも通り閉店の看板が掛けられている。
僕は店の横にいるルドルフに声をかけてまたがり、窓から侵入する。
「ただいまー」
「おう、遅かったな!」
僕の窓からの登場にさも驚きもせず、ラストは僕を迎える。
「ユウリッドさんにあってきたよ。楽しみにしてるってさ」
「そうか。サンキューな」
リビングのソファーに腰を下ろして、他の二人を探すが、見つからない。
「女性陣はどうしたんだ?」
「ん?奥でちび共のプレゼントを作ってるらしいぞ。もうずっとこもりきりだから、今日は見てないな」
「へえ」
まあ店番は雪だるまに任せてるから、困ることはないのだが。
「それより、これを見てくれよ!」
「ん?」
キッチンへ引っ込むラスト。
直後、自分の顔が隠れるほどの背の高いケーキをもってきてテーブルの上に上げる。
「とりあえず作ってみたんだ。味は文句ないと思うが、見た目の感想を聞きたくてな!」
「ええ、早くね…?」
テーブルに乗せられたケーキは、結婚式場にあるような数段にもなる豪華な造りで、てっぺんにはモミの木と赤い帽子をかぶった人とトナカイの砂糖菓子が鎮座していて、それぞれの段には見たことがない果物がちりばめられ、赤い髪や長い髪を束ねた女の子、金髪頭の男の子や雪だるまの砂糖菓子が雪のような白いクリームの上で生きているかのように乗せられている
「お題は俺のクリスマス、ってところか?どうだ、すごいだろ」
「これは…すげえな」
こういうとき、気の利いたことを言えない自分の語彙力の無さを情けなく思う。
「だろ?あいつらも驚くだろうな?」
「あ、サンタさん、戻ってたんですか?」
「お、マイ。と、リィナ」
「ついでみたいに言わないでよ」
奥の部屋から二人が一仕事終えたようなさわやかな顔をしてやってくる。
「うわ、すごいケーキ!それにこれ、上に乗ってるの私たちじゃないですかっ!」
「本当だ…!すごい。おいしそうだね…」
二人もラストの作ったケーキに感心する。
「だろ!俺はこれであいつらを喜ばせるからな。そっちはどうだ?後どのくらいかかりそうなんだ?」
「ふっふっふ…。こっちも、ちょうどいま終わったところですっ!」
「…え、まじで?」
「見てください!」
マイは持っていたかごに手を入れて自分が作ったものを並べ始める。
そこには二頭身の丸い雪だるまや、帽子をかぶった二頭身、トナカイや色々な木彫りが細やかに作られていた。
「どうです?結構きれいに作れたと思うんですけど!」
「私も手伝ったんだよ!」
「いい出来だ。普通に金出して買いたいくらい…。お前ら、本当に仕事がはやいな。これ、もう準備終わってるじゃん」
まだ計画して一日だというのに、もうほとんどが終わってしまった。
スケジュールとかは決めてなかったが、まったく計画性のない、短期決戦のような勢いで準備が終わってしまった。
「それじゃあ、いつにする?ケーキの状態から考えて、俺はできれば数日以内が良いと思ってるんだが」
「サンタさん、どうしましょうか?私たちはいつでも準備できてますよ!」
二人に見つめられて、決定を促される。
予想外の早さに驚きを隠せない僕も、感覚がマヒしてついおかしなことを口走ってしまう。
「えーと。んじゃ、明日で」
「明日ですか?ずいぶんと思いきりましたねっ!」
「良い判断だ!そんじゃ、こいつはしまっとくぜ」
「それじゃあ明日に備えて、今日は早めに寝ようか」
早々に晩飯を食い終わり、僕たちは自室へと帰った。
「はあ、こりゃ、プレゼント交換は、無理かもな」
簡素な自室で一言つぶやく。
いつものように寝なくても良かったが、高ぶるテンションを抑えるためにも、僕は意識を手放した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。