「いやー、寿命が縮む思いだったぜ」
「サンタが窓から降りたおかげで私も縮んだかと思ったよ…」
リィナをお姫様抱っこしながら窓を飛び出して、すれ違う人の視線も気にせず僕はひたすら走った。
そして今日は、冒険者ギルド内のテーブルに座って、向かい合って昼食をとっているところだ。
「あの二人、気まずそうだったね」
「そうだなー。なんでだろうね」
ユウリッドさんの、二人で飛び出して店を始めたという部分が強調されていた気がするが、あまり詮索するのはよろしくないだろう。
人の色恋とプライベートは、深入りしてはいけない。
自論だ。
「うーん、おかげでしばらく帰れなくなったな。どうする?行きたいとことかあったら、連れてってやるが」
「ほ、本当!?」
「ああ、いいよ。何だったら、全額僕の負担でもいい。欲しいものでも、行きたいとこへの往復切符でも、なんだってプレゼントしてやる」
妹がいたらこんな感じなのだろうか。
リィナの嬉しそうにしながらどうしようかと考える様子を、兄になった気分で見守る。
「嬉しいなあ。それじゃあ、どうしよう…あ、そうだ!」
少し考えた後、リィナは思いついたように顔を上げる。
「おう、決まったか。言ってみろ」
「うん!お金!お金がほしい!」
血の気が引けるのを感じる。
「え、お金…?」
まさか年下の、それも高校生くらいの年頃の女の子に、ストレートに金をせびられるとは、思っても見なかった。
泣きそうなのをばれないように、帽子を手でおさえて顔を隠す。
「リィナ。なんでもやるとは言ったけど、それは違う。せめてなんか高いもの買わせて、転売とかしてくれよ。お金とか、ストレートすぎ」
「ち、違うよ!」
「何が違うんだよ。ダイレクトにお金ほしいとか言ったじゃねえか」
赤い髪を振り乱しながら、リィナはギルドの受付を指差す。
「ギルドのクエストが受けたいの!サンタと一緒にクエストして、その報酬でお金が欲しいの!」
「ああ、そういうことっすか」
よかった。
リィナは真面目な子だった。
危うく袋から全額出すところだったぞ。
「でも、僕冒険者じゃないから、クエスト受けられないんだよなあ」
「冒険者じゃなかったんだ…じゃあ、私と一緒に、登録しにいこう?」
「色々と、世話になります」
「うん!」
その時、僕の腹から不服そうに唸り声が上がる。
「その前に、飯、食わせてくれ」
昼飯を平らげて、僕たちはクエストが色々と貼ってある看板の前にいる。
「んー、なかなかいいのがないね」
「そうなの?普通にこれとかよくね?」
僕は一つのクエストを指さす。
「んー?レッドスライムの討伐…って、こんなのつまらないじゃん」
なんだとこの野郎。お前だってスライムから戦闘を学んだくせに、偉そうなこと言いやがって。
「じゃあ、何が良いんだよ」
「…なんで、そんな不機嫌なの?やっぱりサンタの強さに合わせて、すごい強いのと戦いたいじゃない。魔王クラスとか」
「なるほど。でもないんじゃ、仕方がない。受付で聞いてみるか?」
「そうね」
「すいません。すごい強いやつの討伐クエストとか、ありませんか?できれば、魔王クラスとか、すんげえ強いドラゴンとか、なんかいません?」
受付の人に対して、かなり馬鹿な身なりをして、迷惑な質問をする僕。
実際、周りからみたら、身の程をわきまえない赤い帽子をかぶった馬鹿が、受付を困らせているように見えるだろう。
「そうですね…それではギルドカードを見せてもらってもいいですか?」
「え」
ギルドカード。
初めて聞く単語に、僕は困惑する。
「これで、お願いします」
焦る僕にフォローを入れるように、横からリィナが赤いカードを差し出す。
「はい、確かに。それでは、少しお待ちくださいね」
受付の人は奥の方へ消える。
「サンキュー。助かった」
「大丈夫、でもサンタ、冒険者じゃないってもったいないね。サンタなら最前線で魔王軍と戦えそうなのに」
確かに、魔王というものがどれほどのものかはわからないが、命の危険を感じるほどの強敵にはまだ会っていないので、戦ってみたい気もする。
でも、今の生活に満足してるから、それを離れてまでわざわざ戦おうとは思えない。
「まあ、生きていられるなら、そんな大層なことは、しなくてもいいんだ」
「そういうものなの?」
「そういうもんだ」
「お待たせしました」
受付の人が戻ってくる。
「赤のクラスの冒険者の方ですと、ここら辺では少し行った先の森にある盗賊ゴブリンのボスを倒すのが一番ですね」
そういわれて、カードを返される。
「うーん、やっぱりそのくらいか。それじゃあ、それでお願いします」
「はい、それでは、頑張ってくださいね」
「…あれ、終わり?」
特に何も渡されることなく、簡素な激励の言葉を受けただけで、クエストの受注がなされる。
「うん、行こう、サンタ」
「あ、ああ」
「あんな簡単に受けられるのな。なんか書類とかあると思ってたけど」
「このカードがあれば、そういうのはほとんどいらないんだ」
なんだ、チップでも埋め込まれてるのか?
「へえー」
「ねえ、それはそれとしてさ。そろそろスライムいじめながら進むのやめてくれない?時間かかっちゃうじゃない」
「これは失敬、ついうっかり」
今は草原で、僕たちはゴブリンとやらが出てくる森を目指して歩いている。
ルドルフがいればひとっとびなのだが、あいにくと店番を任せているから、それもできない。
「でも、これじゃあ時間かかっちゃうね」
「じゃあ、時間短縮する?」
そういうと、リィナは首をかしげて、僕を見てくる。
「え、できるの?」
「ああ、ちょいと失礼」
「え、ちょっと、わ!」
お姫様抱っこで、リィナを抱える。
「しっかりつかまってろよ」
地面を蹴って、全速力でまっすぐ駆ける。
スキルを使わない限り疲れないので、出し惜しみなく出せる限りのスピードで走る。
「うぅ…」
顔を伏せて何も言わないリィナ。
しかし、僕は走ることをやめない。
ごめんな、流石にお姫様抱っこは好きなやつにされないといやだよなあ。
今度お詫びに飯でもおごってやろう。
「お、あれかな」
目の前の丘をこえると、僕たちの目的地だと思われる森が、辺り一面に広がる。
目の前を通るスライムを蹴散らしながら、僕は森の入り口まで全力で走った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。