AM7:28。
焼け焦げたラストを放って片付けをしていると、ガラス戸を開けて服を着た二人が出てきた。
「いいお湯でした♪」
「ああ、そいつは良かったな」
「何やってるの?」
いやそれお前が聞くか。
「掃除して寝たのに起きたらまた散らかってたから掃除して今終わったとこ。ラストも何故か焼けてるし床も濡れてるしユキ達はいなくなってるし…何があったんだろうな」
「…さあ」
リィナは気まずそうに顔をそむける。
まあ何があったか知ってるんだが。
悪いがあくまで僕は寝てた体を貫くからな、ラスト。
「それより、温泉入ってる間に朝飯運んできてくれたぞ。早いとこ食おうぜ」
「そうですねっ。食べましょうか!」
「おら、寝てないで起きろ」
暗い緑の液体を突っ込んで、本日3度目の絶叫を聞き、朝飯を食べ始める。
AM8:10。
「ごちそうさまでした」
全員で手をあわせると、すぐに帰りの準備を始める。
「よし、帰るか。一回リィナの家によって荷物をまとめてくるから、お前らチェックアウトの準備しとけよ」
「あ、私の荷物これだけだから大丈夫だよ」
そういって腰につけた茶色い袋を指さす。
「え、家は…?」
「私家ないから。親も兄弟もいないよ」
「…なんかごめん」
聞いちゃいけないこと聞いてしまったか。
「いいよ、今は家族いるから!」
表情に出ていたのか、リィナは手を大きく振って気丈に振る舞う。
そのリィナの笑顔にドキッとして、それを悟られないようにそばにいたルドルフを抱えて外へ出る。
「準備終わったらその袋に入れて待ってろ。先に会計済ませてくる」
「俺も終わったから行くわ」
「あ、だったら私も」
「リィナはマイの手伝いしてやれよ。女の子は準備がかかるんだろ?」
大きな荷物をまとめるマイが、一人忙しそうにうなる。
「うぅ、仕方がないじゃないですかあ。今日帰るって聞いたの昨日なんですから…」
下へ降りる途中、ラストが物憂げな表情で、明日から仕事か、とつぶやくのを聞いて、日本の月曜日のサラリーマンを思い出して気分が萎えた。
「世話になりました。また来年、その気があったらまたくるんで、その時はどうかよろしく」
「是非、またいらしてください。来年の決勝戦、楽しみにしてますので」
会計と支配人に挨拶を済ませて、そりを出して乗り込む。
「階段上るの面倒だから、一番上までこれで行こうぜ」
「名案だな。そりゃ」
そして屋上のバルコニーに着地して、ガラス戸を開ける。
「おーい、終わったから行くぞー」
「はーいっ」
こっちも終わったようで、部屋にあるのは白い袋一つ。
それをもって全員でそりに乗り込む。
今回は隣に新しい乗客が増えたからそりは満席だ。
「んじゃあ、帰るか」
旅館よりも高く飛んだルドルフが、一度来た道を戻るように、ユーエン街から遠ざかる。
昨日まで戦っていたコロッセオも、硫黄の匂いも、すべてが小さくなっていって、やがて見えなくなった。
数日後。
闘技場では観客、実況、そして対戦相手が、一人の男の登場を待ちわびていた。
しかし試合開始予定時刻からすでに10分が経過しているにも関わらず、男が登場する気配はない。
実況の女は一人、困ったように話す。
『えーっと、サンタクロース選手が来ませんね。このまま失格になってしまうのでしょうか…』
そこへ一人の中年の男がやってくる。
彼は手紙を女に渡すと、そそくさと外へ出ていった。
差出人の名前を見て、女の表情が変わる。
『えーと…これは…!みなさん、サンタクロース選手から、手紙です!』
それを聞いて、会場は静かになる。
女は慎重に封を切り、手紙を読み上げる。
実況のお姉さんへ。
突然すいません。わたくしサンタクロースは、本日の大会を、棄権させていただきます。
今回お集まりいただいたみなさん、今回の大会の優勝は私の対戦相手、そこにいる彼にプレゼントするので、そこのところの理解のほどどうかよろしく。
追記。
リィナ選手のことは、来年、もしこの場へ来ることがあったら、お話しするので、期待しないで待っててください。
あ、後、うちの店はスタナ街にあるので、そちらへ出向いた方は良かったらお立ち寄りください。
最後に一つ。準優勝の賞品は下のところまで送ってください。
××××××
サンタクロース
『って、ええええええええ!』
「ええええええええええ!?」
会場にいたものすべての驚きの声は、当の本人の耳に入ることはなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
第2章終了です。