「ここです!」
「へ、へえ…ここは、物置ですか?」
「違いますっ!ここが私のお店です!」
「これは失礼…」
広場の西への道をすすんで、大きな分かれ道をすべて右に曲がると、その家は姿を現した。
だが、ぼろく、立派な煙突がついているだけのただの家、店というには少々すたれすぎている。看板だけはきれいだが。
ルドルフは気に入ってるようだが。
こいつは価値観がおかしい気がする。
看板には綺麗な横文字で、ファミリアと読める。
「ファミリア、ですか」
「はい、いい名前でしょう?それでは中へどうぞ」
ドアを開けて、店へ案内してくれる。
裏口とかから入るんじゃないんだ。
「おう、客か!いらっしゃい!」
店に入ると、正面のカウンターに体の線が細い、白に近い金髪の男が、椅子に座ったまま僕をみて声を張り上げる。
なかなかのイケメンだ。ホストとかやってれば相当稼げそうなのに。
しかし、いらっしゃいという割には、壁の両側にある棚には商品らしきものはない。
しかし、店の内部はぼろくとも、手入れが行き届いていて、不潔感を感じない。
むしろ、雰囲気が出ていてなんともいい感じだ。
「いらっしゃいといっても、売り物はないんだけどな…何か作ってほしいものがあったら、材料さえあれば作るぜ?」
ドヤ顔でこちらを見てくる。イケメンがやると様になるな。
「ラスト!この人はお客さんじゃないです!今日からうちで働いてくれることになった、サンタクロースさんです!」
「どうも、サンタです」
「おお!まじか!俺はラストだ。でも、うちなんかでよく働く気になったな…」
ラストと名乗るイケメンもマイさんのように自分の店で働くことに疑問を隠せない様子。
お前ら自分の店に自信持てよ…
「お腹がすいていたところを、助けてもらったので」
「へえ、お前面白いやつだな。因みに歳はいくつだ?一応労働基準があるからな」
「あ!忘れてました!」
大事なとこ忘れちゃダメでしょ。
「あ、僕は今年で20歳です。大丈夫ですか?」
「おー、俺とおんなじ!18歳を超えていれば、正式に働けるから、構わないぞ。マイも18歳だからな!」
こんな若さで店を構えるなんて思い切った度胸だ。
異世界の若者は全てが冒険を職にするというわけではないんだな。
「それじゃあラストさん、よろしくお願いします」
「なんだよー、タメなんだから、敬語なんていらねえよ、気楽に行こうぜ、サンタ!」
「あ!私も、敬語要らないですよ!普通に接してくださいねっ!」
フレンドリーな連中だ。
この世界にきて人の温かみに触れて、目頭が熱くなる。
「そ、そうか。…んじゃ、二人とも、よろしく」
「おう!」
カウンターから身を乗り出して、ラストは親指を突き立てる。
こいつとは仲良くできそうだ。
ごほん、と隣でマイがせき込むと、マイへ注目が向けられる。
「それじゃあ、今日からここで働いてもらうわけですし、いくつか仕事内容と決まりを説明しますね!」
そこからはマイの説明会が始まる。
仕事内容は、ラストとマイがものつくり担当で、店番は基本3人で行う。
材料が足りなくなったら、僕が外に出てお使いをしてくる。
営業時間は朝の9時から夜の6時までで、12時から1時間は昼休みで店を閉めるらしい。
「簡単に言うとこんな感じです。質問はありますか?」
これだけ?ガキの使いレベルの緩さだな…
一見超ホワイトなので、聞くことは無いが、でもやっぱりなんか聞いておいた方が良いだろう。
「それじゃあその、この店は何を売るんだ?」
「いい質問ですね。私が、物専門の担当ですっ!武器から何まで、大抵のものは作れますが、武器は素材が高いし、うちではスペースがないので、基本的には注文が無い限りは、小さな小物とか、アクセサリーを作っています」
「そして、俺が『口に入る物』担当だ!ポーションだろうが料理だろうが、なんでも作れるぜ!といっても、スペースがないから、料理は無理だがな。予定では、注文がない限りはポーションとかを作ろうと思う」
マイの言ってた通り、職人だけなら揃っているようだ。
これなら明日から僕が材料を取りに行けば、すぐにでも店の景気が良くなりそうだな。
「なるほど、マイが工作品、ラストが食料か。おっけ、もう質問はないよ」
「そうですか。それじゃあもう時間ですし、店を閉めましょうか!」
いつの間にか、5時になっていた。
時間がたつのは早い。
「そういえばお前、冒険者なのか?」
「いや、この街に来てから1か月もたってない、ただの一般人だよ」
「冒険者ギルドに登録してないのか?珍しいな」
冒険者というものは登録しないとなれないようだ。
冒険に免許とか登録なんて普通いらないだろ。
「登録なんてできたのか。知らなかったよ」
「ま、登録してたらうちじゃ働けないもんな。よろしく頼むぜ」
差し出された手を、待たせることなく握る。
さあ、これでこの世界での食いぶちはなんとかなったな。後は、宿か。
「ああ、こちらこそ。さて、宿を探さないといけないし、そろそろ出るよ。また明日」
「サンタさん、お金ないんじゃないですか?」
「あ」
膝から崩れ落ちる。
ホームレスサンタクロース。
「ちょっと、大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫。今日は、広場で寝るよ」
嘘だが。寝なくてもいいし、朝までスライムと遊ぶか。
「なんだぁ、家なしか?そんなことなら、今日からうちに住めよ。部屋は一つ空いてたよな?」
「ええ、いいですね!もういっそのこと家族になっちゃいましょう!」
家族になろう。その言葉が胸に突き刺さる。
「か、家族に?いいのか?」
「おう。その代わり、すぐに辞めないでくれよ?」
思わず涙が出てくる。
「ええ!?どうしました?もしかして、嫌でしたか?」
「お、おい、なんだよ…泣くなよ」
二人はおろおろしだす。
「うっ、ごめん。僕、家族いないから、ここにきて初めて、こんなにやさしくされたから…」
家族はいたが、家族ではなくなってしまった。
気にしないでいたが、マイの一言で思わず涙腺が刺激された。
「ほら、泣き止んでくださいよ。あ、そうだ!歓迎会、しましょう?良い店ありますよ!」
「お、おお、いいな!んじゃ、早速行こうぜ!ほら、そんな顔じゃ外歩けねえぞ。早く涙拭けよ」
「うん…
サンタの帽子で、涙を拭う。
しばらくして落ち着いた僕は、二人につれられて、夕方の街へと連れていかれた。
血のつながりはないが、この世界で初めて触れた家族の暖かさに、途中、何度も泣きそうになりながら、それを悟られないように、斜め上を向いて、笑って歩いた。